第44話 終末への砂時計、返されて、落ち始める
「ステアっ……みんな、頼むっ!」
「カリナ! 帰ってたのね。みんな、受け止めるわよ!」
「はいはーい!」
帝国兵でありステアの直接の上司であるギアが、落ちてくる二人を見て叫ぶのに応えて、魔女たちが一斉に森から空へと舞い上がる。
「使っちゃうわよ、
カリナの部隊の副隊長の魔女ワストが、落ちてくる二人の真下から上に向けて魔法を飛ばす。木のツルで編まれた手のひらサイズの網状のものが、まるで蜘蛛の巣のように大きく広がり……
ばさぁーっ、と、ネットのように二人を受け止めた。ほどなく大勢の魔女がそこに到着し、ステア(中身はカリナ)とカリナ(中身はステア)を抱えて、ゆっくりと森へと降りて行く。
「うまくいったようね……まぁ、問題はここからなんだけど」
ワストが天を仰いで、未だはるか上空にいる二人を見上げる。機械帝国の皇太子ナギア氏と、名前は知らないけど新人の魔女ちゃん……なんか戦闘意欲満々だったなぁあの娘。
実は二人を助けた魔法、
でも今回カリナ達を助ける為に使っちゃったんで計画はご破算である。というか魔女がほぼ総出で帝国兵と魔女のカップルを助けっちゃった時点で、もう言い訳は通らない気がするなぁ。
案の定、ナギア氏と謎の魔女っ娘は空中で停止したまま、こっちを見て目を丸くしている……どーしたものかねぇ。
◇ ◇ ◇
「どういう、ことだ?」
眼下に展開された光景を見て、ナギア・ガルバンス皇太子は固まっていた。私の銃撃をあの帝国兵ステア・リードが、まるで魔女を庇うようにあの
「なん、で……カリナせんぱ、い?」
魔女研修生、ハラマ・ロザリアもまた「信じられない」といった表情でその光景を眺めるしか無かった。帝国の王子とやらを狙った私の
そして戦闘に割って入った兵士と魔女が、まるで仲良しのカップルのように空中で抱き合って落下し、下から出て来た魔女たちに救出され、しかも……
「なんで兵士と魔女が、戦いもせずに居並んでいるのだ!?」
「なんで魔女が敵の兵士と、仲良くしてるんですの!?」
同時に声を発して、ふとお互いの存在に気付き、再び銃や魔法を向け合う両者。
が……なんか自分達だけが別の世界に居るような違和感がひしひしと湧き上がって来て、ふたりは相手に対する敵意を一度収め、仲間たちと敵たちが一緒にいる下へと降りて行く。
ふたりが森の中へ降り立つ。周囲には今回の戦闘に参加していた帝国兵士たちと魔女たちが居並んでこちらの様子を伺っている……仇敵であるお互いが戦いもせずに?
「イオタ司令官! これはどういう事だ、説明をしてもらおう!」
「カリナせんぱい! これは一体どういう状況ですの? こんな恐ろしい帝国の男とどうして戦わないんですか!」
二人の当然の疑問に、一同は目線を反らしたり、頬をこりこりと掻いたりして重い空気を流そうとする……まぁ流れる訳が無いんだけど。
しばしの沈黙の後、ナギアとハラマは同時にぽん、と手を打ち、「「ああ、分かった!」」とハモった後、両者真逆の見解を述べる。
「この魔女たちは我らの捕虜という事か! なるほど捕らえた敵を懐柔して最前線に出しておるのだな」
「そっか! この敵の男たち、もう私たちの奴隷として使ってるのね。さっすが最前線の魔女様たちだわ」
ずどどどどどどどどどどっ!
居並ぶ面々の全員が、派手にずっこけた。
と、ナギアのまたがっていた飛翔機械の先端部分がぱかっ、と開いて、中から一人の女性が呆れ顔で這い出してきた。
「ったーく、ンなワケないでしょあなた。」
出て来るなり呆れ顔でそう言うラドール皇太子夫人。
「って皇太子夫人!? 姿が見えないと思ったら……っていうか、飛翔機械って!?」
「ええそうよ。私が中に入って魔女の力で飛ばしてただけ。つまりこれはインチキなの……ステア君の『へりこぷたぁ』は正真正銘の機械なんだけど」
その彼女の発言に全員が「ええー?」という顔をする。機械帝国が魔女に匹敵する飛ぶ技術を作り上げたって言うから、大掛かりな戦争シナリオを組み立ててそれを無効化しようと思ってたのに、そんなの全然必要なかったんじゃない。
「そ・れ・よ・り! いつからこんなに帝国と魔女がなかよししてるのかしら?」
ジト目でそう語るラドールさんに、全員の表情が引きつる。そういえば彼女も元は魔法王国の魔女なんだし、両国の事情に通じている彼女なら察する、か。
「なん……だと?」
「仲良くしてるって……うそ、でしょ?」
衝撃の事実を受け入れられずに呆然とする二人。まぁ無理もない、さっきまでこの二人だけは本気の戦争、ガチの殺し合いをやっていたのだから。
「ステア君、本当かねそれは!?」
「カリナせんぱい、そんなコトって……あるの?」
ナギア皇太子とハラマが、お互いをここまで連れて来た随員に向かってそう問いただす。ふたりにしてみればこのエリア810配属の面々の中では一番面識がある相手なのだが……
「あ、その二人、実は入れ代わってるから」
話に割って入ったのは魔女側の聖母マミー・ドゥルチだ。周囲の皆も「それ言っちゃっていいの?」という表情をするが、さすがに当の二人にはなんのこっちゃろか? と理解が追い付いてこない。
「……すみませんナギア皇太子殿下。私、本当は魔女のカリナ・ミタルパと申します」
兵国兵士のはずの青年が魔女式の礼をしつつ(スカートじゃないので裾をつまむふりだけ)そう伝える。そのオカマっぽいリアクションにナギアは戸惑うが、傍らにいるラドール夫人はふむふむ、と興味深そうにアゴを撫でる。
「あ、えーっと。自分は帝国兵、ステア・リードであります。体はカリナのそれですけど」
ステアがハラマに向けてびしっ、と帝国軍隊式の敬礼をする。当のハラマはステアとカリナ(体は逆)を交互に見ながら「え? え?? ええええええ???」と困惑のご様子だ。まぁそりゃあねぇ。
「じゃ、じゃあ貴様は魔女でありながら、我が機械帝国の深淵まで踏み込んだというのか!」
「そう、そうだわ! 帝国の男が聖都レヴィントンに……あまつさえ、女王様や四聖魔女にまで……ッ!」
二人がほぼ同じ表情で、ほぼ同じ事実に驚愕している。その表情は決して好意的ではない、嫌悪と敵愾心に溢れていた。
ナギア皇太子は帝国の後継者であり、ハラマは超が付く帝国兵嫌いなのだから当然そうなる。ましてここまで心を許していた二人に騙されていたとなれば、心穏やかでいられるはずもない。
「これは重大な叛逆行為だ! 貴様等、このままですむと思うなよ!!」
ナギアが腕を振り回して周囲の連中を蹴散らす。それに連動するようにラドール夫人が夫の前に立ち、手をかざして魔力を灯し、主人を護ろうとする。
それに対して810の面々にも緊張が走る。この810の秘密は、最悪この二人を殺してでも守らなければならない。聖母マミー・ドゥルチがひとつ息を吐いた後、皇太子夫妻を正面から睨み返して……
「待って下さい。聖母様、ナギア皇太子!」
間に入ったのはカリナ(体はステア)だ。元々魔法王国の魔女である彼女だが、機械帝国を旅してその実態を知り、様々な人たちと交流してきた。そしてこの皇太子夫妻とも紆余曲折はあったが、最後には帝国に伝わる御伽話『ナナの物語』にまつわる話までして頂いたのだ。このままここで殺されてしまうのを見てるわけにはいかなかった。
「まずは騙していた無礼、心より謝罪申し上げます。だけど、だけど私が、魔女の私が帝国を知る事は、決して無駄じゃ無かったと思っています」
「自分も同じです、ナギア皇太子殿下。あ、お初にお目にかかります。今は魔女の姿ですが、本来はこの男性の体の持ち主である、ステア・リード一等兵です」
カリナの横にステアが付いてそう礼を尽くし、続きの言葉を語る。
「私はこの体を借りて、魔法王国の実態をつぶさに見てきました。結果、色々なことが分かりました。それは帝国の……いや、この世界の未来にきっとお役立ていただけるものと確信しております!」
そう。二人はその為にこそ、お互いの国に出向いたのだ。機械帝国と魔法王国、このふたつの国の無意味な戦争を、一刻も早く止める為に。
ふたりが居並んで礼を尽くすその姿に、ナギアはざわり、という悪寒を感じていた。
機械帝国と魔法王国の融和などという未来が果たして本当に可能なのか……だが目の前で並んでいる若い魔女と帝国兵の若者を見ていると、まるでその縮図のように見えてしまい、戦慄を覚えずにはいられなかった。
「ふぅ。ずいぶん思い切ったものね。大戦の英雄、黒衣の魔女マミー・ドゥルチさん」
「お元気そうで何よりよラドール。捕虜になって帝国の王子様を射止めた貴方になら分かるはずよ」
ラドール夫人と聖母マミー・ドゥルチが言葉を交わす、どうやらお互い顔見知った仲らしい。
「でも、今の帝国は『王国と戦争をしているから成り立っている』側面もあるのよ」
そのラドールの台詞にカリナ(体はステア)が思わずしゅん、とうつむく。魔女の、そして魔法の恐ろしさと女性にしか使えない理不尽さは、帝国国民の芯にまで染みついている。そしてその魔法への対抗心こそが帝国を、機械産業を生み出し、支え続けているのだ。
もし今すぐに帝国と王国が講和して交流が始まれば、帝国の多くの者が失業してしまうだろう。苦労して飛翔する機械を作っている者達、あのジャッコさんとギャラン君の努力は、そこかしこで空を飛ぶ魔女の前では一瞬でパーになるのだから。
「それは……、魔法王国でも同じです」
ステア(体はカリナ)が言葉を返す。彼が魔法王国で見てきた現実。男性は睾丸を抜かれ、それを培養されて子供を生み出す社会が浸透してしまっている。そして玉を失った男性のほとんどが、魔女たちのアクセサリーのような扱いを受けている現実を。
今更あの国を、男性と女性が共存する社会に戻せるのだろうか。
「ハラマ。騙していて悪かったと思ってる、でも僕は帝国兵なんだ、そんな僕を君は……あ、あれ?」
振り返ってハラマにそう告げようとしたステア(体はカリナ)が、言うべき相手を見失って驚く。今さっきまでここにいたのに……どこに?
「え? あれって……」
「上にいるわ! って、なんでホウキもないのに浮いてるの?」
彼女は森の上に浮かんでいた。冷たい表情で僕たちを見下ろし、空へ空へと上がっていく……ホウキも使わずに。
そして、その彼女の肩に、ひとりの幼い少女が腰かけていた。
「ナーナっ!?」
魔力の名を持つ少女が、薄目を開けて微笑んでいた。
「ステアおにーちゃん。ナーナ、おもいだしたよ。ナーナのしなきゃいけないことを」
「おいステア!あの肩に乗ってるちっこいの、何なんだ?」
「え? ねぇギア。何を言ってるの?」
「いるだろ」「ああ」「見えるな」
「え、どこに?」「何が?」「ナーナって、魔力が見えるの?」
男性陣と女性陣で全く違う感想が漏れる。そう、ハラマの肩に乗っている少女は、女性には決して見えず、男性のみがその姿を視認できるのだ。
「ハラマさんっ! 聞こえてる? 返事してーっ!」
ステアが声を張り上げてハラマを呼ぶ。でも、彼女はまるで何かに、そう、ナーナに憑りつかれているかのように冷たい表情のまま、その美しい唇を動かしてつぶやきを繰り返している。
(許せない……ゆるせない……ユルセナイ……)
追いかけようとするステアだが、ホウキはさっきハラマのハサミを受け止める為に使ってしまっていて、空へ空へと上がっていく彼女たちを追う事が出来ない。
「みなさん、彼女を追ってください!」
そう叫ぶステアだが、周囲の魔女たちの反応は鈍かった。なにしろ今、目の前には機械帝国の皇太子が居て、ここのヒミツがバレたばかりなのだ。本国から来た新米魔女が後回しになるのは仕方の無い事だろう……その肩に乗る少女が見えないのならなおさらだ。
「使いなさい」
聖母マミー・ドゥルチ様が持ってるホウキを渡してくれた。すかさず魔力を込めてまたがり、飛び上がってふたりを追う。
だけど、慣れない聖母様のホウキに加えて、ふたりの空へと上がっていく速度がどんどん速くなる。一度は距離を詰められたが、そこからまた引き離されていく。
「ナーナーっ! 君のやることって、一体なんなのーっ!?」
声が届くうちにと叫んだ。
そんなステアの姿を見て、薄めでうっすらと笑い続けるナーナが、声を魔力に乗せて静かに、こう返した。
――おしべとめしべをなくしたおはなは、もうにどと、さかない――
そして二人は、白い雲の中に消えて行った。
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