第4話 愛人の存在
十和瀬の実家は伏見に在る酒造の蔵元だ。祖父は亡くなってその息子の
「菜摘未が呼んだのは多分、希実世から泣き付かれたからだろう」
「それはどう言うことだ」
「あの家には入りたくないが通いで俺を今まで通り専務として雇ってくれって言う話だろう」
「ハア? それは初耳だ。お前あの酒のディスカントショップの店長だろう」
「まあな、取引先からそれで引き抜かれたのだが売り上げがサッパリ処か落ちこんでこのままだと店を開けてられねえって言われて営業の第一線から退くのだが、俺はそれでも構わないが内の希実世がそれでは先行き不透明でどうなるのかと不安で実家に泣き付いたんだ」
「別に首じゃないのなら良いんじゃないのか?」
「収入が大幅に落ちるんだ。もう直ぐ子供も生まれるのにやってられないって内の奴に言われたが適当に生返事していたら実家へ電話したって訳」
「実家はともかく子供っていつ生まれるんだ」
「まだ三ヶ月だから来年の夏頃だろうって医者の見立てだ」
「それは医者でなくても判るだろう」
まあな、と返事されて何処まで真面に聞いて良いのやらと小谷は苦笑いを浮かべた。
「ところでなんでお兄さんでなく菜摘未が俺を呼び出したんだ」
十和瀬にすれば妻の話は妹に任せているのだろう。多分それに関しては妹もお前に用事が有って、俺には今更関わり合いたくないようだ。ならば妻の希実世さんの話題に戻そうとするが、十和瀬は終始妹の話に執着している。そこで菜摘未はどうしてそうなのかと話を聞いた。
「憶えているか ?」
妹はまだ中学へ行く前の小学生の時だ、と急に昔の話を持ち出して来た。
「それがどうしたんだ」
「自転車を買って貰ったのに足が届かないのに無理して俺の自転車を乗り回して案の定転げやがって、おでこをちょっと怪我したんだ」
「俺が高一になったばかりで、お前とはそれ程でもなかった頃でそれは知らない。それでいつも髪を真ん中からでなく少しずらして横で分けていたのか」
「お前、気が付かなかったのか妹はいつも背伸びするんだ。手の届かない物ばかりねだったりして小学六年でもまだ大人の自転車を乗りこなすのは無理だったのに、まあそんなこんなで
実は俺たちがおやじの浮気を知ったのは此の時だ。菜摘未の怪我は大したことは無く、額を二、三針縫っただけで少し髪を切ったが、髪の毛の生え際で延びてくれば解らなくなる程度だ。それでも大事を取って二日で退院したが、此の時に君枝さんが中学生だった香奈子を連れて見舞いに来た。これで俺たち兄弟が初めておやじの浮気と腹違いの妹を知った。
「それまで関係者以外は誰も知らなかったのか?」
「いや殆ど知っていても口を
「じゃあお前が香奈子さんを知ったのは丁度俺と付き合い出した頃か」
その事で兄貴も含めて俺たちも世間に合わせて口外しないようにした。
そこでまだ小学六年生の菜摘未が、兄弟が別にもう一人居ると知って、高校生の俺が小学生に浮気をどう説明していいのか、結局兄と二人で兄妹は多い方が良いだろうと、だが妹は同じ質問を香奈子にもした。彼女は最低の男がすることだと言うと、じゃあ香奈子さんは最低な男の人の子なの、と言われて何も言えなかったそうだ。
「俺はあの時にちゃんと納得したと思っていたがそうじゃなかったんだ」
妹が大学生の時に男が出来たが、それがあの自転車事故の時に複雑な男女の人間関係の説明が災いして別れた。
「それで自転車も男も上手く乗りこなせないのか、キチッとあの時に説明すべきだったと兄貴と俺は妹には今でも引け目を感じているんだ」
「でも菜摘未が振ったんじゃないのか」
「最終的には妹はうじうじするやつが性に合わないんだ」
「そう言われても俺もそんなにサッパリした男じゃないがなあ」
「あいつは母親に似てるんだ。未だにお袋は君枝さんを許しちゃいないから駅に行くときはあの踏切から大手筋通りの二筋目のあのスナックのあの通りは絶対に通らないんだ」
「菜摘未もか?」
「香奈子に用事のあるとき以外はなあ、妹も君枝さんとは性に合わないんだ。君枝さんは元々は祇園のスナックで勤めていたときにおやじが通い詰めて物にしたんだからなあ」
「そうなんか、それで五十でもまだ粋な色気が残ってるのか」
「ああ、酒の呑みっぷりが凄いからなあ。おやじよりも現役でまだ強い」
「それで菜摘未はどうなんだ。何で希実世さんはお兄さんの功治さんでなく妹にそんな話を持って行くんだ」
「仲が良いからさ、直接おやじや兄貴に言うより話しやすいんだ」
「それと呼ばれた俺とどう言うわけだ。此処までのお前を見ていると大したものではないように見えるが……」
十和瀬酒造の酒蔵が目の前に現れてきた。
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