S級探索者は呼び出される
宗谷の自室。
みらいの卒業試験から3日後。宗谷は自室で探索の準備を進めていた。
今回の探索する場所はB級ダンジョン。普段の宗谷であれば余裕の場所なのではあるが、それでも準備している宗谷の表情はいつもより厳しい目つきをしている。
魔力回復薬や傷回復用の回復薬。それぞれをしっかりと空間収納に入れて、いくつか即座に使えるようにベルトへと取り付ける。そしてそれを守るための外套を羽織り、引き出しを開けて一つのネックレスを取り出す。
爪のようなものが取り付けられている革ひものネックレス。それを大事そうに首にかける。
「これでよし」
一通り装備を確認し、不足がないことを確認する。
「うなぁ~…」
「ん?」
飼い猫のルディが足に体をこすりつけてくる。いつもと違いどこか不安げな鳴き声。それを感じた宗谷は抱き上げる。
「どうした~?」
あご下を撫でてあげるとゴロゴロと甘えたような声を上げる。ルディも撫でられてうれしいのか頭を腕にこすりつけるてきた。
そんな中で仕事用のスマホが振動する。
「電話?」
ポケットに入れてあるスマホを魔法で取り出すと画面にはギルマスの名前が表示されていた。両手がルディを撫でるのにふさがっているので魔法で浮かせて通話する。
「もしもし?どうしたんだギルマス」
『宗谷、まだダンジョンには向かっていないかい?』
「ああ。これから行く予定だが…何かあったのか?」
『ああ。君に一つ頼みたいことがあってね。一度私の執務室に来てくれ』
「頼みたいこと?」
『ああ。詳しくはこちらに来た時に話す。ああそれと一つ…こちらに来るときは『クロウ』として来てくれ。では』
そう言って通話を一方的に切られてしまう。
「…何考えているんだ…?」
ゴロゴロと甘えてくるルディを撫でつつ、宗谷は首をかしげていた。
いつものクロウとしての姿になってから探索者ギルドのギルマスの部屋を訪れる。
「来たぞ。要件はなんだ」
出鼻を挫かれた故にいささか機嫌が悪いクロウが悠然と座っているギルマスへと問いかける。
「いきなりだな」
「こっちはやることあるんだ。用がねぇなら帰るぞ」
少しイラついているのか、言葉が少し刺々しい。
「まあ、待て。まだ呼んだ人がいるから」
「呼んだ人?一体誰を呼んだんだ」
「それは…」
ギルマスが口を開いた瞬間にノックの音が聞こえてくる。
「ちょうど来たようだ。入ってくれ」
その言葉に答えて扉が開き入ってきたのは…。
「は?みらいちゃんにシェルフ…それに詩織さん?なんでまた…」
「こんにちはクロウさん」
「マスターやっほー」
「あはは…」
いつも通りの笑みを浮かべるみらい、そしてこちらもいつも通りの態度のシェルフ、それと少し困惑気味の笑みを浮かべている詩織が入ってきた。
「………どういうつもりだ?」
少し声が低くなってギルマスのほうに顔を向ける。
(………クロウさん、なんか怒ってる?)
(だねー。たぶんギルマスさん何もマスターに言ってないだろうから)
(えっと…大丈夫なんでしょうか…?)
(さあ?)
いつもと雰囲気が違うクロウに気圧されつつもコソコソと三人は小声で話し合う。
「単純な話だよ。君がこれから行く場所に彼女たちを連れて行ってもらいたい」
「断る」
ギルマスの言葉に速攻で拒否するクロウ。
「これから行くのはB級ダンジョン。B級探索者である詩織さんはともかく他二人を連れていくのは危険すぎる」
「それを承知のうえで連れていくようにと言っているんだ」
「断る」
無碍もなく断るクロウに対しギルマスはため息を吐く。
「クロウ。これは『依頼』ではなく『命令』なんだよ」
「だとしても拒否する」
「………」
「………」
ギルマスの命令であればS級探索者であろうと聞かねばならない。それはS級という高い立場の人間であるからこそ、その人を制御できる存在が必要だということである。
だが、中には理不尽な命令というのも存在する。他者を不用意に傷つける事、権力者であるがゆえに何者かに忖度する事、特定の冒険者に実績を積ませるために実力以上のダンジョンに連れていく事等、そういった命令に関しては拒否することができる。
今回はその最後の命令に分類されかねないのでクロウも拒否をした。
しかし、ギルマスもそれはわかっているのか一つ大きなため息を吐いた。
「クロウ。一つ聞かせてもらおう」
「………」
口を開かず、仮面から見える目をわずかに細めるだけで言葉を促す。
「あのダンジョンに何がある?」
「………」
「私と君が出会った…いや、私が君を『拾った』あのダンジョンで、君は一体何をしていた?」
「………」
ギルマスの問いかけにクロウは答えなかった。しかし、その問いかけを同じく聞いたみらい達は戸惑うような表情を浮かべていた。
(…拾った…ってどういうこと?シェルフちゃん)
(私もわかんない。私が知っているのは引き取られた時のことで昔のことは何も聞いてないから…)
「これから君が向かおうとしているダンジョン。そこでN級魔物は発見されなかった。それでも君は言ったよね?30年以上前からあそこにはN級魔物がいた。となぜそれを知っている?君は一体何を隠している?」
いつも穏やかな表情で冒険者達を見守り、権力者に利用されないように動いているギルマス。その彼の表情が今は険しく、鋭い目つきでクロウを見据えている。
「………答えるつもりはない」
そう言って振り返り扉へと歩き出そうとする。
「クロウ!」
その背にギルマスは咎めるように叫ぶが、クロウは歩みを止めなかった。
その先、部屋の扉の前にいたシェルフと詩織もクロウの気迫に押され、思わず道を譲ってしまうが…。
「……どいてくれるか?みらいちゃん」
みらいだけはその場から動かずにじっとクロウのほうを見ていた。
「……一人で行くの?」
「もともとその予定だったからね」
「危ないんでしょ?」
「そもそも安全なダンジョンなんてそうそうないからね」
先ほどまでと違い、穏やかな雰囲気でクロウは答える。それでもみらいはどことなく不安げな表情を浮かべている。
「んじゃ、行ってくるね」
そう言ってみらいの肩を叩いてから横を通り過ぎ、部屋から出ようとするが、クイッと服を引っ張られる感覚がする。
振り返ると不安げな表情でクロウのローブの一部を掴んでいるみらいの姿があった。
「みらいちゃん?」
「………」
みらいは口を開いては閉じ、また開いては閉じを繰り返していた。
その表情は不安に満ちており、何か言葉を発しようとしているが、その言葉が上手く形にならないようだった。
「……離してもらっていい?」
「やだ」
短く答えてくるみらいに困ったようにため息を吐く。
「………マスター、その状態の推しを置いていくの?」
「…余計な事でも思いついたのか?」
「べ~つに?ただ、マスターなんかいつもと雰囲気が違うからね。なんとなくみらいさんが抱いている不安がわかる気がするんだ」
ここにいる者は誰も知らないが、みらいの父親はかつて魔窟暴走が発生した際に探索者としてその暴走に挑みそのまま亡くなっている。
その時の父親の雰囲気と今のクロウの雰囲気。そこに似たようなものを感じたのかもしれない。
そしてシェルフもかつて何らかの原因からボロボロの状態でクロウに拾われた存在だ。同じように何かしら危険な物を感じ取っているのかもしれない。
「マスターが強いのはわかっているし、大抵の事なら問題ないとは思っているよ。でも…」
スッとシェルフの目が細くなる。
「それはいつもの…普通の状態のマスターだったら、でしょ?」
「………」
「今のマスター、引き際間違えてヘマをしそうな雰囲気があるんだよねぇ~」
「………何が言いたい?」
「推しであるみらいさんがいればマスターなら生き残る道、作り出すでしょ?」
自分一人なら無茶もできる。だが、そこにみらい達がいたら?自分の無茶が彼女たちの命の危機にまで直結するのであればクロウも無茶ができない。
「今のマスターに必要なのは戦うための力じゃなくて、無茶しないための首輪だとおもうんだよねー」
ニコニコとシェルフが笑みを浮かべている。この表情はすでにこちらがどういう結論を出すべきかわかっている顔だ。
「と、いうわけで…みらいさん。ついていこっか?」
「……いいの…かな?」
「少なくとも俺としては来てほしくはないがな」
「うっ…」
「でも、みらいさんもただ待ってるだけなのは嫌でしょ?」
「それは…うん…」
「だったら戦いに関しては基本的にマスターに任せて、危なくなったら詩織さん主体で退却する。それでどう?」
そう言ってシェルフは詩織のほうを見る。
「私はそれでもかまいませんよ」
いささか話に置いていかれているが、それでも自分の力を頼りにされているのならばそれにこたえるのが探索者である。
「ま、そんなわけでいいよね?マスター?」
そうやって問いかけてくるシェルフ。しかし、その目を見ればわかる。たとえクロウが拒否したところで意味がない。向こうは強引にでもついてくる。
「…勝手にしろ」
ため息と共にその言葉を言えばシェルフは満足げに笑みを浮かべた。
「さて…話はまとまったしギルマスさん。私たちはただついていくだけでいいの?」
クロウからの許可を得たのでシェルフがギルマスへと問いかける。
「いえ、可能であれば配信をしてください。クロウとしてはおそらく何かしら知られたくない秘密があるのでしょうが…今回の一件に関わる重要な情報が含まれていると私は見ています。よろしいですね?」
「わあったよ」
不服そうにしながらもクロウは頷く。
「では以上でよろしくお願いします」
それ以外にやってほしいことがないようなのでクロウはみらい達と共にギルマスの部屋を後にした。
「マスター、これから配信するなら私達一旦着替えてくるね」
「ん?ああ、わかった」
「この間クロウさんがくれた衣装と武器の初お披露目だね!」
「そうなんですか?」
「ああ。合格祝いにね。個人的には普通の配信でお披露目してほしかったんだがな…」
「まあまあ、気にしない気にしない。じゃ私たちは着替えてくるねー。詩織さんも行こ」
「あ、はい。ではクロウさんまた後で」
「うん」
三人を見送り、クロウは一人廊下に残る。
「………」
ただ一人残ったクロウはペンダントの先にある爪を取り出しじっと見た後に握る。
「…母さん…」
一人つぶやくその言葉を聞くものはいなかった。
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