S級探索者は準備を終える

みらいのギルマスとシルフィとの顔合わせが終わってから数日後。みらいから受諾の返事が来たので、彼女を連れ、改めてギルマスと契約を結ぶこととなった。


「………うん、書類のほうでも不備はないね。本来ならこのまま探索者になってもらいたいところだけど、君もいろいろと準備もあるだろうし、せっかくだから最初の探索者になるところから配信してもらいたいから、君たちが落ち着いてからやることにしようか」

「わかりました」


書類を確認し終えたギルマスが、書類を一つのファイルへとまとめて机の端へと置く。


「それで引っ越しに関してはどうするんだい?」

「それですけど、まず内見ってできますか?」

「ああ、そうだね。住む場所を見ずに決めることはできないね。契約も済んだことだし内見できるようにしたいけど…どこかいい場所は空いていたかな…」


パソコンを操作して確認していく。


「あー…どうした物だろうか」

「何か問題でも?」


宗谷ことクロウとシェルフもみらいの付き添いで一緒に来ていた。渋面を浮かべるギルマスにクロウが問いかける。


「問題…って程でもないんだけど、社宅はそれなりの人数が暮らせるようにタワマンなんだけど…残っている部屋が結構高所なんだよね…」


基本的に社宅の中でどこに住むかは入居者が空き部屋の中から決めている。まあ、ギルド員と高位探索者でそれぞれ別の建物にはなってはいるからそれなりに空きはあるのだが、大抵は下の階層に暮らしている。その理由としては上の階層に部屋を取ると緊急時の出撃要請に対して動きが遅くなる可能性があるからだ。それゆえに高位探索者は住居の10階から下のほうを選ぶ。そのあたりならば飛び降りたとしても問題ないからだ。

そしてそれなりに役職のあるギルド員も同じ理由で下の階層を選ぶ。まあ、ギルド員は飛び降りることはできないので5階より下を選ぶのだが。

そんなわけでどうしても下の階層はほぼ満室になっており、上の階層ばかりが空き室になってしまうのだ。


「ふぅん…どうする?」

「んー…あまり高いところは…少し怖いし…」

「そか。…あれ?そういえば俺の部屋もあるんだよな?」

「うん、君のは警備の関係もあって探索者の3階のほうに部屋を取ってあるよ」

「じゃあその部屋でよくないか?俺使わんし」

「あー…」


クロウの言葉にギルマスが悩むように声を上げる。


「名義とか…どうしようか…」

「そこらへんも変えておけばいいんじゃね?」

「そうすると君の社宅が無くなるんだよ。それはそれで問題があってね」

「そうなのか?」

「うん。さてどうしたものか…」

「名義変更しないのは?」

「ばれるよ?」

「あー…」


当然こういった名義は本名で契約されている。みらいにはグッズの事もあって偽名を教えている。だが、名義を変えずに住まわせたらおそらくそこらへんもバレるだろう。


「………ま、なるようになるだろう。バレたらバレたでそん時に考えることにしよう」

「また適当な…まあ、君がいいならいいけどさ。みらいさんはそれでいいかな?」

「えっと…いいの?」

「別に構わんよ。俺は使わんし、シェルフとパーティー組むならいろいろと世話になるだろうしな」

「むしろマスターとしては自分名義にしておけばそのまま光熱費とかマスターが払って生活支えることができるとか考えてるんじゃない?」

「その手があったか!」

「あ、それは考えてなかったんだ」


クロウの態度にシェルフがあきれたような表情をしていた。


「え、さすがに光熱費とか家賃はちゃんと払うよ?」

「そうすると俺の本名がバレるからなぁ。まあ、俺の我儘だから」


正直クロウとしてはみらいになら正体がばれてもいいとは思っている。だが自分がS級探索者であることがバレたことによって見る目が変わるのが怖いからその一歩を踏み込むことができずにいた。そこまでかたくなになっている自分に罪悪感を感じながら。


「まあ、そこらへんは後々話してもらうとして。クロウはそれでいいんだね?君に用意されている部屋を彼女に使ってもらうということで」

「ああ」

「そう。じゃあそう言うことで話を進めておくよ。内見は…みらいさんの予定が立ったらやってもらうとして、その後の引っ越しとかもしておいてね」

「あいよ」


とりあえずここで話をすることは一通り終えたので再度みらいたちを自宅まで送っていく。

その数日後に内見の予定が立ったのでみらいと彼女の母親を連れてクロウが借りている社宅のタワマンの一室へと案内し、中を見ているとかなり広く、快適な空間に二人はすっかりその気になった。家具などもあらかじめついており、それらも問題ない物だったようなので、引っ越すことが決まった。

その引っ越しも転移魔法などでクロウとシェルフも手伝ってさっさと終わらせ、その後いろいろと引っ越しに必要な手続きを済ませておいた。

そんなこんなしていると相談を受けてから2週間、魔窟暴走から3週間が経過していた。


「で、そっちはどうなん?」


引っ越しも手続きも一通り終わらせ、落ち着いたので今はみらいとシェルフには声がかかるまで自由にしてもらっている。

みらいがやるべき準備は一通り終わった。なので次はギルド側が行う準備なのだが、その確認をするために変装をせず今回はクロウではなく宗谷としてギルマスの元へと訪れたのだ。


「ある程度は完了しているよ。問題は…ハイこれ」


そう言って数枚の書類を見せてきた。


「なんぞこれ」

「彼女の探索者試験の監督者。誰にするかで悩んでいてね」


肩をすくめるギルマス。探索者になるためには最低限の試験がある。と言ってもその試験は探索者になるための素質があれば誰でも合格できるほど緩いものだ。

その探索者になるための素質というのは単純で『魔素に対する適応力があるかどうか』だ。

ダンジョンが発生し、地上にも魔素という特殊な成分が感知できるようになった。生活する分にはそれらが影響を与えることはないが、ダンジョン内は地上よりかなり濃度の高い魔素が漂っている。濃度が高い魔素は体に影響を与える。それらによって強化されているのが探索者だ。そして稀にだが、その魔素が体に悪影響を与える者、もしくは全く干渉しない者がいる。

前者はそのまま体調を崩し、最悪魔素酔いによって死を迎えることもある。そして後者に関しては体が一切強化されることもなく、探索者として成長できずに終わる。

そういった者が探索者にならないように事前に試験を受けさせるのだが、万が一に備えてB級以上の探索者が監督者としてその試験を見張る。それは魔素による何らかの悪影響を即座に対処できるのがそのランクからだからだ。

そしてその試験は基本的に複数人がまとめてやるのだが、今回は特殊なのでみらいとシェルフだけだ。まあ、だからと言って何か変わったことやるのかというとそう言うわけではないのだが…。


「試験はまとめてじゃなく個別だろ?何をそんなに…げっ」


書類は監督者候補の履歴書のようなものだ。そのどれも特に問題があるというわけではないただ一人を除いて。


「…なんでS級のあいつが候補に入っているんだよ…」

「君が気に入っている子だって言うのがバレたみたいでね。気になって自分が監督するって言ってたんだよ…」

「まじかよ…」


そこに乗っていた名前と顔は宗谷は知っている。それもそうだ。自分と同じS級探索者の一人なんだから。


「ものすごくやる気なんだけどどうしよっか」

「いや、却下に決まってるだろ。なんで新人の監督者にS級あてがうんだよ…」

「そうだよねぇ…」

「確かにこいつは配信もやっているから、試験を配信するにあたって適切というのはわからんでもないが、それでもランクが高すぎる。無用な騒ぎを起こしかねんぞ」

「そうだね。そもそも彼女が真正面からみらいさんとかかわるのなら、君が試験の監督者として出てもいいことになるしね」

「俺はリスナーでいるがな」

「わかってるよ。まあ、彼女には断りの連絡を入れておくよ。で、その代わりを誰にしようかなと思ってね」

「なるほどねぇ…ん?」

「どうしたんだい?」

「いや、一人なんか見たことあるような気がしてな…どこで見たんだっけかな…」

「誰だい?」


問いかけてくるギルマスに宗谷はその書類を差し出す。他はまとめて机の上に置いておいた。


「ふむこの子か。何か気になるところでもあるのかい?」

「いや、そういうわけじゃない。ただどっかで見た気がするってだけだ」

「ふぅん…ちょっと調べてみようか」


パソコンから件の探索者の情報を確認する。

探索者は功績などがきちんとデータとして管理されている。それを閲覧できるのは本人か、一定以上の権利を持っている人物だけだが、ギルマスは当然のごとく確認できる。


「あー、以前イレギュラーのハイミノタウロスを報告してきた子だね。その直後に魔族を君が発見したんじゃなかったっけ?」

「あー、あの時の子か。思い出した思い出した」


かつてたまたま魔石集めに向かっていたB級ダンジョン。そこで突如現れていたA級のハイミノタウロスに襲われていた探索者を助けたことがある。その探索者がその子だった。その後で魔族関連の問題に発展したので今まで忘れていたのであった。


「その子でいいんじゃないか?その子も配信してるはずだよ」

「ふむ。ランクもB級で配信しているのに評判も悪くない。なるほど。確かに適任のようだね」

「んじゃあこれで一通りの準備は終わりか?」

「そうだね。彼女の意思も確認し、契約も終え、引っ越しも済ませ、試験の準備もほぼ終わっている。あとは彼女が配信し、復帰と共に探索者になると公表すれば動き出せるよ」

「了解。んじゃあそう伝えとくよ。試験の日時はどうする?」

「それはこちらで決めておくよ。監督者にも話を通しておかないといけないからね」

「了解。んじゃよろしく。何かあったらまた連絡くれ」

「ああ、わかったよ」


用件が済んだので宗谷は自宅へと戻る。そしてシェルフとみらいへと準備が完了したことを報告して、みらいには配信を再開していいと告げた。

そして魔窟暴走からおよそ一か月。みらいの復帰配信へとつながる。



「………と、こんな感じの事があったんだ」


ところどころぼかしつつ、みらいは配信内でこの一か月の間の事を話した。

クロウが手を貸したことは探索者ギルドに所属する経緯を話すのに必須だったのでそれらもぼかさずに話していた。


『なるほど…だからクロウさん静かなのか…』

『まあ、俺は知っていたことなんで( ˘ω˘ )』

『でも、意外だね。みらいちゃんが探索者になる事止めなかったなんて』

『覚悟を決めた推しを止めることなんてできんよ(´・ω・`)』

『というか、探索者ギルドのギルドマスターってそうそう会える人じゃないよね?そんな人と気軽に会えるクロウさんっていったい…』

『私はしがない探索者よ( ˘ω˘ )』

『しがない、とは』

「あはは…まあ、確かに結構フランクにギルマスさんと話してたよねクロウさん」

『まあ、それなりに付き合い長いからねー』

「そうなの?」

『うん、まあリアルでちょっとね( ˘ω˘ )さすがにちょっとプライベートな事なので話せんけど』

「それなら仕方ないね」

『そういえばみらいちゃんはリアルでクロウさんと会ったんだよね?どんな人だったの?』

「え?えーっと…不審者さん?」

『不審者wwwどういうことwww』

『全身黒づくめのローブに仮面被って会ったからね( ˘ω˘ )』

『それは確かに不審者や…よくそれで信じたね…』

「まあ、一応事前に会う時の格好は聞いていたからね…」

『顔バレ嫌です(´・ω・`)』

『徹底してるな…というかなぜそれで会おうとした』

『だって手を貸すには直接会わんといろいろと厳しいので…(´・ω・`)』

「まあ、そうだよね…あれを会わずにやるのは難しいもんね」

『というわけでやむなしのあの姿なのです( ˘ω˘ )』

「さて、そんなわけで近いうちに探索者になるための試験があります。それもギルドからのお話で配信することになっているので、皆もよかったら来てね」

『配信媒体はギルドが提供してるあっち?』

「うん。そうなるね。ただ、こっちのほうでも配信は続けるよ。頻度は減っちゃうかもだけど、お話とかはこっちのほうがしやすいからね」

『わかったー』

『探索者試験とか配信している人いないからちょっと楽しみ』

『言うほど特別なことはしないがな。せいぜい魔素の適性を見てその後武器の適性を見ていろいろとお話してって感じだから』

「そうなの?内容とかは聞いてないから私何も知らないけど…」

『そうだよ。基本的に試験とは言うけど、あくまでそれは魔素の適性を調べる過程でそうなるだけで実際のところは講習のほうが近い』

「へー。じゃあ危ないことはないんだね」

『万が一ならあるけど、それもそうそう起きることはないし、起きたとしてもどうにかできるように監督者がいるから大丈夫よ』

「そっか。それならよかった」


そんな感じで今後の話をしながらいつも通りみらい達は雑談メインの配信を続けていた。


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