S級探索者は推しの家を訪れる


シェルフと共に一度自宅へと帰宅したクロウ達はそのまま自室へと向かって着替え等を用意しだした。


「…先にシャワー浴びとくか。そうすりゃ向こうで風呂借りたりしなくて済むからな…」


もともと自分のために用意された物を貸しているとはいえ、今は推しの家だ。普段から推しが暮らしている家で風呂を借りれるほどまだクロウも図太くはない。


「にしてもどうしてこうなったのやら…」


あの時は素直に頷いたが、やはり断っておけばよかったのではないかと若干の後悔をしつつ一度受け入れたからにはそんなこともできないとわかっているのでそのまま準備をすすめる。


「にゃ~」


そんなクロウの足元にルディがすり寄ってくる。


「よしよし。この後お泊りにお出かけするからねー」

「な~?」


鳴きながらちょこんと横に座り首をかしげるルディ。その様子に微笑みつつ一泊分の着替えを用意し、ついでにシャワーを浴びるために着替えも用意しておく。

そんな時にコンコンとノックの音が聞こえてくる。


「マスター、準備できたー?」


扉が開いてシェルフが入ってきた。


「一応な。あとこれから一回シャワー浴びてくるつもりだが」

「なんで?向こうで借りればいいじゃん」

「推しが暮らしている家でシャワー借りれるほど図太くねぇ」

「ヘタレ…」


呆れたようにシェルフが言うがこれこそ頷けない。


「そもそも向こうに泊まる事自体若干後悔しているんだからな」

「そうなの?案外あっさり頷いたからもろ手を挙げて喜んでいる物かと」

「んなわけあるか。あそこで断ったとしてもお前とみらいちゃんに説得というか論破されて頷かされてたと思ったから時間の無駄だと思って素直に頷いただけだ」


そう言ってシェルフのほうを見るとわかってるじゃん、とでも言いたげな笑みを浮かべていた。


「そっちは準備終わったのか?」

「うん、私は向こうでお風呂借りるつもりだからねー」

「さいですか。んじゃあルディの準備頼めるか?」

「はいはーい。トイレとかご飯とかだよね。キャリーケースはいつもの奴でいいよね」

「ああ。あとはお気に入りのおもちゃでもいくつか持ってってやれ」

「はいはーい」


残りの準備を任せ、クロウはシャワーを浴びるために風呂場へと向かった。



その後シャワーを浴びて髪を乾かした後にシェルフと共にギルドへと戻った。

ギルマスの部屋へと向かうとそこにはフェンリルたちに囲まれているみらいの姿があった。ギルマスは奥の机で秘書と共に書類整理を続けている。


「あ、クロウさんお帰りなさい」

「ただいま。準備終わったよ」


そう言って俺は手に持つ三つのバックを見せる。それぞれクロウとシェルフの着替えとルディの餌やおもちゃ等が入っている。ルディが入っているキャリーケースはシェルフが手に持っている。


「シェルフちゃんが持ってるケースの中にルディちゃんがいるの?」

「ああ。ギルマス、出していい?」

「暴れなければね」


書類仕事をしながら答えてきたので、クロウは承諾と受け取ってキャリーケースの扉を開けて中に手を入れる。そのまま持って取り出すかと思いきや、ルディはクロウの腕を伝ってそのまま肩の上まで上っていった。


「警戒してるなー。まあ仕方ないけど」


おびえるような雰囲気を醸し出しているルディの背をゆっくりと撫でつつ、肩の上から抱くように胸の前へと持っていく。


「かわいい…綺麗な黒猫さんだね」


そっと人差し指を差し出してゆっくり撫でようとするが、ルディはそれを拒否するように顔を動かす。


「あらら、撫でさせてくれないか」


嫌がってるのを察してみらいは手を引っ込める。

そんな様子を少し離れた位置で見ていたフェンリルとルディの目が合う。その瞬間、ルディがすさまじい勢いで暴れだした。


「おっとっと…はいはい、大丈夫だから落ち着いてー」

「あらあら…怖がらせちゃったわね」

「本能的な物なんだろうなー」


フェンリルという強大な魔物との邂逅にパニックになってしまったルディ。フェンリル自体もそのつもりもなかったし、威嚇なども一切していなかったのだが、それでも獣としての本能からすさまじい恐怖がルディを襲ったのだろう。それを必死になだめるように背を撫でる。


「なかなか落ち着かないねー。やっぱり無理なのかな?」

「参ったねぇ…」


今後フェンリルは確定でクロウの家に住む。兄姉と弟に関してはどうなるかはわからないが、母親は確定なので仲良くしてほしいとまではいかなくても慣れては欲しかった。とはいえここまでおびえているのにそれをさせるのも酷というもの。どうしたものかと考えているとフェンリルがじっとルディを見る。その視線が合った瞬間ルディの動きがピタリと止まった。


「ルディ?母さん?」


じっと見つめ合う二匹。突然見つめ合って動きを止めたルディに戸惑っていると、突然ルディはするりとクロウの腕から抜け出し、フェンリルへと近づいていく。

先ほどまでおびえていたとは思えないほどしっかりとした佇まいでルディはフェンリルを見据える。そんなルディに対し、フェンリルはやさしく鼻先で突くとポテンとルディが転がる。そしてすぐさま起き上がってフェンリルの顔へと体をこすりつけていた。


「………なんか知らんけど受け入れられたようだな」

「だねー、よかったよかった」


ほっとしたような笑みをシェルフが浮かべている。そんな時にみらいがポケットからスマホを取り出した。


「お母さんから連絡来た。いつでも来ていいってさ」

「わかった。忘れ物とかもないから大丈夫だよな?」

「うん、目的のダビングしたディスクもちゃんと持ってるよ」


そう言ってシェルフがそのディスクをクロウへと差し出した。

それを受け取り空間収納へと放り込んでおく。ちなみに他の手荷物をクロウが持っているのは大して重くもない物を空間収納で出し入れするのも地味に面倒だっただけという。移動も転移を使うし、そこまで長い時間持つわけでも無いからわざわざ入れる必要もない。

ちなみに生命体は入れることができないのでルディ入りのキャリーケースはどんな条件でも手に持つ形となる。


「それじゃあ行きますか。ルディ、おいで」


ルディをキャリーケースに入れるために呼んだのだが、ルディは子狼と共にフェンリルの頭の上に乗ってふんぞり返っていた。


「慣れるのはえぇなお前…」


その光景に思わず苦笑を浮かべてしまう。


「いいよ、この子は私が連れていくから」

「母さんがそう言うならわかったよ。ルディ、おとなしくしてろよ?」

「な~!」


当然!とでもいうように鳴くルディに苦笑を浮かべつつフェンリルの体に触る。


「それじゃあ転移するから」


そう言ってみらいの方へと手を差し出すとみらいは少しためらいつつその手を握った。その反対の手をシェルフが握り、姉狼と兄狼もフェンリルの体に前足を触れさせた。


「んじゃまた明日。何かあったら連絡くれ」

「わかった」


転移魔法とついでに隠蔽魔法を発動させ、クロウ達はみらいの家があるギルドの社宅であるタワマンへと転移した。



転移魔法独特の浮遊感が消え、社宅であるタワマンの前へと全員が降り立つ。隠蔽魔法のおかげで周囲にフェンリルの姿が見えないので騒ぎになる事はなかった。

みらいが入り口へと向かって端末を操作する。


「もしもし、お母さん?帰ったよー。うん、クロウさん達もいる。入るねー。はーい」


会話を終えたであろうみらいがこちらへと来る。


「じゃ、入ろっか」


カードキーを取り出してサクサクと扉を開けて中へと入る。そして三階まで上がって旧クロウの社宅、現みらいの自宅へとたどり着いた。


「ただいまー」


そう言って声を上げつつ扉を開けて中へと入る。


「お邪魔します」


クロウも中へと入りつつ隠蔽魔法を解除する。


「…ってか、母さんドア通れる?」


ふと思い立ってフェンリルのほうを振り返ると、フェンリルは少しずつ体のサイズを小さくしていく。


「あ、小さくなれるんだ」

「まあ、私の体は魔力でできているようなものだからね。上位種はある程度体のサイズを操作できるのよ。まあ、ダンジョンではやる必要もないから知られていないことだけどね」

「へ~」


感心しつつも問題なく通れるようになったのでフェンリルたちも玄関をくぐる。

それとほぼ同時に奥のリビングへと続く扉が開き、四十代ほどの女性が姿を現した。


「いらっしゃいませ、クロウさん…でいいのかしらね?うちの娘がいつもお世話になっています」


そう言って深々と頭を下げてくる女性はみらいに似ており、穏やかな笑みを浮かべていた。


「どうも、初めまして。クロウこと黒川宗谷です。一応娘さんにもクロウと呼ぶように言ってありますので、どうぞそのように呼んでください」

「わかりました。クロウさん。どうぞ私の事は気軽にお義母さんと呼んでもらえれば…」

「お母さん!?」

「あの…何かイントネーションに違和感があったんですが…」

「オホホホ…」


慌てるみらいに対して母親さんはごまかすような笑みを浮かべていた。そんな様子にクロウも苦笑を浮かべてしまう。


「ねえ、ところでずっと玄関で話すの?」

「あら、そうね。どうぞ上がってください。後ろにいる狼さん…フェンリルさんでしたっけ?皆さんもどうぞ」

「あれ、お母さん知ってるの?」

「ええ。みらいの配信はちゃんと見ているからね」


そうやって穏やかな笑みを浮かべてリビングの方へと歩き出した。


「…さて、改めてクロウこと、S級探索者黒川宗谷です。以前は少々不審者な格好でお会いさせていただきましたが…」

「そう言えばマスター前に引っ越しの手伝いした時は仮面に黒ずくめな不審者スタイルだったね」

「顔バレしたくなかったからね…。と、そのことはいいのよ。改めての挨拶だから。今回お邪魔させていただいたのは連れてきているフェンリルについてでして…」


そう前置きしてギルドで話したフェンリル関連についての説明をしていく。

クロウの育ての親であるフェンリルはクロウと共に過ごすが、そのほかの兄狼と姉狼、そして子狼の内二匹をこちらで引き取る形になってしまった事を。


「こちらの都合を押し付ける形になって申し訳ありませんが、どうかご理解をお願いいたします」


そう言って頭を下げる。

そんなクロウを見据えつつ母親さんはゆっくりと口を開く。


「みらいはそれでいいの?クロウさんの言葉を信じないわけじゃないけれど、その子達は魔物…何があるかわからないでしょ?」

「うん。大丈夫。クロウさんにとっても大切な家族だし、それに魔物だけどきちんとお話できるからもし危ない時が来てもすぐにクロウさんに報告するよ」

「あら、そうなの?フェンリルさんが会話できるのは配信見て知っていたけど…あなたたちもお話できるのかしら?」

「アウ?」


母親さんの問いかけに子狼が首をかしげる。


「この子はまだ話せませんが私たちは話せます」

「だから、何か不調があったら俺達から言うよ」


子狼の代わりに姉狼と兄狼が答える。


「そうなのね。ん~…危険はないのよね?」

「全くないとは言えません。正直今のみらいさんには過剰な戦力なので、それを妬んだ人に何かされる可能性もありますし…」

「…その子達が何かする可能性はないの?」

「そんな可能性があったら自分はとっくの昔に食われてますから」


産まれたばかりにダンジョンに捨てられ、フェンリルたちに育てられたクロウ。もし人に対して害をなそうとする考えがフェンリルたちにあるのならば、クロウが真っ先に食われていただろう。

今のクロウならばフェンリルたちにも勝てるが、十歳まで育てられていた時はどうあがいても勝つことはできなかった。そんなクロウを慈しみ、育ててきた上にハデスの干渉に気が付き、クロウの危険を察知して事前に姿を消した。そこまでできるからこそクロウもみらいの傍に兄狼か姉狼達を置くことを拒絶しなかったのだ。彼からしたら自分以外で最も信用に足る存在かもしれない。


「…わかりました。みらいもクロウさんもそこまで信用しているというのなら私からは何も言いません。これからよろしくお願いしますね」


母親さんの言葉にフェンリルたちは吠えて答えた。


「さて、それではそろそろいい時間ですし、お昼ご飯にしましょうか。これから準備するからみらい、手伝ってちょうだい」

「はーい。あ、その前にクロウさん達を部屋に案内してくるね」

「そうね、お願い。クロウさんもお疲れでしょうからゆっくり体を休めてください」

「ありがとうございます。といってもこちらもやらなきゃいけないことがあるのでそうもいきませんが…」


そう言って苦笑を浮かべる。とりあえずということでみらいの案内の元客間の方へと行く。


「あ、みらいちゃんディスクの再生機器ある?貸してくれると助かるんだが…」

「あ、うん。すぐ持っていくからちょっと待っててねー。じゃあとりあえず空き部屋に案内するね。ベッドとかはさすがにないけど…」

「あ、大丈夫空間収納に入ってるから」

「………なんでベッドを空間収納に入れてるの?」

「…前に一度海外に行かされたことがあってね…その時のベッドが合わなかったから旅先で使えるベッドを一つ用意しておくことにしたんだ」

「そんなことあったんだ」

「まだシェルフと会う前の話だからなー。なぜかL級じゃなくてS級の俺に話が来たんよ。そしてそれを解決した結果L級の昇級の話がちょくちょく来るように…今思えばあれ、昇格試験だったのかなぁと…」


歩きつつもため息を吐く。そんな雑談していると部屋の前についた。


「はい、じゃあここの部屋使ってください。再生機器に関してはすぐ持ってくるね」

「うん、お願い。悪いね、手間かけて」

「ううん、これくらい大丈夫。それじゃあまた後でね」


笑顔で手を振り、みらいはまたリビングの方へと戻った。

クロウ達は扉を開けて中へと入る。特に使い道がなかったからか、部屋の中には何もなく、がらんとしていた。


「とりあえずベッド設置して…シェルフはどこで寝るだ?」

「んー…ここかみらいさんのところかなー。マスターも来る?」

「行かんわ」


いたずらっぽい笑みを浮かべるシェルフに着替えが入っているバッグを投げ渡し、クロウも適当なところにバッグを置いてみらいが再生機器を持ってくるのを待った。


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