S級探索者の推しは模擬戦をする


弓親遥。

国内に存在する5人のS級探索者のうちの一人であり、日本の探索者ギルド公式として配信している二人のS級探索者の片割れだ。

弓を主体とする戦い方でその精度は数十km先の獲物の頭を撃ち抜くほどであり、弓という連射速度に劣る武器であるにも関わらず、数百匹を瞬殺するほどの攻撃速度を有している。

異次元ともいえるレベルの狙撃技術。しかもそれは弓という超遠距離狙撃には向かない武器によって行われている。その扱う武器に20代前半というまだ若さと整った顔立ちから彼女は『異次元の弓姫』と称されている。


『え、なんでS級探索者がいるの!?』

『みらいちゃんの先輩って言ってるけど…』

『あ、そうか。彼女もギルド公式配信者だ。それなら後輩になるのか』


そんなコメントを読むほどの余裕もなく、みらい達は呆気にとられたように笑みを浮かべる遥を見ている。


「S級探索者…ふぅん…」


しかしシェルフだけは特に驚いた様子もなく遥を見ていた。


「君がシェルフだね」

「私の事知ってるの?」

「うん、話はいろいろと聞いているからね」


そう言いつつ笑みを浮かべた表情の中、その目にはシェルフを探るような色合いが含まれている。


「まあ、彼が言うから君に関しては何かするつもりはないけどね。それで、どうする?模擬戦の相手、私がしても…」


パァン!


言葉の途中で何かが当たる音と共に遥の体勢が崩れた。


「いたた…もう、誰?いきなり魔力弾ぶつけてくるなんて」

「あほ、もともと予定にないのに割り込むからだろうが。それはそのお仕置きだ」


そういったのは鍛錬場の入り口の一つ、その近くの壁に背を預けて立っている宗谷だった。



「もう、宗谷だって割り込んできてるじゃん」

「ギルマスに頼まれたんだよ。お前が乱入してきたから回収してくれって」

「えー。これくらいサプライズじゃーん」

「リスナーにサプライズするのはともかく、出演者にまでサプライズしてどうする」


ふてくされる遥に対して宗谷はため息を吐いた。


『え、まってこの人同じS級探索者の黒川宗谷?』

『あの殲滅の魔法師か!』

『S級探索者が二人とかかなりレアだぞww』


新たなS級探索者の登場にコメントが沸き立つ。

そんな中、みらいがコメントを見た後に焦ったように宗谷のほうへと駆けて行った。


「あ、あの黒川宗谷さん…ですよね?」

「ん?ああ、そうだが…」


みらいからすると初対面ではあるが、宗谷からしたら推しと姿を隠さずに直接会う形となったので少し戸惑ってしまう。そんな様子をシェルフは浮かびそうになる笑みを抑えながら見ていた。


「あの、この間は助けていただいてありがとうございました」

「この間…?」


『みらいちゃん宗谷さんと会ったことあるの?』

「ううん、直接はないよ。でも、この間の魔窟暴走で助けてくれたのが黒川さんだって聞いてたから、お礼をちゃんと言いたくて…」

「ああ、あの件か。気にしなくていい。あれが俺のやるべきことだからな」

「それでも…助けてもらったのは事実ですから。ありがとうございます」


そう言ってきっちりと頭を下げてくる。


「…うん。わかった礼は受け取るよ。とりあえずまだ配信の途中みたいだから、俺達はここでお暇させてもらうよ。すまないね、邪魔しちゃって」

「あ、いえ大丈夫です」


戸惑う詩織に対し、軽く謝罪してから遥を連れて鍛錬場を出る。


「……はぁ…お前は一体何してんだ」

「いやー、君のお気に入りの子が後輩になるっていうからね。気になってね」


廊下に出たので肩の力を抜いた宗谷の言葉に遥がおちゃらけた様子で答える。


「それにしても、あの子、君の事知らないんだね」

「まあ、正体一応隠してあるからな」

「なんでわざわざ隠してるのさ。別に言ってもいいと思うけどなー」

「言ったところで言うほどのメリットもないだろ。それに立場があるやつがいると変な輩も寄ってくるし、みらいちゃんから向けられる目も変わる。だから今のままでいいんだよ」

「そういうものかねー」

「とりあえずもう配信に割り込むな。俺はまたクロウとしてリスナーに戻るから」

「はいはーい。私も私で配信見てよっと」


遥と別れ、宗谷は一人先ほどまでいた控室へと戻る。


「やれやれ…」


一息ついてから宗谷は念のためにと姿を隠し、再度配信を見始めた。


「えーっと…ちょっと予想外のゲストが来てくれましたが…改めて模擬戦しよっか」

「あ、はい」


唐突のS級探索者二人の登場というアクシデントがあったが、気を取り直して模擬戦をすることにした。


「とりあえずみらいさんとシェルフちゃんは二人でダンジョン探索をする予定だから、二人一緒にやろっか」

「2対1ってことですか?」

「うん。とりあえず二人の戦い方見たいからね。だから、やろっか」


そう言って詩織は木刀を手に取った。


「それじゃあ二人も模擬専用の武器があるからそれを持ってね。今回は模擬専用の魔弾を支給するからそれで戦ってね」

「はい」


いそいそとシェルフは木刀の双剣を手に取り、みらいも魔弾を使うためのリボルバータイプの銃を手に取った。


『魔弾用の銃ってリボルバータイプなんだ』

『魔弾は一発にそれなりの弾数が入ってるホルスターみたいなものだから、オートマチックみたいに一発撃つと薬莢が外に出されるタイプには使えないんだ』

『ほえー』

「これ、引き金引いてもシリンダー回転しないんだね」


みらいが魔弾を入れずにカチカチと数回引き金を引いてみるが、言葉の通りシリンダーが動くことはない。


「魔弾用の銃はシリンダーを自分で動かしてそれぞれに入っている属性弾を駆使して戦うからね。だから勝手に回転して別属性が放たれないようにそうなっているんだ」

「へー」


詩織から説明と共に魔弾を受け取り、それをシリンダーへと入れていく。


「それじゃ、準備良いかな?」


詩織の問いかけに二人は頷く。

お互いに少し離れた位置に移動し、対峙する。


「じゃあいつでもおいで」


余裕がある笑みを浮かべる詩織、そんな詩織を見据えてからシェルフは後方にいるみらいに視線を向ける。

みらいも頷き、銃を構えた。


『みらいちゃん頑張れー!』

『シェルフちゃんも頑張って!』

『しおりん怪我しないでねー』


リスナーたちが各々応援したい人を応援する。


「それじゃ…行くよ!」


その言葉と共に一気にシェルフが駆け出して詩織へと木の短剣を振るう。


カァンッ!


木と木がぶつかり合う甲高い音が響く。


「へぇ…」


自分が思っていたより早い動きで迫ってきたシェルフに詩織が面白そうな笑みを浮かべた。


『はっっっっっっや』

『え、まだ探索者になったばっかでこの速度なの?』

『シェルフちゃん何者?』


戸惑うコメントを一切気にすることはなく、シェルフは縦横無尽に動き回って全方向から詩織へと向けて攻撃を繰り出していく。


『すげぇ。あれ普通にC級クラスの動きだぞ』

『それを捌いているシオリンもさすがだな』

『そこでみらいちゃんを見てみましょう』

『あわあわしててかわいい』

『いや、むしろあれが普通よw』


すさまじい勢いのシェルフの連撃、そしてそれを捌く詩織。その攻防に対して援護射撃をしたいと考えているみらいだが、今まで戦闘経験のない素人が二人の素早い攻防に割り込むことはできなかった。


「なかなかやるね」

「むぅ…」


余裕そうな笑みを浮かべる詩織と不服そうなシェルフ。お互いの素早い攻防をしながらもしゃべる余裕はある。


「それじゃあ次は私から行くよ!」


そう言って木刀を振るってシェルフを後方へと吹き飛ばし、攻めようとした瞬間。


パァン!


「!」


突然の発砲音と共に魔弾が詩織へと迫る。それは先ほどまでただ見ることしかできなかったみらいから放たれた一撃だった。


『うまい!』

『攻めに入ったタイミングを狙って足止めした!』


忘れていたわけではない。でも、まさかあのタイミングでピンポイントで撃てるとは思っていなかった。

しかも的確に当たる位置へと飛んできた弾を木刀で打ち払った瞬間、詩織の足が止まってそれがシェルフの攻撃の隙へとなった。


「ふっ」


短く息を吐くと共に駆け出し、再度シェルフの連撃が詩織へと襲い掛かる。


「まさかあのタイミングで撃ってくるとは…ね!」


シェルフはわからないが、みらいは初戦闘だ。チームワークの取り方などはいまいち把握できていないと考えていた。

しかし、そこの部分はみらいは別のところで学んでいた。


『みらいちゃん、基本的に銃の戦い方は後方援護。射撃による攻撃力も重要ではあるけど、近接タイプが戦いやすいように相手の動きを阻害することも必要だからね』

「うん、ありがとう」


コメントの助言、そして何度もやっていたゲームの中で培った他人のフォローをする戦い方。それらは実戦の中でも活きてきた。

最初はあまりの速さに戸惑っていたが、それも少ししたら慣れてきた。できることをする。それはゲームであろうとリアルであろうと変わらなかった。

今もじっとシェルフと詩織の攻防を銃を構えながら見ている。


(さっきと同じように攻撃に転換しても同じように射撃してくるだろうなぁ…あれくらいなら避けれるけど、避けながら攻撃するのも大変だし…それなら…)


防ぎながらみらいを見る。その目を見た瞬間にみらいは悟った。


「シェルフちゃん、詩織さんこっちに来るよ!」

「ん」


意図を見抜いたみらいがそれをシェルフへと伝えると、短い返事と共に詩織から距離を取り、みらいの前へと降り立った。


「まさか目が合っただけで読まれるとはね…それでも…」


すさまじい速度で駆け出し、横なぎでシェルフを狙う。


「対処できるかは別問題だよ!」


振るった横なぎの木刀を跳び越すようにシェルフが避ける。そしてその先には…。


「っ!」


こちらにまっすぐ銃を構えたみらいの姿があった。

射線からシェルフがいなくなると同時に引き金を引き、放たれた魔弾が詩織へと向かう。

振りぬいた後の木刀を即座に反転させ、迫る魔弾へと向ける。それと同時に上へと跳んだシェルフは詩織の背後から木刀で狙いを定めていた。

それに気づいた瞬間、打ち払おうとした木刀の角度をわずかに変え、迫る魔弾を木刀の上へと滑らせるようにして軌道を変え、降ってくるシェルフに向けて受け流した。


「っ!?」


突然こちらへときた魔弾に対処できずに直撃したシェルフはそのまま着地ができずに床に落ちた。


「え、シェルフちゃん!?」


突然シェルフが倒れたことに驚いたみらいの首筋に詩織の木刀が押し当てられる。


「ふぅ…ここまでかな?」


息を一つ吐き、にこりと詩織がほほ笑む。


『え、まって最後何が起こったの?』

『シオリンの攻撃をシェルフちゃんが避けて、その隙をみらいちゃんが狙ってたのはわかったけど…』

『その後シェルフちゃんがなぜか攻撃受けてたよね?みらいちゃんのFF?』

「違うよ。みらいちゃんはしっかり私に向けて撃ててたよ」

『じゃあ最後どうなったの?』

『フレームのせいでよく見えんかったけど、たぶん木刀で魔弾の軌道をずらしてシェルフのほうへ受け流したんじゃね?』

「当たり。よくわかったね」

『クロウさんさすがや』

『もう解説役にクロウさんよんどこ』

『私はしがないリスナーです(´・ω・`)』

『というか、魔弾って木刀で軌道ずらせるん?』

『できなくはないけど難易度は高いよ。下手に衝撃与えると普通に爆ぜるからうまく衝撃をあたえずに素早くずらさないといけないから』

『ほえー、さすがシオリンやな』

「シェルフちゃん、大丈夫かな?結構鈍い音がしたけど」

「大丈夫。にしても一太刀もいれられなかったのが悔しい」

「それでもすごかったよ。私最初あわあわしてただけだったし…」

「みらいちゃんは後方支援がすごく上手だったね。攻撃するタイミングが本当に上手だったよ」

「うん。出鼻くじいでくれたから動きやすかった」

『これなら普通にダンジョン探索も行けそうだねー』

「あー…それはどうだろ」


コメントのその言葉に詩織が気まずそうに言葉を濁す。


「これは聞いた話でもあるんだけど、こういったところで優秀な子は今まででも結構いたんだって。だけど、ダンジョンに入ると怖くてまともに動けなくなったってこともあるんだって」

『え、そうなの?』

『まあ、あそこは命と命のやりとりする場所だからね…』

「うん。その殺気に当てられて震えて剣もまともに持てないって人も結構いるから…」

「そうなんですね…」

「だからG級探索者がダンジョン探索行くときは必ず引率が必要になるの。基本的には一週間くらいダンジョンの内部に慣らして、その後ボス戦をやってもらう。それをクリアできたらG級からF級にランクを上げてそこからはある程度自由に探索できるって感じかな。当然ランク制限によって入れないダンジョンとかもあるけどね」

「私たちには詩織さんがついてきてくれるんですか?」

「うん。そこまでが監督者としての仕事だからね。まあ、そこらへんはまた今度ということで、とりあえずこの後だけど…汗を流してから講義に移行するけど…配信はどうしよっか」

「そうだね…配信…どうしよっか」

『講義ってなるとさすがに退屈になりそうよね』

『勉強きらーい』

『視聴維持率は落ちそう』

「でも、それって探索者になった人皆やるんだよね?」

「うんそうだね」


シェルフの問いかけに詩織は頷く。


「今日の配信ってそういうところも表に出すための物なんだし、そうなるとやらなきゃなんじゃない?」

「そうだね…」

「じゃあ…一旦枠止めて講義前にまたやろっか。みんなも枠開いたら来てくれるよね?ね?」

『((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル』

『メッサ圧かけてくるやんw』


そんなこんなで模擬戦を終え、その後の講義の配信に関してはたまに入る説明やコメントからの質問などに答えたりとまったりした配信になった。

そんな中シェルフは何度か寝落ちし、リスナーたちにも何人か寝落ちをしている人たちがいる中、みらいの初日の配信は終わりを迎えたのであった。


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