第57話 後は自助努力のみ

 十和瀬はいきなり立ち去る小谷を呼び止めた。

「待て、無責任だぞ。厄介な事は境田さんに押しつけるなんて。おやじの愛情に異議を挟むのは菜摘未だけだろう」

「別に押しつけてはいない。ツンデレな処があるから構ってられないと思っただけだ」

「何よ ! 、あたしがツンデレって言うのッ」

「そう言う話は俺の耳元でそっと言ってくれ」

 十和瀬は妹のそんな傾向はとうに気付いていたのだ。それが地なのか気を逸らすための策略なのか掴みきれなかっただけだ。そう言えばあの無人の淵垣駅で列車が来るまで何もないホームで、退屈な時間を癒やす為なのか、歌舞伎役者の大団円を演じたのを十和瀬は聞いてないかも知れない。

「おいそんな所でボサッと立ってないで座り直せ」

 此処でまた腰を落ち着けば、さっきの決心が鈍ってしまう。しかし十和瀬が腰を落ち着けて動かない、これでまた振り出しに戻った。

 こうなれば境田から聞いた渕垣の無人駅で菜摘未が行ったパフォーマンスを訊ねた。

「境田さんは何て言うことを話すの、恥ずかしいったらありゃしない」

 それをヌケヌケとはばからずに言う処がすであやしい。アレは二人だけの秘密だったのか。境田の表情には何の変化もない。アレは単なる茶番か、それならわざわざ菜摘未の性格の一面として話したのか。それを今、目の前の本人に聞きただしたが見事に躱された。

「じゃあどうしてそんな事をしたんだ」

「だって彼が退屈そうにしていたんだもん」

「それだけか」

「他に何があるの」

 この線で詰めていけば駆け落ちが実現するのか?

「境田さん、あのー、渕垣の無人駅で帰りの電車を待っていた時に、菜摘未が待ち時間で退屈しないように妙な事をしでかしたんですね。それは面白かったですか?」

「見とれてしまいました」

「なるほど境田さんを楽しまそうとしたんだ」

「だって何にもなく誰も居ない無人駅にボーとしているのって、誰だって苦痛でしょう。あたしがそう感じたんだから、境田さんもそうって想っただけよ」

「思っただけでなく実際に面白いものを大袈裟に演じたのは此の人を愉しませなくっちゃって、見たところ二人しか居ないから咄嗟に思いついたのがあの演技だろう」

 歌舞伎には全くの素人でさえ、CMや、ちょっとした宴会の余興でやってるが。しかし普通は中年のおっさんだから笑いも取れるが、若い女性がやるのは滅多になく見応えがあり、列車を待つのさえ忘れさせたようだ。

「それは心の何処どこかに此の人を退屈させてはいけないと言う想いが、来ない列車を待つ間に自然と湧き上がった。その気持ちをこれからも大事に持ち続けろよ」

「ハア〜?」

 何を言ってるの此の人、と菜摘未は浮かない顔で小谷を見た。

「そんな顔をするんなら、大学時代はどうだったんだ」

「どうって?」

「本当に何もなかったのか聞いてるんだ」

 俺も小谷も社会人で家に来る暇もなく、外で会うから寄り付かなくなって妹は蚊帳の外で、お前の大学時代なんか知るわけないだろう。小谷と境田を誘ったのは大学を出てからだろう。お前の学生の頃はどうなってるんだ。

 あれは取って置きの余興で大学の文化祭では受けたのを彼が見てなかった。だから物珍しさも手伝って見惚れただけだと言い張る。果たしてそうだろうか、そんな出し物があるなんてあの頃は聞かなかったし、学園にはよく通った十和瀬すら全く知らない。菜摘未の大学にはそんな演劇のサークルもないし、どこであそこまで忠実な演技が出来たのか。境田も同じ大学に行きながら、あの頃はそんなに付き合いもなかった。

「学部も同じで取っていた科目も同じ教室にほぼ毎日顔を会わしても、顔馴染みなだけよ。その内に催し物や他のサークルなどに顔を突っ込んでから、講義室では隣に座ったり学食でもあたしを見付けて向かい側に座って食べたけど、大学の門を出るとあたしはサッサと一人で帰った。でも時間つぶしに一人ではつまらないから、彼を誘ったことも何度かあったけどそれぐらい」

「全く手も握ったこともなかったのか」

「大学を出るまではね」

「それがどうして境田さんを急にデートに誘ったのだ」

「そこに居る人がつれない態度ばかりされて、つい誘ったのよ」

「だけど実家まで行ったなんて、俺は知らなかったぞ」

「知ろうとするどころかお兄さんは希実世さんに夢中だったんですもん。挙げ句の果てにプロポーズを手伝わされて……」

「だからお前にけじめをつけさせたんだ。お前より俺の方が小谷に関しては恋愛感情の見極めが出来て、お前自身は気がついてない。それでずるずる行かれると困ってしまうだろう。あの辺でハッキリさせたのはお前への親心だと思え。自分の将来より身近な人に安易に寄り添うのはお前の本性とは掛け離れている。だから俺は小谷に香奈子を引き合わせた。この勝手な独りよがりな行動の前でも、境田さんは直ぐに駆けつけてくれた。菜摘未も一度は実家まで行ったその気持ちを、これからしっかり持っていれば、愛は理屈でなく感情を受け入れてくれる人の許へ赴くもんだ。これで希実世との借りはチャラに出来るやろう」

「十和瀬、ひと言余計だ。愛はそんな簡単に貸し借りするもんじゃあない、もっと高尚な次元で語り合うものなのに。それが出来る人か、見極めればあとは何も要らない。ただ眩しいだけだ」 

「そうだなあ。ここまで話せばあとは二人で考えろ。もう俺たちは何も関与しないし、此のホテル代も当てにするな」

「菜摘未、手を取り合って行くのなら今から無駄な金は使えないだろう」

 今度こそ十和瀬も小谷に同意した。二人は駆け落ちしたことにして引き上げた。



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