第17話 出発前夜

「いやー、若いってやっぱり適応が早いわねー。すばらしいわ」

「うん、礼儀作法も言葉遣いもしっかりと帝国兵してるよ」

 あれから一週間。お互いの体と心が入れ替わったステア・リードとカリナ・ミタルパは、それぞれの国に潜入するために、お互いの技量や知識、礼節やマナーなんかを学び続けていた。


 そして今日のテストで、魔女聖母マミー・ドゥルチと帝国司令官イオタ・スブラに見事太鼓判を押されたのであった。


 最初はカリナ(見た目は兵士ステア)が銃やナイフ、電気鎌などの扱いに散々手こずっていたのと、ステア(見た目は魔女カリナ)も魔法をまともに使えずに暴走、暴発を繰り返していたのだが……両者とも競うように上達を続け、夜は二人で本国の知人、友人や上司の情報を交換し合って、為の準備は万全に整っていた。


「じゃあ明日、いよいよ出発だな」

「お願いね。これは大いなる一歩よ」


 体を入れ替えた二人が、それぞれの敵国に赴いて任務ついでに見聞を広める。ぶっちゃけるとそれだけの事ではあるのだが、それでも帝国兵が魔法王国に行き、魔女が機械王国に行ってそれぞれの文化や思想に触れ、それらの情報をもたらす事は大きな意義がある。


 また、この肉体入れ替わりの魔法が完成すれば、これからもお互いの出身者を、そしていずれはお互いの国民同士すら、国の中枢に内緒でこっそり送り込むことが出来るかもしれない。


 なのでその第一号となる二人は、今後のモデルケースとしての役割もあるのだ。


「責任の重さを肝に銘じ、必ずや任務を遂行して見せます!」

 カリナ(姿はステア)が帝国式の敬礼をカッ! と決めて見せると……

「月と魔法ナーナの加護の元に、成功の花を咲かせましょう」

 ステア(姿はカリナ)がスカートをちょん、と持ち上げて、つつましやかにそう続く。


 おおー! と周囲から感嘆の声が漏れる。これなら大丈夫だなと安堵しつつ、まだ知らぬ相手国の印象を伝えて欲しいとの期待に胸を躍らせる。


「それじゃ、今夜はふたりっきりで過ごしなさい。ゆっくり休んで、明日の出発に備えて」

「「はいっ!」」


「ヒューヒュー」

「しばらく会えねぇからなー、思う存分楽しんどけー」

「キャー、カリナ頑張ってねー……って、どっちが?」

「ヤりすぎて疲れ残さないようにねー」


 先輩方のはやし立てセクハラを浴びながら、カリナとステア(体は逆)が、この日唯一使える隠しヤリ部屋へと入っていく。周囲の皆も今日は二人にさせてやろうと、この地下密会場からそれぞれの野営地に撤収していく。


 の、だが……



「自分相手に欲情できるかあぁぁぁぁぁ!!」

「今だけでも元に戻してえぇぇぇぇぇぇ!!」


 に戻った二人が、裸で向き合いながらも頭を抱えて絶叫する。まぁ当然と言えば当然なのであるが。


 結局、その夜は二人で肌を重ね合い、(自分の体に戻して~)などと念じながらも、明日に向けてのお話タイムに終始した。


「ね、人工胎内機械ってどんなカンジ?」

「うーん、普通に丸いカプセルだけどね。僕はむしろ魔法王国そっちの『魔法胎樹』っていうののほうが気になるよ」


 魔法王国も機械帝国も、普通にまぐわって赤子を成せるのは一部の上流階級の者達のみだ。なにしろ男女比が王国3:7、帝国7:3に別れているせいで、異性を迎えて結婚できるのはほんの一部、しかも上流階級の者たちはその権力に物を言わせて複数の夫、複数の妻を囲っているのだから、下の国民には当然回ってこない。


 その代わりに国民をするのが、機械帝国の人工胎内機械と、魔法王国の魔法胎樹という道具だ。


 自分の精子を提供し、その中に培養した疑似卵子と一緒に入れてそこで受精させ、赤子としての成長を果たすまでその機械の中で子供を育てるのが、帝国の人工胎内システムなのだ。

 

 魔法王国の方も、数少ない男性から得られた精子を魔法培養し、として下々に提供して、自らの卵子と共に魔法樹『胎樹』の内部にて受精させ、十月十日の日を置いて木から赤子が生まれてくる。実はこの『胎樹』も人間の母体を模した木人形ゴレムの一種で、王国民の出産のほとんどを担っているのである。


 ただ、両国ともそうやって生まれてきた子供は、の精子や卵子の遺伝能力が極めて弱く、生まれてくるのは帝国では男のみ、王国では女のみになってしまっており、男女比の偏りはそのまま継続されている。

 なので貴族の夫婦が出産する『その国にとっての』は極めて貴重な存在であり、それをさらに貴族で独占するせいで、下々の国民が恋人や伴侶を得るなど夢物語でしか無いのだ。


 そして、ステアもカリナも、そうやって培養されたつくられた、本来なら恋人など縁の無い筈の人間なのである。


「今回はに遭う事が出来なくて残念です」

「うん。僕もカリナの母さん見たかったけどね」


 今回、二人には表向きの任務がある。なのでその任務を果たしたら、あまり長居はせずに帰ってくる予定だ。その間も、二人がお互いの親に会う事は今回は禁止されていた。なにしろ見た目だけで中身は違うのだから、肉親に会ったら流石にバレかねない。

 もっとも、両国ともあまり親と子の交流は無いものだ。基本子供は早くから親と引き離され、義務教育を終えるまでは滅多に会うことは無い。しかも片親である親にとって、子供は愛の結晶ではなく自分のコピー的なイメージが強いのもあって、親が子の側に居たがらない、という事情もある。


「しばらく、会えなくなるね」

「うん……やっぱ、寂しい、かな」

 そう、旅立ってしまえば二人は引き離されてしまう。しかももし本国で何かあれば、これが今生の別れになってしまうかもしれないのだ。


「ま、まぁ……いつでも会えるんだけど」

「ぷ、ぷぷっ……確かにそうだけどさぁ」

 お互いが自分の体を見下ろして思わず笑う。考えてみれば鏡を見れば愛しいあの人が写っているんだから、ある意味寂しくは無いだろう。


「あんまひとりエッチしないでよねー」

「男の姿でソレ言うと、めっちゃシュールなんだけど」

「ま、まぁ私はするけどね。男の体ってたまっちゃうといけないんでしょ?」

「怖い事を言うな! というか今までもやってたんかい!?」


 ひとしきり下品なトークを繰り広げた後、大笑いしてそのまま眠りに落ちる二人であった。


      ◇           ◇           ◇    


「それでは、ステア・リード一等兵、出発致します」

「カリナ、ミタルパ、本国に一時帰参して参ります」


 翌朝、いよいよ二人がそれぞれの国に向けて出発する。


「留守は任せな。また派手にドンパチやっておくぜ」

「入れ替わりの魔法、必ず解明しておくわ。戻ってきたら早速元通りにしてあげましょう」


 両チームのリーダーが明るい笑顔で見送りの言葉をかける。それを受けて礼を尽くした二人が、本国へ行くためのバギーカーと馬車に乗り込む。


 ほんのふた月と少し前、この地獄と言われる最前線にやってきた二人は、一時的にとはいえ生存者として帰国を果たすことになる……ちょっと、通常とは違った形で。



 この史上初の、堂々たる敵国人潜入劇が世界に何をもたらすのか。この時は誰も知る由もなかった――

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