S級探索者は現状を聞く
「ん…」
ベッドの上で目が覚めたクロウがゆっくりと体を起こす。
「ん~~~……ふぅ…ここは…ギルドの休憩室か」
体を伸ばしてから周囲を見回すとそこは質素な一室。そこまで広くはない一室にベッドと洗面台。そしてトイレへとつながる扉があるだけの簡素な部屋。そこは仮眠などをする際に使用される休憩室であり、クロウはその一室に寝かされていた。
ダンジョンから出た後、魔力解放の時間切れによってそのまま魔力切れで意識を失った。おそらくその後誰かしらにここに運び込まれてそのまま寝かされたんだろう。
「さてどれくらい寝ていたのか…」
そう考えスマホを取り出そうとしたとき、静かにカチャリと音がして扉がゆっくりと開く。
「お邪魔しま~す…」
「あれ?みらいちゃん?」
「あ、クロウさん!よかった、目が覚めたんだね」
静かに入ってきたみらいはクロウが起きていることに気づいてほっとしたような表情を浮かべた。
「おはよ。俺どれくらい寝てた?」
「一晩だけだよ。体の調子はどう?」
「少しだるさはあるが問題ない。このだるさも魔力解放状態で大量の魔力を失った故だからな。そのうち収まる」
「そっか。よかった」
クロウの言葉に安堵したような笑みを浮かべたみらい。
「あ、そうだ。これ渡しておくね」
そう言って差し出してきたのは一つの仮面。クロウがいつもダンジョンに潜る時に着けている物だ。
「あー…やっぱ外れてたか」
起きた時、視界が広かったから何となくそんな気はしていた。苦笑を浮かべつつ仮面を受け取るとそのまま空間収納へと放り込む。
「いいの?」
「ま、今更だからね。前から俺の正体気づいていたでしょ?」
最初のN級魔物と戦った際。あの時の戦い方でリスナーのほとんどがクロウの正体に気づいていた。それでも触れなかったのは彼らの優しさからか、それともマナーの良さからか。そしておそらくそのあたりでみらいちゃんもクロウの正体に気づいたと考えていた。
しかし、実際のところは違っていた。
「うん。鍛錬場で初めてあなたに…『黒川宗谷』さんに会った時。何となく、本当に何となくで自信がなかったんだけど、クロウさんに似てるなって思ってたんだ」
「そんなに早く?おかしいなぁ…一応声も変えてたからわからんと思ってたのに…」
「確かに声は違うからわからなかったよ。でも、目は同じだった」
「目?」
「うん。仮面から覗く目と、ちらりと私を見たあの時の目。その目の優しさが同じだった。だからもしかしたらって思ったんだ」
「…なるほどねー。俺にはよくわからん」
クロウとしては自覚のない部分、様々な人と会ったことも有るし、育ての親や兄姉であるフェンリルたちの目にも様々な感情が宿っているのを感じ取っていた。しかし、それは自分で見ることができないので、自覚はできない。故に放っておくことにした。
「ま、今更正体がバレたところで構わん。俺はS級探索者『黒川宗谷』よりも、N級魔物に育てられたみらいちゃんの最古参リスナーの一人『クロウ』であることを望むんだ。それでいいだろ?」
そう言ってクロウが笑うとみらいも笑って頷いた。
「さて、んじゃ話は一区切りついたことだし、そろそろ眼前の問題を解決するとしますか」
「あのハデス達の事だよね」
「ああ。度重なるN級魔物の出現、そしてN級魔物であるハデス、タマモ、阿修羅、ニーズヘッグ、フェニックスの登場。現時点でどこがどうつながっているかはいまいちわからんが、少なくとも無関係ではないだろう。兄さんと姉さんにふざけたことをした探究者ってやつのことも気にはなるが、あいつに関しては繋がりも何も見えない。現時点で考えるだけ無駄だろう。気絶する前に引き出しておいたハデスの記憶の一部の解析が終わっていればいろいろとそこからわかることも多いだろうし、母さん達だって何か知っているかもしれない。…というか、母さん達どうした?」
「フェンリルさん達だったらギルマスさんの部屋にいるよ。さすがにN級魔物だし、自由にはさせられないけど、クロウさんの関係者だから無下にもできないって頭抱えてた」
「そりゃそうだ。そもそもあんな配信したんだ、下手な事すれば俺を敵に回すことくらい容易に想像つくだろう」
フェンリルたちならばクロウのこれからの事を考え、自らの身をささげることもいとわないかもしれないが、それを強要すればその瞬間探索者ギルドをクロウは敵として認識する。それだけでなく、あの配信を見せている以上、クロウだけでなく一部のリスナーや下手したら他のS級探索者でさえ敵に回る可能性がある以上、ギルマスがそんなことをするわけがないし、そもそもクロウを拾い、黒川宗谷として育てていたギルマスがその育ての親であるフェンリルをどうにかする気はなかった。
とはいえ、フェンリルたちはN級魔物。その強さは一般人からしたらとてつもない物であり、その存在を何の縛りもなく自由にさせていてはそれこそもめ事の種になりかねない。普段であれば何らかの方法で隠蔽したり、無害な存在として表に出すが、いかんせん配信に乗せてしまった以上その手は使えない。そしてクロウが首輪になればいいのだが、クロウ自身フェンリルの為ならば普通に敵対しかねない。その場合N級魔物とその子供二匹なり三匹+国内最強クラスのS級探索者であるクロウが敵に回る。それが一番の最悪な事でありそれらを封じなければならない。そのあたりをギルマスは悩んでいるのだが、当の本人がその考えに至ることはなかった。
「とりあえず起きたらギルマスさんの部屋に来てほしいってさ。これからの事を話すのにクロウさんが必要だから起きたらまず状態を確認したいって」
「わかった。んじゃ行こうか」
そう言ってみらいと共に休憩室を出る。
「あ、起きてたんだマスター」
「おう、シェルフ。お前なんでここに?」
部屋を出たところでちょうどこちらへと歩いてきていたシェルフとその足元に子狼がこちらに気が付いた。子狼は尻尾を振って嬉しそうにみらいの足元へと駆け寄ってくる。
「みらいさんが遅いから様子を見に来てたんだ」
「ああ、起きたからな軽く状況確認がてら雑談してたんだ」
「そか。これからギルマスのところに?」
「ああ。事前に流華に渡したハデスから抽出した記憶の精査の状況の確認とかもろもろとな」
ハデス達との戦いの後、ダンジョンから出た後で魔力解放状態が解除されるまでに少し時間の余裕があった。それゆえに壊されるまでに抽出した記憶を保管した物を流華に渡して精査してもらうように話をしておいた。抽出される記憶に関してはランダムだし、すべてを抽出できたわけではないからどこまで有益な情報が手に入るかは未知数だが、それでも何もないよりかはマシだろう。
「んじゃ今後の事を相談するにしてもまずは話を聞いてからだ。行こうぜ」
「はい」
「ういー」
「ワン!」
それぞれの返事と共にクロウ達はギルマスの部屋へと歩いていった。
「入れ」
短い返事と共にクロウ達は部屋の中へと入る。
「来たか。仮面を外している今のお前はどっちだ?」
こちらを見て端的に問いかけてくる。その問いかけは先ほど答えを出したものだ。
「悪いね、俺はクロウ。フェンリルに育てられた男であり、みらいちゃんの最古参リスナーの一人、クロウだよ」
その答えにギルマスはため息を吐く。
「そうか、君はそっちを選ぶのだな」
「ま、そっちの方が俺らしくいられるんでな。といってもいつも通りS級探索者としての仕事はこなすから安心しな」
「そうでないと困るのだがな。さて、ここに来たということは情報確認といったところかな?」
「ああ。ハデスから抽出した記憶に関してはどうなってる?」
「映像化はできている。今のところ今回の一件に関わるような情報が見つかったという報告はないが…どうする?お前も見るか?」
「ダビングしてあるのか?」
「ああ。一人に任せた場合見逃しもありうるからな。複数ダビングして何人かで情報精査しているところだ」
そう言って机の上にあるボタンを押すと隣で控えている秘書の部屋へと連絡が行ったのか、少ししてから扉が開いた。そしてギルマスの秘書と共にフェンリルと兄狼と姉狼が姿を現した。
「母さん、兄さん、姉さん!体のほうは大丈夫?」
「ええ、あなたのおかげでね」
「よかった…。」
「母さんに聞いていたけど、本当にクロウなんだな…」
「そうだね…だいぶ大きくなってるけど…匂いは変わらない。懐かしい匂い…」
すりすりと姉狼が頭をこすりつけてくる。それをクロウはやさしい笑みを浮かべながら受け入れ、静かに首元を撫でている。
「にしてもあんなチビだったのにこんなに立派になるとはなぁ…」
「いろいろとあったからね。母さん達にも何かあったと思ったから、いざという時に助けられるように、できる事をたくさん増やしたんだ」
兄狼の言葉に撫でる手を止め、答える。
「本当に…助けられてよかった…」
こぼれるようにつぶやかれたその言葉は切実で、その両腕を姉狼と兄狼を抱きしめるように首元に回した。
その間に秘書が持ってきた映像ディスクをギルマスはシェルフの方へと渡しておいた。あとでシェルフから渡されるだろう。
「さて…感動のご対面のところ済まないが、クロウよ」
「わかってる。母さんたちの処遇だろ?」
クロウの言葉にギルマスは頷く。
「今の君の反応、そしてここまでフェンリルたちが暴れなかったこと。そして他のS級探索者達の進言。それらを加味して今後も観察対象として位置などを把握できることを条件に君たちの活動を許可しよう」
「具体的には?」
「事情を知る者とのテイマー契約。それを特例で認めることにした」
「テイマー契約?」
聞きなれない言葉にみらいが首をかしげる。
「もともと魔物と活動する探索者というのはいたんだ。数は多くないけどね。その人たちをテイマーとして登録し、そのテイマーの使役魔物として登録することで制限付きではあるけどダンジョン外で活動できるようにしてあったんだ」
「へー」
「まあ、その魔物としてもほとんどがD級魔物以下…高くてもB級に届かないC級程度だ。それ以上は何かあった際…例えば魔物が暴走した際などの被害がとてつもないから許可できないんだ。それを特例で許可するという感じだ。そもそもN級魔物一匹にS級魔物相当が二匹、そしてB級魔物相当が一匹…この特例に関してもかなり無理を押し通したものだ。故に条件が提示された」
「どこから?」
「大元の方から」
「あー…連合の方か」
俺の言葉にギルマスが頷く。
さすがに配信でN級魔物であるフェンリルとその子供達と共にダンジョンから出てくれば干渉はしてくるだろうと思っていた。まあ、この国の問題であり、この国のほぼ最高戦力であるクロウ関連であるから判断は現場に任せるが、それでも制限はつけるということだろう。
「それで具体的な条件は?」
「一つ、N級魔物フェンリルはS級探索者である黒川宗谷が監視、管理する事」
「まあ、妥当だな。で?他には」
「一つ、フェンリルの子供一匹ないし二匹を桜乃みらいと行動を共にすること」
「は?」
「私…ですか?」
クロウの呆気にとられたような声と共にみらいが戸惑いの言葉を口にする。
「クロウの家族であるフェンリルならば、クロウにとって重要人物である桜乃みらいと共に行動させることで制限できると判断したのだろう」
「人質替わりってことか」
クロウの言葉にギルマスが頷く。
「そして最後の一匹に関してはシェルフか詩織さん、もしくはS級探索者の誰かにつけるようにとのことだ」
「最後だけ雑だな」
「それに関しては条件として提示されていないからな。重要なのはクロウとみらいさんにフェンリルたちと行動を共にさせることだ」
「そうか…ってか、そんなに俺わかりやすい?」
「むしろわからないと思ってたの?」
仮面付けている状態で正体がバレている事、そしてみらいを大事にしている事。隠しているとまでは言わないが、それでもおそらくほとんど配信を見ていないであろう連合の人員にすら即座にばれるのはいささかへこんでしまう。
「とりあえず誰が誰につくか、そこは後々要相談ということで、とりあえずそれが決まるまではクロウはこのギルドか宿舎のほうにいるように」
「いいけど、俺の家、みらいちゃんに貸してるぞ。こっちに泊まれる場所あったか?」
「お前が目が覚めた休憩室があるだろう。あそこを使え。寝るくらいなら別にあそこで問題ないだろう」
「あれ、あそこ資料見れる場所あったっけ」
「あー…それに関してはないな。それ用の場所を用意しておくよ」
「あの…」
おずおずといった様子でみらいが手を上げる。
「それだったら私の家に来ませんか?」
「え?」
みらいの提案にシェルフが驚いたような表情を浮かべており、クロウもポカンとしている。
「いえ、もともと今住んでいる場所はクロウさんの家ですし、それにフェンリルさん達と行動するのならお母さんに顔見せしておかないとびっくりしちゃうので…」
「あー…それは確かに…」
「そうなるとマスターが一緒のほうがいいかもねー。私はどうしよっかな…」
「顔合わせも兼ねるならルディ連れて一緒に来てくれ。後々母さんと暮らすのに向こうにも顔合わせしといた方がいいから」
「それもそっか。でも、大丈夫かなルディ…怖がらないといいけど…」
「まあ、最初は警戒するだろうが、どうにかなるだろ。あいつ案外図太いし」
自宅で自由に暮らしている飼い猫のルディ。フェンリルに対してどういう反応するかはわからんが、まあ、そのうち慣れるだろう。そんな予感がする。
正直、このままみらいのところに行くのは問題ありな気もするが、何となくだがそのまま押し切られそうな気もしている。シェルフとみらいの二人に論争で勝てる気が全くしないのだ。故に早いうちに諦めて頷いておく方がいいとここ数日で学んだ。
「それじゃあ私はお母さんに連絡してくるね」
「ああ、その前にみらいさん、少し話があるのだがいいだろうか」
「え?えっと…」
困ったようにクロウのほうを見るみらい。
「……それは俺がいたらまずい話か?」
「まずいとまでは言わないが、聞かない方がいい話ではあるね」
「………」
「………」
スッとそのまま互いに探るように見合うが、即座にクロウがため息を吐く。
「必要ならいいがあんまり変な事吹き込むなよ」
「ああ、わかっているよ」
「ほんとかね…。ま、悪いようにはしないだろうからいいだろう。みらいちゃん、俺達は一旦家に戻って飼い猫のルディ連れてきたり着替えとか用意してくるから、そっちの準備が終わったら連絡をくれ」
「あ、うん。わかった」
「母さんたちはこのままギルドのほうで待っててくれ。向こうに行くときに転移するから」
「わかったよ」
その言葉を最後にクロウはシェルフを連れて部屋を出ていき、フェンリルたちも秘書に連れられ部屋を出ていき、みらいとギルマスの二人になった。
「…さて、まずは前回の配信について。無茶を言ってしまったが想定以上の役割をこなしてくれた。礼を言う。ありがとう」
「いえ、私はほとんど役には立てていませんでしたし…」
「そんなことはない。君がいるからクロウは無茶をせずに堅実に戦った。おそらく君がいなければあの状態のまま突撃し、N級魔物を半分ほど倒せたあたりで力尽き、死んでいただろう。あいつにはそれだけの実力があった。だが、君たちがいた故に、そして配信していたが故に救援が来ることを悟り、守りに徹した。おかげで…彼を失わずにすんだ。本当にありがとう」
そう言ってギルマスは頭を下げた。
「……私は普段からクロウさんにはたくさんお世話になっています。以前の魔窟暴走の時だって助けてくれました。お母さんも魔物に襲われ、命を落としそうになっていたところを助けてくれました。だから…何の力もない私が少しでも力になれるのなら、私は全力でそれに取り組みます」
そう真剣な目でギルマスを見据える。
その目を受け、ギルマスは穏やかに笑みを浮かべる。
「…彼に初めて会った時、彼は孤独だった。今思えば親も兄妹も突然いなくなり、およそ五年間、独りで生きてきたわけだから仕方ないのだろうが、彼の目にはどうしようもない寂しさがあった。それが今はなくなっている。それだけ大事な物を見つけられたということだ」
穏やかな表情で言葉を紡ぐギルマス。しかし、即座にその表情は険しくなる。
「それゆえに君は彼の強みにも弱みにもなる。どちらになるかは君次第だ。今回の件も連合は君を利用した。そしてそれを狙う者も多いだろう。だから…」
一拍置いて目を細めてみらいを見据える。
「覚悟しておけ。この先あの者と歩む道は平坦ではないぞ」
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