S級探索者は奮闘する


ガチイベ初日の23時。

宗谷はちょくちょく投げられているギフトの印をつけつつまったり配信をながめていた。


『みらいちゃん、今ギフトどんな感じ?』

「えっと…クロウさん、どう?」

『ういうい、進捗送るねー』


画像のほうを添付し、連絡ソフトのメッセでみらいへと送る。

ちょくちょくこういった裏方の手伝いなどをしている関係上、個人間でメッセージのやり取りができるのだが、まあそのほとんどが今回のように企画の手伝いのような業務的やり取りだったり、企画の相談だったりなのだが。


「ん、届いた。ありがとうね。じゃあこれをSNSにあげて…っとこれでよし。じゃあ確認してねー」


みらいのSNSに進捗状況があげられる。


『3万の奴がもう終わってるのか』

『5万と10万も一回ずつ投げられてるのは…』

『私だ(゚∀゚)』

『しってた』

『いつもの』


基本的に高額のギフトを投げるのは決まった人なのでそこらへんはいつも通りだったりもする。そんな時。


『みらいちゃんみらいちゃん!イベントページ見て!!やばいことになってる!!』

「やばいこと?」


リスナーに言われ、イベントのページを確認してみる。そこには現在投げられたポイントと順位が書かれているのだが…。


「え!?1位1000万超えてる!?」

『うそやんwww』

『まだ初日だぞ?何があった』

『んー…ちょっと調べてみるね』

『あ、俺も行く』

「あ、クロウさんお願い。他の人は大丈夫だよ。彼に任せておこう」

『ういうい』

『んじゃいてくるー』


サブ垢をタブレットのほうで起動しデイリーランキングのほうを見る。

当然ともいえるが、一位の人はデイリーランキングのほうでも一位だ。そっちの方から枠に飛ばないように気を付けつつ、その人の今日投げられたギフト欄を見る。

すると一人の人物が総額1000万投げているようだったが…。


「すでに退会ユーザーになってる…捨て垢で投げたのか?何のために…」


確認してみるとその人は退会ユーザーとなっていた。その状態でも一応その人のアカウントのところへと飛べるのだが、情報は何もない。その投げた人をフォローしているというわけでもなさそうだ。


「誰かのサブ垢か?とはいえわざわざここまでの金額をサブ垢で投げる必要はないよな…」


サブ垢を作って初見でいきなり高額ギフトを投げてその反応を楽しむ。というお遊び的なことはたまにやっている人はいる。

それでも3万以上のギフトを一つ投げて即座に引っ込むのが常だ。

1000万なげるとなると10万ギフトを100回投げなきゃいけないのでそれなりに時間がかかる。それを捨て垢でやる必要はないのだが…。


「あれ?でもこいつSNSと連携してある…」


SNSのアカウントで作成するとそのまま連携され、それがユーザーのプロフィール画面へと表示される。

何か情報があるかもしれないので、そっちの方へも飛んでみる。

そのSNSのアカウントにも名前はない。全くないというわけではなく『。』という記号だけが入っている。そして更新も一つのメッセージだけが書かれている。


『楽しんでね』


明らかに誰かに向けられた言葉。それが投げられたライバーに向けられたものだろうか?でもどこか違和感を感じる。そんな時ふとそのIDが目に付いた。


『To_S_K_From_R_S』


「To.S.K…From.R.S…?S.Kって人へR.Sからメッセージ…楽しんでね…あれ…これってもしかして…」


俺は連絡用のスマホを手に取り、とある人物へと電話をかける。


『もしもし?珍しいわね、あなたから電話だなんて』

「よく言うよ。メッセ残しただろ」

『…やっぱりわかったようね』

「はぁ…お前か?1000万なげたのは」

『ええ、そうよ?これで少しは張り合いが出るでしょ?』


電話の先の女性…霜崎流華が挑発するように言ってきた。


「あのな…別にあのライバーさんを応援していたってわけじゃないだろ?」

『そうね、あなたの推しと同じイベントにいて何となく選んだ子よ』

「はぁ…百歩譲って、お前があの子を応援していたというのなら別によかったが、お前がやったことは許されることじゃないぞ」

『どういうこと?』

「俺の推しもそうだし、お前が投げた子も、そして他のライバーも、今回のイベントを本気でやろうとしていた子達はみんなこのイベントのためにいろいろと企画を考え、準備してきた。そんな時に一人だけ1000万なんて膨大なポイントが投げ込まれたらどうなる?そこに届くことができない子たちは諦めるし、投げられた子だってこんな出来レースの状態じゃ企画を続けることができないだろ。お前がやったのはイベントを荒らす行為だったんだよ」


軽く投げられただけならばそれでも問題はなかったが、今回はさすがに金額がでかすぎた。

あの金額では普通のライバーでは追いつくことは不可能だろう。

みらいには宗谷がいるのでそれくらいならどうにかなるが、他のライバーに同じように大量のギフトを投げれる人がいなければ1位になれない。それでも7位まで入賞することができるのだが、1位を目指せないとなるとやはりモチベに大きな影響を与えてしまう。


『…そんなつもりはなかったのだけど…』

「そんなつもりはなくともそうなったんだよ。どうすんだよ。みらいちゃんに関しては俺がいるから大丈夫だけど、他のライバーはまともにイベント参加できなくなるぞ」

『…わかったわ。他のライバー達は私が何とかする。さっき投げた人にもきちんと謝っておくわ』

「まあ、そうしとけ。とりあえず今後はこういうことはしないようにな」

『ええ』


いささか強めに言ってしまったが、こればかりは流華が悪いので同情の余地はない。

というか、おそらく宗谷が全力でみらいを応援できるようにハードルを上げたかったんだろう。その結果が他のライバーにとっての壁になったというだけで、悪気はなかったと思われる。

まあ、悪気がなければ許されるってことじゃないが。

今回のイベントの参加者は15人ほど。そのうち何人がガチイベとしてやっているかは俺にはわからないが、それでも最低限、どうにか争えるレベルにはしたいところだ。


「また稼いでくるか…」


さすがに頑張ろうとしているライバーが流華と俺のせいで諦めないといけないのは申し訳ない。さすがに今日は無理だが、一応貯金のほうはそれなりの量あるので、それを回して他のガチイベ参加者に配るのも一つの手だが…なんかそれもなぁ…。

とりあえずどうするか考えつつもまだみらいの配信の途中なので報告もかねて戻る。


『ただいまー』

「おかえり、なにかわかった?」

『一応ね』

『まじか、さすがクロウさん。俺もちょっと気になって枠に行ってみたけど、ライバーさんとリスナーさんが困惑してるだけだった』

『あー…だろうね。まあ、結論から言うと俺の知り合いがやらかしました』

「え、クロウさんの知り合い?」

『そそ。理由までは聞いてないけど、やったのは認めた』

『そうなんだ、でもなんでそんなことを?投げたライバーさん推してるとか?』

『いや、どうも俺が全力で応援できるようにしたかったんじゃないかなと…』

「それが何で他の人にあんなに投げる形になるの?」

『だって俺が全力で応援したらあれ以上に投げれるし…』

『クロウさんの予算はどれくらいあるんや…』

『私の予算は53万です(゚∀゚)』

『言うほどじゃなかった』

『この流れで聞くとしょぼく聞こえる不思議』

「53万も結構高い金額なんだけどね…」

『1000万と比較しちゃうとね…』

『まあ、とりあえずイベント荒したことになるからしっかり謝ってこいとは言ってきたんで、他のガチイベのライバーさんに対してもしっかり謝ってこいとも言ってきた』

「そうだね、確かにこの金額じゃ追いつくのは厳しいもんね…」

『謝って済む問題でもないと思うんだが…』

『そんなみんなに報告です。イベントランキングがカオスになっています』


他のリスナーに言われて見てみると、なんと1000万超えのライバーが二人ほど増えていた。

しかも3位に関してはすでに500万超えている。


「えっと…クロウさんこれって…」

『どう見てもクロウさんの知り合いがやってるよね…』

『…(’-‘)』

「クロウさん?」

『イベント荒したお詫びに他のライバーさんにもばらまいているのかな…』

『それでここに来ないということは…』

『クロウさんがここの担当ということですかね…』

『なげまくりまーす(´・ω・`)』


その後10万ギフトを100回投げるために課金し、1000万ポイント追加させるためにギフトボタンを連打していた。


その後他のライバー達のポイント上昇も落ち着き、みらいの枠も延々と続いていたギフトの演出も落ち着いた。


『いやぁ…あれだけ10万のギフトが投げられているの初めて見たな…』

「そうそう見れる物じゃないよねぇ」

『(ヽ’’ω`)』

『みらい先生!クロウさんがゲッソリしてます!!』

「クロウさん、無理しないでね…?」

『なぁに…たかが予算が半分になっただけさ…(ヽ’’ω`)』

『むしろあれだけ投げて半分で済んでいるあたり恐怖なんだが』

『まあ、クロウさんだし…』

『にしても…なんというか壮観な光景だな…』


イベントランキングのほうを見てみると、参加ライバー全員1000万超えというおかしい状態になっている。平均イベントポイント1000万とか過去類を見ない。


「本当にすごいね…クロウさんもありがとうね、たくさん投げてくれて」

『問題ないよ。予算としてはそれなりに多めに確保しておいたからね。まさか投げるとは思わなかったけど(ヽ’’ω`)』

『そりゃ1000万なげるひつようがでるとは思わんって…』

『というか、他のライバーに投げているのだってクロウさんの知り合いだよね?一体何者なんだろうか…』

『しがない探索者よ( ˘ω˘ )俺もそいつもね』


ここにいるときの宗谷はS級探索者ではなくあくまで一リスナーだ。その立ち位置が心地よいのでそれを変えたくはない。

まあ、それでも古参でそれなりに投げる金額が大きいので推しであるみらいからの信頼が篤かったりもするのだが、それでもあくまでリスナーの一人という立場なのは変わらない。

S級探索者という他にはない特別な立場。それを望んだのは自分自身ではあるが、それでもやはりその特別な立場に嫌気がさすときもある。だからここで埋もれられる平凡な立場と言うのは好ましい。

推しからの信頼が篤いというのは見ないことにする。


『そういえばみらいちゃん、企画どんな感じ?』

「あ…クロウさん?」

『きちんとカウントしてあるから安心して。データ渡すね』

「ありがとうー!」

『あの大量投げでドタバタしていたというのにさすがだ…』

『さすクロ』

『さすクロ』

『さすクロ』

『なんでこんなに褒められてるん?(´・ω・`)』


…うん、特別な立場ではない。…よね?


どことなく現実と似たようなそれでも違う雰囲気に思わず宗谷の顔に苦笑が浮かんでしまう。だが、それでもそれが心地いいとも感じてしまう。

自分が自分でいられる場所。居心地のいい場所。それがこの配信だった。

その居場所を少しでも長く維持できるように、これからも宗谷はできる限りの応援をしていく。


「あ、データ来た。SNSにあげるね」

『意外と埋まっていないんだね』

『ポイントはめちゃくちゃ上がっているのにね』

『誰かさんがめちゃくちゃ投げたからね!』

『元凶さんが何か言ってます』

『俺は悪くねぇ!』

「アハハ…まあ、まだイベントも初日だし、皆で頑張っていこう!」

『おー!』


コメントでみんなが返事をし、イベント初日の夜は更けていく。


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