S級探索者は後始末をし、推しは決意する


魔族たちが暮らす世界から戻ってきたので、そのままダンジョンを潰し、ダンジョンからも脱出する。

地底数十kmほどの深さにあるダンジョンは扱いにくいのもあるし、ワンフロアダンジョンでは汎用性にも欠ける。それに一度魔窟暴走をしたダンジョンを放置しておくわけにもいかないのでSランク探索者として潰しておかないといけない。


「穴塞がんとなぁ…」


ダンジョンは潰せばそのまま時間をかけて消えていくが、ダンジョンの外ではそうもいかない。ダンジョンから出てきたミスリルアントによって掘り進められた地面も塞がないと地盤がもろくなってしまう。そのまま埋め立てるだけだと意味がないのでとりあえず魔窟暴走の前の状態へと戻さないといけない。


「これ疲れるからあんまやりたくないんだがなぁ…まあ、仕方ないか」


愚痴のように独り言をぼやいて右手に魔法陣を浮かび上がらせる。それはたった一つの魔法陣ではあるが、魔界で使っていた奴とは比べ物にならないほど複雑な物だった。


「『逆巻之水時計』」


魔法陣が輝き、穴をすべて覆うように広がっていく。

そして通常とは逆回転に魔法陣が回り始めると共に徐々に地面がせりあがっていく。

『逆巻之水時計』。それは宗谷が扱える時間魔術の一つ。魔法陣の中の時間を逆回転させることで壊れた物を直す魔法だ。消費魔力も高く、魔法陣の複雑さも高いので宗谷としてもなかなかに疲れる魔術だ。

穴をふさぎながら徐々に地上へと上がっていく。枝分かれしていく部分もあるので魔法陣の範囲を広げながら少しずつ地上に上がっていくが、その間にもまだ生き残っていたミスリルアントがいたので片手間で潰しながら戻っていく。

それなりの深さの穴をふさぎながら戻り、数十分ほどかかったが問題なく元の状態へと戻すことができた。

地上へと戻ると、穴の近くで警戒をしていた流華がこちらに気づき近づいてきた。


「終わったの?」

「ああ、片付けてきた。地上はどうだ?」

「あなたが行った後に数匹湧いてきたけどそれらも倒してあるわ。それと避難し損ねた人がいたか確認もしたけど今のところ発見はされていないわね」

「そか。んじゃああとは地上の後始末か」


ミスリルアントが地上に出てきたせいで地面がボコボコになっている。アスファルトもひび割れ、めくられ、まともに車が走れる状態ではない。

無事な物もあるが、建物も倒壊しており、これらを復興させるにもかなりの時間とお金がかかるだろう。


「いつものやるの?」

「ああ。報告とかもしないといけないんだが、やるしかないだろう。広がっている探索者達を集めてくれ。影響があると面倒だ。そういや魔素吸収の奴はもってるよな?」

「ええ。常備しているわよ」

「ならよし、んじゃよろしく」


宗谷の言葉に流華が頷き、連絡をし始める。その間に右手で魔法陣を構築していく。

今回は無機物限定にしたうえでかなりの広範囲に展開する必要がある。必要魔力もかなり高く、複雑になってしまうので時間はどうしてもかかってしまう。

その魔法陣を構築している間に流華が呼んだ探索者達が全員集まってきた。


「宗谷、もう大丈夫」

「あいよ」


左腕を振るって探索者達の周囲に魔法陣の影響を受けないための結界を張り、右手を地面につけて構築しておいた魔法陣を展開する。

輝く魔法陣が高速で広がっていき、瓦礫だらけとなって居る町を光で包み込んでいく。


「『逆巻之水時計』」


言霊と共に輝きがより一層強くなり、崩れていた瓦礫が宙に浮いてそれぞれ元の形へとなっていく。


「これは…」

「すごい…これがS級探索者…」

「彼は私たちの中でも別格だけどね」


まさに時が巻き戻るかのように修復していく街並みを見ながら探索者達がつぶやく。

その様子を流華は自嘲気味に笑みを浮かべながら答えていた。

S級探索者だといっても実力にはそれなりに差がある。その中で宗谷は別格だ。おそらく国内…下手したら世界でトップクラスの実力を持つかもしれない。現に彼に探索者管理機構であるWSMからL級への昇級の話が何度も来ているらしい。本人は断り続けているとのことだが。まあ、L級になるとかなりの恩恵にあやかれるが、その恩恵は彼にとっては魅力的な物ではないのであろう。


「ふぅ~…おしまいっと。んじゃああとは頼むな」

「ええ、わかったわ」


魔法の展開を終え、町の修復を終えた宗谷が一息ついた。全体的な修復は完了したが、それでも確認自体はしないといけない。まあ、それは別に宗谷じゃなくてもいいのでそっちは流華達探索者が担う。宗谷は戻ってギルドのほうに報告をしないといけない。あとのことは流華達に任せて宗谷はギルマスがいるであろう避難所へと転移した。




いつも通りの日常だった。

皆と話すのが楽しくて、ついつい夜遅くまで配信をしちゃって。そして楽しい気持ちのまま眠って、お昼前にお母さんに怒られながら起こされて、一緒にご飯を食べて、用事を済ませてから配信して、またみんなと楽しくお話していた。

そんないつも通りの日常だった。それなのにそんな日常が一瞬で壊された。

突然起こった地震。何があったかわからずにパニックになっている中でコメントが目に入る。


『みらいちゃん!急いで広い場所へ逃げて!!』


いつも応援してくれているクロウさん。その人の切羽詰まった様子のコメントが今の状態が危険なことを告げていた。


『これはただの地震じゃない!地底で未発見のダンジョンが魔窟暴走を引き起こした!急いで手を打つからとにかく生き残って!』


魔窟暴走。ダンジョンから大量の魔物があふれ出る現象。かつて探索者だったお父さんが死んでしまったのもその魔窟暴走が原因だった。

十年以上昔、お父さんは探索者として活動していた。そんな中発生した魔窟暴走。それの対処に向かったお父さんはそのまま帰らぬ人となった。

そんなことがすぐ真下の地面で起こっている。その事実に体が震えていた。

そんな私を窓の外にいた巨大な蟻が見据えていた。

思わず悲鳴を上げてしまった。その直後に蟻が窓を突き破って部屋の中へと入ってくる。

カチカチと金属がぶつかり合う音が響く。そんな中いきなり部屋の扉が開いて入ってきたお母さんに腕を掴まれた。


「逃げるよ!!」


お母さんに腕を掴まれ、引っ張られて部屋から飛び出す。そのまま靴も履けずに家を出るとまさに地獄のような光景が広がっていた。

地面だけでなく建物をはい回っている無数の巨大な蟻。それらが町の住人を追いかけまわしている。


「とにかくどこかへ逃げないと…!」


お母さんが焦ったように周囲を見回している。でもどこを見ても巨大な蟻はいた。

そんな時にクロウさんの言葉が頭をよぎった。


「クロウさんが広い場所に逃げろって…」

「広い場所に?」


お母さんもクロウさんの事は知っている。常にいろんなものを送ってくれているあの人の事をお母さんも気に入っている。そんな人の言葉に首を傾げつつも何か考えがあるのだろうと思う。


「ここで広い場所って言うと…公園?」


住宅街である今のいる場所から1kmほど離れた場所に公園がある。ここらへんで一番近くて広い場所というとそこになる。


「じゃあ急いでそこに…危ない!!」


唐突にお母さんに突き飛ばされる。


「え」


何が起こったのかわからなかった。突然突き飛ばされ、困惑と共にお母さんのほうを見るとそこに映っていたのは巨大な蟻の牙に体を貫かれているお母さんの姿だった。


「……嘘…」


信じられなかった。信じたくなかった。

ついさっきまで元気に笑いかけてくれていた。呆けていた私の腕をつかんで逃げようとしてくれた。そんなお母さんが蟻の牙に貫かれていた。


「…にげ…て…」


か細い声でこちらを見てお母さんが言う。そんなお母さんをあざ笑うかのように蟻は顔を振ってお母さんを投げ飛ばして壁へとたたきつけた。


「お母さん!!」


駆け寄ろうとした私の前を蟻が塞いだ。


「っ!」


恐怖で足が止まるがそれと同時に怒りが沸きあがる。

しかしそんな私を嘲笑うかのように蟻はカチカチと牙を鳴らす。それはさながら「次はお前だ」とでも言っているかのようだった。

しかし、その蟻が次の瞬間には巨大な石の槍に貫かれていた。


「…え…?」


突然の出来事にまた呆けたような声が出てしまう。石槍が飛んできた空のほうを見てみると、遠くにポツンと人影がわずかに見えた。その人影の周囲には巨大な石の槍が無数に浮いており、その槍は正確に蟻を撃ち抜いていた。


「…助けが来たの…?」


次々と倒されていく蟻を見てそんなことをつぶやいてしまう。


「あ、それよりお母さん!!」


目の前にいた蟻はもうすでに動かなくなっている。その蟻の横を通り抜け、地面に横たわっているお母さんの元へと駆け寄る。


「お母さん!お母さん!!」


必死に呼びかけるがお母さんは目を開けてくれない。お腹に開いた傷から血があふれている。


「ねえ、お母さん…お願いだから目を開けてよ…」


涙で視界がにじむ。お母さんの顔からは血の気が引いていく。


「なんで…どうして…」


ほんの少し前まではいつも通り平和な日常だったのに。なんでこんなことに…。そんなどうしようもない疑問が渦巻いてしまう。

そんな時に空中にいた探索者はそのままどこかへと飛んでいく。

あの人がもっと早く来てくれたら…。理不尽なのはわかっている。それでも思わざるおえなかった。

後少し早く来てくれればお母さんは助かった。ほんの数分到着が遅れてお母さんは…。

ぎゅっとお母さんの手を握る。暖かく優しいその手から徐々に体温が消えていく。


「嫌だよ…お母さん…独りにしないで…」


ぽたりぽたりと涙がこぼれる。消えていく体温が命の灯のように感じ、握る手に力がこもる。

そんな時に唐突にお母さんの体が光に包まれ始める。


「今度は何…?」


魔窟暴走から目まぐるしい変化についていけない。また何か嫌な事でも起きるのではないか。そんな考えが頭に浮かんでいたが、起こったことはむしろ逆の事だった。

握っているお母さんの手に少しずつだが体温が戻ってきている。それに気づくのと同時にお母さんの体に合った傷が綺麗にふさがっていることに気が付いた。


「傷が…治ってる…?」


呆けたようにつぶやいた直後にめまいがする。


「っ」


少しの気持ち悪さから思わず目をつむってしまう。そして次に目を開けるとそこにはさっきまで居た場所ではない景色が映っていた。


「来たぞ!医療班!搬入班!急げ!どんどん来るぞ!!」


年配の人のその言葉に大勢の人がこちらに駆けてくる。周囲を見ると私達以外にもたくさんの人がおり、その中には怪我をしたのか血が付いた服を着ている人もいた。


「大丈夫ですか?」


看護師らしき女の人が話しかけてくる。


「状態確認しますね」

「あ、はい」


唐突なことに曖昧な返事しかできなかったが、看護師さんは構わずこちらの体を軽く触れていく。

私の体を軽く触れて確認を終えると次はお母さんの体を触っていく。


「…怪我は…ないですね。でも、治癒魔法の影響が強く残っている…ってことはかなりの重傷だったんでしょうね」

「あ、あのお母さんは…」

「大丈夫ですよ。治癒魔法でちゃんと怪我は治っています。それに血をだいぶ流したようですが、それも戻っているので問題ありません。ただ、急激な血圧の変化や魔力が体内にあるのでそれがなじむまで数日入院することになりますが、命に別状はございませんよ」


安心させるように看護師さんは笑顔で告げる。その言葉に私も気が抜け、また涙があふれそうになってしまった。


「とりあえずここで寝かしておくわけにもいきませんし、搬入班にお願いして病室まで運んでもらいましょう」

「はい。あの私も一緒についていっても大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫ですよ。傍にいてあげてください」


その言葉にほっと一安心する。その後搬入班の人が来て眠っているお母さんをストレッチャーに乗せて個室へと運び込んでくれた。その後ドタバタしつつも入院の手続きを済ませる。一通りの手続きを済ませてお母さんがいる病室に戻るとそこにはここに来たばかりに応対してくれた看護師さんがお母さんの様子を見に来てくれていた。


「あの、少し聞いてもいいですか?」

「はい、何でしょう」

「今回の事…何があったんですか…?」


私の言葉に看護師さんは少し困ったような表情を浮かべていた。


「ごめんなさい。私もあまり詳しいことは知らないんです」

「そうなんですか…」


魔窟暴走が起こったということは知らされていてもなぜそんなことが起こったのか、そこまでは教えられていないらしい。


「それでもすでに魔窟暴走は制圧されたらしいです。被害のほうも数字の上で言えば0らしいですので」

「そうなんですか?」

「ええ。怪我人も死者もいません。みんな制圧に取り掛かったS級探索者である黒川宗谷さんが治療と避難をしたので被害はないです。建物のほうも修復されたらしいですので、見た目だけで言えば何も起こっていないのとほぼ同じ状態らしいです。まあ、さすがに精神的な物までは被害がないとは言えませんけどね」


苦笑交じりにそう答える看護師さん。これらはすべてもうテレビやネットで情報が拡散されているものらしい。

そう答えて忙しいようで看護師さんはやる事だけ済ませて部屋を出ていく。

お母さんと二人きりになった部屋の中で定期的な電子音が響く。とりあえず診断の結果お母さんはもう心配ないとのことだった。ただ治療のために大量の魔力を取り込んだので、それらが無くなるまでは絶対安静とのことだった。


「………」


もう大丈夫だとわかると力が抜けた。でも、体の震えは止まらなかった。

今回、助けに来てくれた探索者さんのおかげでお母さんは助かった。でも、あの時、本当にお母さんがいなくなっちゃうかと怖くなった。それだけじゃない、私だって…。

お父さんが探索者で、魔窟暴走で死んじゃった。だから探索者に対して忌避感を持っていた。

リスナーの中にも探索者の人はいた。クロウさんもそうだし、他にも何人か探索者として活動している人もいる。その人たちが配信を始めた時に来てくれるたびに安心していた。姿が見えないから無事かはわからない。それでも生きていてくれている。それがうれしかった。

それでいいと思っていた。配信している人たちの中ではダンジョン探索を配信している人たちはたくさんいる。それが一つの分野として流行っているのも知っている。だけど、そんな危ないことをしなくてもいいと思っていた。でも…


「それじゃダメなのかな…」


今回の事で自分があまりにも無力だということが分かった。もし、探索者だったら。勝つことはできなくても少しくらいは時間を稼げたかもしれない。ただ傷つけられるだけじゃなく抗うことができたかもしれない。お母さんを護ることができたかもしれない。

もうあんな思いはしたくない。でも…。


「お母さんは反対するかな…」


お母さんだけじゃない。きっと同じ探索者であるクロウさんやリスナーの皆も反対するかもしれない。それでも…


「もう目の前で何もできないのは嫌なんだ」


そう呟いた私の目には迷いはなかった。


「私、探索者になるよ」




あとがき


これにて一章終了です。

次の更新はキャラ紹介と世界観紹介となります。一つでできるか二つに分けるかはちょっと書いてからになりますが。

探索者になる事を決意した推しに対し、宗谷はどう応援を続けるか。正体を隠し続けることができるのか。すでにばれてるんじゃね?という意見は見えてません()

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