S級探索者は推し達と探索する
B級ダンジョン前。
みらい達との探索のために訪れたダンジョンの前で配信開始の準備を進める。
「じゃあまずは私とシェルフちゃんが画面に映って新衣装を見せるので、その後ゲストとして詩織さんとクロウさんに出てもらうからね」
「わかりました」
「本当は俺は表に出たくないんだがな…」
みらいの言葉にクロウがため息を吐く。
「まあまあ、ここでの探索はマスターがメインなんだし仕方ないんじゃない?」
「まあ、そうなんだがな…」
通常の配信ではみらい達の探索がメインなのでわざわざクロウが出てくる必要はないのだが、今回はクロウの探索がメインでそこにみらい達がついていく形となるので最初からクロウがいる必要があるのだ。
「にしても、二人も外套羽織っていると不審者の集団に見えるよな」
今の四人の格好はクロウはいつも通りの仮面に黒のフードと外套で全身を隠しており、詩織はいつも通りの配信時に来ている探索衣装。みらいとシェルフも外套で現在は自分の着ている服を隠している。
「まあ、新衣装のお披露目だからね。せっかくなら配信の中でバーン!ってやりたいじゃん?」
「まあ、その言い分はわかるけどな…」
シェルフの言葉にクロウは肩をすくめた。
「それじゃあ配信始めるからお二人は少し離れた位置で見ていてもらってていいですか?」
「あいよ」
「わかりました」
カメラに映らない位置まで二人で移動する。
「クロウさん、お聞きしたいことがあるのですが」
「これから向かうダンジョンの事ですか?」
「はい。行先を聞いて着替えた後に少しだけ調べてみたんですが、あそこのダンジョンの情報がほとんどなかったんです」
「………」
「最低限掲載されている部分。階層の数、出現魔物の傾向、ダンジョンのランク。そういった物はかかれていました。しかし本当にそれだけ。それ以上の情報が一切かかれていませんでした。そのうえで私が気になったのは一番最初に書かれていた文字『S級以外立ち入り禁止』でした」
詩織の言葉に答えずじっと待つ。
「しかもそれをされたのは最初からではなかったようです。およそ二年ほど前…とある人がS級探索者になって少ししてから立ち入り禁止になったようでした」
短い時間であっただろうによくそこまで調べられたとクロウは感心しつつそれを表に出さないようにしていた。
「もしその人が何らかの意図のもと、このダンジョンを封鎖したとしたら…そこにはどんな意図があったんでしょうか。そこにいる何かを隠したかった?それとも守りたかった?…クロウさんはどう思いますか?」
そう問いかけてくる詩織の目にはクロウが答えを持っていることを確信しているような気配が感じられた。
「…さてね。そこらへんは俺にはわからんよ。ただ…」
「ただ?」
「何かを隠すにしろ、守るにしろ、誰にも悟られずにいつまでもできる事なんてない。表に出すのにいい頃合いなんだろう」
あまり表立って動きたくはなかった。それでもいつまでも隠しきれるものではないというのはクロウ自身思っていた。特に今回のようにN級魔物がかかわりだしたのなら、遅かれ早かれここで何かが起きる。だからまだ余裕があるうちにここに来ておきたかった。
「配信の準備が終わったみたいだ。この話はここまでにしておこう」
そう言ってみらい達のほうを見るといろいろと設定のほうを終えたようでドローンを浮かすところだった。
「最後に一つだけ。この先は危険ですか?」
「…ああ。とびきりな」
詩織の問いかけに短くクロウは真剣な雰囲気でそう答えた。
「初めましての人は初めまして。知ってる人はこんみらい!桜の香りと共にやってきました、桜乃みらいです!」
「シェルフだよー」
『まってた』
『なんか外套羽織ってる?』
『ここはダンジョンの前かな』
『これから探索行くのー?』
「うん、そう。ここはとあるダンジョンの前でね。探索に行くんだけどそこらへんはまた後で説明するとして、今回私とシェルフちゃんは新衣装を手に入れました!」
『おお!』
『新衣装!』
『クロウさんから渡されたのかな?』
「当たり。クロウさんが私達に何着か新衣装と武器をそれぞれにくれてね。今回はそのうちの一つの衣装を着ているんだ。というわけでさっそくお披露目するよ!」
そう言って二人はお互い見合ってから頷き、バッ!と勢いよく外套を外した。
みらいはピンクのラインがあしらわれている白のレオタードの上にピンクと桜の花があしらわれているミニスカート。同じくピンクのラインとところどころに桜の花があしらわれている白のジャケットを羽織っており、腰には白のガンホルダー付きのベルトが巻かれている。足元はきちんと動きやすさと防御を備えるために桜色のタイツに白のハイブーツを履いている。
シェルフはみらいと同じく白のレオタードだが、こちらは緑のラインがあしらわれている。
そしてスカートではなく薄緑色のショートパンツをはいており、腰には緑色の短剣を納めるためのホルスター付きのベルトが巻かれている。
上着としては水色の下地に薄緑色のラインがアクセントとして引かれているジャケットを羽織っている。下には黒のタイツと薄緑色のひざ下までのブーツを履いている。
「どう?似合ってるかな?」
『おおー!』
『それがこれからの衣装になるの?』
「他にも何着かあるからその時の気分で変えたりもするよ」
『他のはどんな衣装なんだろう』
『どことなくクロウさんの性癖を感じてしまう…』
「まあ、マスターが選んだものだからねー」
コメントに対して思わず苦笑が浮かんでしまう。
「さて、じゃあ今日これからやることだけど実のところゲストがいます」
『ゲスト?』
『だれだれ?』
「まず一人目ー現時点ではほぼレギュラー、B級探索者の詩織さーん」
「あはは…よろしくお願いします」
シェルフの紹介に苦笑を浮かべながら詩織がカメラの前に姿を現す。
『おー!しおりんだー!』
『あれ?試験終わったからランクにだいぶ差があるし一緒に探索するのもっと先だって話だったんじゃ?』
「うん、そうなんだけどね。今回はちょっとした依頼があってそれに関係して詩織さんにも手を貸してもらう形になったんだ」
『依頼?』
「うん、そのことを話す前にもう一人のゲストを呼びましょうー!どうぞー!」
みらいにおいでおいでと手招きされ、クロウが姿を現した。
『えっ!?クロウさん!?』
『クロウさんがゲスト?』
『どういう風の吹き回しだ?』
「あー…言いたいことはいろいろあるだろうが、簡単に説明すると、今俺達がいる場所はB級ダンジョンの前だ」
『B級ダンジョン?』
『クロウさんと詩織さんはともかく、なんでみらいちゃん達がそこに?』
「あー…もともとは俺一人で探索する予定だったんだがな。どうもギルマスはそれが気に入らなかったみたいでみらいちゃん達を連れていくように命令されたんよ」
『それを受け入れたの?意外だな、クロウさんなら拒否すると思うのに』
「押し切られたんよ…」
『oh…』
『もしかしてみらいちゃん達からも説得された感じ?』
「説得されたというかなんというか…まあ主にシェルフだな。言いくるめられた」
「えー?人聞きが悪いなぁ。マスターが危なっかしいわりに一人でなんでもやろうとするから無茶しないためのストッパーが必要だって言っただけじゃん?」
クロウの言葉にシェルフはおちゃらけた笑みを浮かべながら悪びれもなく答えた。
「まあまあ…とりあえずクロウさんはこのダンジョンに用事があり、その探索に私たちがついていく形になったというわけです」
いろいろとコメントは流れていたがみらいがいささか強引に話を戻した。
「それで、このダンジョンで何するの?」
「ちょっとした探し物よ」
「探し物?」
「そ。まあ、そこらへんは後々話すよ。とりあえず中に入ろっか」
「そうですね」
クロウを先頭にみらい達はダンジョンの中へと入る。
ダンジョンの内部は木々が生い茂っており、自然豊かな森が広がっていた。
「さて、ここのダンジョンだけど出現魔物の系統は獣系。狼とか熊とかそういった魔物が多く出現するダンジョンだけど、まあ会うことはほとんどないだろう」
「そうなの?」
「ああ。ここの魔物は結構知能が高くてな。その分厄介なんだが、それでも自分より圧倒的に実力が上な奴には襲い掛かってこない。今回は俺がいるからな。襲ってくるやつはほとんどいないよ」
『まあクロウさんがいればね…』
『襲ってくるやつはよっぽどのアホだろうなぁ…』
「ま、よっぽど切羽詰まってる奴とかは例外だろうが、ここはそう言うのもないからな。というわけでささっと移動しましょうかね」
そう言って魔法陣を展開してこの間生放送で作った空飛ぶ絨毯を取り出した。
「あ、それ前に作ったやつだよね?」
「そそ。複数人で移動するには便利なんだ」
「…またあの猛スピードで移動するんですか…?」
「いや、さすがにあんなスピードで探し物はできんって」
詩織の言葉に苦笑交じりに答える。
『まあ、あんな文字通り景色が流れていく中探し物なんてできないよな』
『それでもクロウさんなら…クロウさんならきっと…!』
「お前らな…」
相変わらず好き勝手言っているコメントに対して思わずため息が出てしまう。
「それでこのダンジョンで何を探すんですか?」
「ああ、ちょっとした痕跡をな」
「痕跡?」
『相棒!』
『あなたは新大陸に戻ってもろて』
そんな話をしながら全員が絨毯に乗ったのでゆっくりと動き出す。
「まあ、魔物が来たりはしないだろうが、それでも警戒はしておいてくれよな」
「うん」
「はいはーい」
「わかりました」
三者三様の返事を受けつつ少しだけスピードを上げた。
『前よりかは遅いけど、これ車くらいの速度か?』
「そう…だな大体時速30kmくらいだ」
『以前の時は?』
「さあ?500くらいじゃね?」
明確に速度を測定できるわけじゃないので体感なんでそこまで正確ではないが、それくらいは出ていただろう。
速度を落とすこともなくすいすいと木々の間を通り抜けていく。
「魔物の気配はするけど本当に襲ってこないねー。見てるだけって感じ」
「わかるの?シェルフちゃん」
「うん。警戒しているし、気配が薄いからはっきりはわからないけどね。でも何となくは感じるよ」
「へー…私は何もわからないけどなぁ…」
「みらいさんはまだ探索者になったばかりですからね。こういった気配とかは経験を積むことでわかるようになりますからね」
『同じ日に探索者になったシェルフちゃんがわかるのは一体…?』
「あー…シェルフは風属性の親和性が高いからそう言う気配とかには他の人よりか感じやすいんだよ。それでだな」
『なるほど』
そんな雑談をしながら進んでいるとクロウがピクリと何かを感じ取った。
「見つけた」
「え?」
短い言葉と共に急旋回で進行方向を変える。
「わわっ」
唐突な急旋回によって態勢が崩れたみらいを詩織が支える。
「マスター何か見つけたの?」
「ああ。おそらく探していた物をな」
シェルフの問いかけながら木々を避けつつ速度を上げていく。
「あった」
その言葉と共に徐々に減速する。そしてたどり着いた先にあったのは…。
「…子犬?」
うずくまり、震えながらもこちらを睨みつけている子犬の姿だった。
「ダンジョンにいるってことは魔物なんだろうけど…こんな姿の魔物なんていたかな…?」
「私も知りません…。そもそも魔物に幼体や子供の概念は今まで発見されていなかったはずですが…」
確かに魔物の中には同種の中で小さい魔物はいる。しかし、それは個体差によるものであり、幼体というわけではない。
しかし、今クロウが見つけたのはそう言った個体差などではなく、明らかに何らかの魔物の幼体というようなものだった。
豆しばほどのサイズの子犬は青白い体毛を逆立て、こちらを睨みつけて唸っている。
クロウはそんな様子の子犬を気にすることもなく、絨毯から降り立ち距離を詰めていく。
「クロウさん?」
「みらいちゃん達は危ないからそこにいてね」
そう言いつつ首元にかけてあるネックレスを外す。
「落ち着け、俺は敵じゃない。ほら」
そう言いながら子犬の前で屈んでネックレスの先に取り付けられている爪の部分を子犬の眼前へと差し出した。
警戒しながらもその爪の匂いを嗅いだ子犬は警戒の表情から喜びの表情へと変わり、クロウの足元へとすり寄ってきた。
「よしよし…敵じゃないとは言ったのは事実だがそんなにすんなりと受け入れられると心配になるな…」
呆れたような言葉と共に子犬を抱き上げ、みらい達のところへと戻る。
「クロウさん、その子は…魔物ですよね?」
「ああ。魔物…N級魔物、神狼フェンリルの子供だ」
「えっ!?」
『N級魔物の子供!?』
『え、魔物って子供産むの!?』
「あー…なんて説明したらいいのか…。フェンリルは普通に暮らしているだけで結構魔力を体内に蓄えるんだが、一定の周期で体内にたまっている魔力を子供として出産するんだよ。それによって産まれたのがこの子ってわけ」
そう説明しながら子犬の頭を優しくなでる。子犬は気持ちよさそうに目を細めている。
「詳しいねぇ~」
「まあな。それとこの子、これでもC級魔物と同等の能力持ってるから気を付けてね。詩織さんちょっと預かっててくれる?」
「あ、はい。わかりました」
そう言ってクロウから差し出された子犬を詩織が優しく受け取る。
「それとこの子これからたぶん暴れると思うからしっかり離さないようにしてね」
「え?」
「さて、フェンリルについてもう一つ生態を話しておこうか。さっきも言ったようにフェンリルは魔力を子供にして自分で産む。産まれたばかりの子供はD~B級相当にまで成長し、その後成体となる。その後はまあそれぞれの成長に伴って実力が変化するんだが、それに関しても何十年とかかるし、そのころには巣立って一人で行動をしている。それまでは幼体のフェンリルは親に守られながら狩りを覚えたり成長していく」
「…あれ?ちょっと待ってそれって」
クロウの言葉にシェルフが何か気が付いたように表情が険しくなる。
「察しがいいな。つまり幼体のフェンリルの近くには親となる神狼、フェンリルがいるということだ」
その言葉と共にクロウ達の近くに巨大な影が降り立った。
体長5mほどの巨大な影、それはゆっくりと立ち上がり、こちらを見据える。
「あ…あれは…」
巨大な狼、神狼フェンリルはこちらを敵を皆しているのかその目に明確な敵意でみなぎらせてこちらを睨んでいる。
吸血姫カーミラ、真祖エルダーリッチ。二体のN級魔物と相対したみらい達。それゆえにN級魔物に対しての他の人よりかは少しはわかっている。そんな三人が即座に理解させられた。
格が違う。と
かつて遭遇したN級魔物2体。その2体に関しても出会った瞬間に『勝てない』と思わされるだけの力量差を感じさせられた。しかし、今相対しているフェンリルはそんなものでは済まなかった。
勝てる勝てない以前に勝負にならない。抗うことすらできずに殺される。逃げる事すらできない。相対した時点で死が確定した。そんな事すら思わされる。それだけの存在感を放っていた。
そんなフェンリルの前へとクロウは悠然と歩みを進めていく。
「ク…クロウさん…!」
「大丈夫。その子を放さないようにしていてくれ」
そう言いつつクロウはフェンリルとみらい達の間に悠然と立つ。クロウの存在に気付いた瞬間、フェンリルの目に浮かんでいた敵意が消え、困惑しているような気配がうかがえるようになった。
「久しいな。ずいぶん見ない間に薄汚れちまったじゃねぇか」
「グルルルルル…」
クロウの言葉にフェンリルは唸り声で答える。
「……答えない…。いや、答えられないようにさせられているのか?やっぱりあの後で何かがあったんだな。嫌な魔力があんたの中から感じられるぜ」
そう話しながらクロウは右手に魔法陣を展開する。
「久しぶりの再会だ。きっちりいろいろと説明してもらうからな…『母さん』!」
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