S級探索者は日常を謳歌する
朝7時に目が覚める。
探索者として働いているからか、基本的に定時というものはない。だから別に早く起きる必要はないのだが、それでも生活習慣からかいつもこの時間に目が覚めてしまう。
あくびをしつつ、カーテンと窓を開けて換気する。
昨日の探索の報酬のおかげでしばらく働かなくても金銭面的には問題ない。
まあ、もともと貯金は結構あるから働かなくても問題はないんだが。それでも推し活するのに十分とは言えない。
だからたまに探索しているのだが、それもしばらくは大丈夫。
「みゃ~」
一緒に寝ていたルディが起き、体を伸ばしてから餌よこせと鳴いてきた。
「はいはい、ご飯用意するから少し待ってて」
うろうろと足元を動き回るルディを蹴らないように気を付けつつ部屋を出る。
「朝だぞー」
コンコンッと同居人の扉をノックしておくが、返事はない。
まあ、ここら辺はいつも通りだから気にはしない。さっさと1階に降りてルディのご飯の準備をする。
ご飯のお皿にカリカリを入れ、その上にウェットフードと少量のささ身を入れて軽く混ぜ合わせて与える。
ルディはこの組み合わせが好きで、それ以外だとあまり食べない。尚某おやつに関してはこれに限らない。
さて、ルディのご飯を用意し終えたので次は普通に朝食を作る。
まあ、朝食と言ってもそこまでこだわったものは作らない。ただ、昨日の夜のサラダに加え、簡単なホットサンドを作るくらいだ。
「えーっと卵卵…そろそろ買い出し行ったほうがいいかもな…」
冷蔵庫から卵2個とウィンナーの袋、チーズを取り出す。
しかしそろそろ冷蔵庫の中の物が減ってきたから買い物行かないとな…今日行くか…。
中心が凹んでいるホットサンド用のフライパンを上下で分けて下の部分をコンロに置き、卵を落として四角い目玉焼きを作る。
焼いている間に器に卵をもう一つ落として溶き卵にし、ウィンナーを薄めに切っていく。
「おはよ~…」
てきぱきと朝食を作っていると同居人が降りてくる。
「おはよ、珍しいなシェルフ」
シェルフと呼ばれた少女はライトグリーン色のぼさぼさになっている長髪をしている少女はハーフパンツにTシャツとだらしない恰好をしている。
その髪の色もなかなか見かけない色だが、一番の特徴はその耳だ。普通の人とは違い、先端が尖っている耳は彼女が普通の人ではないことを示していた。
まあ、そこらへんは宗谷も知っているので今更でもあるのだが。
「ん~…徹夜明け…昨日ほぼ一日寝てた…」
眠そうにあくびをしながらとことこ歩いてくる。
「あっそ…。朝食どうする?」
「食べる~。おなかすいた…」
「ホットサンドとサラダだがいいか?」
「いいよ~…」
眠そうにリビングにある椅子に座り、テーブルに顎を乗せて眠そうにしている。
まあ、その光景もいつも通りなのでやれやれと肩をすくめて朝食の準備へと戻る。
四角い目玉焼きができたのでフライパンから取り出し、パンの耳を切った食パンの上にのせて次は薄く切ったウィンナーを凹んだ部分に並べる。
そこに溶き卵を流し込み、固めている間に目玉焼きの上にレタスを置いておく。
そして固まったウィンナー入り卵焼きを上に乗せ、シートのチーズをのせて上に食パンをもう一枚乗せる。
そしてそのサンドイッチを先ほどの外した上ぶたの部分を再度はめてたフライパンに乗せて上下で挟んで焼いていく。
そして焼いている間に作り置いておいたサラダを取り出して器に盛りつけておく。
「飲み物牛乳でいいかー?」
「うーん…」
返事をもらったのでコップに牛乳を入れてサラダとコップをテーブルの上に置いておく。
そして先ほどのフライパンをひっくり返して反対側からも焼いていく。
その間に今作っている分は一人分なので、シェルフの分にし、今度は同じものを自分用に作るために準備していく。
ウィンナーを切って卵を溶き終えたあたりでサンドイッチが焼けたのでフライパンを開け、ホットサンドを取り出す。
斜めに包丁を入れて両断し、皿にのせてシェルフの前へと持って行った。
「ほいよ、出来立てだからやけどに気をつけろよー」
「あいー」
もそもそと寝ぼけまなこどで動きつつホットサンドをゆっくりと食べ始めていた。
それを苦笑交じりに眺めつつ、今度は自分のやつを作っていく。
「ねえ、マスター。今日は何する予定なの?」
「ん~?買い物かねぇ。食品買っておかんと。あと他の消耗品とかちょっと確認して予備分なかったら買っておきたいかな」
今日は平日。昼間ならそこまで混むこともないだろうし、午前中に買い物を終えておきたい。
このまま朝食食べて片付けして、買い物リスト作れば9時くらいには出かけることできるだろう。
「あ、じゃあ新作ゲーム欲しい!!」
「お前…先週も新しいの買っただろ」
「そんなのもうフルコンしたよ」
「相変わらずゲームの攻略速度えっぐいなぁ…」
「他にやることもないからねー」
「まあ、あまり表に出れないからな」
シェルフはいろいろと訳ありであまり表を歩くことはできない。
そのライトグリーンという目立つ髪色に尖った耳、明らかに他と違う彼女は特殊な形で宗谷と出会った。
いろいろとあり、ギルド長から彼女の保護観察を任され、同居することとなった。そして彼女からは主と認識されたようで呼び方がマスターとなっている。
まあ、俺が変装魔法を使えるのでそれで外に出ることもできるのだが、それでもそれは俺が一緒にいることが前提。なかなか一人で出歩くことはできないがゆえにどうしても引きこもりがちになる。
だからか、ネットでゲームや動画ばかりやっていて生活習慣がかなり不安定だ。今回みたいに朝起きて一緒に朝食食べるというのも珍しい。
「せっかく起きてるんだしお前も来い」
「えー、外出たくないー」
「お前な…。新作以外に掘り出し物のゲームとか見つかるかもしれんぞ」
「んー…そういうのPCのほうで探してるからねー…」
「そか、じゃあ追加のお菓子とかはいらないんだな」
「あ、それは欲しい」
ため息をつきつつとりあえず朝食を食べ終えた。
一通り食べ終え、後片付けと今家にある消耗品等を確認して買い物リストを作ってからシェルフと家を出て車に乗る。
先ほども言ったようにシェルフの姿は目を引く。
そして宗谷自身もS級探索者ということで結構顔が知られている。
だから必要以上に騒がれるのを避けるために基本的に変装魔法を使っている。
それによって髪の色や目の色だけでなく、姿まである程度変化させることができる。
とはいってもあくまで他者からそう見えるというだけで姿が完全に変化しているわけではない。だから例えば恰幅がいい人をすらっとした人にするとぶつかってないのにぶつかったという混乱しかねない現象になる。
今のシェルフは黒髪に普通の耳とどこにでもいそうな美少女となっており、宗谷もシェルフに似て結構カッコよくしてある。
「マスターカッコよくなってるね」
「まあな。ていうかそうしないとお前と兄妹に見えないから仕方ないだろ」
今のこの家には宗谷とシェルフだけが暮らしている。近所に住む人にはこの家には兄妹で住んでいると思わせているので、ある程度似せておかないといろいろと厄介なことになる。
「さて行くぞ」
エンジンをかけて車を走らせる。
とりあえず食料品と消耗品を買っていく。そしてついでにシェルフが食べたいゲームやエナドレ系のドリンクも買っていく。そしてシェルフが言っていた新作ゲームも買っていく。
「こんなもんかな」
リストのほうでは買った物はチェックマークを書いてある。
「トイレットペーパー買ったし、洗剤買ったし、食材買ったし…」
「ルディのご飯にトイレの砂に、ゲームにエナドリ、お菓子も買ったし…」
「うん、後半おかしいな。まあいいけど」
とりあえず買うべきもの買ったので帰ることに。
「マスター午後はどうするの?」
「ん~?そうだな…ちょっと魔石の備蓄が少なくなってきたから適当なダンジョンで集めてこようかなと」
「そっか、今日夕方はあの子の配信はないの?」
「さあ?少なくとも告知はないなぁ。あったとしたらゲリラだろ」
「探索中に始まったら気を付けてね」
「わあってるよ」
買い物を終え帰宅する。
荷物を魔法で浮かべさせて一気に家の中へと運んでいく。
「じゃあ私はゲームしてるねー」
「へいへい。たまにルディの様子見ておいてな」
「はーい」
トトトと軽い足取りで自分の買った物だけ持って部屋へと向かっていく。
宗谷は買った物をそれぞれの場所へと置いて袋などを片付けておく。
「さて、じゃあ魔石取りに探索行ってくるから、何かあったらシェルフのほうに行ってくれな」
「みゃ~」
さもわかったというように鳴いたルディの頭を撫で、宗谷はB級ダンジョンへと転移した。
B級ダンジョン
ダンジョンには難易度がG~Aまである。
G級は最初の試験として開放されているダンジョンであり、出てくる魔物たちも最低レベル。
探索者になった人が講習のために行ったりするダンジョンであり、そこで合格をもらえて初めて探索者としてまともに活動することができる。
だから普通のダンジョンとしてはF~AのランクでありB級ダンジョンは上から二番目、S級探索者である宗谷としてはかなり難易度が低いダンジョンでもある。
ではなぜそんなダンジョンに来たのかというとそれは魔石集めのためだ。
魔石にも同じようにランクがあり、それぞれで主に使えるエネルギー量が違う。
G・F・E級魔石は乾電池レベル。
D・C級魔石は携帯バッテリーレベル。
B級魔石は一家庭分を賄えるレベル。
A級魔石は一つの発電施設レベルのエネルギーを持っている。
大抵は魔石一つでそれらをひと月ほど賄えるレベルで持っており、一般の人が購入するのは主にD・C級の魔石を複数で十分だったりもする。
まあ、それでも普通に高かったりするので、今も電気会社などから購入しているほうが安上がりだったりもするのだが。
だがそれはダンジョン探索ができない一般人がやること。
普通にB級の魔石を自力で手に入れられるのなら、それをいくつか手に入れておけばそっちのほうが安上がりだったりする。
宗谷もそのタイプであり魔石の在庫が少なくなってきたらB級ダンジョンで魔石集めへといそしんでいるのだ。
ちなみにお金欲しい時はA級ダンジョンでA級の魔石を手に入れて冒険者ギルド経由で販売している。
A級魔石は確かにかなりエネルギーを持っているのだが、その分高出力で家のほうで使うと壊れかねないのであまり使い勝手はよろしくないのだ。
「さて、適当に素材集めつつ行くかぁ」
S級探索者としてはきちんと顔を出しているが、オフでやっているときは仮面にフードなどを付けて姿が見えないようにしている。
ちなみに万が一でも顔バレしないようにさらに変身魔法を使っている厳重っぷりだ。
昔それをやらずにダンジョン探索したら大騒ぎになって辟易してからこうするようにした。
のんびり歩いていくのもありだが、さっさとやることやって配信に備えたいという気持ちが強い。
というわけでささっと駆けていく。
B級ダンジョンとはいえ上層にいる魔物はC級魔物。
望んでいる魔物は中層以下にいるので上層はさっさと駆け抜けていく。
しかしそんな中唐突にどこから異質な魔力を感じる。
「なんぞ?」
B級ダンジョンの上層にしては強い魔力。それに違和感を感じたのでとりあえず確認に向かう。
魔法による身体強化を施し、視力を強化してその元を見る。
そこには探索者と思わしき一人の少女とその少女へと襲い掛かっている一体の魔物。
「あれは…ハイミノタウロスか?なんでこんなところに」
B級魔物であるミノタウロス。
二足歩行に牛の頭で筋骨隆々のその体から放たれる攻撃は生半可な防具を粉砕し、致命傷へと至らせる。
そんなミノタウロスの上位種であり、群れになっているミノタウロスの中からわずかに産まれるのがハイミノタウロスだ。
その性質からか、ミノタウロスよりも能力も知能も上がっており、群れの中にいる場合はミノタウロスを使って連携攻撃を仕掛けてきたりする。
そしてそのランクはA。
明らかにB級ダンジョンの上層にいていい魔物ではない。
「イレギュラーかね?まあ、とりあえず助けるか」
ハイミノタウロスと対峙している少女はおそらくB級探索者。
このダンジョンを探索するには十分ではあるが、ハイミノタウロスと戦うには力不足だ。
何とか一撃をもらわないようにハイミノタウロスが持つ巨大な斧を回避しているが、それでもやはり徐々に追い詰められている。
一撃でももらえばそれがそのまま致命傷になる。
だからそうなる前にハイミノタウロスの前へと割り込んだ。
「えっ!?」
突然の乱入者に少女が驚いたような声を上げる。
そしてその乱入者に対し、ハイミノタウロスがその手に持つ巨大な斧が横なぎに迫ってくる。
「危ない!!」
少女が悲痛な声で叫ぶ。
しかし、宗谷は一切気にすることもなく、その斧を真正面から片手で受け止めた。
「…え…」
「邪魔」
その言葉と共にパァン!!という音と共にハイミノタウロスの頭が消し飛んだ。
魔力を込めた拳を目にもとまらぬ速度で放ち、それによって魔力を放って頭を吹き飛ばしたのだ。
ぐらりとハイミノタウロスの体が揺れそのまま轟音と共に倒れ伏した。
「怪我はない?」
「え…あ…はい…」
「そ、ならよかった」
変装魔法によって声も変えてある。少しざらついた明らかに変質された声に少女も少し警戒しているようだった。
「とりあえずあいつ、イレギュラーの可能性があるからあいつの魔石もって探索者ギルドに報告しておいて。素材はあげるから」
「え、あ…あのちょっと!?」
返事を聞くこともなくその場から離脱する。
少し雑な扱いになってしまったがそれも仕方ない。なぜなら彼女の近くにはもう一つ別のものがあったから。
それは配信ドローン。
今いくつかある配信の種類の一つであるダンジョン配信。彼女はそれをやっている人だ。
目立つのは嫌いというのもあり、身バレする可能性は一つでも消しておきたい。だからろくに会話することもなくその場を去ることにしたのだった。
「…にしてもこんな上層にハイミノタウロスね…。ミノタウロスの群れと一緒じゃないってことは…もしかしてさらに強いハイミノタウロスあたりに追い出されたか?それにしては戦った痕跡とかはぱっと見でなかったが…」
魔物には魔物の生態があり、ハイミノタウロスが率いるミノタウロス同士の群れが戦い、より強いハイミノタウロスのほうにミノタウロス達が率いられるという現象はある。
しかしそれはハイミノタウロス同士の戦いの結果によるもので、それによって敗北したのならばそれ相応の傷を負っているはずだった。むしろそのままどちらかが命を落とすほうが普通だ。
それらの痕跡がなく、ハイミノタウロスが単体で上層にいる。それが違和感を感じさせた。
「…一応調べておくか」
S級探索者として、仕事をすることに決めて下層へと向かう決意をすることにした。
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