第39話 境田の想い2
境田は香奈子との仲が進展していると知って安堵した。 問題はそれ以上に成ることを望んだ。つまりは早う一緒になってくれと、それが境田の切実なる望みだ。それは今の小谷にはまだ先の話で、香奈子とはもっと話を詰めないと現状では心許ない。境田が急かすのも全て裏返すと、そこには菜摘未の姿が映っていた。それは小谷には理解出来ない、いや、解ろうとしなかった菜摘未の一面を、境田は知り尽くしたのかもしれない。
「どうして、どうしてまた、半年ぶりに十和瀬酒造を訪ねたんですか」
理由は分かり切っていた。それでも此の男の口から訊きたかった。だが意外な事を口走った。
「未練を断ち切るためです」
期待とは反対の言葉に小谷は唖然とした。
「何で、また……」
またまた此の男は、不思議な言葉を遺した。
「想い出に生きるために……」
思わず心の中で”阿呆”と叫んだ。そんなもんは臆病者の見る幻覚や。花が美しく咲き誇れるのは春だけや、その中で厳しい冬を越せる人間が幾らいると思うのや。境田は選ぶ相手を間違えている。短い夏の後に長い冬が待ってるだけや。だが青春の真っ只中を突っ走る境田には、無常の忠告に過ぎないのだろう。
「小谷さんには小谷さんの想い出が綴られるように、俺には俺の想い出を綴って、なんでそんな不機嫌な顔をするんです」
想い出は相思相愛の人との間で綴られれば美しく遺るが、そうでなければ惨めな過去を引き摺るだけだ。それが、その内に人生の足枷になって、にっちもさっちも行かなくなる前に断ち切らないと、それを甘受するには境田は若すぎた。もっと年老いてから、そんな想い出でも振り返れと云っても、おそらく今の彼には哀しいかな、聞く耳を持たないだろう。
「どんな想い出でも俺にとってはかけがえのない二人だけのものなんですよ。小谷さんもこれから築こうとすれば分かるはずでしょう。だから手助けをしてくれるのなら何の文句も言わないが、邪魔立てするようなら、あなたたちの恋にも
とその鍵を握る菜摘未の心の中に、どんな形にせよ立ち入れるのは、私だけだと言って退けた。これ以上は深入れしない方が、お互いには都合いいと暗に訴えている。
「解った。境田さんの好きにすれば良い」
とは云ってもおそらく菜摘未は生易しい相手ではない。
「それで小谷さんはどうするんです。菜摘未さんとは会ってないし、これからも会うつもりもないのならそれをハッキリとあの人の前で示して欲しい」
あの人の前で示して欲しい? こっちは香奈子と付き合ってるのに、片方だけでは心許ないと云うのか。じゃあ両方に好きと嫌いをハッキリと振り分けろと言いたいのか。それは菜摘未に言ってくれ、と境田を仰ぎ見た。
「解った。そうしょう」
取り敢えずは此の男を納得させるように答えたが、まだ何か物足りない表情を漂わせている。取りも直さずそれは、彼女次第なのではどうにもならない。境田自ら菜摘未の横っ面を叩いてでも、振り返らす勇気があれば小谷も同調できるが。
「それで菜摘未の提案については、千夏さんが引き継ぐので一切係わらない方が良いでしょう」
「そうですね菜摘未さんもそれほど遣りたいとは思ってないでしょう。ただの副産物程度にしか扱ってないようですから」
何の副産物なんだと云いたいが、目の前で彼の顔を見たら馬鹿馬鹿しくなって、思わず笑って仕舞った。
「さっきの言葉やけど、それをそのまま境田さんに返したい。ハッキリとあの人の前で示して欲しいと」
お互いの領域を侵さないで欲しい、というのなら小谷は香奈子に
「それで現状はどうなんです」
「現状と言うと」
「俺の
「まだ彼女から問い合わせがない。おそらく此の前、頼んだ結果報告を待っているだけなんでしょう」
「それじゃあ菜摘未に会う予定は、例の景品付き販売の結果報告だけで済まされては困るから聞いているんだ」
今の菜摘未だと仕事以外で境田と会うのは難しいかも知れんが、彼女が付け足しのように持ってきた話なら、こっちもその話を利用して、出来るだけ二人を引っ張れば良い。此の商談を説明する
「それなら境田さんは此の話で何度か菜摘未と会う機会を増せば、その内に会う内容が商談からお互いの気持ちの探り合い成るように持って行けますか?」
菜摘未の性格からして、そんなに長く引っ張れない。毎回後がないつもりで会って欲しい。
せっかく向こうから持ってきた提案で、境田さんは小谷に橋渡しをした。今度は逆に此の話を利用して会う機会を長引かせれば、何度でもこの商談を利用して小谷への橋渡しが出来て何度でも菜摘未に逢える。その間に
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