第47話 境田の本音
少し日は
高級酒の景品付き限定販売の件を持ち出しても全く無反応だ。そんな物を聞くのも煩わしいと謂う顔をされた。菜摘未は「ポテトを食べながらでもええさかいとにかく聴いて」と渡されたCD再生機を受け取り聴き始めた。聞きなれない英語の曲に、何と怪訝な眼差しを見せたが、菜摘未は聴き終わるまで受け付けなかった。その間に二人は無言で向かい合ったまま、ただ無造作にポテトチップスを咀嚼し続けた。
「何ですか此の曲は?」
イヤホンを外すと境田は真っ先に訊ねた。するとは菜摘未はさっき香奈子から聴いたドン・マクリーンの説明をそのまま話し。
「ドン・マクリーンは在る画家の為に作曲したんでしょう」
と菜摘未は言った。
「それも香奈子さんから聞いたのですか」
「ええ」
「此のドン・マクリーンは知らないけれど、ゴッホなら香奈子さんよりもっと詳しい話をしましょう」
境田から聴いた画家は、もっと波乱な人生を送ったと知って唖然とした。胸に響いた此の曲の印象が、今度はもっと深く突き刺さった。
「何で香奈子姉さんはゴッホについて詳しく話してくれなかったのッ」
「それは香奈子さんの配慮ですよ。菜摘未さんにはちょっと刺激的すぎるんでしょう」
「今聴けばそうなんや。何で彼は自分の耳を切ったの!」
同じ場所でキャンバスを立てて絵を描いて居ただけの男に去られて、どうしてそんな行動を起こすのか? 何故自分を
「何故自分を
矢張りこうなるかと境田は苦慮したが、菜摘未の加虐心の強い人生では此の答えは到底助言なしでは導けないと悟った。
ゴッホの父は牧師です。彼もいっとき神学校を目指して挫折した。自分に人を導ける物は何一つ心の中になく、逆に求めている側だと気付いたのでしょう。
「それと自分の身体を傷つけてまで諫めるのとは、どう繋がってるの?」
「まあ、大概の人はそんな行動を起こすより、もっと楽になれる方法を実行に移すでしょう」
「例えば ?」
ここまで云っても、まだ探り続ける人なのか。
「まあ、ビルから飛び降りるとか、あるいはホームを通過する列車に飛び込むとかして答えを探すのを諦めるんですよ。でも彼の場合はそれでも答えを探すのを諦め切れなかった」
「どうして?」
「西洋の神はそんな行動を否定しているからでしょう」
「でも彼は最後にはピストルを使ってるんでしょう。矛盾している」
「それが彼が得た最後の答えなんでしょう。つまり神も否定したんですよ。だから此の曲はその鎮魂歌だと思って聴こえました」
「あたしはそれを意味もなく聞いていたのね。なぜ香奈子姉さんはそこまで話してくれなかったのだろう?」
「多分、真面に受け取れば困ると、自分で探し求めた方が菜摘未さんの為だと思ったからでしょう」
頭ごなしに言われるより、自分から知ろうとして聴く方が入り易い、との配慮が見え隠れした。
「英語圏のドン・マクリーンは此の曲に『ヴィンセント』(星降る夜)と名付けてますが『フィンセント』勝利者と云うのだそうです」
彼は死後に名声を得た勝利者には違いないが、虚しさが遺るのは全ての芸術家に共通している。だからどんなにどん底に居ても、此の道を志した以上は、生ある限り求めなければならない宿命を背負っていた。
境田の話を聞いた菜摘未は、暫くその瞳を若者が
「小谷はそんな話はあたしにはしてくれないのに……」
それでは余りにも連れなさすぎる。あなたに代わって小谷の心情を良くするのに協力したいと申し出て。
「そうでしたか。じゃあ、俺も小谷さんがそんな話をしてもゴッホって誰? って適当に惚けますよ」
と言ったが、どこまで惚けて見せても、肝心の菜摘未さんが振り向いてくれなければ無意味だ。こうなれば境田も必死の形相で菜摘未の気を惹く為に援護する。
「小谷さんはそう言う知的な苦労話には関心が強いですよ」
「そうかしら、そんな話は何もしてくれないくせに……」
「それは全ては香奈子さんへの配慮ですよ。彼女の為なら貪欲に教養を取り込むでしょう」
小谷はそこまでして香奈子さんが打ち込もうとしているものには貢献する。そこで境田は、菜摘未さんが本当に愛しているのなら、どこまでも彼女が音を上げさせない努力を惜しむものではない。
「小谷さんの何処が良いんですか?」
突然の質問に面喰らったようだ。用意していない答えを今必死で
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