第28話 真実を暴け!

「ぬぅ……」

 飛翔大会の最終競技者、ナギア皇太子が華麗に飛ぶさまを見てワシ、アトン・シーグラムは、審査員席で思わず唸り声が漏れた。

 あの機械の飛び方、今まで以上に洗練されている。前回以前の大会でもぶっちぎりの飛行であったが、今回はさらに上を行く性能の機体だ。流石はラフォン社の最新鋭機だけのことはある、か。


 ……だが、何だ? このしっくりこない違和感は。


 長い飛行が終わり、会場はナギア皇太子を称えるコールで埋め尽くされる。無理もあるまい、あの技をもってすれば魔女にも対抗できる……魔女……うん、魔女!?


(そうか! 似ておるのだ……魔女がホウキで飛ぶ、その飛翔の様と!)


 先日、最大の激戦区であるエリア810に視察に行った時、あの漆黒の魔女マミー・ドゥルチのホウキに相乗りして飛ぶという経験をした。


 だからこそ分かる、あの皇太子の乗る機械の飛び方が、魔女のホウキで飛ぶそれに酷似しておるのが……まさかラフォン社は、魔女同様に魔力を使って飛翔する技術を獲得したと言うのか、一体どこであのような技術を?


 と、その時だった。向こう側の審査員席から、ひとりの帝国兵が飛び出してきた!    薄いベージュの軍服からして下士官であろうその少年兵は、衛兵の制止を振り切って橋を渡り切ると、そのまま皇太子の機体が収納された格納庫に向かって要塞島を登り始めた……。


「あれは……ステア・リード!」

 あのエリア810から一時帰参した少年兵。ワシが査察に行った時に案内役を務めた若僧……そして何より今は、その中身は魔法王国の魔女である状態のはずだ!


 その彼、いや彼女が血相を変えてナギア皇太子の機体を追いかけておる……一体、何事だというのだ?


「アトン大将軍。少し、お話が」

 私の所に来てそう声をかけて来たのは、私の直属の部下であるガガラ中尉だ。この飛翔大会に出場し、皇太子の出番までは最高記録を出していたのだが、残念ながらつい先ほど優勝を彼にさらわれてしまっていた。


「どうした?」

「いえ……その、真に不敬の極みではございますが」

 普段から真面目な彼のその物言いに、私は言いたい事のアタリがついた。そうか、このガガラもまたエリア810で、ケニュという魔女と一緒にホウキで飛んでおったな。


「皇太子の機体が、魔法を使っておる、と言いたいのであろう」

「やはり、大将軍様も、そう思いますか」

 魔法の使用は基本この国ではタブーだ。魔法が使えない男性が意地と克己で築き上げたこの機械帝国で、国のトップである王族が魔法を使用したなどと知れれば、それこそ威信にかかわる問題である。なので軽々に口にしてはならんのだ。こいつもそれをよく分かっておるからこそ……。

「ガガラ、後で私の執務室に来るのだ。出来るだけ急いでな」


      ◇           ◇           ◇    


「え、今……なんと?」

「あのステア・リード一等兵、中身は魔法王国の魔女らしい。ほれ、カリナとか言っておったな」

 執務室に戻り人払いをしてから、ワシはガガラにその秘密を明かした。勿論ガガラは「信じられません」と言った表情で固まっておるが。


「そんなことが……魔法とは、そんな事まで出来るのですか!」

「まだ実用化には至っておらぬ、というか今回が初めての現象らしい。そう言っておったよ」

 ワシとて未だ信じられんことだ。だが、人を見る目は確かなつもりだ。あの810で会ったステアと今の奴は完全に別人で、やはり810でワシの接待をしたカリナという娘は、今のステアそのものなのだから、信じざるを得ん。


「そのステア……中身は魔女のあやつが、血相を変えて皇太子の機体に向かっておった。お主も見たであろう?」

「はっ! てっきり気でも触れたものかと思っておりました。皇族のエリアに下士官が入るなど重罪でありますから」

「だが……中身が、どうか?」

「ッ!?」


 そう。魔女ならばあの機械が魔法を使って飛んでいる事を、誰よりもよく察したのではないか?

 あ奴には応援しておる一般参加の選手がおった。その少年は機体を壊しながらも、上を向いて浮かび上がって、橋の上まで戻ってきおって、皆の喝采を受けたものだった。ワシも見事だ、と唸ったものだ。

 だからこそ、その喝采をまとめて奪った皇太子の飛翔が、魔法と言うを使っておったのなら……感情的になるのもむべなき事だろう。


「では彼……いや彼女はそれゆえに、抗議に向かったと?」

 うむ、と返して溜め息を吐く。女は感情で動くと聞くが、また無茶をしたものだ。皇室に下々の物が抗議などすれば、たとえそれが誤解でも懲罰は免れぬし、もし本当に不正があったのならば、口封じをされかねぬというのに。


「大将軍はいかがお考えですか?」

「そうよな……皇太子の機体、以前からあのような飛び方をしておった。であれば、あるいは」

「あるいは?」

「……皇太子夫人のラドール様。確かあのお方は、から帰化して、我が国の皇太子に見初められたのであったな」

「はい。つまり、元々は魔女……あ!!}


 そうだ、そう考えれば合点がいく。

「彼女がラフォン社に入れ知恵をして、魔力を操る機械を開発したとしたら……ありえぬことではない」

 そう、ラフォン社は近年、急速に力を伸ばしてきたメーカーだ。ちょうどラドール様とナギア皇太子のご婚約が決まったあたりから皇室に食い込み、あの二人の大臣と繋がって勢力を伸ばしてきていた。


 ワシも何度か疑問に思い、皇帝陛下の許可を得て部下に命じ、彼らに対する調査を何度か行って来た。だが調査を命じた部下たちは口をそろえて「何もありません」と答えるのみで、その後何故かワシの元を離れていった。

 買収でもされたかと思って調査したが、金の動きは見られなかった。彼らは相変わらず清貧ながら、度々王城に招かれては満足したように城下に帰って行っておった。


 それも魔法を使った『洗脳』の術だとしたら……すべて合点が行く。


「この飛翔大会もその技術のお披露目の場だとしたら……魔法を機械に組み込んで、他社の追随を許さず、帝国内でのシェアの独占を測ったのだとしたら!」


「え……いや大将軍様。私はてっきり、あの中にのではないかと思ったのですが」


「あ!?」


 あ……阿呆かワシは! 

 そうだ。何も小難しく考えずとも、あの機械の中にラドール夫人がホウキを持って入っておったらそれで済む事ではないか!


 しかも、もしそうならラフォン社がいつまでたっても飛翔機械を量産、実用化しないのにも合点がいくではないか!

 世に溢れるならば、まだ公認への道はある。だがなぞ、量産できるはずがないのだから。


「とにかくステア一等兵を確保せねばならん。アレカリナならばあの機械の正体を確実につかんでおるであろう、急がねばならん!」

「はっ! 彼はあの810の兵士です。もし口を割らされたら、我らも終わりでありますから」


 そう、単に飛翔大会の件だけではない。あのエリア810では今は戦闘などやってはおらん、その秘密をワシらも共有しておるのだ。もしそれが知られたら……

「ふふ、ワシも悪党になったものよ。急ぐとするか」


      ◇           ◇           ◇    


 急ぎ城内に向かい、あの大臣のうち一人を捕まえて問い詰めるが……

「あの若者ならフォブス大臣と街に食事に行かれましたよ、彼にエリア810の話を聞きたいのだそうで」

 帰って来た返事はそれだった。もちろん嘘八百だろう、金欲と権力欲のこやつらが、一等兵あたりと対等に付き合うハズなどありえん。ましてフォブス大臣は異常なドケチで、庶民に飯を奢るなど考えられないからだ。


 城の中を回り、地下牢獄まで見て探したが、どこにもステアの姿は無かった。


「やはり……もう、消されているのかも」

「いや、それは無い。あの810から出向した兵士を消せば疑惑がかかる。おそらくは洗脳でも受けておるのではないのか」

 帝国ではありえない事だが、魔女の中には相手の精神に干渉する魔法を使う者までいるのだ。かつてのワシの部下と同じように、奴らの傀儡にされつつあるのではないか。


「そういえば……大将軍。海際の塔の噂をご存知ですか?」

「あそこか……うむ、もしラドール夫人が魔女の力を使えば、あるいは」


 城の海側に立てられた孤立した塔。元々は見張り台として作られたのだが、連絡通路が台風で飛ばされてからは放置され、孤立した場所になっておった。


 だが、ホウキで飛んで行ける魔女なら、あそこにも出入りできる。それならば魔女が秘密裏に何かをするにはうってつけの場所ではないか! もしステアが監禁されておるなら、あそこにいる可能性は非常に高い!


 そして、もしそうならば打つ手がない。あの塔の下は波が荒れる岩場で、船でも近づくのは困難だ。まして城の周囲ならば城壁からも塔からも丸見えだ、とてもこっそりと助けに行けるものではない。かといって大将軍の名を出して行こうにも、用件を聞かれると返答に困るだけだ。


 ガガラと二人でうむむと唸りながら城下に出る。すでに陽は西に傾きつつあり、橋の上、たもとの城側、そして町側にも多くのテーブルに料理が並べられていた。今夜は夜通しで飛翔大会の成功を祝うパーティが執り行われる予定で、その準備が粛々と進んでいるのだ。パーティが始まればいよいよ身動きが取れなくなる……さて、どうしたものか。


「アトン大将軍。あの人だかりはなんでしょうか」

「うん?」


 街側に目をやれば、確かにその一角に人だかりが出来ている。そして、そこにはよく見知った顔の人物が何人か混じっておった。アレは、わが帝国の技術開発課の面々ではないか。


 そして、彼らが囲んで興味深そうにいじっておるのは……あのステアカリナのお気に入りの機械と、その操縦者の少年。逆さまに落っこちた後、上を向いて橋まで戻って来た、ゼロメートル記録の飛翔機械!


「ふむ。ガガラよ、何とかなるかもしれんぞ!」

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