S級探索者達はテイマーになる

みらいの家に泊まった翌日。クロウ達は再度ギルドへと来ていた。

クロウはいつものごとく仮面と黒ローブという不審者スタイルで来ている。みらい達も慣れたようで特にその格好にツッコムことはなかった。


「ふぁ…ねむ…」

「マスター結構遅くまで情報まとめてたけどちゃんと寝たの?」

「まあ、それなりになぁ…」


あの後映像を見終えて最低限わかったことを取りまとめておいた。その後フェンリルたちから聞いた話を合わせてハデスの拠点と思わしきダンジョンの候補を複数見繕っておいた。あとはここから正解を見つけ出さなければいけないのだが…。まあ、そこらへんは今後の会議なり他の者からの情報などで確定できるだろう。


「探索者ってそう言う情報を調べるのも自分でやらないといけないの?」

「んー…そう言うわけでも無いが…今回は急を要する案件だし、放置もできないからねー」


みらいからの問いかけにあくび交じりに答える。

基本的にダンジョン関連の依頼等は情報精査はギルド関係者が行う。しかし、今回のように高ランク探索者が関わる場合は本人が行うこともよくあることだ。必要とあればそのまま自分自身でダンジョン探索をして情報を集めることもあり、それらを許されているのも高ランク探索者の特権の一つだったりもする。


「まあ、そもそも探索者ギルドから出てくる依頼というのもそこまで多くないからね。魔石に関しても素材に関しても、真っ当な探索者ならギルドで売却するからそこから回されるし、緊急で必要な素材を依頼するくらいしかないからねー」


真っ当な人ならば普通にギルドで素材の取引を行う。珍しい素材であってもきちんとした手順で依頼を出すことでまっとうな値段で手に入れることもできる。まあ、大抵加工が必要な物であればその依頼した探索者が取りに行くから依頼として表に出ることはめったにないが。

そんな話をしつつギルマスの執務室にたどり着いたのでノックしてから入る。


「おはようさん」

「ああ、クロウか。おはよう。ずいぶんと早いな」

「早いうちにこいつを渡しておきたくてな」


そう言ってまとめておいた資料を渡した。


「俺と母さん達の情報をまとめて、そこから候補をいくつか挙げたやつだ。そっちが持ってる情報と比較すればある程度絞れるんじゃないか?」

「さすがだな。仕事が早い」

「こっちはさっさと片付けてまたみらいちゃんの配信を見守る生活に戻りたいんでな」


N級魔物の出現によってみらいの配信もだいぶ様変わりしてしまった。もともと無茶をせずに少しずつ成長していく様を見守るつもりだったのが、想定外の強敵の出現のせいで表に出ずにはいられなくなってしまった。クロウとしてはさっさと裏に引っ込んで今までのようにみらいを応援する生活に戻りたいのだ。


「なるほど、それならしっかり働いてもらおうかね。それじゃあ情報はこっちで取りまとめておくよ」

「そうしてくれ。それと母さん達の件はどうだ?」

「ああ、それに関してはこれに必要事項を書いてくれ」


そう言って数枚の書類を差し出してきた。


「従魔登録の申請書だ。そこにテイマーの名前と従魔の名前を数分書くように。それを書き終えたらその紙は私の元へと持ってきてくれ、こちらで処理しよう。従魔登録するのは君とみらいさんとあと一人は誰にするんだい?」

「それなんだがシェルフの提案で詩織さんに兄さんを託そうかと思ってるんだ」

「彼女に?」


首をかしげるギルマスへと昨日シェルフが懸念していたことを話した。


「なるほど…確かに君とみらいさんの関係が表沙汰になっている以上、みらいさんと浅くない関係性を持っている彼女に対しても何らかの手が伸びてもおかしくはないね。それに対処するために彼女に託すのも悪い手ではないか」

「ああ。バックに俺がいると示すことにもつながるからな」


ダンジョン関連でかなりの権力を持っているS級探索者が背景にいるとしたらそうそう馬鹿なことをすることはないだろう。僻みなどを受ける可能性は十分にあるが、それは配信者をやっていれば普通に起こりうること。今更な部分も大きいだろう。


「わかった。ちなみに本人に話は?」

「これからだ」

「そうか。なら説得はそちらでするように。書類のほうが整ったら持ってきてくれ」

「あいよー」


やることを終えたのでみらい達と共に部屋を後にする。


「んじゃあ詩織さんに連絡とってもらいたいんだけど…連絡先知ってる人」

「あ、私この間の探索の後に連絡先交換しておきました」


そう言ってみらいが小さく手を上げる。


「事が事でしたし、詩織さんも無関係ではないと思いましたので一応何かあった際に連絡とれるように。と」

「わかった。じゃあ連絡お願いできる?俺の名前使って…クロウで通じるかな…」

「あはは…たぶん大丈夫だと。フェンリルさん達の事でお話がありますって伝えておきますね」

「うん。お願い」


クロウが頷くとみらいはスマホを取り出して詩織へと連絡を取った。


「さて…俺はちょっと場所を借りてくるからシェルフは母さん達を頼む」

「はいはーい」


詩織と話すための部屋を借りる手続きをするためにその場を離れた。



話すための応接室を一つ借り、詩織を待つことしばし。その間にギルマスから渡された申請書を読み込んでいく。従魔を登録する際に必要な事項、守るべき約定、破った際の罰則等々、そこらへんの事が書かれており、最後にテイマーとなる人の署名とその従魔となる魔物の種族名と個体名を書く欄が書かれていた。


「…名前…名前なぁ…」


昨日みらいの家で名前を付ける話があったがなかなかいい案が浮かばなかったので先送りにしたが、書類に書かなければならないのであればここで決めておかないといけない。


「こういうのってなかなかいいの浮かばないよね…」

「んー…何かいいのある?」

「わうん?」


子狼へと尋ねるがよくわからないようで首をかしげている。


「私達に個体名は特に意味がないからね…判別がつくのなら何でもいいよ」

「とはいってもなぁ…」

「安直でもいいのなら…リルとか、フェン…は言いにくいから少し変えてフィンとか?」

「あ、じゃあ俺はフィンで」

「私はリルでいいわ」


そう言って兄狼がフィン、姉狼がリルと名乗ることが決まった。


「そんな簡単でいいのか…」

「俺達が満足してるし別にいいだろ」

「そうそう、気にしすぎだよー」

「まあ満足してるならいいけどな…あとは…母さんとその子か」

「んー…マスターからしたら母親だし…母…マザー…マーサとか?」

「そうだね。それでいいよ」

「いいのか…まあ、良いけど」


そう答えてとりあえずクロウは自分の分だけさらっと書類に署名を済ませておいた。


「あとはこの子だね…」


そう言ってみらいが子狼を抱き上げる。子狼はキラキラとエメラルドのような色の瞳を輝かせて期待に満ちたような目でみらいを見つめていた。


「…そう言えば綺麗なエメラルド色の瞳だよね…。それなら…エメルとか?」

「わん!」


嬉しそうに吠えてからペロペロとみらいの顔を舐める。どうやら満足したようだ。


「んじゃ詩織さんが来るまでにみらいちゃんも書いちゃいな。その書類には禁止事項とか罰則とかも書かれてるからきちんと読むようにね」

「はーい」

「禁止事項って何書いてあるの?」

「さして変なことは書いてないよ。一般人に被害を与えないように。とか、テイマーの目が届かないところに従魔を置いておかないようにとか。そんな感じ」


基本的に普通に過ごしていれば起こることはない物だ。後者に関しても時と場合によって…例えば魔窟暴走の時などの緊急時にはその事態に対処するためにテイマーから離れることを許可されている。

そんな話をしているとコンコンとノックがされる。


「はいはい、どちら様-?」

「詩織です」

「あ、詩織さんか、どうぞ入ってー」


シェルフが扉を開けると詩織が中へと入ってきた。


「お待たせしてすいません」

「いやいや、こっちこそ急に呼び出してごめんね。それで話は軽く聞いているかな?」

「はい。なんでもフェンリルさんのお子さん…クロウさんのお兄さんでいいんですかね?その子のテイマーになってほしいということですよね?詳しいことは来てからという話ですが…」

「うん、そう。とりあえず説明する前に…一応報告しておこうか」


そう言ってクロウは立ち上がって指を鳴らす。すると一瞬の間をおいてからクロウの変装が解除された。


「とまあ、すでに気づいているかもしれないけどクロウ改め、S級探索者、黒川宗谷だ。といってもこれからもクロウとして活動するから普通にクロウとして覚えてくれていればいいから」

「あ、はい。ではこれからもクロウさんとお呼びしますね」

「うん、そうしてくれると助かるな。さて、それで今回、詩織さんに兄さんのテイマーになってもらいたいって話なんだけど…」


そう言って現時点で考えられる詩織に関わる懸念の事を話しだす。


「………なるほど。連合の方でもすでにクロウさんとみらいさんの関係が発覚しているんですね」

「N級魔物関連だから必要とはいえさすがに派手に動きすぎたからな。まあ、こればっかりは仕方ない。そして俺関連でみらいちゃんとシェルフにも影響を与えるだろうが、そこらへんは直接俺が手を貸せるからどうにかできるが、詩織さんに関しては少し遠い。可能であれば同じパーティーに所属してもらいたいところだが、いかんせん実力差がありすぎるからバランスが悪いんだ。ただでさえB級魔物相当の俺の弟とS級魔物相当の姉さんが従魔として従うんだ。そしてシェルフも経験はないが、実力で言えばC級クラスの実力を持っている。そこにB級探索者の詩織さんが入るとみらいちゃんの今後の成長にも支障をきたしかねない」

「ですね。パーティー内での実力差があるのは危険なのは有名な話です」

「そうなの?」

「ええ。実力差があるパーティーだとどうしても実力が上のほうに引っ張られます。例えばみらいさんのパーティーだとおそらく問題なく狩れるレベルとなるとS級魔物相当の実力を持つお姉さんを考慮に入れますとA級ないしB級あたりが妥当と思えます。ただそうなるとシェルフさんとその子狼さんはおそらく戦えると思いますが、みらいさんは一切手が出せないと思います」

「あれ、でもこの間のハデスの戦いのとき、みらいさん一撃当てることはできたよね?あれもダメージはなかったようだけど、B級とかA級ならダメージ与えられるんじゃない?」

「確かにあれなら致命傷になるレベルの攻撃を当てることはできるだろうが、あれは一撃だけなんだ。さっき詩織さんが言ったのはそのランクのダンジョンでの探索だったり、複数相手を考慮した場合だ。一撃あたえて、その攻撃ができると相手に把握された場合、みらいちゃんは真っ先に狙われる。そうなると火力はともかく防御のほうがまともにできないだろうから、他の面々が守りながら戦うことになる。そうなると姉さんであってもどうなるかわからないんだ」

「あー…確かにそうかも」

「そして逆にみらいさんに合わせた場合、明らかに過剰戦力になって、チームワークのような連携は取れなくなります。そうなると動き方が学ぶことができず、中途半端な経験になってしまうんですよ」

「あー…そっか…」


シェルフが納得したような声を上げた。


「正直こうなるとは思ってなかったんよな…シェルフの実力は把握していたが、ペアならよっぽど実力差が大きくない限りそこまで大きな影響にはならないから大丈夫だと思ってたんだがな…」

「N級魔物出てきてから全部予定が狂ったね」

「全くだ…。畜生…ハデス共全員跡形もなく消し飛ばしてやろうか…」

「どうせ倒すしいいんじゃない?っとそれはそれとして話はだいぶ脱線しちゃったけど、詩織さんにテイマーとしてお兄さんの方を引き取ってほしいんだけどいいかな?」

「構いませんけど…こちらこそいいんですか?理由に関してはわかりましたけど、S級魔物相当のフェンリルの子供となると私では手に負えないので、他のS級探索者さんのほうがいい気もしますけど…」

「あいつらはあいつらで断りそうだし、そもそも兄さんがついていけるかも怪しい所なんだ。S級探索者は原則ソロで活動するからな。あいつらの場合兄さんをそのまま待機させておく可能性もあるから、それなら詩織さんの教育係もかねて探索できる環境に置いておきたいってのもあるんだ」

「なるほど…。わかりました。こちらとしても心強い味方ができるのはうれしいですし、以前あったイレギュラーの一件以降リスナーさん達も心配してなかなか挑戦ができずにいたので」

「だろうね。俺もみらいちゃんが探索者やるって言った時止めたからねー。駄々こねられたけど」


そう言ってみらいのほうを見るがみらいはエメルをワシャワシャと撫でまわしていた。


「ま、とりあえず納得してくれたのならよかった。それじゃあこの書類に目を通して署名をしてくれ。それと詩織さんがいないところでやってしまって申し訳ないが、兄さんはこれからフィンという名前で過ごしていく事になった。姉さんはリル、そこの子はエメル、母さんはマーサだ。よろしくね」

「よろしくな!詩織!」

「はい、こちらこそ。これからよろしくお願いしますねフィンさん」


元気よく答えるフィンに詩織は笑みを浮かべて答えた。



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