第53話 菜摘未の真意

 綾部市は特急の停車駅だけ有って隣の福知山市ともに拓けた所だ。そこで境田に菜摘未の失踪の動機を聴いて妹を連れて帰る。菜摘未に出合って動機を問い詰めても、黙秘されれば帰ってもまた家出されかねない。此処は理由わけを聴き出す足掛かりが必要だ。それを知ってる境田から多くの情報を掴まないと、菜摘未との再会を果たしても無意味だ。父に不満が有ればこっそりと兄の十和瀬か香奈子に相談すれば良い。父親に間接的に伝えたいのなら千夏が適任だが、どうして家中でない境田に頼って家出をしたのか。境田から不満を聞き出して菜摘未を納得させれば、それで矛を収められる。此処はどうしても境田と慎重に事実を聞く必要に迫られた。

 綾部には駐車場の有る小粋な店もあり昼食を兼ねて入った。冬は蟹が定番だが今は腹ごしらえと情報の提供が最大の目的だ。そんな暢気に食べてる場合ではない。本日のお勧め定食を三つ頼んで酒類は避けて食後は珈琲にした。

 境田の許に菜摘未を追いかけて兄が来た。その理由は聞くまでもないが、小谷は境田とは再々会ってるが、十和瀬は初めではないにせよ、こうして面と向かって話し合った事はない。菜摘未の居場所さえ分かれば簡単な挨拶で済ませて北陸へ向かうはずが、境田から意外な彼女の動機を聞かされ詳しく知る必要が生じた。こうして腰を落ち着けた段階で、面識の浅い十和瀬と境田の為に、小谷はスムーズに話せ合えるように境田に話し掛けた。

「先ほどお会いしたお母さんは物静かな人で菜摘未とは相性はどうでしたか?」

「まあねー、前もそうだが、お袋は苦手なタイプじゃあないけれど家ではおやじと妹がよく喋るタイプだから、妹の部屋では話が弾んでました」

「さっきもお母さんとは喋りにくそうにしていたので、早々と引き揚げようとした所へ境田さんが帰ってきて向こうもホッとされたみたい」

「お袋はいつもそうですからその点、妹は誰とも直ぐに打ち解けて近所の集会には母親が拝み倒して参加させてますよ」

 と半ば笑って境田の話している内に、十和瀬が話に乗って来るのを待った。何しろ失踪した菜摘未の兄だ。小谷より聴きたいことは山ほど有るし、境田にしても他人の小谷より兄で有る十和瀬に情報を提供するのが筋だと思うのは当然の成り行きだ。その橋渡しをこうして小谷は作った。

 やがて料理が来たが、食べ終わるまで待つ余裕はない。二人の会話の雰囲気に乗って十和瀬が食べながらも、今回の菜摘未の動機を訊ねた。境田はやっと喋る相手を本来の十和瀬に向けた。

 境田は菜摘未に誘い出された経過を、順序立てて語り始めた。

 先ず仕事中に会いたいとメールが入り、以前に行った境田の田舎に行って見たいと誘われた。京都駅で会った時はセーターとスカートにダウンジャケットで荷物はハンドバッグ一つで、冬の暗くなった六時台に待ち合わせた。

 仕事が終われば直ぐに特急に乗れば、一時間以上、快速と普通でも二時間あればその日の晩に実家に着ける。菜摘未は昼から実家を出て半日時間を潰したようだ。それなら夕方以降に自宅を出れば良いのにと思う。綾部まで快速と渕垣駅まで普通列車で、夜の八時過ぎに実家に着いた。母に遅い食事を作ってもらう。食事を済ますと妹に頼み込んで部屋で一緒に寝てもらった。

 此の時に妹は菜摘未さんから色んな話を聞かせてもらった。翌朝は父と妹は市役所に出勤して、母を残してその日は舞鶴で一日を過ごし、二日目の朝に菜摘未さんは此処には居づらいと北陸でのんびりしたいと宿を取った。彼女を駅まで見送って帰って来ると小谷と十和瀬に出会った。

昨日きのうは舞鶴に行き二人で遊んだのですが、実は最初の晩に菜摘未さんが妹の部屋に泊まったときに自分の父親について妹に不満を打ち空けられた。それが気になって、昨日の帰り際になって問い詰めたんですよ。そしたら初めて父親への不満を聴きました」

「どんな不満なんですか」

「それが子供頃から抱いていたものが最近になって、もうどうにもならなくなったそうです」

「何だそりゃあ」

 小谷も十和瀬も首を傾げた。

「自転車事故で怪我をして二日ばかり入院して時に知ったんですが……」

「それは、おやじの浮気を知ったって事か」

「そうです」

「それは随分と昔で、あの頃の妹は急にお姉ちゃんが出来て一緒に遊べて元気がよくなって、それは高校時代まで続いて、大学生になってやっと自立した。だから全くおやじに関しては無関心だったが……」 

「ところが菜摘未さんは小谷さんを知って私と付き合い出すと、父の鴈治郎さんを特に意識して毛嫌いし出したんですよ。お母さんと別な女性を作って、しかもおおっぴらにしている。男なら黙認されて、どうしてあたしは兄からあんな風に突き放されるのはおかしいと言われると矢張り彼女が不憫でならないですよ」

 こうなると蟹処ではない。簡単な食べ物にしたのは正解だ。 

「そんなことはこれっぽっちも妹は口にしてないぞ」

「お兄さんの前ではね、まあね、それをもう少し汲んで上げれば今回の菜摘未さんはもっとましな行動を起こしたかも知れませんね」

「俺の所為せいだと云うのか !」

 十和瀬は境田を睨んだ。

「境田さんはそうは云ってない。これは浮気をした鴈治郎さんへの当てつけなんだ。もとを正せばお父さんが子供達、特に菜摘未に対していい加減過ぎたんだ」

「俺はそうとは思ってないッ」

 これは気まずくなると小谷はひとまず、十和瀬には話を中断させて食べる方に専念させた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る