第10話 お帰りあそばせ大作戦、開始っ!

 夜明けまであと二時間。ここエリア810の魔女の本拠地、移動要塞『魔樹の館』内部にて、いよいよ始まる大作戦に向けての出発式が行われていた。


「さ、いよいよ始まるわよ。この私たちの楽園を守るため、機械帝国のお偉いさんには本国にお帰り願いましょう!」

「「おーっ!」」


 聖母マミー・ドゥルチ様のハッパに魔女全員が手を挙げて答える。いよいよこれから一大決戦の始まりである。

 なにせ帝国側に査察にやって来たのは、この50年で最も勇名を馳せた大将軍、アトン・シーグラムその御方なのだ。その人と成り、そして軍歴や帝国兵からの情報を合わせても、彼を追い返すのは困難を極めるだろう。


 多少の戦闘で尻尾を巻いて逃げ出すようなタマじゃないし、伝染病や呪いをチラつかせた所で引くとも思えない。だからと言って帝国軍の中で混乱や不和、不平不満などの騒動を起こしても、その指導力で皆を抑え込み、下手したら査察官のはずが司令官になる可能性だってある。


 いっそここの現状をバラした上で、大勢のキレイ所の魔女で囲ってハーレムを堪能させて味方につける案もあったが、残念ながら彼は長きにわたる魔女との戦いが祟ってADふのうを患っており、大将軍ながら妻すらめとっていないそうだ。


「方法はひとつしかないわね。あの老人にもう『自分は用無しだ』と思わせるしか」


 出た結論はそれだった。彼の想像を超える戦いを繰り広げて、もう自分の出る幕じゃないと納得して帰って頂くのが一番の良策だ。

 彼ほどの英雄がここに干渉できないとなれば、少なくとも今後は帝国からの査察が減るはずだから。


 なのでこれから帝国と大々的に戦いをすることが打ち合わせで決まっていた。そして……私、カリナ・ミタルパは何故かこの戦闘で、一番重要な役割を任されていたりするのだ。

 すなわち、戦闘中に帝国兵のステア・リード君と連絡を取り合い、不測の事態に備えつつ情報交換して、戦いそのものをコントロールするという任務が。


 その役目に抜擢された時、私とステア君はまた「「ええええええ!?」」をハモらせたのは言うまでもない。上の人が言うには、着任間もない私達なら万が一にもスパイと疑われる事も無く、逆に日の浅いふたりをに加わらせるとボロを出しやすいから、との事だ。


 ステア君は向こうの司令官さんの推薦で、当のアトン大将軍に付き人として張り付いてもらう手はずになっている。そして、その彼の居場所を私が知れるように、彼の体、右脇の下に魔法の印を施しておいた。


 これで私は、あの大将軍の位置を正確に把握して、必要な時には彼を呼び出して情報交換をする事が出来るのだ。

 まぁ、この仕掛けをするのに、聖母様と私の二人が彼の脇の下に印を記した時に、彼が死ぬほどくすぐったがっていたのは胸の内に仕舞っておこう……ごめんねー。


「じゃあ、みなさんのガンバリと、何より無事を祈って。『ナーナの加護があらんことを』」

「「ナーナの加護があらんことを――ヨイ! ヨイ! ヤァーッ!!」」


 魔樹の館にときの声がソプラノとなって響き渡る。さぁ、大作戦の始まりだ!


      ◇           ◇           ◇    


「現在時、0530ゼロゴーサンマル。作戦、発動っ!」

 東の空から朝日が輝いた時、イオタ総指揮官の号令一下、我らが機械帝国の作戦行動が開始された。

「第一、第二小隊は微速前進。第三から第五小隊は左右に展開、第六、第七、第八小隊は後方待機、第十小隊は本陣である第九小隊を護衛! 幸運をグッド・ラック! オーバー!」」

「「了解、幸運をグッド・ラック! オーバー!」」


 戦車を軸にして、各隊十名で構成された小隊が、それぞれの配置につき前進を開始する。

 満月が終わり、月の光が弱まりつつある今の時期に、我ら機械帝国が攻勢をかけるのはいわば常識だ。しかも月が沈み陽が登るこの時間からの戦闘は魔女の力を削ぎ、有視界でのこちらの戦闘をさらに有利にするだろう。


「いけると思うかね、ステア一等兵」

「はっ! 必ず勝利を得られると思います!」

 三輪装甲車の窓から大将軍にお言葉を賜り、歩きながらの敬礼をびしっ! と決める僕、ステア・リード。本国にいた頃はお目通りすら叶わない雲上人であるアトン様に声をかけられるなんて、帝都にいた時は考えられなかった。


 ましてその大将軍様を、僕たちとなんてなぁ……本当にありえないとしか言えないよ。


「お気軽に言うなよ、そんな上手く行くならここでの戦闘が40年も続いていねぇ!」

 その前を走る戦車の左履帯の上に立ってそう言ったのは、総指揮官のイオタ大佐だ。僕は所属の第三小隊から、このアトン大将軍の案内役として、本隊である第九小隊に加わっていた。

 表向きはここに来たばかりの僕は戦闘では役に立たないから、ゲストである大将軍の接待をしろというわけで。

 でも、本当の目的は、僕の脇の下に記された魔法の印で、大将軍がいる場所を魔女たちに知らせるのが本命なんだけど。


 数100メートル前進したあたりで、装甲車に取り付いているガガラ中尉が、いかめしい顔で言葉を発する。

「それより、本当に大丈夫なんだろうな! 万が一にも大将軍にもしもがあれば貴様等は……」


 今回査察にやって来たアトン様の随員はガガラを筆頭に五名。いずれも彼の部隊の子飼いの兵士だが、近年は名誉職の大将軍になっているので、実は彼らに戦闘経験はあまりなく、まして魔女と戦うのは今回が始めてだ。

 なのでやはり不安は隠せないみたいだ。でもアトン様はそんな彼らの心配を一喝する。

「戦場に客席は無い物だ、くだらん心配をするな」


 十字隊列を組んで810の森を前進する。魔女との戦いでは部隊ごとが、かつのがセオリーだ。

 我ら機械帝国兵は、機動力と言う点においてどうしても魔女たちに劣る。ホウキで空をビュンビュンと飛び、木のツタや木人形ゴレムを駆使して攻めてくる上に、上位の魔女は水鏡を使った魔法まで使って来るのだ。


 なのである程度固まって、かつ密集しすぎないようにして機動力を確保していなければならない。万が一ひとつの部隊が孤立すると、空を飛んだり転移して来た魔女たちに集中攻撃を受け、全滅してしまう可能性が高い。また密集が過ぎると、魔女得意の遠距離攻撃魔法の集中砲火のいい的となる。


 このへんの戦いの難しさが、今まで魔女との戦いに勝利しえなかった、理由なのだ。

 そして昨日のブリーフィングで、司令官と大将軍の情報のすり合わせで納得して貰って、今日の作戦を立案、実行したというわけだ。


”我、戦闘に突入す! 敵、魔女役20名、水牛タイプの木人形ゴレム一体!”

「始まったか!」

 先行していた第一小隊からの報告と同時、前方に土煙が上がり、遅れて轟音が届く。戦車砲がゴレムを攻撃し、その近辺の空中には魔女たちが羽虫のようにたかって、下からの銃撃をかわしつつ魔法攻撃を落としている。


「やはり、平原につく前に仕掛けて来たな!」

 イオタ司令官の言葉にアトン大将軍がうむむ、と唸り、感嘆の声を漏らす。

「わが軍もそうであるが、敵もさる者よな」


 魔女部隊と帝国兵士の戦いにおいて、帝国側が有利になるのは視界の開けた平地だ。有視界射撃を基本とするこちらの火器は森では使い勝手が悪く、空飛ぶ魔女に縦横無尽に動き回られたら翻弄されるだけだ。足場の悪い森では機動力でさらに差を付けられる。

 だが、平地に出れば立場は逆転する。こちらの銃火器に比べて魔女の魔法が速度が遅く、盾で防いだり動き回って回避したり出来るし、木の葉に遮られずに空に見える魔女たちは射撃の恰好の的だ。なによりこっちが最大の機動力を発揮できるのは大きい。


 今回の戦闘も、森を抜けた先にある草原を主戦場とし、そこに魔女たちを誘い出して殲滅するのが勝利の青写真だ。なのでその前の敵の攻撃は、アトン達にしてみれば魔女たちがこちらの狙いをきっちりと見抜いて、我らが平地につく前に攻撃を仕掛けて来たと察していた。


 ……実際は、を想定して、打ち合わせていただけなんだけど。


「よし、第三小隊を遊撃隊に指名する! ステア一等兵、ギア隊長に伝令!」

「はっ!」

 敬礼してきびすを返し、銃を抱えて森に入っていく。一見すると第三小隊所属の僕が本隊にいたのを、これ幸いにと伝令役にしたように見えるだろう。無線を使わず、人の足で伝令を飛ばすのも、万が一敵に傍受されるのを恐れたが故と取れる。

 だけど、実際は……


 森を駆け、大きな岩の後ろに身を隠して息とつくと、地面を少し踏みしめてから、銃の台尻にある栓を抜いて、あらかじめ仕込んであった魔法水を地面に垂らして水たまりを作る。

「カリナ、聞こえる? 今なら会えるよ」

”うん、聞こえてた。すぐ行くね”

 自分の脇の下に刻まれた印に小声で話しかけると、すぐに返信が来た。これはいわば魔女側の無線なんだけど、ただ体に紋章を書くだけで通信が出来るって、すごいな魔法。


 と、先程作った水たまりが鏡のように空を映したかと思うと、その中から一人の魔女が『ぬっ!』と現れた。うーん、シュールな絵面だ。

「ステア、お待たせ」

「カリナ、こっちはすべて予定通りだ。そっちはどう?」

 自分達のの役目は、こうして彼女を通じてお互いの状態を伝え合い、この戦いをシナリオ通りに動かすためのいわばスパイだ。もしバレたら銃殺刑確定である。


「ドルチェ様の魔法、ちょっと準備が遅れてるの。何とか時間を稼げない?」

「分かった、やってみるよ」

 今回のヤラセ戦闘のキモである聖母様の大魔法。それを発動させるのにはそれなりの手間と時間が必要だ。なので時間のすり合わせも、その方法も事前に打ち合わせ済みだ。


「じゃ、気をつけて」

「うん、カリナも」

 ちゅ、とキスをして、彼女は水たまりの中に入っていく。僕は少しだけ今の唇の感触を反芻した後、前線で戦っている(フリをしている)第三小隊の所に駆け付け、ギア隊長にその旨を伝える。


      ◇           ◇           ◇    


「報告致します! だっ、第三小隊の、戦車の、履帯が、敵の攻撃で破損! 現在ッ、第四小隊の戦車に、けん引されながら攻撃に当たって、おりますッ!」


 本隊に戻って、息を切らしながらそう報告をする。遊撃隊が足をやられたとなれば進軍は遅くせざるを得ないのだ……もちろん嘘だけど。


「何をやっているんだ、遊撃部隊が足を引っ張るとは……使えないガキが!」

 側近のガガラ中尉がそう吐き捨てるのを、アトン大将軍が嗜める。

「戦場は思い通りにはいかぬものだ、それに戦車を置き去りにせなんだのは僥倖よな。アレを持ち去られて研究されたら我々は確実に負ける」


 うっ、と息を飲んで言葉を詰まらせるガガラさん。恐らく「見捨ててしまえ」とでも言いたかったのをアトン様が察したのだろう。いかにもいい師弟関係だと思う。


 ……ごめんなさい、僕たち全員でお二人をだましています。


「第六小隊、森を抜けました! ヘダク平原を確保!!」

 右翼の第六小隊がついに森を抜けて平原に到達する。ほどなく他の小隊と戦車、そして本隊、最後に左翼の第三、第四小隊が森を抜け、追撃してくる魔女たちやゴレムを砲撃で森に追い散らす。


「全軍、平原の中心に集結! 見張りを厳にしつつ、弾薬を補給、負傷者の応急処置!」

 イオタさんの指令により、各部隊の兵站へいたん係が大将軍の三輪装甲車へと集まって来る、大きな荷台のあるこの車は、今回の戦闘の補給車としての役割も担うのだ。


 ガガラさん達が監視する中、兵士たちが車の荷台から弾や救急箱を持ち出していく……その時!


 ズゥ……ン


 遠方から振動と、轟音が響いた。


「な、何だ!?」

 ガガラさんが思わず叫んで辺りを見回し、そして……固まった。


 次の瞬間、アトン大将軍が車から飛び出し、全周囲を睨むように見回す!

「……囲まれたか!」

 名将がここにきて初めて見せた、焦りの表情、そして冷や汗。


「ぜっ! 全周を魔女の大軍に囲まれていますっ!」

「ゴレム数! 5…8…12体! 魔女の数、計測不能っ!!」


 周囲の森から、次々と姿を現す魔女たちとゴレム。東西南北どちらを見ても切れ目なく敵の輪に囲まれていて、その包囲をゆっくりと縮めてくる。

 平原に出たのが完全に裏目となった形だった。魔女兵の総数を見誤ったのか、これだけの大軍に完全包囲されては、もう包囲殲滅戦に雪崩れ込まれるのは必至だ!


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……


 その時だった。北西の方角、遥か向こうに見えるエリエット山脈の手前、が地面から空に向かって立ち上って来る。

「な、なんだ……アレは!」

 その巨大なツルのようなものが、地面から二本、三本、四本と立ち上がり、折り重なって一本の巨大な胴体に成り代わり、そのまま天高く鎌首を持ち上げて行く!


「ゴ、ゴレム……だと、が?」

「なんという、巨大さだっ!!」


 立ち上がったその蛇龍の頭は雲にまで届き、その口を、牙を、ぎらりと剥き出しにして地上の兵国兵に向ける。


 突然生えて来た、体高1000メートルはあろうかという竜の八合目辺り、そこに生えている竜の手のひらの上、ひとりの老婆が眼下を見下ろして一言、発した。


「さぁ、本国にお帰り願おうかね。!」



 その巨体を見上げる帝国兵の中心、装甲車から降りたアトン大将軍が、ポケットから出した双眼鏡を両目にかざして、そしてその目に捕らえる。竜の手に乗る魔女の姿を!


「生きておったか……漆黒の魔女、!!」

 

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