第30話 旅のお土産

「「ぎっくうぅぅぅっ!!」」

 アトン大将軍の「エンジンはここにある」の言葉を受けて、ナギア皇太子とラドール夫人、そしてフォブス・ラバン両大臣が声をハモらせつつ、引きつった顔で一歩後ずさる。


「お、おほほほほほ……アトン大将軍様もご冗談がお好きで」

「そ、そうそう。そんなまるで余が何か不正イカサマをしたような……」

「「ちょ、皇太子殿下ッ!?」」


 魔女のラドールや世渡り上手な両大臣はともかく、まだまだ世間知らずのナギア皇太子が思わず失言しかけたのを、後ろから両大臣が飛びついて口ごと押さえる。


 彼らが焦るのも無理はない。このアトン大将軍は別名「左遷大将軍」の異名を取るほどに不正には厳しい人物で、今までも悪徳貴族や大臣を次々と辺境に飛ばしてきた鬼将軍なのだから。

 なんとかこの場を収めなければ、彼らの今の地位は消し飛ぶのだ。


 フォブス大臣が皇太子の口を押さえたままずるずると後退し、代わってラバン大臣とラドール夫人がそれを庇うように立ちはだかる。

「嫌ですわ大将軍。ナギア皇太子はこの国の希望、お分かりですわよねぇ」

「左様、次期皇帝陛下に対して、詮議なさるような言動は慎まれた方が良いのでは?」


 暗に「分かったからお互いの為に見逃して」とのニュアンスを込めてそう言う二人。まぁ誰もいなければ平身低頭で土下座してもいいのだが、いかんせん大勢のギャラリーの前でごめんなさいするわけにもいかないのだ、立場上。


 周囲の観衆たちも、思いがけず張りつめたその空気に思わず困惑する。何を話しているのかは花火の音で聞こえないが、国家の英雄の老人と新たな時代の旗手が向かい合ってピリピリしてるのだから無理もない。


「確たる証拠がある以上、そうもいかんのだよ」

 ずいっ、と踏み出してそう告げるアトン。だがその言葉を受けてラドールはかえって強気に出る。

「証拠? そんなものがあるなら見せて頂きたいですけどねぇ」


 そう、この飛翔機械の中に彼女が入って飛んでいたという証拠などどこにもないのだ。王族しか立ち入れない格納庫でのみ出入りしていたので、アトンや部下に見られているはずもない。

 おそらくは部下のガガラが負けた事で、あらぬ疑いを持ったアトンがその結論を推察したのだろう。今この場で飛べと言われたのも、多分単なるカマかけなのだろうとタカをくくっていたが……


「よかろう。では、その証拠をお見せしよう!」

 そう言って、天を高々と差すアトン。その指先にこの場の全員が注目する!


「な、なんだ……なんか飛んでる」

「魔女? い、いや、違う!」

「こっちに降りて来るぞーっ!」


 天を仰いだギャラリー達から驚きの声が次々と上がる。夜の花火に彩られながら、ひとつの飛翔機械が羽音を響かせ、漆黒の夜空からおごそかに降りてくる。


「あれは……ゼロメートルの少年の機械だ!!」


 誰かが発した一言に、観衆が「おおー!」と言う感嘆の声を上げる。大会の時は橋の上まで舞い戻るだけで力尽きていたが、今は遥か高みからしっかりと存在感を示しつつ、両陣営の真ん中に舞い降りてくる。


 ヒュンヒュンヒュンヒュン……ごとんっ!


 プロペラの回転を落としつつ。橋の上に着地するその機械「へりこぷたぁ」。その操縦席から降り立ったのは二人の人物、ひとりは操縦者のギャラン少年。

 そしてもう一人の若い下士官の姿を見た時、ナギア皇太子以下四人の驚き声が見事にハモった。

「「げ、げぇっ!?」」


     ◇           ◇           ◇    


「さ、さっきの不感症男っ! 一体どうやってあの塔から……あ、そうやった……のね」

 カリナを幽霊か何かを見る目で見てたラドール夫人が、生まれた疑問をすぐに自己解決した。まぁ飛べる機械があればあの塔は出入り自由よね。

 っていうか不感症男って……この体はステア君のものなんだし、勝手に彼に変な印象を持たないで欲しいわね。


「彼が証拠だ。何か言う事はあるかね?」

 アトンさんが若干楽しそうに四人に詰め寄る。いやー、このヒト本当にこういう役どころ似合うわねぇ。


「ご、誤解は困る。私はただフォブス達にそそのかされただけで……」

「ちょ、皇太子! それはあんまりといえばあまりな」

「そーそー、私もただ言われたとおりにやっただけだもーん」

「妃殿下まで! 国家のトップとして責任転嫁はいけませんぞ!」


 うーん。ここまで見事に化けの皮が剥がれるシーン初めて見たなぁ。なんか逆にこの人たちの行く末に少し同情するわ。



「何事かね」

 彼らの後ろから重厚な声がかかる。騎士たちに周囲を警護されてやってきたのは誰あろう、皇帝陛下エギア・ガルバンスその人だ。

「ははっ!」

 アトン将軍はじめ全員が思わず跪く。そして陛下が会話に加わったのを見てか、警備の者たちが即座に伝令を飛ばして「はなび」を止めた。


 周囲に静寂が訪れる。ここからはここにいる全ての人たちが、傍聴者であり証人になるのだ。


「皇帝陛下。実はナギア皇太子のこの機体、実用化が困難な事を話しておったのです」

 まずアトンさんがそう発する。そりゃそうだ、中に魔女が入って操る機械を、そもそも魔女どころか女性の人数が少なく、かつ魔法を禁じられているこの国で量産なんてできるわけない。


 その言葉に乗じるように、ラバン大臣が割って入って来た。

「大将軍様のおっしゃる通りです。この『ブルー・シャーク・ナギア号』はナギア様専用のワンメイク物。今まで数々の機体を乗りこなしてきた皇太子殿下のみが扱えるデリケートなものになっております」

「そそ、機体性能が非常にピーキーで、彼意外に扱えるものではありませねば……高額なのも相まって、量産はやむなく先になると話しておったのです」


 はーいはい。本当に咄嗟によく口が回るわねー、さすが大臣。

 しかも言い得て妙よねー。あのラドールさんをのは皇太子だけだし、彼女の性格はめんどくさそうで、機械に例えたらピーキーな扱いづらい奥様だろうねー、文字通りし。


「だが、こちらの機体なら、すぐにでも開発が始められますぞ」

 アトンさんがそう言って『へりこぷたぁ』をポンと叩くと、周囲の観衆からも「確かに」「飛び方はともかく、作りそのものはは珍しくないしな」などの感想が漏れ聞こえる。

 思わず私も内心で胸を張る。ふっふーん、すごいでしょこの機械!


「ほう! それは良い知らせだな大将軍。ついに魔女どもより空を奪還するコトが出来るのか!」

 皇帝陛下がポン、と手を打って感心したようにそう言う。うんうん、これでギャラン君とジャッコさんも出世できる! やったぁ。


「ですが、今のままではまだまだ魔女には追いつけますまい」

 その意見にがくっ、と心の中でずっこける私。ちょっとアトンさん、なに台無しにしようとしてんの!


「この機械は浮遊能力こそ優れておりますが、移動は機体を傾けて進むのがやっとでございます。また飛翔の際に大きな音を立てますゆえ、無音で飛ぶ魔女の格好の的になりましょう。なので今しばらく時間をかけ、より一層の改良と開発が必要になるかと」


 そんな話を聞いている内に、私はアトンさんの真意に気が付いた。もしすぐにでも量産出来て、あのエリア810に送られでもしたら、今までのパワーバランスが崩れちゃうんだ。今で互角なんだから、画期的な新兵器はなるべく遅れた方が好都合なんだなぁ。


「むむむ……それは残念だ」

 皇帝陛下がアゴを撫でつつ無念そうにそう呟く。それを見て周囲の人たちも落胆の様子を隠せないでいた。対魔女の成果を目指した飛翔大会だが、それでも及ばないとなると意気消沈するのも無理はない。


「ですが、ここに一発逆転の秘策があるのですよ、陛下!」

 突然テンションを上げて力説するアトンさん。え、なに、何事?


「我が国の英雄であるナギア殿下! そしてこの大会の優勝機、ブルー・シャーク・ナギア号!」

 大袈裟な手ぶりで皇太子を、そしてあのがらんどうの機械を指し示す……一体何を?


「この最強の戦力を、810、魔女どもを蹴散らして、我が帝国の優秀を世に知らしめるのです!!」


「「え、ええええええええっ!?」」


 私が、大臣ズが、ラドールさんが、そしてナギア皇太子が硬直したままそう発する。あの人たちを、エリア810に?

 え、えーっと……これも一応『左遷』に、なるの、かな?


 ――おおおおおおおおおっ!――


 次の瞬間、周囲の観衆からまるで山鳴りのような、歓喜の声が響き渡った。


「そりゃいいや、機械帝国の若き皇太子が空を飛び、悪しき魔女を蹴散らす、最高だぜ」

「次期皇帝陛下の地位を指し示すのに、これ以上の機会は無いぞ」

「まさに国家の英雄譚の誕生だ、100年は歌い継がれるなぁコレは!」


 うわぁ……こりゃ効果てきめんだわ。ちなみに皇太子以下の四人は揃いもそろって真っ白になってるし。

 ま、まぁ彼らは810を『地獄の最前線』と思い込んでいるんだから無理もないわねー。国のトップに近い場所にいる彼らが、いきなりそんなトコに放り込まれることになったらそりゃそうなるわ。


「素晴らしい! わが血を引く第一王子が、敵を蹴散らして見せるのか。それは我が機械帝国の勝利への確実な一歩となろう! ナギアよ、見事本懐を成して見せよ!」


 皇帝陛下の死刑宣告げきれいに、真っ白になったまま「は、ははぁ~」と平伏するナギア皇太子。あー、まぁ大丈夫だから、たぶん。


「そ、そういう事なら、わたくしも共に参ります。妻として夫と共に在るのは本懐に御座いますれば」

 あら、ラドールさんが意外なことを言い出したわ?

 うん、まぁ考えたらそうよね。あの機械を飛ばすには彼女は必須だし、夫である皇太子が戦死でもしたら権力パーなんだし。それに皇太子が留守の間この国に留まっても、それこそ居心地悪くて仕方ないでしょうしねー。


 で、観衆たちはそんな夫人も込みで褒め称えているし……これはどうあっても行かなきゃならない流れよねー。


 と、アトンさんが私の肩をぽん、と叩いて、陛下にこう言った。

「幸いにもここに、エリア810より出向中の兵士、ステア・リード一等兵がおりますれば、彼に案内役を務めさせましょう」


 え、ええええええ!! ちょっとおぉぉぉぉぉお!!! 私がこの人たちと一緒にいぃぃぃぃ?


「うむ、よろしく頼むぞ、ステアとやら」


 皇帝陛下の満面の笑みでの一言に、私も真っ白になりながら、その任務を拝命するしか無かった……。


    ◇           ◇           ◇    


 ドルルルルル、と軍用トラックの音を響かせて、私はエリア810への帰投の路についていた。同じトラックには何と機械帝国の第一皇太子ナギアさんと、その奥さんで魔女のラドールさん。そして二人で飛ぶ機械『ブルー・シャーク・ナギア号』が乗り込んでいた。


 ちなみに大臣二人は国に留まった。大手機械メーカーのラフォン社に、あの「へりこぷたぁ」の制作者であるギャラン君とジャッコさんを迎え入れて取りなしてもらうためだ。

 ギャラン君たちが念願かなって上機嫌なのに対し、大臣二人は「今度失敗したらマジで左遷」とのプレッシャーから必死に奔走しているみたい。まぁこんど何かやらかしたらアトンさんが黙っていないのは本当でしょうけど。


「あーあ、私もう魔法王国に亡命しちゃおうかしら」

 ラドールさんが諦めきった顔でそんな事を言って、ナギア皇太子に「捨てないで」と泣きつかれていたりする。彼女は元々あっちの魔女出身で、若い頃に戦争の捕虜となった後、帝国に帰化して玉の輿に乗れたみたいなんだけど、このままじゃ破滅すると思い込んでそんなグチが漏れたみたい。でもそれやっちゃうと人生大損するよー。


 というか、皇太子ご一行が810に向かうのは、機械の通信で向こうにも伝わっているらしい。ならこの二人をどうするのかな?

 もし810の実情をナイショにするのなら、彼らは建前上、手柄を立てさせなくちゃいけないんだけど、下手に彼を英雄にしちゃうとまた後々バランスを取るのが面倒だ。

 かと言って彼らをボコボコに負かして敗走状態で国に返すと、彼らはともかく帝国の国民がお先真っ暗になっちゃうし。


 いっそ二人にも810の実状を教えてしまうのもテなのかも。次期皇帝陛下を810こっち側に引き込めば、ひょっとすると戦争の早期終結に繋がるかもしれない。

 あ、でもそれも危ないか。もし彼らがそれに反発したら、あの隠し村を含めて叛逆国家の烙印を押されるかもしれないしなぁ……


「あー、あっちに美味しいワインあるかなぁ」

「お風呂とかあるー? 不潔はお肌の天敵なんだけどぉ」

「戦場ですよ! そんなもの……」

 あるんだけどね。


「いい! アンタは死んでもいーから、私をしっかり守りなさいよ、この男」

「ええ!? ラドール……もしかして、あの魔法を、コイツに? ヒドイ、あれは僕専用だって言ってたじゃないかー!」

「ぎくっ! あ、あはは。効かなかったみたいだし、別にいいじゃない」

「ひどいー! 裏切りだ、浮気だ、寝取られだー! こ、こうなったら僕も向こうで捕虜の魔女に手を出してやるー!」

「ぜったいに、ゆるしません、からね!」


 かくして私は機械帝国の旅行を終え、810に帰っていくのであった。やたら賑やかなお荷物を抱えて……


 あーもうっ! いやだよおぉぉぉぉ!

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