S級探索者はダンジョンを殲滅する


魔窟暴走が発生し、建物の大半が崩壊している街並み。地上へと現れた魔物であるミスリルアントはすべて倒して素材や魔石になっており、民間人も把握できる人はすべて転移させている。被害にあった怪我人などもすべて治療してから飛ばしているので、把握できない人がいない限りは誰もいないはずだ。

それゆえに今の地上では魔窟暴走が発生してからそこまで時間が経っていないというのに静かだ。

そしてそんな街の中、巨大な穴の端にポツンと宗谷は立つ。

地底で発生した魔窟暴走。そこから現れた魔物は5つの巨大な穴と共に地上に姿を現した。それらを一つを除いて塞ぎ、最後の一つは結界を張ることでいつでも開くことができる程度に塞いだ。そこから内部の様子を見ているが、わらわらと大量のミスリルアントがうごめいているが、結界によって阻まれて外へと出てくることはできずにいる。


「………」


その様子を宗谷はただ静かに眺めていると、そこへ流華と何人かの冒険者が駆けつけてきた。


「宗谷」

「来たか流華」


隣に立った流華が穴をのぞき込む


「この穴は…」

「地底に埋まってるダンジョンに続く穴だ。と言っても今はミスリルアントがひしめいているだろうがな」

「そっか。それで状況は?」

「とりあえず湧き出してきたミスリルアントは潰しといた。怪我人も治療して民間人と一緒に避難場所に転移させたが漏れがあるかもしれん」

「湧いてきた魔物はミスリルアントだけ?」

「少なくとも把握できたのはな。とりあえずこれから俺はダンジョンのほうを潰しに行ってくる。ついでに大方その背後にいるであろう魔族共もな」


そう言葉にする宗谷の表情はいつものどこかけだるげなものではなく、明確な怒りが宿っていた。

その怒りに当てられ、流華だけでなく、ついてきていた他の探索者もごくりと喉を鳴らす。


「………何かあったの…?」


そこまで関係は深くはないが、それでも流華は宗谷の事をそれなりに知っている。ここまで怒りを抱くことなんてめったにないはずだった。

問いかけた流華へとちらりと視線を向ける。その宗谷の瞳に宿る明確な怒りに気圧されそうになってしまう。


「…せっかくの推しの配信を邪魔した上にその推しが危ない目に遭ったかもしれないんだ。骨すら残さず消し飛ばしてくれる」

「あ、うん。なんかほっとした」


そう言えば宗谷は推しであるあの子に関しては結構暴走しやすかったんだっけ。とかそんなことを思い出していた。


「でも、結構穴のほうにも魔物居るけど…この中突き進んでいくの?」


ミスリルアント事態宗谷はもちろん流華にも脅威にはならない。しかし、どれぐらいの深さがあるかわからない穴のに動いめいているミスリルアントを見る限り、おそらく数千匹くらいはいてもおかしくはないだろう。

さすがにこの数をまともに相手にするのは骨が折れるし、かといって放置すると地上の被害が甚大となる。そしてこいつらを相手にしていたらこの奥にあるであろうダンジョンへと到着するにはかなりの時間が必要となるだろう。


「ああ、それならすでに準備してあるから」


そう言って宗谷が左腕を振るうと穴の真上に何重にも重なっている魔法陣が姿を現した。


「何これ!?」

「あいつら消し飛ばすための魔法。さすがに穴の中すべてとなるとこれくらいの規模必要になるんだが、隠しておかんと面倒な騒ぎになるんだよ」


魔法陣。探索者の中では魔法を扱う者もたくさんおり、その中でも限られた実力者しか扱うことができない物。

一つの魔法陣に様々な魔法的干渉を組み込み、巨大で高威力な魔法を構築するものであり、よく使われているファイアボールのような基礎的な物とは違い、まさに必殺の一撃となりうるほどの威力の魔法を発動させるのに必要となる物だ。

その分莫大な魔力とそれを構築する際の集中力と時間が必要であり、あまり使い勝手がいいとは言えないのだが、使い手次第ではそれを補って余りある威力の魔法が放たれることもできる。

しかしそれらに関しては基本的に一つの魔法につき一つの魔法陣だ。複数の魔法陣を使うこともできなくはないが、相互干渉により打ち消し合ったり想定外の効果になったりするので難易度としては重なる魔法陣の数がそのまま乗数となっている。


「…これいくつ重ねてるの…?」

「20」

「…相変わらず化け物ね…」

「同じランクなのに何言ってんだか」

「同じような真似は私にはできないわよ」

「俺もここまで重ねたのは久々だしなぁ。時間かかるし普段使う必要ないし。んじゃあ行ってくるからあとのことは任せた」


そう言って宗谷が両手を上へと掲げると空中に浮かぶ縦に並ぶ20の魔法陣が輝きと共に回転しだす。


「多重魔法陣 二十式」


右腕を振り下ろすと即座に結界が消えて張り付いていたミスリルアントが穴の中へと落ちていく。


「『天照之御来光』」


魔法陣から放たれた純白の輝きが一瞬で穴の中を満たす。それと共にミスリルアントたちの姿が消失していき、その直後に他の場所から4本の光の柱が噴き出した。


「あ、塞いでおいた場所も開いちまったか。まあいいか。んじゃあダンジョン行ってくるからあとは任せた」

「わかったわ」


呆けている探索者を置いておき、流華へと声をかけてから宗谷がダンジョンへと続く穴へと飛び込んでいく。

先ほどまでうごめいていたミスリルアントも一匹もおらず、すべてが魔石と素材になっている。せっかくなのでそれらを集めながら落ちていく。


「…深いな…」


必要以上に加速しないように落下速度を調整しながら降りていく。

その間に大量の素材とかを回収できたのだが、まだまだ底が見えない。それに魔窟暴走しているダンジョンは常に魔力を放出している。だからこそ入り口は把握できているのだが、まだまだ下にある。魔窟暴走で大量のミスリルアントが現れたすさまじい速度で地面を掘り進んで地上に出てきたんだろう。

問題ない速度で穴を降りていくと、ダンジョンの入り口に近づくと共に再度ミスリルアントの姿が見えてきた。


「追加で来たか」


キシキシと甲殻が擦れる音が響き始める。それらを気にせずに見かけたミスリルアントを次々と屠っていく。そんなことをしながら進んでいくと地面にぽっかりと開いたダンジョンの入り口が見えた。


「あれか」


一切スピードを緩めることなくそのまま入り口へと飛び込む。ダンジョンに入った際に起きるわずかな揺らぎ、それが終わった瞬間、目の前に大量のミスリルアントひしめいていた。


「邪魔」


目に付いたミスリルアントはすべて作り出した石の槍で串刺しにしていく。

眼前に広がる魔物を一掃していき、落ち着いたところで少し周囲の様子を確認すると、そこは洞窟のような場所だった。


「アリの巣を模したダンジョンか?もしそうだったら魔族を探すのがだるそうだな…」


今のところミスリルアントしか姿を見かけてはいない。もしかしたら奥の方に上位種となる魔物がいるかもしれないが、それでも傾向的にアリの魔物しかいなさそうだ。


「範囲魔法が効きにくいから面倒なんだがな…」


そう言いつつ高速で走り回り、目に付いた魔物を倒していく。

正直まっすぐ降りていきたいところだが、魔窟暴走が起きている以上こいつらを逃すとそのまま地上へと出ていきかねない。

地上には流華達がいるから問題はないが、それでも数を減らすに越したことはない。

進みながらダンジョン自体の気配を探ってみるが、感覚的に深さがないような気がする。


「アリ系の魔物ばかりだし深さもあまりない。もしかしてワンフロアダンジョンか?」


稀にある一つの階層しかないワンフロアダンジョン。一つの種族のみが生息するダンジョンで、いわばその魔物の家のようなダンジョンだ。ミスリルアント以外の魔物も見かけないし、その可能性が高そうだ。


「それならこのフロアさえ攻略すればいいんだ、楽でいい」


アリの巣だから複雑なダンジョンではあるが、階層を跨がなくても大丈夫ならその分短く済む。

さっさと片付けようとどんどん魔物を倒し、奥へと進んでいく。

いくつもの分かれ道を見つけ、その先にある部屋のように広い場所には蟻の卵があったのでそれらもすべて消していく。

そんなことをしながらどんどん進んでいくと今まで以上に広いフロアに到着した。


「何やら騒がしいと思ったら、侵入者が来ておったようじゃの」


その言葉と共にフロアの奥で丸くなっていた巨大な影が動く。

それは巨大な腹を持つミスリルアントの女王蟻『クイーンミスリルアント』だった。


「…ここのボスか。喋れるだけの知能があるのは驚きだな」

「たかが人間風情がずいぶんな口を利くのう。それに…ずいぶんと暴れたようじゃの。かわいい我が子達の仇、取らせてもらうとしようかの」


そう言って両手の鎌を振り上げる。しかし、そんなものに付き合うつもりはない。

ヒュッ!という空気音と共に凝縮された魔力玉がクイーンミスリルアントの頭を吹き飛ばす。しかし、まだ神経が残っているのか、振り上げた鎌を振り下ろして斬撃を放ってきた。


「おっと」


意外な一撃だったが余裕でかわし、今度は更に威力を上げた雷の魔法でクイーンミスリルアントの体を焼き焦がした。


「…最初からこうすればよかったか」


そう呟いてひと息つく。


「さて…いつまで隠れているつもりだ?」

「…気づいていましたか。うまく紛れていたと思ったんですがね」


その言葉と共に岩陰からスーツのような服を着ている魔族の男が姿を現した。


「お前らの魔力は把握済みなんでな」

「なるほど、やはり先行部隊は捕まっていましたか」

「ゲートはもう開いているのか?」


宗谷の言葉にピクリと眉を動かす魔族。なぜ知っているのか、と疑問に思った瞬間、先行部隊が捕えられ、情報を吐かされたと察したんだろう。


「それを教える必要がありますか?」

「別に。ただ確認したかっただけだ。場所は把握してる」


このフロアで強大な魔力を持っていたのはあのクイーンミスリルアントだ。そいつを倒したことでその影に隠れるように設置されていたゲートの魔力も把握することができた。ただその先が魔族たちが暮らす世界かどうか、それを確認したかっただけ。

答えないのならば答えないで別に気にすることでもない。


「さて、推しの配信を邪魔した上に推しの命を危険にさらしたんだ。覚悟はできてるだろうな」

「一体何を…」


魔族が何かをしゃべろうとするより先に宗谷の拳が魔族の顔面へと突き刺さって地面へとたたきつけた。


「勘違いするな。別に質問しているわけじゃない」


まだ息がある魔族の襟をつかんで引きずり、魔力を放つゲートへと向かう。空間に開いている穴は渦のような見た目でその先は見えない。

宗谷は躊躇なく魔族を放り込み、宗谷自身も飛び込んだ。

わずかなめまいのような感覚が襲ってくるが、それも即座になくなる。そしてそのゲートから出ると、そこに広がっていたのは先ほどまでいた洞窟ではなく、巨大な城が遠くに見えるとげとげしい山が連なる赤い空の世界だった。


「…まさに魔界って感じだな」


まがまがしいその見た目にそう呟く。それと共に近くにいた大人数の気配にも気づいた。


「………なぜここに異世界人がいる」


王とも思えるほど存在感を持つ先頭にいる魔族が問いかけてくる。


「攻めてきたんだ。攻めて来られてもおかしくないだろ?」


宗谷は挑発するようにそう返し、その言葉に先頭にいる魔族が眉をしかめる。


「さて、こっちの話も聞かず、魔窟暴走なんて方法で喧嘩を売ってきたんだ。覚悟はできているんだろうな?」


その言葉と共に宗谷の背後に大量の魔法陣が展開されていく。

多重魔法陣のように重ねるとその分制御が難しく、時間がかかるが同時に一つの魔法陣を展開する分には制御の難易度はあがらない。

多重魔法陣は乗数、広域展開魔法陣は掛け算といった感じだ。通常難易度の20乗の難易度の魔法陣を扱える宗谷に多量の展開魔法陣を扱うのは児戯に等しいだろう。


「さあ、虎の尾を踏んだツケを払ってもらおうか」


その直後に魔族たちが暮らす世界の一か所ですさまじい光が放たれた。そしてその直後にそびえたっていた魔族の城の一つが消滅したのだが、それを宗谷達が暮らしている世界の住人が知ることはない。

その後帰ってきた宗谷によってダンジョンのコアは取り除かれ、魔窟暴走は収束することとなった。

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