S級探索者は母と戦う


クロウの魔法陣がいくつか空中に浮かび、そこから小型の魔法弾が放たれていく。その魔法弾を軽快な動きで避けていく。この魔法弾は威力が低いので何発当たってもフェンリルにダメージを与えることはできない。フェンリルとしては無視して受け止めても問題ない程度の攻撃なのだが、それを受けずに避けているということは…。


(こりゃ仕込みばれてんなぁ…相変わらず勘が鋭いことで)


現時点でのクロウの目的はフェンリルの動きを止める事。倒すのが目的ではない。

それゆえに魔法陣には相手の行動を阻害する麻痺の追加効果を魔法陣を介して付与させているのだが、フェンリルはそれを悟っているようですべて避けている。


「それなら数を増やすまでだ!」


そう言って魔法陣の数を増やし、放たれる弾の数を増やした結果、雨のごとく無数の魔力弾が展開されてフェンリルへと襲い掛かる。しかし…


「これでも当たらないか…!」


フェンリルはそれらすべてを避けながらクロウとの距離をじわじわと詰めてきている。


『うっそだろ!?あれが当たらないのかよ!?』

『あれだけの巨体でどうやって避けてんの!?』

『というか、クロウさんの攻撃が当たらないなんてやばくねぇか!?』


かつて戦ったカーミラに関してもクロウは優勢だった。その後出てきたエルダーリッチに関しても、戦ったのは傑だったが、クロウは睨みだけで一度動きを止めさせていた。それだけの実力差があったということ。しかし、今回は大量の魔力弾を避けつつ少しずつだがクロウへと距離を詰めている。それだけで先の二体とは段違いの実力があるとリスナーに示した。


「クロウさん…」

「マスター、手加減してるね」

「そうなんですか?」


戦いの様子を見ているシェルフはいつも通りの表情でつぶやく。


「あの魔力弾、数は多いけど威力は低い。あの程度だとダメージなんてならないよ」

「じゃあ何のために…?」

「たぶんだけど動きを阻害するため。魔力弾に何か麻痺とか眠りとかそう言う効果付与してあるんじゃないかな。殺さずに動きを止めるために」

「…母さんって…クロウさん言ってたよね」


みらいの言葉にシェルフは頷く。


「フェンリルに対して『母さん』と言っていた。あれがなにを示すかはまだわからないけど、そのせいで全力を出し切れないんだと思う。そこらへんいろいろと聞きたいけど…さすがに今は無理だねー」


迫るフェンリルから距離を取りつつ動き回るクロウ。そんな戦いのさなかで話を聞くなんて無理だろう。シェルフからしたらどんな目的だろうと、クロウならば成せると理解している。だから今はただ見守るだけだった。


「ちょこまかちょこまかと!しゃべれないほど知能下げられてんのにここまで動けんのは本能か!」


一定の距離を取りつつ、魔法陣を展開して魔力弾を増やしていくが、巨体だというのにわずかな隙間を縫うように移動してすべての魔力弾を回避していく。


「グルルルルルゥ…」


然しやはりフェンリルもイラついているのか、後方へと跳んで魔力弾の射程から離れると唸り声を上げる。


「グルァ!!」


大きく一声、フェンリルが吠えると迫ってきたすべての魔力弾が消滅し、その余波によって魔法陣すらも打ち砕かれていく。


「うげっ!?声に魔力籠めて消し飛ばしやがった!」


魔力がこもった咆哮はそれだけで生半可な実力者を叩き伏せるだけの力が込められている。無数の魔力弾、そして魔法陣だけでなく、それはみらい達を守っている防御魔法にも直撃しており…。


ピシッ!


『え、なに今の嫌な音』

『なんか空間にヒビ入ってね?』

「あちゃー…あの咆哮で防御魔法にヒビが入っちゃってるね。あと2・3発受けたら割れちゃうかもね」

「えっ!?ど、どうしよう…!」


詩織が戸惑うような声を上げるが、即座にさらに強力な防御魔法が展開された。


「マスター早くない?」

「あの状態でもずっとこちらを気にしてくれているんですね…」

『さすがみらいちゃん守り隊隊長』

『危険が迫れば即座に排除する』

『なお戦闘は拮抗中の模様』

『攻撃は当てられてないけど、苦戦しているって感じでも無いよな』


クロウの攻撃事態はすべてかわされているが、それでも苦戦しているという様子はない。とはいえいつものように余裕綽々といった感じでないのも事実だが。


(数で押しても避けられるなら接近して直接動きを封じないといけないんだが…できっかな…)


みらい達を守る防御魔法をかけなおしたクロウは牽制がてらの魔法弾を放ちながらフェンリルと一定距離を保って手段を考える。

クロウ自体接近戦でも戦うことはできる。しかし、フェンリルはもともと遠距離よりかは近距離でその速度を活かした縦横無尽に動き回って相手を狩る接近タイプの戦闘をする。N級の中でも上位の実力を持つフェンリルの本場の戦いの距離感で戦うのがどれだけ不利なのかはクロウもわかっている。しかも…


(…俺の近接戦、教わったの母さんからなんだよなぁ…)


母であるフェンリルから教わった接近戦。それがどこまで通用するかわからない。それでも…


(やってやるかぁ…)


決意を込め、フェンリルから距離を取って外套をその手でつかむ。


バッ!


勢いよくその身を隠していた外套を取り払い、そのまま空間収納へと放り込む。


「クロウさんが…」

『外套を外した!』

『でも仮面はつけたままだ!!』

『いまだにそのスタンスは変えないんだ…』


仮面付けたままだが、それでも外套をつけている時よりかは動きやすくなった。軽い準備運動がてら体を動かしておく。


「さあ…行くぜ!」


その言葉と共にフッとクロウの姿が消え、直後にフェンリルの足元へと出現し、その右手に展開している魔法陣を押し付けようとする。しかし、フェンリルもその一撃を跳躍でよけ、そのままクロウの頭上を軽やかに飛び越え、着地前に前足を振り下ろすとその爪から放たれた無数の斬撃がクロウへと放たれた。


「ハッ!」


然しその斬撃をクロウは腕を振るって受け流し、作り出した斬撃の隙間を突き進んでフェンリルへと突き進んでいた。


「グルゥ!」


迫るクロウへと噛みつこうとその口を大きく開けて迫るが、フェンリルの眼前でさながらジャンプしたかのように跳びあがり、そのまま噛みつきを躱してフェンリルの頭上へと跳びあがった。そしてすれ違いざまに頭部に触れると何かを感じ取ったのかフェンリルは即座にクロウから距離を取った。


「グルルルル…」


威嚇のように唸るフェンリル。違和感を抱いているのか何度か頭を振っているが、それでもその違和感は取れずにいた。


(…あと5つ…うまく行くかなぁ…)


先ほどまでやっていた麻痺の魔力弾は数を当てることで徐々に蓄積させて麻痺させる物。麻痺させるまでに時間がかかる上に相手がその麻痺を打ち消せたり耐性を持っているといつまでたっても麻痺にならなかったりと案外使い勝手は悪い。

そして今やろうとしているのはどんな魔物であろうと拘束できる、しかしその分準備に手間取ってしまう。

頭部、胴体、四肢、合計6つの部位にそれぞれ専用の魔法陣を付与することでその魔法陣同士を繋ぎ、相手の動きを封じる。

その名も


『六道縛陣』


準備がなかなか大変だがその分効果は絶大。それさえできればいいんだが…。


「相変わらず動きはえぇな!」


すでにその狙いが悟られているのか、フェンリルは距離を取りつつ爪による斬撃で攻撃してくる。その攻撃をかわしつつ距離を詰めようとするが、向こうは逆に距離を取ろうとしてくる。

魔法陣を展開して牽制しつつ、フェンリルの攻撃を回避し、迫っていく。


「二つ…目!」


胴体に触れて魔法陣を付与させる。残るは四肢だが、一番動き回って付与しにくい。

そしてたやすく避けられる場所でもあるが故に、先ほどまでのようにかわしながら距離を詰め、付与するなんてことはできない。だから…


「肉を切らせて骨を断つ…と言ったところか。まあ、攻撃はくわえねぇが…な!」


気合を入れてフェンリルへと突っ込んでいく。迫る斬撃を紙一重で回避しながら距離を詰め、まずは右前足へと迫っていく。


「グルゥ!」


目的が分かったのか即座に左前脚でこちらへと攻撃してくるが、それも想定内。一歩進んで振り下ろされる前足の前へと出て腕を交差させる。交差させた腕で左前脚を受け止めるが、その一撃はすさまじく衝撃で骨がきしむ音が聞こえ、そのままクロウの体も吹き飛ばされ、その先にある木々を何本かへし折りながら吹っ飛んでいった。


「クロウさん!?」

『やべぇぞあれモロに食らってなかったか!?』

『というか自分から行ったようにも見えたぞ!』

『何気にあの戦いが見えているここのリスナーもやばくねぇか?』

『何をいまさら』


そんなリスナーたちの会話を横目にシェルフたちはクロウの戦いを見守る。


「クゥーン…」


詩織の腕の中にいる子狼も不安そうな声を上げていた。


「大丈夫。クロウさんなら助けてくれるからね」


みらいが子狼の頭を撫でて優しく語りかける。


「クロウさんなら…きっと…!」


そう言って吹き飛ばされた先を見据える。その目には確かな信頼が宿っていた。



十数本もの木々をなぎ倒しながら吹き飛ばされたクロウはようやく止まることができた。


「うおぉぉぉぉ…背中いてぇ…」


何度も木々にぶつけた背中をさすり、軽く伸ばす。


「だが三つ目…まだまだ行くぜ!」


地面の土を巻き上げ、吹き飛ばされた道を爆速で突き進む。


「まだまだ終わりじゃねぇぞ母さん!」

「グラァ!!」


クロウの叫びにフェンリルも答え、再度ぶつかり合う。


「四つ目だぁ!!」


退くことをやめ、近距離で右前脚に魔法陣を叩き込む。

フェンリルも遠距離攻撃をやめ、魔法陣が付与された前足と噛みつきで応戦してくる。フェンリル自体もこの魔法陣が現時点では何か悪さをするわけではないと勘づいたようでそれらを駆使して妨害してくる。

だがそれらをすべて回避し、後方へと回り込もうと動くが、その瞬間に飛び退かれて距離を取られる。


「やっぱ理解してるか!」


こちらがあとは後脚を狙うことがわかっているようで、フェンリルはそちらに行かせないように立ち回る。そして必要以上に負えばその鋭き爪と牙でこちらを切り裂こうとしてくる。


「といってもこちらとしてもすでに仕込みは終わってるんだ…よ!」


その言葉と共にパチンと指をはじくとパンッ!とフェンリルの足元が光と共に小さな爆発を起こす。


「耳と目がいいあんただ。少しは怯むだろう」


スタングレネードの要領で光と音を放つ魔法陣でフェンリルをほんの少しだけ怯ませる。

その隙に後方へと回り込んで左後脚に触れて魔法陣を付与する。


「あと一つ!」


その勢いのまま右後脚へと触れようとするが、それよりも早くその場から飛びのかれる。


「ああ、クソ逃げられた!」


毒づき再度指を鳴らして魔法陣を爆ぜさせるが一度見た戦法ゆえに即座に対処されてしまう。


「やっぱ同じ戦法は通じねぇか!でも…」


対処したフェンリルがそのままクロウへと突っ込んでくる。鋭い爪を避け、一歩踏み込むと大口を開けてこちらを噛み砕こうとしてくる。


(ここだ!)


このタイミングであえて回避行動をとらず、そのまま突っ込む。そして強靭なフェンリルの牙がそのままクロウへの体へと突き刺さった。


「クロウさん!!」


みらいの悲痛な声が響く。しかし、そんな声を聴いたクロウの表情は………。


「終わりだ」


笑っていた。


フェンリルの目がわずかに見開く。確かにクロウへと噛みついた。その感触も感じられた。だというのにその存在が少しずつ揺らいでいく。気配が薄れていく。そしてそれと同時に右後脚に触れられる感触を感じた。


「6つ目…これで終わりだ」


その言葉と共にフェンリルからクロウが距離を取ると共に噛みついていたクロウの体が消え去った。


「さあ、仕上げだ」


両手に魔法陣を展開するとフェンリルに付与した6つの魔法陣も展開する。


「『六道縛陣』」


パキィン!と鋭い音と共にフェンリルの動きが完全に停止する。もがくことすらできないが呼吸はきちんとできているので生きていることはわかる。


「あぁ…疲れたぁ…」


その言葉と共に膝に手を置くがそれでも休んでいる暇は今はない。


「うし、とりあえず…治すか…」


そう言ってフェンリルへと近づこうとすると…


「マスター、終わったなら私達もそっちに連れてってー」


離れた位置からシェルフのそんな声が聞こえてきた。


「あー…そういや防御魔法強化した時に動かないように固定するように設置してたっけ…」


軽く腕を振って防御魔法を少し変えてみらい達をこちらへと呼び寄せる。


「もう大丈夫なの?」

「うん。終わったよ。といってもこれから別の事やらなきゃだけどね」

「別の事?」

「そ。ちょっと待っててねー」


フェンリルが見える位置へとみらい達を移動させ、俺は俺でやることを勧める。


「『解析アナライズ』」


魔法陣がフェンリルの真上に展開され、回転しながら降りていく。


「これは?」

「解析の魔法陣。対象に付与されている魔法効果などを調べるための魔法陣だよ」

『そんなのあんの?』

『初耳だ』

「そりゃそうよ。これ俺が作ったやつだもん。公表もしてないしねー」

『え』

『魔法陣って作れるの?』

「そりゃね。まあ、説明するといろいろと長くなるから割愛するが」

「そのうちそう言う講座とか開く?」

「面倒なんよなーというか、基本的に俺は配信出たくないんよ。ここ最近は非常事態しかなくて表に出てるけど本来ならただ配信見守りたいだけなんだから」


そう話している間に解析が進み、解析結果がクロウの前に表示される。


「どれどれ…?…うわぁ…予測してたがひっでぇな…」

「どんな感じなのー?」

「複数の魔術がかけられてる。『隷属』『獣化』『魔力暴走』その他もろもろ…よくまあこの状態であの子産めたなぁ…」

「獣化?もともと獣じゃなかったの?」

「あー…獣化って聞くと獣になるっていう印象を感じるけど、正確には理性を封じて本能でのみ行動するようになる効果なんだ。まあ、見た目が獣になるやつもいるけどね」


そう説明しつつ魔法陣を複数展開する。


「さて、治療を始めますかね」

「その治療って時間かかる?」

「ん?まあ、それなりにね」

「じゃあ話している余裕はある?」

「…聞きたいことでもあるからか?」

「そりゃあねー。そのフェンリルの事を『母さん』って呼んでたよね?そのことについて聞きたいんだよねー」


シェルフの言葉にみらいは頷き、詩織もクロウの事をじっと見ていた。


「…はぁ…面白くもない話だが、それでもいいか?」

「うん」

『クロウさんの過去とは気になるね』

『どんな過去があればあんなに強くなるのか…』

「あんま聞いてて気持ちいもんでもないと思うが…まあいい。ご希望ならば話そうかね」


魔法陣による治療を続けながら一度腰を下ろす。


「これ今からおよそ25年ほど前…とある問題が発生していたころの話だ」


そう前置きしてクロウは語り始めた。


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