第19話 十和瀬の新居
駅の改札を抜けて地上へ出ると目の前には貴船行きの叡山電鉄の乗り場だ。彼は駅前を通り越して次の分岐道で左へ行くと、こんもりとした木立の中に三階建てのマンションがあった。中央の階段を挟んで両側に一軒ずつ独立して、全部で六室のマンションだ。しかも十和瀬は三階に住んでいる。
「見晴らしが良いぞ、大文字が直ぐ目の前にあるんだ」
と階段を登りなが自慢する。やれやれ買い物をする奥さんは大変だと小谷は思いを巡らせる。此の辺りの想い違いはどう気付いて、解消しているのやらと思うとゾッとしてくる。
「見晴らしはいいかも知れんが毎日食料を買い出す奥さんは大変だろう。ましてこれからはお腹が大きくなれば
「一生住み続けると想えば一、二年ぐらいは何とか頑張っても余り在る景色を毎日眺められると想えば大したことはない」
果たして希実世さんはそれに
「奥さんは留守なのか?」
「いいや、そう謂う習慣なんだ」
習慣って謂うほどたいそうなもんでもない、と思う間もなく希実世さんは玄関にやって来た。なるほど花嫁化粧を落としても見映えは変わらない。少し面長なのは顎が少し張って三角顎で、長い髪を真ん中から分けると、額がよく見えて面長の顔に見えた。長く細い眉は手入れしてあるのか瞼まで細長く見えた。鼻は高くはないが、鼻筋はしっかり通っている。少し怪訝そうな顔付きが、全ての好評価を落としてはいたが、彼女は小谷の顔を見るなり憶えているのか軽く会釈した。その瞬間に笑みが溢れて、顔に対する評価は全て逆転した。瞬時にしてその笑顔には、好感を抱けるほど鍛錬されている。おそらく学生時代はチヤホヤされて磨かれた笑顔なのか、それとも元々自然に身に付いたものなのか、今は見極めが難しかった。
「憶えているだろう俺たちの披露宴に来てくれた小谷だ」
「憶えているわよ。菜摘未ちゃんと仲が良かった人ね」
そう言うなり彼女は奥のリビングルームへ招き入れてくれた。ロウテーブルに向かい合うソファーの片方に勧められて座ると彼女はキッチンに引っ込んだ。向かい側に座る十和瀬はさっそく煙草を吸いだした。
「こうやって此処で吸えるのも子供が出来るまでだなあ」
「何言ってんだ、もうお腹の子には悪いぞ」
そうかなあ、と言いながらも全く気にしていない。この辺の配慮のなさが此の先に大きく響かなければよいが。
「どうだちゃんと憶えていただろう」
おそらく菜摘未が吹き込んだのだろう。しかしあの時は別の男と付き合っていながら小谷とも付き合っていた。小谷は十和瀬を通じて、自然と接して居るだけだが、それ以上の菜摘未の好感は薄々感じていた。
「多分、菜摘未が希実世さんとよく喋っていたから俺の宣伝もしてくれたのだろう」
「菜摘未か、
「菜摘未ちゃんがどうかしましたか」
と紅茶を淹れたカップを三つトレーに載せて来ると、彼女はロウテーブルに紅茶を配膳してトレーを脇に置いて十和瀬の横に座った。
「お前が小谷の事を憶えていたのは妹が吹き込んだお陰だと言ってたんだが、そうなのか」
あの人可愛い人ですねと、希実世はウフフと笑いながら小谷を見て言った。これには十和瀬は眉を寄せている。
「あれはぶりっ子なんだよ」
十和瀬は希実世に説明しても「アラそうかしら」と彼女は小谷の顔を見ながら「中々いいセンスを持っているわよ」と彼女を持ち上げる。
「あれから菜摘未とは会ってるんですか」
希実世は夫の顔を覗き見してから、呼び捨てなんですかと小谷に迫った。
「妹が小学生の時から小谷は知ってるんだ、勿論最初はちゃん付けだったが
「そうなの? 小谷さん」
「ああ、言われてみればそうだなあ、十和瀬が呼び捨てにしているのがそのまま移って仕舞った」
「エヘー、そんなに古い付き合いだから小谷さんの色んな事知ってたのか」
「色んな事って?」
「色んなことは色んな事よ」
「だから何を聞かされたんですか?」
また彼女はウフフと笑った。ここまで来ると十和瀬から事前に聞かされていた彼女とのギャップに戸惑ってしまう。真意を訊く為に十和瀬に無言の圧力を掛けたが、我関せずと煙草の煙と共に煙に巻いていた。ヤレヤレ一体俺は何しに来たのかとため息を紅茶で押し流した。
「披露宴では菜摘未は明るく振る舞って居たけれど、あれでいて結構喜怒哀楽の烈しい人なんですよ」
まあそうなのかしらと夫を窺いながら、小谷にあの人は根は寂しがり屋なんですよ、と擁護してくる。嘘吐け! そんな菜摘未を今までかつて一度も見たことがなかった。
「そんなことはないでしょう。彼女は結構衝動的に動くから、現に此の前は一年以上付き合っていた男を振ったそうじゃないですか」
「その話なら聞いているわよ」
これには十和瀬も小谷も以外だと驚いた。
「お前いつ聞いたんだ」
真っ先に十和瀬が訊ねた。
「半年前かしら」
菜摘未の電話では、振った男より仕向けた兄を
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