S級探索者は魔窟暴走に挑む

ガチイベから一週間ほどが経過した。


「いや~最近は平和だね」

『ガチイベ後のこのまったりした雰囲気好き』

『わかる』

『ガチイベ中はずっと気を張っているからね』

「そうだねー、今しばらくイベントはまったりできる物がいいよね」


みらいの配信にてみんなでまったりと話をしていく。

ガチイベの最中は企画だったり、他のライバーの様子を見たりとせわしない。しかしガチイベが終わればそういった物を気にすることなく配信できる。

そんな雰囲気がみらいを含め配信を見ている人たちも好きだったりしている。


『まあ俺はガチイベなかったら働かないといけないんだけどね(´・ω・`)』

「クロウさん探索者でしょ?ガチイベ中はお休みしてたの?」

『うむ、そっちに集中したかったからね( ˘ω˘ )』

『自由に休めるのうらやましい…』

『その分収入無いから事前に貯めておくか、あとで稼ぐなりしておかないといけないけどねぇ』

「大変そうだね…大丈夫なの?」

『大丈夫大丈夫。基本的に生活できるだけの蓄えはあるし、あれだけあった推し活資金が消えたからその分は貯めておかないとだけど(´・ω・`)』

『そりゃあれだけ投げてれば消えるよね…』

『イベポイントのほとんどをクロウさんが投げてたからねぇ』

『あそこまで投げる予定なかったんだがなぁ…(´・ω・`)』


必要であればそれ相応のポイントを投げるつもりではあったが、1000万ほど想定外に投げる必要が出てしまった。


『まあ、その分ちゃんとみらいちゃんの収入になるからいいんだけどね( ˘ω˘ )』

「うん、ありがとうね、クロウさん」

『いえいえ( ˘ω˘ )確定申告頑張ってね!(゚∀゚)』

「やめて!!」

『というか、今回のイベント参加者はみんな結構な収入になりそうだよね』

『そうだねー、あの1000万ポイント分の収入があるもんね』

『みんな確定申告に苦しむのか…』

『やめようこういう話は…俺に聞く(´・ω・`)』

『自営業系は面倒だからね…』

『探索者ってどうなの?』

『んー、そこらへんは自営業とあんま変わらんよ?一応探索者として免除される部分もあるけど、装備とか道具とかは経費として加算される感じかな』

「そこらへんもきちんと領収書とか用意しないといけないの?」

『買う場所によるかな?ギルドから購入した物に関してはギルドで加算してくれるけど、それ以外に関しては自己申告が必要なんだよね』

『ギルド以外から買うことってあるの?』

『探索者同士で取引するってこともあるからねー。まあ、それでもギルドを介したほうがトラブルにはならないけど、中にはあまり表立ってできない取引もあったりするからねー』

「やっぱりそういうものもあるの?」

『強力な装備とかもあるからね。ちょっと非合法に片足突っ込んでいる物とかもあるし』

『クロウさんもやってたりするの?』

『んー…あんまり記憶にはないかな…もともと装備とか使わないから…』

「装備とか使わないの?」

『魔法メインだからねー。人によっては杖とかそういった媒体が必要な事もあるけど、俺はなくても使えるから』

『…同じ探索者のワイ氏、初耳の情報に驚く』

「え?そうなの?」

『基本的に魔法は杖とか腕輪とか魔力を集める媒体を使って発動させるものって教わってるから…』

「ということだけどクロウさん?」

『そうなの?慣れたら媒体なくても使えるよ?』

『えぇ…』

『クロウさん引かれてて草』

『やっぱりクロウさんって只者じゃないよね…』

『そんなそんな、俺はしがない探索者ですよ( ˘ω˘ )』


そんな話をしていると仕事用のスマホが鳴り出す。


『なんか電話来たから一旦離脱するねー』


そう言ってから一旦配信から離れて電話を繋げる。


「もしもし?」

『やあ、宗谷君。すまないが今大丈夫かな?』

「まあ一応は。何かあったのか?」


ギルマスからの連絡は何かしらあったということだが、現時点では魔族について何かが判明したということだろうか。


『ああ、悪い知らせがね』


その声からどこかしら緊迫した様子が感じられた。


『捕えた魔族なんだが、なかなか目的…というか、手段のほうかな?何をやるかを吐かなくてね。ついさっきようやくそれが判明したんだ』

「手段って前に言ってた他の魔族を引き込むっていう話では?」

『そうなんだけど、それはあくまで最終段階。それをやるにも準備が必要らしいんだ』


ギルマスが調べた限りだと、魔族が暮らす世界とダンジョンを繋ぐには膨大な魔力が必要となる。

そしてその魔力を安定して手に入れるために何をするかというのが気になったようだ。


「なるほど。それでその方法が分かったと?」

『うん、しかも結構厄介な方法でね』

「厄介?」

『魔窟暴走』


その言葉に思わず表情が険しくなる。


『魔窟暴走はただモンスターが外に出る現象じゃない。魔窟であるダンジョンの内部が活性化し、大量の魔力が生産される。それが異世界へつながる門を安定化させるのに必要らしいんだ』

「つまり魔族の現時点での目的は魔窟暴走を発生させるってこと?」

『そうなる』

「それはまた面倒な…。で、猶予は?」

『わからない。ただ、捕えそこなっている魔族が来てすでに2週間ほど経過している。そろそろ起こったとしても…』


そう言葉が続こうとした瞬間、どこかからとてつもない魔力が迸るのを感じる。


「!これは…」


そしてそれと同時に…


「え、地震!?」


まだ配信を続けているみらいのほうで何やら異変が発生した。


『うわわわわ!?揺れてる!?』

『え、大丈夫?』

『これ結構でかい感じ?』

『みらいちゃん、とにかく安全を優先して!』


みらいの言葉にリスナーたちも騒ぎ出す。


「おいおい嘘だろ…」


唐突な膨大な魔力の感知、そしてみらいの言葉、そこからわかるのは…。


『みらいちゃん!急いで広い場所へ逃げて!!』


最低限の準備を進めつつみらいへと警告を放つ。


「クロウさん!?」

『これはただの地震じゃない!地底で未発見のダンジョンが魔窟暴走を引き起こした!急いで手を打つからとにかく生き残って!』

『はぁ!?魔窟暴走!?』

『まじだ!外で魔物が地面から湧き出してきてる!』

「そんな…どうすれば…キャアアアア!!」

『みらいちゃん!?みらいちゃん!』


悲鳴と共に配信が途絶える。


「ちぃ!ギルマス!魔窟暴走が発生した。急いで向かうから避難場所に人を集めておいてくれ!」

『わかった!』


通話を切って部屋から飛び出す。


「シェルフィ!魔窟暴走が発生したから現場に向かう!こっちの事は任せたぞ」


それだけ言って転移魔法を使って急いで先ほど膨大な魔力が発生した場所の上空へと転移する。


「うっわ、ひっでぇ有様」


転移した先はそれなりに栄えている街だった。住宅街と共にいくつかのビルが立ち並ぶその街。だが、今ではビルは倒壊している物も見受けられ、家も壊されている物も結構な数があった。


「地上に魔物があふれて数分でこれか…。しかも出てきた魔物は『ミスリルアント』かよ。クッソ面倒くせぇ…」


ミスリルアント。巨大な蟻の魔物で、その姿は薄緑色の甲殻をしている蟻だ。

その甲殻は名前の通りミスリルと同じ性質を持っており、軽くて硬く、魔法耐性も高い。そのうえ1匹いたら数百匹から数千匹いるほどの繁殖率の高さも厄介な理由だ。

その魔物が地上を歩き回って建物を破壊しつつ人を追いかけまわしている。


「みらいちゃんがここにいないことを祈りたいが、今はとりあえず被害を抑えないと…」


広範囲に魔力探知を広げ、魔物をすべて把握する。

ミスリルアントは魔法耐性が高い。しかし、それはあくまで物理的干渉のない魔法に対してだけだ。

魔法には火や水のように物理的質量をもたない物と氷や岩のように物理的質力を持つ物がある。ミスリルアントは前者の魔法に関してはほぼ無敵の耐性を持つが、後者の魔法に関しては通常の防御力と同じだけの耐性しかない。まあ、それでもかなりの高い防御力なのだが。

地上に出ている魔物すべてを把握できた。あとはそれらを倒すだけ。


「数が多いし遠くまで行ってる奴もいるから面倒なんだが…な!」


高速で無数の岩の槍を作り出し、次々と射出していく。手近な奴から次々と正確に撃ち抜いていく。しかし、その間にも魔力探知に引っかかる魔物の数が増えていく。

それらも追加で撃ち抜きつつ順調に魔物を倒していく。その間にも被害は広がっているかもしれないが、そこまでの対処はさすがに同時にはできない。

魔物の増え方からしていくつかの巨大な穴があり、そこから湧き出しているようだ。


「取り合えずすでに地上に出てきた奴はこれでよし…っと。あとは出口塞がんと」


いまだに増えてはいるが、それらも増加と共に処理ができている。そして地上で動き回っている魔物に関してはすでに処理は終えた。あとは穴をふさいで増加を防ぎ、その間に民間人を避難させてからダンジョンへと赴けばいい。


「出口の数は…5つか。一時的になるだろうが一掃して塞ぐか」


それぞれの出口に行くとそこには巨大な穴が開いていた。穴の中を大量のミスリルアントがうごめくように這いまわっている。


「見た目的にきっついなぁ…まあ、集まってる分なら処理も楽だ」


右手へと魔力を集める。それによって発生したのは小さな黒い球体。それを穴の中へと投げ入れる。静かに落下していく球体。タイミングを見て宗谷が指を鳴らすとすさまじい魔力と共に解放され、周囲の魔物を吸い込む小さなブラックホールとなった。


「これで良し。あとは塞いでっと」


穴の周囲を魔力でコーティングして別のルートを作られないようにし、石柱を作り出してしっかりと穴をふさぐ。


「これを後3つ。最後の一つはダンジョンに行くために開けとくとして…塞いだ後で避難させないと」


大急ぎで同じ手順で穴をふさいでいく。

そして最後の一つのに関しては通行不可の結界だけ張ってこれ以上の侵攻を防いでおく。


「これで一旦よし。次は…民間人の避難だ」


連絡用のスマホを取り出し、ギルマスへと電話する。


「ギルマス。避難場所は?」

『確保できている。どうすればいい?』

「とりあえずそこにいる人たち全員で少しでいいから魔力を放出してくれ。それで位置を把握してそこに治療した後で飛ばすから」

『わかった』


短い会話を終えて通話を切る。そして少し後に離れた場所で大量の魔力が放出されたのを感じた。


「そこか。よし」


転移先を把握できたので先ほどまで広げていた魔力探知で探知先を人へと変える。

五体無事で怪我のない人を真っ先に飛ばし、それ以外の怪我がある人は治療を優先する。


「転移と回復の平行処理はきついんだがな…」


そうぼやきつつ次々に転移させていく。とりあえず緊急性がない人たちから飛ばしているが、中には危険なレベルの怪我を負っている人や、すでに事切れている人もいる。そういう人はいち早く治療しないといけない。

とりあえず転移と並行して重傷者を把握する。それらをすべて把握したらその人たちをターゲッティングする。


「『リザレクション』」


強力な回復魔法を放つ。重傷者であろうと即座に癒し、死者であっても死後30分以内ならば蘇生できる。まだ魔窟暴走が発生してから15分ほどしか経過していないから、現時点では間に合うはずだ。

治療が終わるのを感じたので再度スマホを出してギルマスへと連絡する。


「そっちは問題ないか?」

『いきなり大量の人が来てバタついている部分はあるけど、問題はないよ。そっちは?』

「今重傷者等を治療した。これから優先的に転移させる。わかっているとは思うけど…」

『強力な治癒魔法をした人に追加で魔法をかけたら危険。でしょ?さすがにわかっているし、それらの判断はこちらでやっておくから君はそっちの方に集中して』

「わかった」

『それと流華と何人かのAランク探索者がそちらに向かっている。合流してダンジョン攻略に向かってくれ。そのままダンジョンに関しては封鎖を』

「了解」


通話を終える。とりあえずこれで一通り連絡するべきことは終わっただろう。

後は転移を終えたら結界を張った穴から中に入り、ダンジョンを封鎖すればいいのだが…。


「推しの配信を邪魔するだけじゃなく、推しにまで危害を加えたんだ。覚悟しておけよ…」


当然今回のきっかけになった原因の魔族をそのまま捕まえるなんてことはしない。

今回の魔窟暴走は魔族が暮らす世界との門を繋げるための物のはずだ。ならばそのまま異世界へと向かい、そのまま制圧するつもりだ。

とりあえず現状は落ち着いた。転移をしつつ、流華達が到着するのを待った。



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