S級探索者は推し活のために探索する
黒井隼人
S級探索者は推し活する
探索者。
突如大地震と共に現れた無数のダンジョン。それらを探索することを仕事としている者たちの事をそう呼ぶ。
ダンジョンからは魔素と呼ばれる今までにない成分が発生し、それは今まで人類には持ちえなかった魔力という力をあたえ、魔法や魔術といった新たな恩恵を与えた。
しかしダンジョンが与えたのは恩恵だけではなかった。魔素を含む新たな生物。人類に害意を持つその生物を魔物と呼び、魔物が住まうそのダンジョンを魔窟と呼ぶ者もあらわれた。
しかし、その魔物たちもそれぞれが持つ素材や体内にある魔石などが新たなエネルギー資源となり、それらも一つの恩恵ともなった。
魔石や素材で一攫千金を目指す者。強者と力を求める者。高ランクに与えられる栄誉を求める者。命を懸けるというスリルを求める者。
様々な物を求め、探索者達は命がけでダンジョンへと挑んでいく。
これはそんな探索者の中で最強とも噂されている一人の男の物語。
「私たちが今いるのはS級ダンジョンの前です。少し前、ここで魔窟暴走が発生し、それを鎮圧するためにS級探索者が派遣されました!!」
アナウンサーがマイクを手に、カメラに向けて話しかける。
普段ダンジョン外へと出ることのない魔物たち。それがダンジョンの外へとあふれる現象の事を『魔窟暴走』と称する。
それがS級ダンジョンで発生したということで日本中が今回の件に注目していた。
テレビだけでなく、ネットの配信でも生放送されている現場では、ダンジョンの入り口周囲を高ランクの探索者たちが囲み、外に出てきた魔物達を対処している。
そして内部には一人のS級探索者が鎮圧へと向かっていた。
彼がダンジョンに侵入すると、途端に外へと出てくる魔物達が激減していき、次第に一匹も外に出てくることはなくなった。
そしてしばらくのちに中に入った探索者が出てきた。
20代前半ほどの男性で、話の流れでS級探索者だと思われるが、鎧や武器といった探索者らしき装備はほとんどない。
「あ、今制圧へと向かった探索者が出てきました!しかし、中に入ってまだ30分ほど、撤退…という様子は見受けられませんが…」
S級ダンジョンへと一人で突入したのに出てきた彼の服装はそこまで汚れていない。
しかし彼が空間に穴をあけ、そこに手を突っ込むとそこから不思議な光を放つ巨大な魔石を取り出した。
「あれは…まさかダンジョンコア!?」
「S級探索者である『黒川 宗谷』の判断により、今回のダンジョンは危険と判断しました。それゆえにこのダンジョンは閉鎖させていただきます」
その宣言と共に大量のフラッシュがたかれた。
「つっかれたぁ~」
「お疲れさまでした」
探索者ギルドの一室。
ギルド長に与えられたその部屋で宗谷がドカッとソファーに座り込んだ。
宗谷の前とギルド長へとコーヒーが秘書によって置かれた。
「苦戦しましたか?」
宗谷の対面に座っている日本の探索ギルドのギルド長である『五月雨 五郎』が穏やかな表情で問いかけてくる。
見た目的には60代後半の白髪のお爺さんだが、その風貌には似合わない覇気をまとっている。
今は報告の時だから抑えられているが、それでもやんちゃする探索者に相対しているときは相手に有無を言わせぬ圧力を放つ実力者だ。
「いんや全然。魔物の強さ的にいえばA級寄りのB級ってところだ」
「…しかし閉鎖したということはやはりその特異性が高かったということですか」
「成長速度が異常だった。あのダンジョンが発生して1週間。調査、ランク決めした直後に魔窟暴走だ。その成長速度があのダンジョンの特色だったんだろうな」
ダンジョンにはS~Gのランクがある。そのうちA~G級のダンジョンはモンスターの強さやダンジョン内部の環境によって決まるが、S級だけは違う。
S級認定される基準は『特異性』に由来する。
ダンジョンという特殊な場所であってもある程度の法則がある。そこに住まうモンスターの系統が決まっていたり、地形などの環境が一つだったりと。強さに差はあれどそういった法則があったりする。
しかし中にはそういった一貫性やルールが定まっていないダンジョンもある。
階層ごとに強さが異なるモンスターが生息していたり、入るたびに環境が全く変わるダンジョンだったりとそういった特異性がS級認定の基準となる。
今回のダンジョンに関してはその成長速度の異常な速さ。発生初期はD級の魔物しかいなかったが、それが一週間でB級の上位クラスの魔物が出るようになっている。
おそらくあと数日もすればA級の魔物が、そしてそこからさらに一週間もすればA級でもかなり上位の魔物達が出現しただろう。それだけの魔力をあのダンジョンの内部から感じた。
「なるほど…あのダンジョンはそういった特異性か…わかった、世界連合のほうにも報告しておこう」
「お願いします。じゃあ俺はこの後予定があるんで」
「ああ、いつものかい。君も好きだね」
「そりゃ俺の唯一の癒しですからね。あれをするために俺は探索者として活動しているまでありますから」
「それほどか…残念ながら私はああいったものには疎くてね」
「ま、そういうものですよ。趣味は人それぞれですからね」
「そうだね。ああ、そういえばまた連合のほうからお誘いがあったけど…」
「例の件ですよね。いつも通り断っておいてください」
「わかったよ。しかしそんなに嫌なものかね…。恩恵は結構あると思うけど…」
「その恩恵と同じように制約も出てくるんでね。趣味を犠牲にしてまで欲しいものじゃないので」
「そうかい、わかったよ。それじゃあ今回もお疲れ様。また何かあったらよろしく頼むよ。それと報酬のほうはすでに振り込んであるからあとで確認しておいてくれ」
「了解。ではまた」
軽く会釈してから宗谷が部屋を出ていく。
ギルドの廊下を歩きながらスマホで時間を確認する。
ダンジョン攻略に報告等いろいろとやっていたからか、気が付いたら21時を過ぎていた。
この後の予定は22時
(あと30分ほど余裕あるな…。とりあえず報酬確認して、課金分を専用の口座のほうに移しておくか…)
普通にギルドの外に出るとマスコミなどに捕まりかねないので、右手で転移のための魔法陣をささっと構築し、そこをくぐって自宅付近へと転移する。
「ただいまっと」
三階建ての一軒家。探索者をしてそれなりに稼げるようになってから建てたマイホームだ。
鍵を開けて中に入ると奥のリビングから一匹の黒猫が顔を出してきた。
「ただいまルディ」
飼い猫であるルディは先ほどまで寝ていたようで体を伸ばしてからゴロゴロと喉を鳴らしながら甘えてくる。
「ご飯は…ちゃんと食べてるね、よし。んじゃあちょっと待ってね、飲み物用意しなきゃ…」
よじ登ろうとして来ているルディを左腕で抱え上げ、右手を軽く振ることでコーヒーメーカーにスイッチが入る。
コーヒーが淹れ終わるまでに軽い軽食を用意しておきたかったが…。
「ルディさん、降りる気は?」
腕の中でぬくぬくしているおぬこ様に問いかけてみるがきょとんとした目で見上げられてしまった。
「ないっすか、はい。仕方ない。冷凍食品からなんか摘まめる物出すかぁ」
再度右手を振るうと冷凍庫の扉が開き、中に入っている物が横並びするように宙に浮いた。
そのうちのパスタを選び、電子レンジで温めておく。
「そういえばあいつは起きてるのかな…」
この家にはもう一人居候がいる。
少し前にとある事情から引き取っているのだが、あまり表に出せない事情があるのも相まって基本的に引きこもり生活になっている。
それゆえに生活習慣も安定せず、いつ寝ていつ起きているかがいまいちわからないのだ。
「ま、扉ノックして帰ってきたことだけでも伝えとくか…」
温め終えたパスタと淹れ終わったコーヒーをこぼさないように気を付けつつ浮かばせ、ルディを片手でじゃらしながら自室へと歩いていく。
「帰ったぞー」
途中で居候の部屋の扉をノックするが返事はない。気配はするので居ることはわかるが、寝ているのかもしれない。
まあ、腹が減ったら出てくるし、たまに外で運動もしているようだからいいだろう。
まあ、これもいつもの事なので特に気にせず自室へと戻る。用事があれば向こうから言ってくるだろう。
パソコンを付けて動画サイトへとアクセスする。
「あ、あの子新しい動画出してる」
パスタを食べながら新しく投稿された動画を見ていく。
雑学や料理、ゲーム配信など様々な動画配信がインターネットが安定してからいろんな人たちによってなされている。
そしてダンジョンの探索なども配信や動画として投稿している人たちもいる。
しかし、普段からダンジョン探索をしているのでそれをわざわざ見たいとも思えないので、そういった人たちはあまりフォローしたりしていない。
宗谷が基本的にフォローしているのはゲーム実況や動物動画、料理動画等だ。
まったりしたものが好みなのでそういった動画が多い。そしてそれらを投稿していると当然『推し』という存在が生まれる。
その推しは普段はその動画サイトとは別の、雑談を主にしている配信サイトでの雑談配信をメインにしているのだが、こういった動画サイトでもいろいろな動画を投稿している。
こっちの動画サイトではたまにゲーム配信などをしており、それらの切り抜きや料理などを上げている。
「こういう料理動画って飯食いながら見てもおなかすくから不思議よなぁ」
もぐもぐとパスタを食べているのに映っている料理を食べたい欲求が出てくる。
まあ、推しが作った料理だからなおのこと食べたいというのもあるだろうが。
パスタを食べ終え、出たゴミをゴミ箱へと捨ててパソコンから冒険者用の銀行口座を確認する。
しっかりと今回の一件の報酬が振り込まれているのを確認したので、推し活用の別口座へといくばくかのお金を移しておく。
「んー…予算がだいぶ溜まってきてるが…ガチイベ次いつだったかな…」
雑談配信のほうではイベントやランクといった様々な要素があり、ある程度投げる金額を考慮しておかないといくらあっても足りなくなりかねない。
まあ、一人でやる必要もないので、ある程度は好きに投げられるのだが。
そんなことを考えながらカチカチとマウスを操りパソコンを操作しているとスマホに通知が入った。
「おっと、時間か」
その通知は推しが配信を開始したという知らせ。スマホを操作し、その配信アプリを開いて枠へと入る。
『クロウさんが入室しました』
配信画面にそんな文字が表示される。
「あ、クロウさんいらっしゃーい」
入室と同時に自分のアカウント名が表示され、それに気づいた彼女が挨拶してくれる。
その挨拶に答えている間に他の人たちがどんどん入室してくる。
穏やかでかわいらしい笑みを浮かべている彼女は『桜乃みらい』。
ダンジョン配信などが活発な昨今で、雑談やゲーム配信などを主に活動している配信者だ。
まあ、ダンジョン配信のほうはあくまで人気コンテンツではあるが、その分危険が付きまとう。
それゆえに安易に手を出していないというのも好感を持てる一因ではあるのだが。
ある程度入室が落ち着くといつものごとく雑談が始まる。
雑談と言っても毎回特にテーマがあるわけでも無い。みらいがその日やったことやテレビやゲームの話など、そんな平凡な話をしていく。
そして大きなニュースなどがあったりするとそれも話題になるのは必然だ。
それゆえに…
『そういえばまた魔窟暴走があったんだってね』
『ああ、S級探索者が30分くらいで解決したあの件か』
当然魔窟暴走といった事件が起きればそういった話題が出てきたりもする。
「ニュースでやってたねー。でも、すぐに解決してよかったね。被害もなかったんだっけ」
『うん、被害無い。でも、あのダンジョン封鎖しちゃったけど良かったのかね?』
『踏破した人Sランクなんでしょ?ならそれなりに封鎖した理由があるんでしょ』
『30分ほどで解決できたんだからそこまで重要そうじゃないよね』
「どうなんだろうね。そこらへんどうなの?本職のクロウさん」
『んー…もともとSランクダンジョンはその特異性からくるものだから、それがやばかったんじゃない?』
理由に関しては解決した本人だから宗谷は話すことはできるが、Sランクであることは推しであるみらいも知らない。
『あそこにダンジョンがあるって話は少し前まで聞いたことがないからねー。最近できたんだろうけど、そんな短い時間で魔窟暴走が起きたってことは、そもそもそれが通常の状態だったのかもしれない』
「え、それっていつも魔窟暴走してるってこと?」
『常に魔窟暴走しているというか、魔物が普通にダンジョンの外へと出れる状態というか』
もともと魔物がダンジョンの外へと出ることはほとんどない。
それがある数少ない例として知られているのが魔窟暴走だ。それ以外であるとテイマーやブリーダーという一部の職業の人たちが魔物を飼いならして外へと連れてくるくらいだが、それはきちんと申告などもしており、基本的には無害なものだ。
他にもあるがそれもかなり珍しい事象である。それらが常時起こっている状態だったのがあのダンジョンだ。ちなみにそれの原因は不明だ。
『それに最近できた割にモンスター自体のランクも高かったって話だし、それで危なそうだから封鎖したらしいよ』
「へー、結構危ないんだね…」
『2・3週間くらい後になってたら下手したらAランクモンスターが外に出てきてたかもね(´-ω-`)』
そのコメント読んだ瞬間、みらいの顔が強張っていた。
他のコメントに関しても止まっているから、その光景を想像して怖がっているのだろう。
『まあ、すでに閉鎖してあるし、一応この後も他の冒険者や組合が監視しているだろうからもう大丈夫だとは思うよ( ˘ω˘ )』
「そ…そうだよね!もう大丈夫だよね!」
『そうそう。まあ、そんなわけでちょっと不穏なお話はここまでにしておきましょうや』
大きなニュースであるから話題にはなるが、あまり長く続けるような話でもない。
とりあえずさっさと打ち切って別の話にしたほうが楽しい話ができるだろう。
「そうだね。そういえば今日あげた動画みんな見てくれた?」
『みたー』
『あの料理おいしそうだった』
『飯食いながら見てたらなぜか腹減った…』
『永久機関かな?』
『みらいちゃん魚捌くの上手だよね』
話題を切り替えて今日上がった動画に関しての話題になっていく。
「これでもちゃんと料理できるもんねー!」
『ドヤ顔みらいちゃんたすかる』
『みらいちゃんの手料理たべてーなー』
『それな』
まったりとした中雑談していく。
『でもみらいちゃんの料理動画ってあまり手が込んだ奴無いよね』
『だね。まあだからこっちも再現できるんだけど』
「手の込んだの作ってもいいんだけどねー。その…あまり調理台が…ね…」
『あー、圧力鍋とかそういうのか』
『蒸し器とかそういうの、手が込んだ料理に必要だったりするよね』
『そういうのって買おうと思わないの?』
「んー欲しいといえばほしいけど…どうだろ?あれば使うとは思うけど…」
『あれば便利、なくてもまあ、大丈夫ってやつか』
「そうそう、そんな感じ!」
『干し芋入れておけば誰かしら買ってくれるんじゃない?』
『ガタッ』
『送り付け隊の隊長クロウさんが反応した!』
『まって、何その隊知らない。いつの間に俺そんなのに入ってたの。しかもなぜ隊長』
『みらいちゃんに何かしら送り付けたら自動で入隊する隊です』
『隊長なのは一番いろいろと送っているからです』
『なら仕方ないか…』
「あ、そこ納得しちゃうんだ」
『自覚はあるのでね!』
「自覚があるなら少しはおちつこ?くれるのはうれしいけどなんだか申し訳なくなっちゃうから…」
『お気になさらずに。あ、それと数日中にまた荷物届くから』
「え、何送ったの」
『さあ、なんだろうね( ̄▽ ̄)』
『あ、クロウさんのこの感じはとんでもないもの送った感じだ』
『愉悦を感じておりますね…』
「え、ちょっと待って。今干し芋のリスト見てたけどクロウ君」
『なんでしょう( ̄▽ ̄)』
「100万ほどのASMR機材が無くなってるんだけどまさかこれ!?」
『100万wwww』
『やべぇwwww』
『これはまごうことなき隊長ですわ…』
『(゚∀゚)アヒャ』
「なんてものを送ってるのよもうーー!!」
推しの声に愉悦を感じつつもそのまま配信はワイワイとにぎやかに進んでいった。
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