脳筋探索者は阿修羅と殴り合う
「みらいさん、頼まれてたアレを」
「あ、そうだね。リル、ちょっとごめんね」
シェルフに言われ、みらいはリルのハーネスに取り付けられているマジックバックをあさる。
『なになに?なにかやるの?』
「うん、配信準備をね。ギルマスから頼まれていたんだ」
『配信準備?すでに配信してるよね』
「今からやるのは追加の分だよ。何事もなくハデス達を倒せるのなら必要ないけど、もし何かやりそうだったら追加ドローン渡すから他の面々の配信も始めてくれって」
そう言って新たに四つのドローンカメラを取り出した。
「それじゃあお願いね」
みらいはスイッチを入れるとドローンにそう言って飛び立たせた。
「あとはギルマスさんのほうでそれぞれ配信開始してくれるはずです。雷亜さんと遥さんはそれぞれのチャンネルで、傑さんと流華さんは公式のほうから二つ枠を取って配信を開始するとのことです」
『はぁ!?ってことは五枠同時配信ってことかよ!』
『五窓できるかなぁ…』
『情報過多すぎるんやが?』
『どこでコメントすればいいんだ…』
詩織の説明にリスナーたちも騒ぎ出した。
剛川傑
クロウと同じS級探索者であり、S級の中で唯一身体強化以外の魔法を使えない。
しかし、その異常なフィジカルでS級まで上り詰め、その身体能力に関してはクロウでさえドン引きするレベルだという。
「もう終わりかぁ?」
そんな傑が余裕な笑みを浮かべて眼前にて膝をつく阿修羅を見据える。
彼が着ている服はところどころが破けている。しかし、その破けた部分から見える肌は一切傷がついていなかった。
先ほどまで殴り合いをしていた二人。阿修羅は傑の攻撃を防がなかった…いや、防げなかったのだが、傑に関してはその攻撃を防ぐそぶりすら見せなかった。
N級魔物の中で随一ともいえる鬼種の阿修羅の拳、その拳を真っ向から受けたというのにその一撃は傷一つつけることはできなかったのだ。
「この…化け物が…!」
「魔物であるお前に化け物言われるとはなー」
そう言いつつ傑は肩を回す。
阿修羅との戦いは傑としても滾る物はあったが、それでも相手は魔物であり殺し合いの相手である以上とどめを刺す必要があった。
拳を握り阿修羅へととどめを刺そうとした瞬間、空間が歪みダンジョンコアが阿修羅の前へと降り立つ。
「あん?ダンジョンコア?」
突然降ってきたダンジョンコアに訝し気に眉を寄せる傑。それと対照的に阿修羅は口元に笑みを浮かべ、そのダンジョンコアをわしづかみにした。
そしてそのままコアを握りつぶす。キラキラと粉々に砕けたコアの破片がどんどん阿修羅の肌から吸い込まれていく。
そのたびにどんどん阿修羅から漏れ出てくる魔力が増していく。その様相に傑の表情にも笑みが浮かぶ。
「漲る…力が漲るぞ…!これなら貴様を…!」
コアのかけらをどんどん吸収していく阿修羅の姿が徐々に変貌していく。
体が膨張していき、六本の腕の筋肉もどんどん膨れ上がっていく。
そして背中の一部が盛り上がり、そこから追加で二本の腕が生えてきた。
「おうおう、更に化け物みたいな姿になったな」
愉し気な表情を浮かべる傑のほうへと何かが飛んでくる気配がする。
「なんだ?……ってドローンか、そういやギルマスが言ってたな。情報収集のために新たな動きがあったら配信させるってそれか」
『あ、いたいた』
『大丈夫?服ボロボロだけど…』
『その割に体には一切傷が見受けられないけど』
『チラリズム筋肉がえっ!』
配信開始されたようでこちらの枠に来ていたリスナーたちがコメントをする。
そんなコメントとドローンに気を取られた瞬間、ドゴォン!とすさまじい衝撃が傑へと襲い掛かり、そのまま吹き飛ばされてしまう。
『何事!?』
『傑さんふっ飛ばされた!?』
『え、ってかあれ阿修羅だよね?なんか腕増えてね?』
『それどころか腕とか一回り位太くなってるぞ!』
『そんな事より傑さん大丈夫!?たぶんあの阿修羅に殴り飛ばされたよね!?』
殴られた瞬間は見えなかったが、何かの衝撃音と共に吹っ飛んだ傑から予測はできる。
「グルオオオオオオオオオオオオ!」
阿修羅から放たれる獣のような雄たけびが大気を震わせる。
『おお揺れる揺れる』
『ドローンすら揺るがす咆哮ってやべぇな』
『うっ…酔いそう…』
『この後の戦いたぶんこの揺れがデフォだから画面酔い気をつけろよ』
「ククク…いいパンチだったぜ阿修羅ぁ!!」
愉しそうな笑みを浮かべ、吹き飛ばされた傑が土煙を上げながら駆け寄ってくる。
「オラァ!!」
勢いそのまま跳躍し、殴り掛かると阿修羅も自らの拳で対抗する。
傑の拳と阿修羅の拳がぶつかり合いすさまじい衝撃音と共に大気が揺れる。
『うおおおおお!?』
『揺れる揺れる!?』
『やばい…酔う…』
『画面酔いした奴は無理してみずに休むか他のところに行っといたほうがいいぞ』
『というか、よく見ると拳、これぶつかってなくね?』
『あ、ほんとだ。よくみると隙間がある』
『ヘイ有識者』
『たぶんだけど拳に籠められている高密度の魔力がぶつかり合っているんだと』
『まじかよ』
高密度の魔力が籠められた拳がお互いにぶつかり合う。傑の二本の腕に対して阿修羅は八本の腕。お互いに防御を考えることもなく攻撃のみに特化した立ち回りをしていく。
『うわぁ…なぁにこれぇ…』
『すげぇな、魔物とノーガード戦法で殴り合える人がいるんだな』
『人…人…?』
『いや、まあ悩むところはわかるけど区分的には人だから…』
『そもそもS級まで登り詰めてる人なんて全員人間やめてるようなもんだからなぁ…』
単純計算で自分の4倍の腕で殴り掛かってくる阿修羅に対しても、一切退かずに殴り合う。
阿修羅の拳が体にぶつかり、服が破け始める。しかし、体には一切傷がついていない。
『…気のせいか、傑さんいまだに無傷じゃね?』
『拳だから内部にダメージが…行ってるように見えないんですが』
『服しか破れないとかどこのエッゲーかな?』
殴り合う二人、しかし、明らかにダメージが溜まっている阿修羅に対して傑は目に見えたダメージも打ち付けられてくる拳の弱りも感じない。
「うおおおおおおお!!」
背中から生えている二本の腕で傑の両腕を掴む。
「む」
動きを止められ、がら空きとなった胴体へと残りの六本の腕による連打が襲い掛かる。
『うわあああああああ!?』
『ちょ!?これ大丈夫なのか!?』
『さすがにやばいだろ!誰かほかの人の枠で助けを!』
『ダメだ!他も他でそこまでの余裕がない!』
一方的にボコボコに殴られている傑にコメント欄が阿鼻叫喚となる。しかし…
「むん!」
傑が迫りくる拳を足で蹴り上げた。そしてそのまま腕に力を籠めて振り下ろすとブチリッという音と共に手首が引きちぎれた。
「ふぃ~まさか腕を掴まれるとはな」
そう言いつついまだに腕をつかんでいる引きちぎった阿修羅の手を外し、肩を回す。
「あー、もう服がボロボロになっちまったじゃねぇか」
そう言いつつボロボロになった上着を引きちぎって放り投げる。それによって上半身が裸の状態となった。
『エッッッッッッッ!!』
『すっげぇ筋肉…』
『ってか、あれだけ殴られて傷一つないってどういうことなの』
『それもだが、なんか傑さんの体の周囲、景色ゆがんでない?』
『ほんとだ。湯気って感じじゃないな。なんだこれ?』
『へい有識者』
『たぶんこれ高密度の魔力ゆえに発生する歪みだぞ。わかりやすい例えだと高温によって景色がゆがむ陽炎の魔力版だな』
『え、それって普通に起こせるものなの?』
『ふつうは無理。ってか、さっき言ったように高温の時に発生する陽炎みたいなものなんよ。つまりそれだけの高温を個人で…しかも意図せずに出しているってわけなんだよ』
『つまり余熱で陽炎起こしているようなもんってこと?』
『そういうこと』
『まじかよ…』
有識者の言葉の通り、傑は少し得意な体質を持っている。
それは魔力を吸収、維持し、身体強化へと変換する能力。
傑は体質的に外部へと魔力を放つことができない体質であり、その結果、自らの内部にたまる魔力をすべて身体強化へと変換することですさまじい身体強化を常に発動させている。
そしてそれは通常吸収する魔素から発生する魔力だけでなく、相手の攻撃によって内部に流れ込む魔力にも影響を与えており、攻撃を受ければ受けるほど、体内に蓄積する魔力量が増えていき、その分どんどん身体強化が強力になっていく。
つまり先ほどの阿修羅の攻撃によって体内へと流れ込んできた魔力が、すべて身体強化へと変えられ、どんどん傑の体を強靭にしていたのだ。
「さあ、好き勝手殴ってくれたからなお返しとさせてもらおうか!」
「ぐぅ…!ナメルナァ!!」
腕の一本で殴り掛かってくるが、それを真正面から受け止め、即座に手刀で腕を切り落とす。
そして掴んでいる腕を放り投げ、即座にがら空きとなった脇腹へと拳を叩き込んだ。
「ガァ…ハッ…」
肺の中の空気がすべて吐き出され、すさまじい勢いで飛んでいく。
「おっと、変なところに飛んでいくなよ」
飛んで行った速度以上の速度で吹き飛んだ阿修羅へと追いつき、逆側の脇腹へと回し蹴りを叩き込んで元の方角に蹴り飛ばす。
そして元の位置あたりで両手を合わせた拳で飛んでいる阿修羅を地面へと叩きつけた。
『なんか消えたと思ったら戻ってきて叩きつけられた』
『へい有識者』
『いや、何が起こったか俺もわからんからね』
『解説役!解説役はどこかにいないのか!!』
『たぶんリスナーとして解説できる人向こうでハデスと戦ってるよ』
突然姿が消えたと思いきや今度はどこかから飛んできて叩きつけられ、怒涛の展開にリスナーたちも困惑する。
そんなリスナーたちを置いてけぼりに傑は更に攻撃を加えいく。
傑の一撃一撃で阿修羅の体がえぐれ、傷つき、吹き飛んでいく。
『わあ…あぁ…』
『泣いちゃった!』
『いや、まあ泣きたくなるような光景ではある』
『うーんグロテスク』
『こんなのお茶の間に流れたらブリザード吹き荒れるわ』
『氷は別の人なんだけどなぁ』
『そっちはどうなん』
『ダイヤモンドダスト出てる』
『なにそれすごい』
「さて、そろそろ仕上げとするか!!」
そう言って阿修羅の顔を掴んで放り投げる。
そして腰を低くして正拳突きの構えを取る。そして拳へと体内の魔力を移し、身体強化の効果を増大させていく。
「ハッ!!」
ボロボロになって落ちてくる阿修羅へと狙いを定め、拳を繰り出す。
増大した身体強化によって放たれる拳は音を置き去りにし、空気の壁すらぶち壊し、そのまま阿修羅へと直撃した。
パァン!!
『…は?』
まるで手を叩くような軽い音と共に阿修羅の体が粉々に砕け散り、そのまま消滅する。
『え、待って何が起きたの』
『正拳突きしたと思ったら阿修羅消えたんやが?』
『ヘイ有識者』
『…たぶんだが、高密度の魔力を拳に纏わせそれを全力で正拳突きしたことによってその衝撃で爆散したんだと…』
『…それってN級魔物でできる事なの?』
『…実際にやったんだからできるんでしょう』
『お…おう…』
戸惑うリスナーたちをよそに傑は快活な笑みを浮かべ笑っていた。
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今年もよろしくお願いいたします。
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