S級探索者は居候の秘密を明かす


探索者ギルド本部。

その応接室にて桜乃みらいとシェリル、そしてクロウとして宗谷の三人とギルマスの五月雨五郎が椅子に座り対面で話をしている。


「探索者ギルドの公式配信者…ですか?」

「そう。クロウに聞いたけど、探索者になるにあたって事務所を辞めたんだよね?」

「はい」

「それならばそのまま探索者ギルドの公式配信者として所属してほしいんだけどどうかな?一応これが契約書になるんだけど」


そう言って一つの冊子をみらいの前へと差し出してくる。


「これ、全部契約書…なんですか?」

「契約書というよりか、公式配信者になってできることや注意することなども一通りまとめてあってね。それらを踏まえて契約してくれたらなと思ってね」

「なるほど…」


納得したように冊子を手に取るみらい。軽く目を通してから顔を上げる。


「あの…なんで私なんですか?クロウさんからの紹介…ということでしょうか?」

「まあ、間違ってはいないね。でも、クロウから相談されたのは、君をバックアップできる事務所などがないかということだけ。君に提案したのは私の判断だよ」

「そうなんですか?」

「うん。まあ、その理由だけど、簡単な話さ。配信に慣れていて、これから探索者になる人材が欲しかったからなんだ」


そう前置きしてギルマスが説明を始める。

探索者の中には配信をメインにしている人たちはそれなりにいる。しかし、そういう人は配信開始時点ですでにそれなりの実力者となっている。そしてそういう配信者はやはり見栄えを気にする。それが悪いとは言わないが、公式配信者としては良さだけでなく、探索者をすることによる危険なども表に出してほしいというのがギルマスの考えらしい。

だからまず探索者になるところから、そして実力をつけていくまでの過程。そういったどこか泥臭い部分も表に出したいと考えていた。しかし、そこに一つの問題がある。

それは探索者になる人の大半が配信慣れしていないこと。配信に慣れている人が探索者になる事もあったが、それらは大半が事務所勢。そこから引き抜くことはさすがにできずにいた。

どうしたものかと考えているところにみらいの話がクロウから流れてきた。

配信に慣れており、これから探索者になる。そして事務所を辞めることになるから実質個人勢。ギルマスとしては望んでいる人材であった。


「というわけで君に提案したんだけど、納得してもらえたかな?」

「そうなんですね…」

「うん、だから基本的に君が探索者になる手続きのあたりから配信したいんだ。その時ちゃんと君のプライバシーにかんしては配慮するよ」


ギルマスの話を真面目に聞きながらみらいは冊子に目を通す。


「まあ、どうするかはその冊子を見た後にしっかり考えてもらうとして…そうだね。とりあえず契約してくれたということにして今後の事について話しておこうか」

「いいのかそれで」

「構わないよ。それにクロウからしても、彼女がしっかり納得した形で雇わないと文句言うだろ?」

「そりゃな」

「それじゃあとりあえず契約したとしてだけど…みらいさん、君は引っ越しはできるかな?」

「引っ越し…ですか?」

「うん。可能であるならばこちらで用意する社宅に引っ越してもらって、活動場所をこちらへと移してほしいんだ」

「あれ、社宅なんてあったっけ」

「なんで君が把握していないんだ…」


クロウの疑問に呆れたようにギルマスがつぶやく。


「まあ、君はもともとこちらに家を持っているからね、住んではいないから家賃は発生していないけど、それでもいつでも入居できるようにはなっているよ」

「まじか」


驚いたような声を上げるクロウは本当にそういった物があると知らなかったようだ。


「やれやれ…まあいい。とりあえずギルドの職員と一部の高ランク探索者が住める場所なんだ」

「高ランク探索者さんがですか?」

「うん、貢献度の高い探索者への報償としてね」

「へ~…」


感心したような声と共にみらいの視線がクロウのほうへと向かう。クロウは顔をそむけるように別のほうを見ていた。


「仮面被ってるのに何で顔逸らすの?」

「気にするな」


呆れたようにつぶやくシェルフにクロウはそう答えた。


「まあ、こちらとしてもサポートしやすくなるし、可能であればそこに引っ越してほしいんだ」

「わかりました。それに関してもお母さんと話してみます」

「うん、そうして。もし人手がいるならこちらも手を貸すし、クロウを使ってもらっていいから」

「なんでや!」

「推しに手を貸すのが不満かい?」

「いやまったく」

「ならなんで文句言ったんだよ…」

「なんとなく?」

「みらいさんがいる時の君はいまいちよくわからないね…」


ため息と共にギルマスがあきれた様子でつぶやいた。


「そうなの?クロウさん、基本的に枠ではこんな感じだけど…」

「マスター普段はこういうおふざけ的なのやらないからねー」

「そうなんだ…」

「まあいい。とりあえず引っ越しについてはもしするんだったらクロウから話を通してくれればこちらも準備しておくから」

「わかりました」

「さて…それじゃあクロウ。シェルフ君についての話をしていいかな?」

「うい、んじゃあ真面目に話しますか」


その言葉と共にクロウの雰囲気が少し引き締まった。


「シェルフちゃんについて…?」

「ああ。メッセージで話したよな?訳ありだけど問題がない人がいるって」

「うん、それがシェルフちゃん?」

「そ。シェルフ」

「はーい」


椅子から立ち上がり、少し離れた場所へと歩いていく。


「ニュースでやっていたけど、あの魔窟暴走。あれに異世界から来た魔族がかかわっていたのは知っているな?」


クロウの問いかけにみらいは頷く。あの魔窟暴走の原因を特定し、公表するのが探索者ギルドの役割であり、魔族に関しては事前に配信をしているS級探索者からの情報で公表されていた。そして宗谷が魔界まで殴り込みに行ってほぼ壊滅させてきたことにより魔族の危険性はなくなったと公表したのだ。


「異世界から来た存在ってのは魔族だけじゃなくて他にもいてな。それが…」


言葉の途中でシェルフを中心に風が渦巻く。それと共に彼女のライトグリーン色の髪がなびき、ちらっと見えている耳が少しずつ尖っていく。


「種族、精霊。様々な属性の扱いに長けている存在だ」


その言葉と共に室内の風は収まり、シェルフの変化が収まった。


「彼女は風の精霊、シェルフ。今から一年…半くらい前だっけ?ボロボロになって倒れているところを俺が回収したんだ」

「そう…なんだ…」


驚いた表情でみらいはそれだけつぶやく。

その様子を見つつ説明の続きをギルマスが引き継いだ。


「彼女はクロウが保護した後、こちらで一月ほど監視してね。問題なしと判断してクロウが引き取って保護観察することになったんだ」

「なんでクロウさんが…?」

「それは…」


ギルマスがうかがうような視線をクロウへと向ける。


「拾ったの俺だからね。いろいろと事情を知っている俺のほうが不必要に情報が広がる心配もないし、ちょうどいいとなったんだよ」

「そうなんだ…」

「精霊に関しては基本的にわからないことが多いからね。シェルフも元の世界については教えてくれないし」

「あはは…ごめんね?」

「まあいいさ。ボロボロの状態で見つかったってことはそれ相応の理由があるってことだろうからな。とりあえず彼女に関しては魔族とは違って現時点では友好的な存在ということでそれなりの扱いをすることにしたってわけさ」


気まずそうに笑うシェルフにクロウは肩をすくめつつも答える。


「で、そろそろ時期的に表に出しても問題ないかなということで、とりあえず力を抑えて精霊だとばれない状態で認知度を広げたいと思ってな。まあ、探索者の実力としてはそこそこだから、みらいちゃんのサポート役としてもいいかなと思ってね」

「そっか…。でも、これからの配信では精霊だということは隠すんだよね?」


みらいの問いかけにクロウもギルマスも頷く。


「それならなんで教えてくれたの?黙っていてもいいと思うんだけど…」

「それはクロウがね。同じパーティーになるのなら、シェルフ君の正体についても話しておくべきだって」

「命を預けることになるかもしれないし、場合によっては力を解放しないといけない場面もある。そこで正体を知るよりか、事前に知っておいてギルドのほうから口止めされていたってことにしたほうがいいだろう。それに…」

「それに?」

「…信用してくれているみらいちゃんに隠し事したくなかったってのもある」


どことなく気まずそうに顔を逸らすクロウ。


「…それなのに素顔は見せてくれないんだー?」

「顔バレは別の意味で嫌なんよ」


少しいたずらっ子のような笑みを浮かべて言い募るみらいにクロウは困ったように答えた。


「ま、そんなわけでシェルフの情報を話しておこうと思ってね。パーティーを組むかどうかはみらいちゃん次第だ。まあ、どうしようともシェルフが精霊だということは黙っていてもらいたいがね」

「そっか…ねえ、クロウさん、シェルフちゃんはいい子?」

「ん?まあ、信用はできるな。いろいろと不便だろうが、こっちの都合を理解して我慢してくれてるし」

「そっか。じゃあいいよ。パーティー組む。よろしくねシェルフちゃん」

「いいの?ずいぶんあっさりだけど…」

「うん。クロウさんが信用できるって言ってるし、その言葉を信じるよ。それに少し話しただけだけど、シェルフちゃんが悪い子じゃないってことはわかるしね。それよりも、探索者になったら私のほうが迷惑かけちゃうだろうけど、シェルフちゃんはいいの?」

「私はいいよー。みらいさんの手伝いすることでマスターの世話になったお返しにもなるし」

「そう?それなら甘えちゃおうかな。ちなみにクロウさんは…」

「俺が出る場合はこの姿やぞ?」

「通報待ったなしだよねぇ…」

「かたくなに顔バレしたくないんだね…」

「まあね…俺にも俺の立場ってものがあるからね…」

「そうなんだね…」

「ま、いつも通り見守ってるから万が一があった際は手を出すよ」

「うん、わかった」


クロウの言葉にみらいは嬉しそうに笑みを浮かべていた。


「クロウのそんな姿が見れるとは嬉しい限りだよ。それはそれとして現時点で話せることは以上かな。あとは契約後、本格的に動く際の打ち合わせかな」

「わかりました」

「じゃあ決めたらクロウを通じて連絡くれればいいからね。引っ越しの件も必要だったらこちらからも手を貸すから」

「ありがとうございます」

「んじゃあ送ってくるけど…どうする?戻ってきた方がいいか?」

「いや、そのまま帰宅して構わないよ。私も別でやることがあるからそっちにかかるからね」

「了解。んじゃあまた」

「ありがとうございました」

「またねー」


ペコリとみらいが挨拶をし、それを終えてからクロウ達3人は転移でその部屋から姿を消す。

それを見送ってからギルマスは大きく一つ息を吐くと共に椅子の背もたれに体を預ける。


「…はぁ…にしても、彼の…宗谷のあんな姿が見れるようになるとはね…。拾ったばかりの頃では考えられなかったな」


仮面で表情はわからなかった。しかし、長い間彼を見守っていたギルマスからしたらその雰囲気だけでその表情が予想できた。


「…あの件で彼は独りでいることを選んだ。そんな彼が支えたいと思える人に出会えたんだ。できる限りの援助はしたいものだな」


そう呟く彼の表情はギルドマスターとしてではなく、親としての表情がわずかだが浮かんでいた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る