第38話 彼女の娘は残念美人

 レナさんとルルーさんが、この家の男性を二人づつ部屋に連れ込んで約二十分後。がっくりと肩を落とし、首をうなだれて個室から出て来るお二人さん。


「うう……私って魅力ないのかなぁ」

 案の定というか、リリアス君の言う通り、連れ込んだ男性はらしい。肉体派で陽気なレナさんもさすがに意気消沈していらっしゃる。


「これは本当に、男性用の性力増強食の開発を急がないとねぇ」

 ルルーさんも連れ込んだ男の子二人を連れて出て来た。ふたりは僕と同じ世代に見えるけど、お盛んな年頃にもかかわらずの失態に、照れながらも申し訳なさそうにしょげている。


 うーん……やっぱリリアス君の言う通り、彼に憑りついているナーナの力なんだろうなぁ、ふたりとも元気出してねー。


「んじゃ、お邪魔しましたー」

「次回こそは!」

 

 そう言ってリリアス亭を後にする二人。この国の頂点ともいえる四聖魔女のお二人のあんな姿を見るのはなかなかにレアなのかもしれない……土産話にしていいものなんだろうか。


 それにしても、さっきのリリアス君の言葉が本当だとしたら……。


「ね、ねぇ。魔力が男性の精力を奪うって、本当、なの?」

「うん……私がなによりそうだし。ここのみんなも、ナーナといると、っていうか、ナーナをダメみたい」

 ぞくぞくっ、と悪寒が走る。今の僕はカリナの体だけど、まさか元に戻っても、ナーナを見たせいで僕までになってたりしないだろうなぁ……。


 というか、思えばこの世界に溢れた魔力ナーナは、女性のみに反応して魔法を使えるようにしてるんだと思ってた。それが実は逆に男性には、精力の減退が効果として現れる、ってコト?


 いやいやいや、と頭を振って考えを打ち消す。そう、あの魔力溢れるエリア810でも、僕はカリナとんだし(おかげで入れ代わっちゃったけど)、あそこの隠し村の人たちもきちんと子作りできてるし……?


「あ! そういえば」

「どうしたんですか?」

「うん。あのエリア810じゃ、女の人は魔女服で魔力を押さえないと、サカっちゃうんだった」

 リリアス君にそう伝える。そうだ、あのエリアで強力な魔力に当てられると、女性は精力が旺盛になっちゃうんだった。反して魔力の名を持つナーナが男性と関わると、精力が無くなっちゃうって……?


「興味深い話ですね」

 研究者の顔になってそう返すリリアス君。自分の体を実験体にして人体に影響を与える魔法の研究をしている彼にとって、魔力溢れる810の話はそりゃ興味あるんだろう。

「是非詳しく教えてください、貴方の体を元に戻すのにも役に立つかもしれません」


 そう詰め寄られたら断るわけにもいかない。ミールさんには止められてたけど、仕方なくエリア810の状況を包み隠さず彼に話した。



「なんというか、もう、途方もないですね」

 目を丸くして驚くリリアス君。そりゃそうだ、地獄と言われた最前線で兵士と魔女が戦争ごっこの傍らでイチャイチャしていて、戦死いんたいした人たちが村を作って普通に生活、子孫繁栄までしてるなんて知ったらねぇ。


「くれぐれも他言無用でお願いしますよ、ミールさんにも聖母マミー・ドゥルチ様にも話すなって釘を刺されてるし」

「うんうん、大丈夫。僕も男だってバレたら大変なことになるし、口は堅い方だから安心して」

 そういえばそうだった。この国のトップの四人の魔女が実は男だなんて知れたら国の根底が揺らぎかねないんだった。


 それにしても……魔法って、ホント何なんだろうな。


      ◇           ◇           ◇    

 

 翌朝、僕は一度ミールさんの家に戻る事にした。リリアス君に810の事を話したのも報告したいし、彼が僕の体を元に戻す研究を始めてくれたことも伝えておきたい。

 ……まぁ、彼が男性である事や、謎の少女ナーナが憑りついている事は秘密にするつもりだけど。


 ちなみに僕に憑いていたナーナは相変わらずくっついて来ている。うーん、害はない子なんだけど、僕が体を取り戻すまで付きっきりだと……やっぱマズいかなぁ。


 で、ミールさん家に到着するや否や、彼女が実に楽しそうな表情ですり寄って来て、僕の手を取ると嬉々としてこう言って来た。

「ねぇねぇステア君、じゃなかった、カリナさん。貴方に是非お願いしたいことがあるんだけどー♪」

 なんかテンションの高さが怖いなぁ……一応世話になってるんだし無下にするわけにはいかないけど、なんだろ?


「私達と一緒に魔法学校に行って、娘に会ってほしいのよー」

「えっ!? 娘さんって……確か、その」

 死産だったんじゃなかったっけ、彼女とダリルさんの赤ちゃんって。


「ああ、あの後で、魔法胎樹で作った娘なのですよ。魔法学校に預けておりましたが、なかなかに成績優秀のようで」

 後ろにいたダリルさんがそう続く。と言うか何かひどくやつれてるなぁ彼。反面ミールさんはなんかお肌がツヤツヤしてるし……これって、だよなぁ。


 とはいえ二人の娘さんとなれば興味もある。どこかエキセントリックなミールさんと、紳士で物静かなダリルさんのどちらに似たのかな?


 とりあえず支度の時間を使って、リリアス君との事の次第を説明した後、すっかり余所行き用の服装になったお二人と共に、このレヴィントンの大樹の麓にある魔法学校へと赴くことにした。


 魔法学校マジックアカデミー。この国で、あの魔法胎樹で生まれた子供の内、約半数が幼少の頃より入学し、十五歳まで魔法や勉強を習う場所だ。

 そして卒業時に成績トップ10に入った生徒は、優秀生としていきなり赤の魔法衣が送られ、国の重職に見習いとして就くことが出来る。

 この体の持ち主、カリナ・ミタルパは13位の成績でそれに届かず、ならばと志願してエリア810に派遣されたそうだ。本当に運命のちょっとした差が、かなりとんでもない未来を生むもんなんだなぁ。と、自分の体を改めてみて思う。


 ホウキで飛んで行くだけなので、さして時間もかからずに学校に到着する。大きなドーム状、というよりはまるで傘の大きなキノコみたいな建物とその周辺には、大勢の若い魔女たちが飛ぶ練習をしたり、室内で机を並べて勉強している。


(このへんはホント、帝国も王国も一緒だなぁ)

 自分が帝国の軍学校にいた頃を思い出す。あっちでも人工胎内機械で生み出された子供の内、余裕のある父親や逆に働き手がいる男性なら引き取って育てるが、特にそうでない子は育児の段階から国の管轄の施設で育てられる。

 12歳までの基本教育を終えた男子は、そこから将来の仕事を習う専門学校に分散していく。僕はと言うと、国の英雄になって女性を妻に迎えるたいと思い、軍学校に入って、そしてエリア810に……


 あの頃の自分に、今の僕を見せたらどういう反応をするやら。


 正門をくぐり、館内に三人(ナーナを入れて四人)が入って廊下を進む。

「ねぇねぇ、あれ、四聖魔女のミール様よ、素敵!」

「オトコよ、男がいるわ……ひゃん、なんかトキメいちゃう」

 さすがにミールさんは有名人だし、ダリルさんは男性と言う事もあって、生徒たちの注目の的だ。うーん、なんかカリナだけ居辛いんですけど。


 と、僕たちの前に一人の少女が立ちはだかった。黒い髪の毛をストレートに伸ばして、カリナと同じ緑色の魔法服をぴしっ、と着こなしたその人は、どこか清楚で厳格な空気を醸し出している、いかにも真面目そうな背の高い美人さんだった。


「魔法学校に何の御用でしょうか、四聖魔女『天輝く陽の魔女』ミール・ロザリア様」

 どこか冷たい目でそう発する彼女。応えてミールさんが頬に手を当てて、うふふと笑ってこう返した。

「せっかくに会いに来たんだから、もう少し愛想よくしたら? 魔法学校第245代生徒会長、ハラマ・さん♪」


 え……じゃあ、この人が、ミールさんとダリルさんの?


「立場のある方にあまり立ち入って欲しくありません。ここは実力主義の世界なのですから、貴方がいると私が親の七光りと見られますから」

 そう言ってミールさんをつっぱねるハラマさん。うーん、本当に真面目そうな娘さんだなぁ。明らかにダリルさんに似たんだろう、髪も瞳も父親と同じだし。


「貴方の担当の先生に呼ばれて進路相談に来たのよ~、そんな邪険にしちゃイヤ~ン」

 あくまでおちゃらけた態度で返す母。うーん、母親の遺伝子は性別だけに全振りしちゃったんだろうか。

「なら、職員室マミーロゥムへご案内します……ところで、そちらの方は?」


 ハラマさんが僕の方を見てそう告げる。あ、えっと……

「初めまして、カリナ・ミタルパと申します。昨年ここを卒業いたしました」

 スカートの裾をつまみ上げて挨拶する。カリナにとっては後輩にあたるんだろうけど、この手の礼儀に特に上下は無いと聞いていたのでこれでいいだろう。


「ご丁寧なご挨拶嬉しいですわ。ハラマ・ロザリアでございます」

 すっ、と返礼をする彼女。その姿勢の完璧さに思わず息が漏れそうになる、なんていうか……すごく型にはまっている、美しいという意味で。


「先輩なのですね。現在はどちらの所属でいらっしゃいますか?」

「あ、はい。最前線のエリア810で戦闘の任についております、今は報告に聖都へ……」


 そこまで言った時、突然ハラマさんの表情が一変した。顔を引きつらせたかと思えば、そのまま思いっきりツバをごくりと飲み込んで……


 目を見開いたまま、ドドドドドと距離を詰めてくる!!


 こ、怖っ!?


「あの戦場で!? 汚らわしい帝国の男どもをブチのめしておられるのですね!」

 カリナの両手を取って、血走った目にヨダレをたらしながら、彼女は猛然とまくしたてる。


「帝国兵どもを焼き尽くし、ゴレムで踏み潰して八つ裂きにして、氷漬けにしてカチ割ってバラバラにして、生きたまま心臓を引きずり出すのですね! あああ、わたくしも早くやってみたいぃぃぃぃぃ!!」


 え、えーっと。清楚とは? 真面目って一体なんだっけ?


「我ら魔女の敵の男ども、この世から残らず抹殺すべし! その日を楽しみにしておりますわあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 暴走する彼女を止めたのは、ミールさんが呆れ顔で彼女の後頭部に打ち下ろした魔法の杖の一撃だった……。

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