第17話 十和瀬の憂い
十和瀬の仕事を引き受けてから休日に近況報告に呼び出された。十和瀬の酒造会社は表の店は開けているが、奥の工場は酒の仕込み中以外は日曜が休みだ。表の店は無休でパートのおばさんが休む時は、大抵は千夏さんが店番をしている。
十和瀬とは高校以来だが
待ち合わせ場所の四条河原町で会うなり十和瀬から「おやじに会ったんだなあ」と挨拶代わりに言われた。
「俺に言わすと、学生のお前が家に来ても全く見向きもしなかったのは、おやじがそれだけお袋と君枝にうつつを抜かしていたんだ」
二人は四条大橋の近くの喫茶店に入って十和瀬は熱い珈琲を飲みながら言った。
「十和瀬、お父さんはうつつを抜かすなんてそんなもんじゃないぞきっと平等に愛していたんだ」
聞いた十和瀬は驚いている。十和瀬は君枝の店には余り寄り付かない。結婚してからは希実世と殆ど一緒に店に顔を出しているのは、おやじの付けで金が掛からないから気晴らしで行ってるだけだ。だが菜摘未は香奈子とたわいもないお喋りが目的でやって来る。鴈治郎は此の前のように、より君枝の
「平等に二人の女を愛せるわけないだろう」
この言葉で十和瀬は希実世一人に手こずっているのが判る。それから察すると案外に愛の本質を見誤っている。とくに高校時代から浮いた話は聞かない。そんながさつな男でも交際が続いているのは、とにかく虐められそうになると、
「愛し方が違っていても受け止める相手が幸せだと感じれば、それで平等の愛になるだろう」
十和瀬は暫く黙って窓から見える鴨川に眼をやりながら珈琲を飲むと黙って頷いた。母親と君枝とは性格が全く違うのに、全く同じ愛を注いでいれば、それは愛でなく愛を真似たものだ。感動が違う者に同じ贈り物をしても意味が無い。
「そうだなあ、お前のお母さんは千夏さんから聞いた話では煙草も吸わないし酒も余り呑まないそうだ。それに引き替え君枝さんの粋な呑みっぷりで店が忙しくなると、くわえ煙草で小皿を洗っている。あの人のああ言う姿が鴈治郎さんは気に入ってちびりちびりと酒を呑みながらカウンター越しに見ていた。あれが奥さんなら顔を
「お前がそんな処を見てもしゃないやろう、肝心の香奈子はどうしたんや」
「そこやけど、何でわざわざ普段着ない着物であの日は店を手伝ってたんや」
「嗚呼その話しか、帰ってからおやじが菜摘未に話すとさっそく香奈子に電話で聞いてた」
ウッ、と小谷は身を乗り出して何て言ったか催促してきた。それを見て十和瀬はにんまりして、焦るとな言いたげにまた珈琲を一口飲んだ。
「お前が来ると予感して着たそうだ。あの日何か言ったんか」
「いいや特に何も言ってない」
「嘘吐けッ、それで香奈子が着るはずがない」
まあどっちにせよおやじに認められれば仕事が楽になる。なんせ酒造組合では顔が利くそうだ。あとを
「またあのおばさんは今年もパンくずをやっている」
十和瀬の話だと、川向こうのパン屋さんに来ているパートのおばさんで、サンドイッチの切れ端を分けてもらっているそうだ。
「もういい歳だろう」
と川向こうでパンくずを投げている女を顎で示した。
「お袋よりも
あのおやじがそうさせている。あのあばずれ女にうつつを抜かすなんて、とお袋はいつも俺の顔を見るとぼやいていた。何で俺ばかり当たるのか、と想えば兄貴も菜摘未も言えば反感を持たれる。口答えのしない俺は、お袋にとっては、
「心配するな、子供が出来ればお前なんかに構ってられないぞ」
「そうかなあ、今度は子育てに行き詰まった鬱憤を俺に向けられそうだ」
これがあの高校時代は、悪ガキ相手に一歩も引かずに、立ち回った十和瀬とも思えない。此の前も『利き酒』に来た観光客のクレームを、ひと言で引っ込めさせた男が、希実世さんには此のざまか。
「俺は希実世さんとはお前の披露宴で会ったぐらいでよく知らない。だから一度新しいマンションに招待してじっくり希実世さんと話してみるか」
十和瀬の顔が豆電球のように
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます