第26話 機械帝国の真実
熱狂する人混みをかき分け、私カリナ(体は
「ちょ、ちょっと、君ぃ」
「なんだ、審査委員か?」
橋の入り口にいる衛兵の脇をすり抜ける。そう、私はこの飛翔大会の審査員。右腕に巻いている腕章がそれを証明しているおかげで、兵士さん達にもやや見逃して貰えているみたい、都合がいいわ。
そして、審査員として私は、あの機体の優勝を認めるわけにはいかないんだ!
機体が要塞島に到着し、ウィンチっていう吊るす為の機械によって引き上げられて、城壁から数階上の部屋に押し込められていく。
「逃がさないっ!」
橋を渡り切った私は、そのまま要塞の際にある石の階段を駆け上がる。今機体が収められた部屋まで細い階段が続いているけど、途中や入り口には兵士さん達が立っていて、登っていく私を見て警戒の姿勢を取る。
「貴様、止まれっ! ここから先は王族と関係者以外は立ち入り禁止だ」
体格のいい番兵さんが両手を広げて私を止めようとする。いくらステア君の体でもこの人を押しのけて向こうに行くのは無理そうだ。
でも、こういう時には力押しじゃなくて、帝国の兵士さんの真面目さを突いて見ればいけるかも。
彼の目の前で立ち止まって敬礼し、即座に言葉を発する。
「アトン大将軍指揮下、エリア810戦闘兵士ステア・リード! 特別審査員として先程の機体をよく見せて頂きます!」
うん、嘘は言ってない。いちおう彼が810に視察に来た時だけは、この体の持ち主のステア君はアトンさんの部下なんだから。
「大将軍様の?」
思わず
「あの機械をつぶさに見て、エリア810で戦う仲間達にそれを、希望を伝えたいんです!」
今度は最前線エリア810で戦う事をダシにして説得を試みる。この大会そのものが魔女に対抗する飛行手段を広く募る建前がある以上、そう言えば聞き入れて通してくれるかもしれない。
「ふん、仕方ない。皇太子様や諸氏に無礼の無いようにな」
そう言って道を開けてくれる番兵さん。私は再度敬礼し「ありがとうございます!」と叫んで、再び上に向かって駆け出した。うん、ちょろいな帝国兵。
(と、いうか……アレで通してくれるってコトは)
多分知らないんだ。彼もまた、あの機体の秘密を。でも……私の目はごまかせないわよ!
格納庫に辿り着く。機体を入れる大扉はついさっき閉じられたばかりで、大きく重そうで開きそうにない。でも横の通用口のドアは兵士さんが立ってるだけで、簡単に開きそうだった。
(時間が、ないっ!)
そう判断した私は兵士さんに敬礼をし、彼が返礼するそのスキにわきを潜り抜け、ドアを開けて格納庫の中に飛び込む!
ダダン! と靴音を立てて庫内に入る。目の前にはナギア皇太子と、謁見で見た二人の大臣と数名の作業員。それに先ほど格納されたばかりの”ブルー・シャーク・ナギア号”があった。そして……。
「ふぃ~、やーっと終わったわねー。あー暑かった~」
その機体の先、サカナの顔部分を開けたその中から、ひとりの女性が這い出てきていた。
「……やっぱり! 中に、魔女がいたのね!!」
思った通りだ。あの飛び方はどう見ても不自然、というか魔女の私にしてみたらもう中に魔女がいて、皇太子ごと機体を飛ばしているのはバレバレだった。だって、私たち魔女がホウキに乗って飛ぶのと、飛び方が見た目まったくおんなじだったんだもん。
あの大仰な機械音も多分、意識を反らす為の演出だったのだろう。こんなズルな方法で、みんなの努力を蹴落とすなんて……絶対に認められない!
「な、なんだ貴様は!」
「どこから入って来た! ここは立ち入り禁止だぞ!!」
格納庫内に、ぴりっ! と空気が張り詰める。皇太子は目を丸くして動揺しており、機械から出て来た魔女はヤレヤレ、と首を振る。整備士が機体や魔女を隠そうと立ちはだかり、数人の兵士が私を取り囲む。
「おお、君は先日の謁見で見たな。確かー、エリア810のステア一等兵じゃったか」
そう声をかけて来たのはあの大臣だった。皇帝陛下との謁見の際、飛翔大会がナギア皇太子の完勝になる事を予言したおじさん達……そりゃ勝てるわよ、こんなズルしてたんじゃ!
「ふむ。後はワシに任せて、皇太子は行って下され。表彰式が待っておりますぞ」
「……分かった、後は頼むぞ」
そう言って、二人の衛兵と一緒に格納庫を出て行くナギア皇太子。
「さて、ステア君じゃったな。まぁ悪い様にはせんから、騒ぎ立てんでくれんか」
大臣の一人、太った体に脂ぎった顔のオジサンが手を広げ、ニヤケ顔で近づきながらそう言って来る。冗談じゃないわ、王族と大手のメーカーさんがグルになって、こんな事してるなんて!
「どうじゃ? 20万リギラほどで手を打たんか? なんなら女も抱かせてやるぞい」
不気味な笑い顔を目の前に近づけて、指を立てながらそう言う。ああもう嫌な顔、男の人にここまで嫌悪感を感じるとは思わなかったわ!
「そんなワケにはいかないわ……いきません!」
うわっと、また女言葉が出ちゃった。あわてて思考を帝国兵に切り替えて続きを発する。
「国民のみんなが頑張ってるのに、王族がこんな不正を……
はぁ、はぁ、と息を荒げて、今言った言葉を反芻する。そうだ、あのギャラン君やガガラさんの頑張りに対して、上がこんなズルするなんてあんまりじゃない!
それに魔女が機械に入って飛んでも、魔法王国の魔女に対抗できるわけないじゃない。この国の女性は魔法王国よりずっと少ないんだから……ま、まぁ私達が真剣に戦っていないのには目を反らす方向でだけど。
「やれやれ、わかっとらんのう、君は」
そう発したのはもう一人の大臣だ。こちらは痩せた体を直立不動の姿勢に固定し、りっぱな髭を撫でながら、コツコツと足音を立てて左右に歩きつつ、続きを語る。
「人は飛ぶ事など出来んのじゃよ。少なくとも魔女がホウキで飛ぶよりは、のう」
その言葉に思わず「うっ」と呻く。それは今日の飛翔大会を見ていれば明らかだった。皇太子以外で一番記録を出したガガラさんの機体も、思わぬ方法で浮いて見せたギャラン君の機械も、ホウキに乗って飛ぶ魔女にかかればずっと不自由で脆く、戦いになったら問題にならずに攻撃魔法で撃ち落とされるだろう。
「じゃが、国民にその事実を伝えることは出来ん。我々は例え嘘でもその力を誇示して、『魔女恐るるに足らず』と伝え、国民を安堵させねばならんのじゃ」
アトンさんも言ってた『ぷろばがんだ』ってアレ、ね。
確かにここまで帝国を旅して、この首都にしばらく滞在し感じたのは、国民の魔女に対する恐怖と嫌悪、それに対抗意識だった。
国としては『魔女には到底敵わない』という訳にはいかないんだ。そのための宣伝手段としてこの飛翔大会を開いて、皇太子を自在に飛ばせて宣伝してみせた、ってコトなのね。
「そなた等がエリア810で苦戦しておることは承知しておる。じゃが現実的には魔女に対する飛行手段なぞ提供できんのじゃ、今の我らではな」
しみじみとそう語った痩せ大臣さんが、一息ついて続きの言葉を語る。
「だが嘘でも『出来る』と公言すれば、魔女たちには脅威に、そしておぬし等にとっては希望になる。まぁお主にはバレてしもうたがの。どうじゃ、ここはひとつワシ
らに騙されて、知らぬ存ぜぬをつき通してくれぬか。」
その説得に抗議の勢いを削がれる。うん、まぁ私もこの帝国の事情を見て来たし、実際最前線の810でもヤラセ戦争やってるんだから、人の事を言えた立場じゃない。
ガガラさんやギャラン君の事を想って飛び込んで来たけど、そう言われてしまうとなぁ……
「どうじゃ、お主の立場なら女に縁はあるまい。帰るまでに一夜を経験させてやるぞい」
……最後は結局そっちに行くんだ、説得。どんだけ女性に飢えてるのよ、機械帝国の庶民は!
「間に合ってます!」
そう言って踵を返す。ここはひとつアトンさんと相談してどうするか決めよう……
バシュッ! ビリビリビリビリ……
「んぁ! あああああああああっ!」
全身に強烈な痺れが走った。同時に体の力が抜け、手も足もいう事を聞かなくなって、その場にべちゃりと倒れ落ちる。
(ちょ、ちょっと! ステア君の体になにすんのよ!)
意識はハッキリしているので、とりあえず心で抗議する。
今のは確か、攻撃魔法の一つ……
「ハイハイ、こーんな真面目君に説得なんて無駄よ。例によって私に任せてもらいましょうか」
「ははっ!」
「毎度お手を煩わせて申し訳ありませぬ、ラドール皇太子夫人」
倒れている私が見上げたのは、さっき機体から出て来た魔女だった。ゆるくウェーブのかかった銀色の髪をなびかせ、私を見下ろしてにやっ、と笑い、舌なめずりを一つする。
うわぁ……キモチワルイ。皇太子夫人って言ってたけど、これがあのナギア皇太子の奥さん? なんかお似合いな気もするし、皇太子さまが気の毒な気もするなぁ。
「
その魔女が唱えた『眠りの呪文』を聞いた時、私の意識は、途切れた――
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