第6話 妹の話

 龍馬通りは若者に人気があるようで、晩秋の中にあってもまだお酒がご法度な連中も結構居るようだ。その中で赤いタイトスカートは、出掛ける前に幸弘の意見を聞いて、上着だけカーディガンに着替えた。足元もハイヒールから、踵の高いパンプスに替えたが、それでも菜摘未はひときわ目立った。商社マンが闊歩する通りならまだしも、もっとカジュアルな服装ばかりのこの通りには合わないのだ。

「だいたいこの通りでそんなスカートを履いているのはお前だけだぞ」

 通り過ぎた連中が、みんな振り返っているのは美人でなくて、その格好が合わないからだ、と兄から散々言われてしまった。

「あたしも好き好んでこんな格好してるんじゃないのよ。さっきまで千夏さんにサイズが合わなければ処分するって言われて着たところへやって来たからよ」

「千夏さんは今の着物も似合うが、あのタイトスカートのスーツ姿も確かに似合うなあー」

 そう言ったのは、兄でなく小谷だったが、菜摘未には頭に来た。

「どうせあたしには社長への取り次ぎやスケジュール管理するような環境には適応能力はありません、だわよね!」

「オイオイまだ話はこれからなのに、此処でいがみ合ってどうするんだ」

「お兄さんは本当に気を揉んでるの」

 菜摘未は適当に生返事のように喋る兄に対して、今は序盤戦と言いたげに、いい加減な対応に済ましている。この兄妹の態度にはなんかこれからの話が憂鬱になってきた。いったい俺に何の用があるのかと。

 まもなく彼女が良く利用している喫茶店が見つかった。懐古調の古いアンチュークの調度品が飾られた店だ。

 押して開くガラス戸さえ、ギイギイと今にも壊れそうな悲鳴を上げている。それに共鳴するように、カウベルも忙しなく鳴っていた。古くて黒光りするように磨き込まれたテーブル席に三人は座った。骨董品の山から抜け出たような古めかしいジーパンにティシャツの若い学生風の女の子が注文を取りに来た。彼女が置いたコップに一口つけて菜摘未が、此処のブレンド珈琲を宣伝すると二人も同じ物を注文した。

「何だ此の店は良く来るのか」

「まあね、ちょっと込み入った話があるときにはね」

 何だ此の兄妹は、サッサと用件を話し出さないのだ、と小谷は少し苛ついた。

 それには薄笑いを浮かべた菜摘未は、先ずはお兄さんの話からと、希実世との遣り取りを話し出した。

「希実世さんからあたしに電話が掛かってきました」

 いつだと言った兄を睨み付けた。その言葉に引っ込みが付かなくなり、煙草を吸おうとして、妹に此の店は禁煙だと止められた。そこへ注文の珈琲が到着して、十和瀬はひとくち飲んで気分を紛らわした。そんな兄を横目で見て菜摘未は続けた。

 兄は結婚すれば十和瀬家で一緒に暮らすつもりだったが、希実世に「話が違うじゃないの、造り酒屋を任せてもらえるから一緒になったのに同居するなんて嫌よ!」と言われた。

「でも俺は次男だと言っただろうそう好き勝手には出来ない」

 それに希実世さんが、此の家の仕来りではやっていけないと言われた。それで兄は、此の家と関わりのある、全く別の会社へ就職を決めた。此の会社で実績を作って本社に移動すれば、店長の今より暮らしを良くすると口説き落として結婚した。処が今に成って店長の肩書きがなくなり、別の部門に配置転換をすることになった。それでも良い成績を残して見返してやればいいと言ったが、今まで上手く行ってないのにもう懲り懲りと妻は更に機嫌が悪くなった。

「そんないい加減な話で奥さんとやっていたのか呆れた奴だ」

 十和瀬は決断力には乏しいが人情には熱い。それは高校時代には、小谷の正当な理屈を通す遣り方に不満のある奴らから、いじめに遭うのを十和瀬がことごとく相手になっていた。此の十和瀬の正義感に小谷も応えた。しかし向こうが手を出さなければ、おそらく十和瀬は何もしなかっただろう。そこが唯一の気がかりだったが、案の定に妻からの最後通告がなければ自分からは動かなかった。

「じゃあ奥さんはお前にはまだ熱があるって謂うことか」

「そうじゃあないわよ希実世さんは来年子供が生まれるって泣き付いてきたのよ」

 と実家では頼るのは菜摘未しかいないからあたしに電話をしてきた。

「そんな話をお前より妹が先に知るなんてそれまで知らなかったのか、まあ昔からとことん追い詰められないと動かない奴だとは思ったが……」

「でもあたしよりも千夏さんの方が物わかりが良いのに、もっとうちの家族と付き合うようにしないからよ。まあ希実世さんにすれば結婚相手の妹だからと色々とあの時はあたしに相談したけれど……」

 希実世さんが家族に対して認識不足なのは、兄のせいだと言っている。取り敢えずは千夏さんが、幸弘さんに対しては通いで来てもらう。来月の仕込みで大変な時だけ兄に泊まってもらえば、専務待遇で来て貰うと話を付けてくれた。それで希実世も何とか納得したが、そこで辞める会社に俺の穴埋めに小谷を推薦した。これが菜摘未からの回りくどい呼び出しだった。

「オイオイそんなの勝手に決めるな」

「お前に取っちゃ悪くないぞ」

 取引先として我が家の出入りは自由になる。一番の良さは俺の伝を頼らなくても香奈子の店へ酒を卸しにいつでも立ち寄れる。それにあの会社は酒以外の物も扱う予定だから、まして店の茶碗やコップは割れるから消耗品だろう、と益々魅力的に話を持って来る。これは小谷に取っては願ってもない吉報になった。



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