第67話 余が機械帝国皇帝、エギア・ガルバンスである!
その時、魔法王国のほぼ全土で「はぁ?」という顔をした魔女たちが大量発生した。
つい先日まで、機械帝国との戦争に決着をつけるべく戦場に赴いていた女王様が、国に戻って早々演説を開始したので、てっきり戦争の経過や結果を報告するのかと思いきや……。
『余は女王リネルト・セリカにあらず。余の名はエギア、機械帝国皇帝、エギア・ガルバンスである!』
いつもの女王様、
「え……どうしたのかしら女王様」
「戦場に行っておかしくなっちゃったんじゃ?」
「機械帝国の皇帝って……確か悪魔の山羊の兜をかぶってる大男だって聞いてるけど」
「あんな可愛い姿でそんな事言われてもねぇ、ジョークなのかしら?」
案の定、国中の大半の魔女達はその言葉を真に受けることは無く、何かの冗談かあるいは洗脳でもされたのかと首を傾げる。国家や王室に対する依存度が低いこの国では、女王に何かあっても「あらそうなんだ」程度で済まされることがわりと普通だったりするから猶更だ。
聖都レヴィントンの民たちも同様に、不思議そうな顔をして大樹の頂上の女王リネルト・セリカを見上げて、次の言葉を待っていた。
『この国は、腐りきっておるッ!』
放たれた言葉は、誰もが予想だにしなかった叱責であった……。
◇ ◇ ◇
「ええええええっ!? 皇帝である事を名乗る、って……本気ですかぁっ!?」
小一時間程前の事。帝国兵(体は魔女)ご一行様がミールさんの家に落ち着いた後、エギア皇帝(体は女王)の提案に私カリナ・ミタルパは、最早お約束となった悲鳴を上げた。
「うむ! この国が我が機械帝国のライバルである以上、もう少ししっかりとしてもらわねばならぬ!」
え、何? その大昔の『ねっけつすぽぉつきょうぎ』みたいなものの言い様は。
「え、えーっと……意味分かんないんですけど」
エギア皇帝が力説したいのは、つまりこういう事らしい。
自分の生家であるガルバンス一族が魔女の力を敵視し、血の滲む思いで対抗国家を築き上げたのに対し、この魔法王国は個人個人が魔法を使える事に甘え、それに溺れて人と人が力を合わせて、何か大きなことを成す精神が欠けすぎているのを嘆いておられるらしい。
つまりこの国は今、魔法と言う力があるだけで、国家としての体を成していない、と言いたいみたい。
「ならばせっかく女王の体を借りておるのだ、この国のだらけ切った魔女どもに活を入れてやらねばなぁ!」
「それは名案でございますな! 我ら機械帝国が制する相手が腑抜けでは、勝利を得ても自慢にもなりませぬからな」
「魔法に頼りきりで産業や文化が痩せ細っております。これでは侵略の価値もなく、交易するにしても利がなさそうですからなぁ」
ちょっとちょっとちょっとー! 皇帝さんの言ってることも理解できないけど、アトン大将軍や大臣さん達までなんでいちいち賛成してるの?
仮にも敵国だよココ。なんでその国の弱体化を正して強化しようとしてるんですかこの人たちは!?
呆れ汗を流している私の肩をポン、とラドール皇太子夫人(体は女装中のナギア皇太子)が叩いて解説を入れる。
「ま、どうやら和解して交易していく線が濃いみたいだしねぇ。帝国に行った女王様がむこうでどんな結論出すのかはわかんないけど」
「我がガルバンス家の家訓にもあるのだ。『手を伸ばして成功を掴め。掴んだのが失敗ならそれをこね回して成功に変えて見せよ』とな」
ナギア皇太子さん(体はラドールさん)がわけわかんない理屈で続く。まぁノリで推測するなら、みなさんはどうもただ観光だけして帰るつもりはさらさら無いみたい。
来たからには何か成果を出したいっていうのがいかにも帝国の人なんだなぁ、なんて思う。私もかつて機械帝国を旅した時に、そんな帝国の男の人の気質を感じたし。
「でも、本当に入れ替わっているのがバレると、最悪拘束されかねないわよぉ」
ミールさん(体は
「だからこそ最初に皇帝と名乗るのだよ。その後は一切その件には触れずに、国民の魔女どもに叱責と命令を叩きつけ続けるのだ」
皇帝さんの狙いとして、最初に自分が皇帝である事を一度だけ名乗って、そのあとは王国のだらけっぷりを直すために女王としてテキパキと指導をして、最初に言った件をぼかすつもりみたいだけど……果たして上手くいくのかなぁ。
◇ ◇ ◇
『旅の道中で見て回っておったが、仮にも機械帝国との戦のただ中だというのに、皆ゆるみきっておる! もし帝国兵が攻めて来たらなんとするかっ!』
『作物も己らが食する分以上には作ろうとせず、文化や芸術の技も進歩が見られん。帝国の男どもに笑われるわっ!』
『もし今世界から一切の魔力が失せたら、いかにして生き延びるつもりか!』
矢継ぎ早にこの国のダメ出しをしまくる皇帝さん。普段のちょっとおしとやかな、悪く言えば根暗な感じのするリネルト女王のあまりの変貌ぶりに、国民の皆さんはただボーゼンとするばかりだ。
果たしてアレは女王が戦場を見てきてヤル気を出したのか、何かに目覚めてしまったのか、それとも最初に言ったように帝国の皇帝が化けているのか、判断がつかないまま固まっている。
『先ずは国民全員で掃除をせよ! 住処が汚れておっては覇気が下がると言うものだ、貴様らの乗っているホウキは本来飛ぶための道具ではないっ!』
「「はっ、ははぁーっ!!」」
その声に呼応して、アトンさんや大臣ズ、ダリルさんやハルさん達が早速あちこちに散ってホウキで掃除にかかる。それを見た魔女達が「ひえっ」と顔を引きつらせて、慌ててまたがっていたホウキから降り、地面や家の掃き掃除を始める。
無理もないよね……なんせ見た目が聖母マミー・ドゥルチ様や四聖魔女さん達、それに魔法学校上位卒業のエリート部隊のみんなが一斉に掃除を始めたら、そりゃ続かざるを得ないよ。
っていうか帝国の皆さん。入れ替わってる状況を悪用するのがうますぎません?
結局その日は国を挙げての大掃除の日になった。皇帝さんの演説はリリアス君の魔法によって国中に行き届いているし、それを聞いた各地のツアー仲間、つまり810で体を魔女と入れ替えたイオタさんやギアさん達が、やはり皇帝さんの意図を察して一斉に掃除を始めたので、周囲にいた人たちも巻き込んだみたい。
あーあ、完全に帝国の皆さんの思うツボにはまってるなぁ魔法王国。
翌日以降も皇帝さんの王国改革は続いた。今まで魔法でダラダラ暮らしていた国民の皆様に政治や経済、組織、産業のノウハウを説き、そしてそれを効率よく実行する部下の魔女たち(もちろん中身は帝国兵)に引っ張られて、様々な生活の改善を強いられていった……しかもそれでいい結果が出るもんだから、裏を知らない魔女さん達もどんどんそれに感化されて行った。
「女王様、頼りないと思ったけどやりますわねぇ」
「ねぇ聞いた? 頑張って働いたら帝国の男性の捕虜のキレイどころ、あてがってくれるそうよ!」
「わお♪ それはぜひにも頑張らないとねー」
うーん、見事なアメとムチで国中が騙されてる……いや、一番最初に一度だけ『余は皇帝エギアである』って名乗ってるから騙してるわけじゃないのか。
アメの側の、帝国の男性をプレゼントってのも交流が始まったら普通に相思相愛でカップルもできそうだし、「あてがう」を古来の風習である「おみあい」という形で実現するとの事、これも嘘は言ってない。
ムチの側も今までの王国の魔女なら「めんどくさいからパス」でスルーされてたでしょうけど、女王以下、国の中心人物たちがこぞって命令に従って行動してるし、地方でも人口の10%ほどの人がそれに従って奔走してたら、どうしても従わざるを得ない。
みなさーん、女王(皇帝)の命令に従ってる魔女、実はみんな帝国兵ですよ~。
って言っても信じないかなぁ。
◇ ◇ ◇
そんなこんなで一カ月が過ぎた。
たったひと月で国ってこんなに変わる物なんだなぁ、としみじみ感心する。みんな早寝早起きが習慣になり、国をよくするための意見を集める目安箱には連日投書の山が詰め込まれている。
まるで魔法学校のようなぴりっとした空気が国中に溢れ、大通りには活気があふれていた。ホウキで移動する人がめっきり減って、代わりに集団でランニングして体を鍛えてる人たちなんかが目に付くようになった。
農業や林業も、より多くの人たちが協力し合って規模を大きく発展させていってるし、ゴレムがスムーズに歩いて人や荷物を運ぶための街道も整備されつつある。
これ、女王様たちが元に戻って帰ってきたら、さぞ驚くだろうなぁ……。
「では、我らは再び最前線、エリア810の査察に向かう。国民の皆はますます国の発展に尽力するがよい」
「「ははぁーっ。ヨイ・ヨイ・ヤァーッ!」」
そしていよいよツアーも帰途に就くことになった。例によってリリアス君の魔法で国中にそれが伝えられたため、各地に散ってるツアーのみんなも呼応して戻って来るだろう。
帝国兵さん達に魔法王国の実態を体験してもらうために赴いたツアーだったけど、結局この魔法王国をしっちゃかめっちゃかに(いい方向に)かき回して帰る事となった。
皇帝さん以下、みんなもこの一か月改革の成果に満足した様子で、生き生きとした国を眺めながら笑顔で帰途につく。
見送りの
こうして私の、ひと月ほどの魔法王国ツアーは終了した。なかなかにとんでもない旅行だったけど、それでも王国と帝国との関係が大きく変わるのは間違いないだろう。
さてさて、ステア君の方はどうなったのかな?
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