愛を語る眩しさを知れ
和之
第1話 十和瀬幸弘
此の暑さから一刻も逃れたいと、待ち望んだ
そんな男と
彼の風貌はいつもと変わらぬ洒落っ気のない野暮な服装だ。それでも髪は何とか手入れしている様で、七三にして左へ髪を流していた。無償ひげもなくサッパリといつも剃っているのは、あの口うるさい妹への配慮だろうか。まあその妹の期待に
「待してすまん」
と一応は長い付き合いから生じた感情を抜きにした顔で詫びた。小谷はこんな時でも寝坊したとは絶対に云わない。ちょっと今朝の寒さに驚いただけさと言って
相変わらず十和瀬は、いつものぶっきら棒な
此の前までの夏日を思えば今朝の気温は十一月では珍しくない十度台だ。数日前を思うと寒すぎる温度だ。まあそれでも小谷の顔を立てて「それで遅れたのか」と十和瀬はやっと納得したのか、この日初めて頬を緩めた。それで小谷も少し笑って、それに歩幅を合わせて、鴨川に架かる橋を渡り出した。
「処でどうして俺がお前を連れて行かなきゃならないんだ」
待ちくたびれた様子もなく十和瀬は訊いて来る。これだから
「そうだなあそれよりお前とは十五年の付き合いになるか」
「高校からならそうなるだろう」
何で今更そんなことを聞くのか十和瀬は怪しんだ。だいたい此奴はつまらないことはペラペラ喋るが、肝心なときはすっかり身構えて仕舞う男だった。それでも小谷からどんな嫌な目に遭っても最後は「どってことないさ」と笑って誤魔化してくれる。その時の十和瀬の複雑な思いを、これで相殺してくれると思うと堪らなくなる。これが十五年も二人の心を繋ぎ止めていた。
「今日はこれから
「行けなくしたのはお前じゃないか」
「だから昨日の電話で頼んだのだ」
別れてから珍しく菜摘未から電話をしてきたのだ。付き合っていた頃はいつも短いメールで遣り取りしていたのが、あの女にしては珍しく瀬音のような小さな乱れ声が混じっていた。
「その菜摘未がお前に会いたいって言っているのか? それで何で俺も一緒なんだ」
そんなことで俺を呼び出すなと言いたげだが妹が絡むと思わず呑み込んだ。
「そんなこと知るかよ、さあ行くか」
十和瀬菜摘未は小谷が始めて身近に感じた女だが、直ぐにそれを吹っ飛ばす女性が現れるまでの彼女だった。
十和瀬菜摘未はいつもこんな風に気の合わない兄と小谷を見て、彼女はどうして此の二人が一緒に居られるのか最初は不思議がった。
「菜摘未は同類であるお前の顔を見て、俺との違いを今一度見たくなったのだろう」
あの表情の乏しい顔で、どうして奇抜な考えや行動が次々と現れるのか。それは不思議を通り越して奇妙に見えるが誰も云わないだけだ。
橋を渡り終えると地下へ降りる階段が駅の入り口だ。昔は東西にある四条、五条、七条の交通量の多いこれらの道路を、南北に走る京阪電車の踏切で
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