S級探索者達は従魔登録をする
詩織達と共に従魔申請書を書き終え、それをギルマスへと届ける。
「………よし、不備はないね。じゃあこれはこっちで処理しておくから、ここに行って従魔用のハーネスを受け取ってくれ」
そう言って地図と共に何枚かの書類を差し出してきた。
「従魔用のハーネス?」
「従魔とわかるように示すための物だよ。ほぼすべての従魔がそのハーネスを装着しているんだ」
「ほぼなの?」
「たまにそのハーネスを装着するのを嫌がる子もいるからね…」
シェルフの言葉にクロウが苦笑交じりな声で答える。
「それが終わったらそれぞれ帰ってもらって構わない。またハデス関連で話が進んだら呼ぶからその時に参加してくれ」
「えっと…私達もですか?」
困惑したようにみらいが問いかける。
「ああ。君達もすでに無関係というわけではない。それに、君たちがいたほうがクロウが無茶をせずに済む」
「…そんなに無茶な事した覚えはないんだが?」
「普段の君ならそうだろうね。でも、今回は君の育ての親であるフェンリル…申請書を見る限りマーサと呼んだ方がいいかな?彼女に隷属魔法を仕掛けた存在だ。君が常に冷静でいられるという保証はないだろう」
その言葉にむぐっとクロウは息を詰まらせる。
「先の一件に関しても、みらいさん達がいなければ君はそのまま命を落としていた可能性があった。救援を送ることもできなかっただろうね。君が強いのはわかっているし、普段なら引き際をわきまえているのはわかっている。でも、今回に関しては君は引き際を間違えそうだからね。しっかり首輪をつけさせてもらうよ」
「さいですか」
不満げにそっぽを向くクロウに対してギルマスは苦笑を浮かべていた。
「さて、それじゃああとはこちらに任せてくれ。クロウも自宅に戻ってもらって構わないからね」
「あいよ。んじゃあな」
挨拶を済ませて全員でギルマスの部屋を後にする。
「…あまりみらいちゃん達を巻き込みたくないんだがなぁ」
「あはは…まあ、私達じゃ足手まといになるもんね…」
「それはない…とは言わないが…それよりか、まだ探索者になったばっかりのみらいちゃん達を連れていくのは後々の事考えるとあんまりよくないもんでね…」
「そうなの?」
「強すぎる相手にばかり会いますと自分の危険察知能力が麻痺したりするらしいんです。自分より三つ、四つ強い相手と会った後、それよりも下の一つ、二つ強い相手に対して危険察知が上手く発動せずに油断してしまうっていう話は聞いたことあります」
詩織の説明にへ~といった反応をする二人。
「あまり頻繁にはないけどな。主にイレギュラーに遭遇した後、その時の恐怖や威圧感よりかは低いからってことで油断しちゃうんだよ。みらいちゃんとシェルフは探索者になったばかりでまだその危険察知のアンテナを作り始めている頃なんだ。そんな時に三つ四つどころかさらに上のN級魔物と俺達の戦いなんてアンテナが馬鹿になる気しかしなくてな…」
「まあ、そうだろうね…でも、そのための私達じゃない?」
そう言ったのはリルだ。
「安心しな。無理せずきちんと鍛えてやるからよ!」
フィンも自信に満ちた声で答える。
「…そうだな。兄さんと姉さんがいるし、そこらへんは大丈夫かな」
「おう!任せておきな!」
かつてマーサとフィン、リルに育てられたクロウ。生活するためには狩りも必要であり、B級ダンジョン内部で生きていくのに必要な実力はこの三匹に鍛えられた。その実績はクロウにとって信用に値するものであると同時に、温かい思い出である。
そんな話をしながらギルド内を歩いていると目的地へとたどり着いた。
「ここは…従魔の装備関連のお店かな?」
「そ。従魔関連で装備とかを取り扱っている店だな。すいません」
「はい。いかがいたしましたか?」
「これをお願いしたいんですけど」
そう言ってクロウがギルマスから受け取った書類を店員へと差し出す。
「はい、確認しますね」
そう言って店員がパソコンを操作して書類を確認していく。しかし、店員の表情が徐々に険しくなっていく。
「………あの、失礼ですが、こちらの書類は間違いないですか…?」
「ええ、間違いないです。はい、俺のギルド証」
そう言ってクロウはギルド証を店員へと見せる。
それをみた店員は驚きの表情をした後にすぐに頭を下げてきた。
「すいません!失礼しました」
「いえいえ、お気になさらず。それでどうすれば?」
突然謝りだした店員に周囲の一般客はなんだなんだ?とこちらに注目し始めた。それに気づいたクロウが話を進める。
「あ、はい。どうぞこちらの方へお越しください。ギルマスさんからの申請で特殊なハーネスが必要だと聞いておりますので」
「わかりました」
店員の案内で店の奥へと歩いていく。途中ですれ違った別の店員に向けて案内している店員が店長を呼んできてと伝言を頼み、そのまま店の奥にある広い部屋へと案内された。
「おー、広ーい!」
「こちらはハーネスを付けた際や従魔の装備を取り付けた際、動きに支障がないか確認する場所ですので、どうぞご自由にお過ごしください」
「そう?じゃあ元の状態に戻ろうかしら」
そう言ってマーサの体が徐々に大きくなり、元のサイズへと戻った。
「ふぅ…体の大きさを自由に変えられるといっても、やっぱり小さくなると窮屈に感じるわね」
「悪いね、不便をかけて」
「気にしなくていいわよ。地上に出る以上こうなるとわかっていたからね」
気を使うようなクロウの声にマーサは穏やかな笑みを浮かべていた。
「ふわぁ…本当にフェンリルなんですね…。あの書類に書かれていましたし、噂は聞いていましたが、まさか本物に会えるなんて…」
「噂?」
「ええ。とある配信でフェンリルがS級探索者達とダンジョンの外に出てきたって噂が聞こえてきてたんですよ。その配信は私はまだ見れていませんが、もし従魔になるなら運がよかったら会えるかなって思って…」
「へぇ…そんな話が…」
「まあ、配信であれだけの事をすれば広がりもするよね」
シェルフが苦笑交じりにつぶやく。数多くのN級魔物の出現にくわえて五人のS級探索者との戦い。話題にならないわけもなく、そのままN級魔物であるフェンリルとその子供を連れてダンジョンを出れば話題にもなるだろう。
「あなたは怖くないの?」
「んー…そうですね…怖さは…ないですね」
詩織の問いかけに考えるように答える。
「確かに魔物といわれると怖いイメージが多いですが、幸いといいますか、私は従魔登録された魔物にしか会ったことがないので。その子達は見た目は魔物ですが、皆穏やかで優しい子達でしたから」
そう言って笑うその子の笑みには本当に恐怖等微塵もないようだった。
「ワン!」
そんな店員の足元にエメルが尻尾を振っておすわりをしていた。
「この子もフェンリルの子供なんですか?」
そう聞きながら屈んでエメルの頭を撫で始める。エメルも気持ちよさそうに目を細めていた。
「そうだよ。まだ産まれてそこまで時間は経ってないかな」
「そうだね…大体…二年くらいだね産まれてから」
「じゃあ二歳なんだね君」
「アウ?」
声をかけられたエメルは首をかしげていた。
そんな時に扉が開き、一人の男性が入ってくる。
くたびれた制服を着たおよそ三十代の男性は気だるげな様子でこちらへときた。
「おいーっす…ってなんで不審者がいるんだ」
「店長!失礼ですよこの人は…」
「あー…わかってるから皆まで言うな。久しいな、宗谷」
「だな。ていうかあんたこっちで店長やってんのかよ」
気安い感じのやり取りをしている二人。そんな二人にみらい達はポカンとしていた。
「店長、お知り合いだったのですか?」
「あー…昔な。一時期こいつの防具を見繕ってやってたんだよ」
「あまり使ってなかったしどっちかというと素材引き取りのほうで世話になったがな」
「そりゃお前が長年C級から上がる気なかったからだろうが。探索者になったころにはA級クラスの能力持ってたのに、かたくなにランク上げ拒みやがって。担当してた受付が泣いてたぞ」
「指名依頼されるのだるいんだよ」
「ランク上げてからでもまともに受けてねぇだろうがその手の依頼」
「失礼な、一応ギルマスからの指名依頼は受けてるぞ」
「他のは全部拒否ってるだろうが。たまには俺の依頼も受けろ」
「お前も出してたのかよ…」
ふてくされたように吐き捨てる店長に呆れたようなため息を吐いてしまう。
「マスター」
「ん?ああ、紹介しとく。こいつは魔具技師の白金哲哉。ダンジョン探索に必要な武器防具やら魔道具やらを専門に作っている技術屋だ」
「よろしくなー。いい素材持ってきてくれれば格安で装備作ってやるぞ」
そう言って哲哉は顔に笑みを浮かべる。
「にしても、どの子だ?お前のお気に入りの子ってのは」
「変な言い方すんな」
「事実だろ。かつての担当者が泣いて喜んでたぞ。やっとお前がランク上げてくれたー!って」
「あの人泣いてばっかだな…。最近会ってないが元気なのか?」
「悩みの種が無くなったから元気そうだぞ。たまには顔出してほしいと愚痴ってたがな」
「あー…気が向いたらな」
S級になってから必要な素材等はギルマス経由で取引していたので受付で手続きすることがめったになかった。昔世話にはなっていたわけだし、たまには顔を出すべきかもしれない。
「さて…それじゃあ今回は従魔用のハーネスだったか?話には聞いていたが本当にN級やらS級の魔物が相手なんだな…」
そう言ってマーサたちの体を見る。
「これ、姿変更は?」
「サイズ変更はある。母さん以外は成長もするんじゃないか?知らんけど」
「おい。まあいい。んじゃあ可変式のハーネスにするか。代金はお前持ちでいいのか?」
「構わんよ。頑丈な奴でよろしく」
「あいよ。せっかくだから好き勝手やらせてもらうか」
「………ほどほどにしろよ?」
「わかってるって」
そう言って笑う哲哉。
「………まあ、ハーネス程度じゃ魔改造もできねぇか…」
「魔改造って?」
クロウの不審な呟きを聞き取ったシェルフが問いかけてくる。
「あー…哲哉の奴は腕はいいんだが、いかんせんいろいろと余計な機構をつけたがってな…。まあ、腕はいいし、依頼の場合はきっちりその通りに済ませるんだが、自由にさせると武器やら防具だと変形やら追加機構やらいろいろとくっつけておくんだよ」
「変形武器は浪漫だろうが!」
「扱いきれればの話だろうが」
力強く言い切る哲哉に呆れたように反論する。
「とりあえず三日待て。その間に調整しとくから」
「いいが、その間どうすればいいんだ?ハーネスが従魔登録の印だろ?」
「ああ、それに関しては…ほら、これを首からかけとけ」
そう言ってひも付きのカードケースをクロウへと差し出した。
「落とさんように気をつけろよ。どうせまだN級魔物の件が終わってないんだし、しばらくは探索行かねぇだろ?情報精査にもそれなりに時間がかかるはずだからそれまでに作り上げておくよ」
「わかった」
それぞれ受け取り、マーサたちの首にかける。
「落とさないように気を付けてねー」
「アン!」
元気いっぱいに返事をするエメルだが、どこか心配そうな表情をみらいは浮かべていた。
「そういや宗谷」
「あ、これからは俺はクロウとして活動するからそれで」
「なんだそれ。まあいいが…んじゃ改めてクロウ。今回の一件、解決しそうか?」
「んー?まあ大丈夫だろ。前回の時は深追いできるだけの余裕がなかったから逃げられたが、次は逃がさんよ」
「まあ、お前がそう言うのなら大丈夫なんだろうが、無茶だけはするなよ」
「わかってるよ。おそらく他のS級も動くことになるだろうから何とかなるだろ」
「ああ、あいつらもか。それなら大丈夫そうだな。んじゃサイズ測るとしますかー」
そう言って長いサイズのメジャーを哲哉が取り出し、マーサたちの体を測定し始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます