S級探索者は情報を探し始める

みらいの自宅に泊まることになったクロウ達一家。夕飯前に抽出したハデスの記憶を確認するためにダビングしたディスクを見ることにした。

みらいから再生機器を借り、みらいが母親と共に夕飯の準備をしている間にフェンリルたちとシェルフと共にデータを確認することにした。

膝の上にルディを乗せ、フェンリルにもたれるように座る。


「みらいさんには見せなくていいの?」

「多分だがあんま見せたくない物も入ってるだろうからな。というか俺としてはシェルフがここにいるのもよろしく思わないのだが?」

「まあまあ、気にしない気にしない。ほら、再生するよー」


クロウの視線を笑顔でかわし、シェルフはクロウの手からディスクを取って再生機器へと入れた。そしてそのまま再生するとつながれたテレビで映像が表示された。


「あー…これは確かに見せたくはないかもね」


真っ先に映った映像を見て苦笑いを浮かべるシェルフ。それもそのはずだ、映ったのは探索者か何かであろう人を一方的に蹂躙している光景。逃げ惑う人たちをいたぶる光景だ。


「こうしてみるとあいつもきちんとN級魔物だったんだなーって思うよなー」

「マスターにはあしらわれてたもんねー」

「ハデスは私たちの中でも上位の強さを持つからね。それをあしらえるだけすごいものだよ」

「そうなん?」


フェンリルの言葉に首をかしげつつもリモコンを手に取る。


「情報なさそうな部分は加速させるぞー」


そう言いつつリモコンを操作して少し再生速度を上げる。早くしすぎても見逃すことも有りうるのでそこらへんも気を付けつつ見ていく。


「にしても…このダンジョンどこだろ」

「どこだろうねー。私にはわからないや。私としてはさっきからたまにいる探索者っぽい人の装備が気になるけどね」

「あー…確かに。なんかこっちでよく見かける装備とは違うな」


時々映像に映る探索者らしき人物たち。その人物たちも装備をきちんとしているのだが、たまに見かける探索者が使っている装備とはどこか違う。


「なんて言うのかなぁ…どことなく古い装備?使い古されているっていうわけじゃなくて、デザインというのかな?それが昔のデザインって言うのかな?そんな感じだね」

「んー…ダンジョンは世界各国にあるし、こんな感じの装備を使っているところもあるとは思うけど…どこだろ。このフルプレートの鎧とか欧州とかそこらへんな気がするが…」


向こうの探索者については最低限の知識はあるが、ここまで古風な鎧はそうそう作られていない。もう少し芸術性が高いというか、機能性に優れている。ここまで武骨な感じではないはずだった。


「おそらく、別世界の探索者だろうね」


考えているクロウ達へとフェンリルが言う。


「別世界?」

「ここ以外にも複数異なる世界があるのは知っているかい?」

「……そう言えばみらいちゃんが巻き込まれた魔窟暴走の時、別世界の魔族だかが暮らしている世界に行ったな…」

「おや、クロウはすでに行っていたかい。この世界…というより次元…というべきかね?いまいちうまく表現できないけどクロウ達が暮らしている世界とは別の世界からダンジョンに入った子達だろうね」

「別世界からもダンジョンって来れるんだ」

「そもそもダンジョンというのは異世界と異世界の隙間を満たす存在。異世界同士がぶつかり合わないようにしている緩衝材のような物なんだよ。それがあるから異世界同士が干渉しあうこともなく、問題なく存在しあえているんだ」

「何それ初耳。ってか、それってダンジョンコアとか抜いてダンジョン潰してたらまずくないか?」

「大丈夫よ。そもそもコアを抜いたからといってダンジョンが無くなるわけじゃないからね」

「え」


フェンリルの言葉にクロウが呆気にとられたような表情をしていた。


「そうだね…ちょうどいいから少し説明してあげようかね。ダンジョンというのは先ほども言ったように異世界同士がぶつかり合わないように、その隙間を埋める緩衝材のようなものなんだ。そしてそこは独自の世界として構築されている。ダンジョンの入り口というのはその緩衝材の中に入るための場所だね」


そう言って空中に文字を書き出す。


「ダンジョンというのは無数に存在しており、その配置というのは多次元配列であって表面上…例えばこういう一枚の紙の上で書けば重なりあっていてもそれが別の紙の上にある。みたいな感じだね」

「言ってることはわかるが理解しにくい」

「まあ、そこらへんはそこまで重要でも無いから気にしなくてもいいよ。それでダンジョンコアに関することだけど、あれはあくまでその世界の入り口を維持してその間そのダンジョン内の状態を維持するための物がダンジョンコアであって、それが無くなったとしても入り口が消えるだけでダンジョン自体が消えるわけじゃないんだ」

「じゃあどうなるの?」

「出入口がふさがれてそのダンジョン自体が孤立して、新たなダンジョンコアを生成するために魔力を集める機構が動いてコアを作り出すのよ」

「新しいコアができたらまたダンジョンの入り口が復活するのか?」

「そうね…その可能性もなくはないけど、大体は別の世界に入り口ができるものよ」

「何か理由でもあるの?」

「明確な理由とかはわからないけど、たぶんダンジョンの防衛機能のようなものなのよね。一度塞がれた世界への入り口は再度開くにはかなりの時間が空くわ。まあ、すぐに開いたという事例が全くないわけじゃないけど…それもその世界にある魔力との親和性がかなり高かったとからしいし」

「あれ、この世界に満ちてる魔素ってダンジョンからあふれたものだよね?親和性高いんじゃないの?」

「いや、魔素って言うのはダンジョンごとにわずかだが差があるんだ。それが混ざり合って独特な魔素になっているから一つのダンジョンだけでは親和性は低くなっていると思うよ」

「へー」


魔術師であるクロウは魔素や魔力に敏感だ。それぞれのダンジョンにある魔素のわずかな違いにも気づいていた。まあ、だからといって何かしら影響があるかというとそこまででもないのでわざわざ言うほどの事ではないのだが。


「だからダンジョンコアを外したとしてもダンジョンが消えることはないんだよ。脱出できなかったら閉じ込められて帰れなくなるのは変わらないけどね」

「コアってどれくらいで再生するの?」

「そうだね…規模にもよるけど…長い時は数十年…短くても数年はかかるものだね」

「そんなになんだ…それじゃあダンジョンの中で暮らすのも大変そうだねー」

「まあ、暮らして再生したとしても次の出口は別の世界だろうから違う意味で大変だろうけどな」


データを見ながらもそのまま雑談を続けていく。


「マスターならダンジョンに閉じ込められても帰ってこれるんじゃないの?」

「あー…できなくもないがだるいんよなぁ…」

「そうなの?」

「さっきの話にもつながるんだが、もともとダンジョンが異世界だって言うのは判明していたことなんだが、それに伴って転移を一度試したことがあったんだ」

「ずいぶんと無茶をするね…」

「事前にできるか試しておかないといざという時に困るからね」


呆れるフェンリルに肩をすくめるクロウ。


「それで結果はどうなったの?」

「……転移した直後に横に吹っ飛んだ…」

「え」

「慣性なのかな?転移して移動した直後にすさまじい勢いで横へと吹き飛ばされたんよ。万が一を備えて上空に転移したから問題なかったが、地上とかに転移したらどこかにぶつかったりしてただろうな…」

「そんなことが起きるんだ…」

「自転の差とかもあるだろうからな…世界が変わればそこらへんいろいろと変わるんだろ。それに対応するのきついからできるなら直接的な転移はしたくない」


故にいつもクロウは脱出する際はダンジョンの出入り口に転移してから一旦通常の出入り口から出てその後再度転移という二度手間をしている。


「…にしても、このダンジョン全くといっていいほど情報無いな…」


雑談をしつつもしっかりと映像を見ていたのだが、特にこれといった情報が映っている様子はなかった。


「目的がわからないにしてもせめて拠点でもわかるといいと思ったんだけどねー」

「出てくる魔物は…デーモン種か?これハデスに呼び出されてるのかねぇ…それだと特定には至らんか…?」

「デーモン種が出てくるダンジョンってどこかにある?」

「んー…国内だとA級ダンジョンとして確か二つほどあったはず」

「そのどっちかかなぁ」

「えーっと…どちらも調査は済んでるな。両方ともN級魔物の発見はなかったみたいだが」

「じゃあそのどっちかがハデスが生まれたダンジョンかな?」

「かもなー」


とはいえ特定できるほどの情報もないし、これは二手に別れて調査したほうがいいかもしれないな。

そんなことを考えているクロウの背中をフェンリルが軽く鼻先で突く。


「母さんどうしたんだ?」

「ダンジョンに関する報告書的な物は何かないのかい?」

「んー…それなら…ほい。これがそうだよ」


そう言って空間収納から何冊かの資料を取り出してフェンリルへと差し出す。


「ありがとう。ほら、私達もハデスの拠点のダンジョンを見つけるよ」

「うん」

「へーい」


フェンリルの後ろで寝ていた兄狼と姉狼も起き上がり、三匹で床に置いたダンジョンリストを囲むように座って読み始めた。


それから数十分ほどしたころ。コンコンと扉がノックされる。


「どうぞー」

「クロウさん、夕飯ができましたよ…って何してるんです?」

「んー…情報捜査―」


有益な情報が見つからず、ただハデスが一方的に蹂躙するか何もせずに過ごしているかだけの動画を数十分も見ていたクロウとシェルフは退屈そうな表情をしており、その背後では三匹のフェンリルが頭を下げて資料を読んでいる。


「手ごたえなかった?」

「今のところはねー。母さんたちはどう?」

「こっちもまだだね。ハデスがいるダンジョンの特徴は覚えているけど、それがどこかまではわからなくてね。言葉では表現できないから伝えられなかったけど、こっちだと写真も有ったりするからこっちならたぶん見つけられると思うわ」

「そかー、じゃあそれ待ちかなぁ。一応こっちでもまだ調べておくけど」

「それはいいけど、ご飯できたから食べよ?」

「だねー、マスターお腹空いたよ」

「だな。一区切りにしておくか」


そう言って立ち上がって体を伸ばす。


「母さん達の分はある?」

「うん。特に食べられない物とかないって聞いたから、きちんと用意したよ」

「そうかい?すまないね。わざわざ」

「ううん。せっかく来てくれたしこれからお世話にもなるからね」

「んじゃ行きますか」


みらいと共にクロウ達はリビングへと向かう。

リビングに行くとテーブルの上にご飯と小分けにされている肉じゃが、ほうれん草のお浸しとお味噌汁が置かれている。


「準備できてるわよー。フェンリルさん達は…椅子に座れないから床のほうに置いていいかしら?」

「ええ、それでいいわよ」

「手伝うねー」


準備を進めているみらいの母親さんの手伝いにシェルフが向かう。

クロウまで行くと邪魔になりそうだったのでおとなしく座って待つことにした。

その間にフェンリルたちは母親さんの近くでソワソワしている子狼の首元を咥えて少し離れた位置へと連れて行った。


「はい、クロウさん、お茶」

「ありがとう」


みらいからコップを受け取り、全員が着席するのを待つ。


「さて、それじゃあ…」

「「「「いただきます」」」」


掛け声と共に食べ始める。


「ん、うま」


肉じゃがを一口食べた途端、クロウから言葉が漏れた。


「ほんと?よかった…」

「よかったわねー。その肉じゃがみらいの手作りだもんね」

「へぇ…こういう落ち着く味結構好きなんよな…」


そう言いつつもぐもぐと食を進める。


「マスター家だと結構簡素な料理が多いよね」

「作るの面倒でなーこういう汁物とか主菜副菜的な感じで用意できるのはすごいよ」

「私達結構料理作るのが好きだから、それでね」

「へ~。だからこんなにおいしいんだねー」


うまうまといった様子でシェルフもご機嫌に食べ進める。


「気に入られてよかったわね~」

「うん…」


母親の言葉に嬉しそうにみらいは頷く。


「クロウさん、よかったらまた食べに来てください。みらいも喜びますので」

「いや、さすがにそれは迷惑になると思いますので…」

「いえいえ、そんなことは。ね、みらい」

「うん。たくさんお世話になってるし、これくらいのお返しくらいはさせて?」


そう言ってみてくるみらいに困ったような表情を浮かべつつクロウはシェルフのほうを見るが、シェルフはにやにやと笑みを浮かべるだけで助け船を出す気はないようだった。


「あー…わかりました。また機会があったらお願いしますね」



「ふいー、おいしかった」


夕飯を終え、また客室へと戻ってきたクロウ達。


「マスター、さっきなんで困ったような表情浮かべてたの?みらいさんの手料理食べられるはうれしい限りじゃないの?」

「あー…まあうれしいはうれしいよ?」

「じゃあなんで?」

「んー…やっぱ俺としては一ファンとしていたいんだよね。だから一線を越えないようにしたいんだけど…」

「今更じゃない?」

「ですよね」


はぁとため息を吐いてしまう。

みらいが探索者になると決め、それなりにフォローできるように動いてきた。もともとの予定ではシェルフがみらいのフォローをしつつ、少しずつランクを上げていくのを影ながら見守るつもりだったのだが、これがN級魔物が出始めたことで計画が狂ってしまった。

N級魔物相手ではみらいはもとよりB級探索者である詩織もシェルフも対処できない。そんな相手ならばクロウが出るしかないので必然的に出ることになってしまった。

そしてN級魔物の出現が一体だけだったならば、運が悪かったとして軌道修正することができただろうが、その後別のN級魔物が出現、国内のダンジョンのほとんどでN級魔物が出現するという異常事態が発生した。

そこから育ての親であるN級魔物のフェンリルに関する調査に、ギルマスの命令で参加させられることになり、そしておそらく元凶ともいえるであろうハデス達との邂逅があり今の状況へとなってしまった。ここまでくると軌道修正なんてできるわけもなく、すでに一ファンとしてのラインは超えているかもしれない。


「いっその事マスターも一緒に探索する?」

「それはしない。配信はみらいちゃん主体だからね。俺が出たんじゃ妨害にしかならんよ」

「でも、今後お兄さんかお姉さんのどっちかとあの子がついてくるんだよね?」

「だな。まあ、兄さんたちはもともと俺を育てるのにも力を貸してくれてたし、ちょうどみらいちゃんを鍛えるのにも手を貸してくれるだろうさ」

「そうなの?」

「そうね、必要とあらば手を貸すわよ」

「でも、俺達のどっちかってどっちがいいんだ?」

「あー…あの子狼に関しても鍛えなきゃいけないだろ?それを踏まえると…どっちがいいんだろうか」

「そうだね…それなら姉の方がついていきなさい。種族は違えどみらいさんと同性のあなたならクロウも安心できるでしょう」

「そこまで俺は狭量じゃねぇぞ…」

「そうかな~」


ケラケラ笑うシェルフを睨むがシェルフはどこ吹く風だった。


「んじゃあ俺はどうする?クロウと母さんと一緒か?」

「それなんだけど私から提案。お兄さんは詩織さんと一緒に行動してくれないかな?」


シェルフがそう提案してきた。


「詩織さんと?なんでまた」

「ほら、今回の一件でマスターとみらいさんの関係は露呈したわけじゃん?それで結果的にだけど詩織さんも深く私達と深く関わり始めたわけじゃん」


もともとみらいの探索者試験の監督官だった詩織。彼女自身と直接的なかかわりはなかったが、今回の一件に巻き込まれた結果、細くはないつながりができたのは確かだ。


「みらいさんや私はマスターと直結しかねないから直接何かすることはしにくいかもしれないけど、詩織さんはそうじゃないでしょ?」

「彼女が狙われると?」

「可能性としてはなくはないと思うよ。たぶん詩織さんを狙えばそこから私達が釣れて、そこからマスターにつながることもできるわけだから」

「確かに…そうなると最低限の護衛は必要になるか…」


彼女自身はB級探索者なのでそれなりの実力者であることは確かだが、クロウを利用する存在からしたら狙いやすい程度の存在かもしれない。そこにN級とまでは言わなくても、S級程度の実力を有している兄狼は確かに抑止力になるかもしれない。


「…兄さん、頼めるかな?」

「任せとけ!せっかくだからあの子も立派に戦えるようにしてやるか!」

「ほどほどにしてやってくれよ…あの子結構人気者なんだから」


気合十分といった兄狼に思わず苦笑を浮かべてしまうのだった。





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