S級探索者は五大魔物と戦う
「そらそらそらぁ!!」
阿修羅が持つ六つの拳がすさまじい風きり音と共にクロウへと迫ってくる。右から左から、上から下から。様々な方向からすさまじい頻度で拳が迫ってくる。
その拳を表情一つ変えずにクロウはすべて捌ききっていく。時には拳を打ち付けてはじき、時には軌道をずらし、時にはわずかに体を傾けて回避していく。大きく動いて避けるようなことはせず、すべての攻撃をその場から一歩も動かずに捌いていく。
そんなクロウへと向けて後方にいるタマモが九尾の先端に炎を灯す。
「阿修羅はん、当たらんよう気ぃつけてやぁ」
その言葉と共に灯された炎から同じサイズの炎が無数に飛び出し、様々な軌道を描いてクロウへと迫っていく。
「おいおいあぶねぇじゃねぇか!」
「あんさんなら当たったところで構わへんやろ?まあ、そんなヘマはせぇへんけどなぁ」
そう怪しく笑うタマモの言葉通り、ゆらゆらと動く炎は不規則な軌道なれど阿修羅へと向かわずその近くにいるクロウを的確に狙いすましていた。
「面倒な」
ぽつりとつぶやいた共にクロウの後方に無数の魔法陣が展開され、そこから細く鋭いレーザーが放たれてゆらゆらと動く炎を一つ残らず打ち抜き、消し去っていく。
「おやまぁ。阿修羅はんと殴り合いながらあれだけの魔法陣を扱うなんて。ほんま器用なお方やねぇ」
「ふん、所詮は先ほどと同じ事。この程度…」
言葉を途中で区切りニーズヘッグが口を開け…。
「グルァァァァアアア!!」
魔力を込めた咆哮を上げる。すさまじい魔力によって大気が震え、地すら揺らすその咆哮がクロウが展開した無数の魔法陣へと襲い掛かる。しかし…
「む?」
先ほどは粉々に砕け散った魔法陣達。それらは今回はわずかに揺れる程度でヒビ一つ入ることはなかった。
「同じ手が二度通じるわけがねぇだろうが」
そう吐き捨てると共に阿修羅の腕の一本を掴んでそのまま引き寄せる。
「うおっ!?」
唐突に引き寄せられて体制が崩れた阿修羅の腹部へと蹴りを叩き込んで後方へと飛ばす。
それによって距離が開いた瞬間、右手を横に振るう。するとクロウの後方に六つの魔法陣が展開される。それは即座に複数重なり、最終的には六層の魔法陣となった。
「『鳴神』」
展開が完了したと同時に六つの魔法陣から特大のレーザーが放たれる。そのレーザーは周囲に浮かぶタマモの炎を飲み込み、消し去りながら阿修羅、タマモ、ニーズヘッグへと向かっていく。これで倒せるとは思っていない。しかし、動きをある程度封じる程度にダメージを与えることはできるはずだ。しかし、その放たれるレーザーたちの前に唐突にフェニックスが降り立つ。
フェニックスはバサリと翼を広げ、レーザーの盾になる。燃え盛る鳥の体へと六本のレーザーが突き刺さり、貫く。身に纏う炎は舞い上がり、鳥の体には穴が開く。
常ならばそのまま命尽きるはずだが、相手は不死鳥。そんな都合のいいことが起きるわけなく、散らばった炎がうごめき、レーザーを覆って飲み込み始めた。
「チッ」
舌打ちしつつ鳴神を消す。それと共にレーザーも消えるが、それなりの魔力を飲まれたようで不死鳥の炎が大きく渦巻いている。そして渦巻いている炎が一つにまとまると10ほどの火球が出来上がる。その火球は少しずつ形を変え10の不死鳥となってクロウへと襲い掛かってきた。
「フッ」
短く息を吐きだし、両手に纏われている魔力の質を高める。迫りくる不死鳥へと魔力の拳を叩き込む。ただ魔力をぶつけてはまたその魔力を食われる。しかし、その魔力の密度を上げれば形なくとも魔力は強固となり、相手を打ち砕く岩となる。
魔力が固められた拳に殴られ、迫ってきた不死鳥二匹の体が炎と共に霧散し、そのまま消滅する。
「まずは二つ」
その直後に追加で三匹が襲い掛かってくる。そのうち一匹のくちばしを掴んで捕まえ、その直後に迫ってきた二匹をその掴んだ一匹で薙ぎ払う。しかしそのまま打ち壊してもまたもとに戻る。故に薙ぎ払う前に掴んでいる一匹の周囲に魔力の渦を作り出す。それによってぶつかった瞬間に捕える。フェニックスという魔物であろうとも、今迫ってきているのはただのフェニックスの姿を模しただけの炎の塊。それが一つでも残ればその炎が新たなるフェニックスとなるが、今はまだそうなる前のただの魔力の炎。それゆえに明確な形を作り上げてはいても、そこまで強固ではなく、同質の物であればまとめ上げることができる。
故に自ら手に持つ一匹を振るい、残りの二匹を捕えて一つにまとめて地面へとたたきつけ、そして自らの拳の魔力を打ち付ける事によって霧散させる。
「五つ」
炎が霧散し、消え去る。それと共に後方へと残っていた五匹のうち四匹が突撃してくる。
「阿修羅、少し下がれ!」
その言葉と共にニーズヘッグの口端から炎が漏れる。
大口を開けると共にその口から漆黒の炎が放たれる。地獄の炎である獄炎。闇属性を内包するその炎は憎悪を、苦しみを持ってすべてを灰にする。その炎が放たれ、クロウへと迫るフェニックスすら飲み込んでいく。
炎の塊であるフェニックスは獄炎に飲まれるが、その獄炎を取り込み、黒い炎の鳥となって迫ってくる。
「小賢しい」
その一言と共に拳の指を伸ばし手刀の形を作る。そして迫る四匹の黒いフェニックスを一瞬で細切れにする。
圧縮された魔力の刃によって細切れにされたフェニックスがそのまま霧散しそうになるが、それよりも早くニーズヘッグの獄炎が飲み込んだ。無造作に広がる炎がフェニックスの魔力を飲み込んだが故か、意思があるかのごとくクロウを飲み込んだ。
獄炎の灼熱によって空間がゆがむ。とてつもない熱が大地を焼き、地を溶かす。そしてボス部屋の壁ともなっている世界樹の木へと燃え移る。その獄炎に飲まれたクロウ達もまた、そうなるはずだったが…。
パァン!
手を叩く音と共にすさまじい熱と獄炎は消え、世界樹へと燃え移っていた獄炎も消え、即座に癒されていく。
「人の庭の木を燃やすんじゃねぇよ」
わずかな怒りが内包されたクロウの声が響く。
クロウの周囲の地面は一切獄炎が届いていなかったのか、地面すら無傷であり、その後方にいるみらい達の方も一切影響を受けていないようだった。
『すげぇ…』
『化け物かな?』
『どっちがよ』
『どっちもだよ』
『クロウさん、強いのはわかっていたけどここまでとは…』
一連の攻防を見ていた視聴者たちが困惑の声を上げている。それを眼前で見ていたみらい達も同じだ。
「これがマスターの本気かぁ…初めて見たけど本当すごいねぇ…」
「私からしたら何がなにやらですよ…」
「あの子もずいぶんと強くなったねぇ…」
シェルフも詩織もフェンリルも、五体のN級魔物との激戦を繰り広げているクロウに対して感嘆の声を上げていた。
「………」
しかし、みらいだけはじっと不安げな表情でクロウの戦いを見ている。
「みらいさん、どうしたの?」
その様子に気が付いたシェルフが問いかける。
「うん。クロウさん、大丈夫かなって…」
「大丈夫じゃない?少なくとも相手の攻撃には対処できてるし」
「…でも、あの状態って時間制限あるんだよね?」
「あー…でも、私達に何かできるわけでも無いしなぁ…」
いまのクロウは魔力解放状態だ。その状態ではクロウが持つ大量の魔力を自由に扱うことができる。しかし、それも1時間という制限付きだ。兄狼と姉狼を救助し、ハデスとの戦い、そして今の攻防。それだけでおよそ40分ほど経過している。あと長くて20分。それまでに何とか打開策ができなければ時間切れで魔力解放状態が解除される。それだけならばまだいい。魔力解放状態は自らが持つ魔力を自動で放出している状態。それが解除されるというのはいわゆる魔力自体が尽きかけているということ。そんな状態であのN級魔物達を相手にできるわけがない。そうなったら実質的敗北だ。
とはいえここにいる中で一番の実力者は同じN級魔物のフェンリルだ。そのフェンリルでさえも長い間の隷属化がつい先ほど解除されたばかり。万全の状態でさえあの五体は手に余るというのに、そんな疲弊している状態で戦うことなんてできないだろう。
みらいやシェルフ、詩織達ではそもそも相手にすらならない。ギルマスからの依頼であり、クロウが無茶をしないための首輪ではあったが、完全な足手まといとなっている。
クロウ一人に負担をかけている現状を憂うが、どうにもできない自分自身に対してのやるせなさ。そんな想いを抱きながら、クロウの激戦を見守っていた。
そして肝心なクロウはというと表面には出さないが、いささか焦りが出始めてきた。
(さて、どうした物か…配信をするように言ってたところから援軍をよこす腹積もりなんだろうが…)
正直魔力解放の残り時間とかを踏まえると応援に来たとしてもクロウ自身が戦える状態かわからない。援軍が来て即座にあの五体を倒すか、撤退させる状態にしないといけないのだが、現時点でそれができる目算が立たない。
相手の攻撃を防ぐことはできている。だが、こちらの攻撃も防がれている。いかんせん一人でかなりの強さを持つ魔物五体の相手をしているんだ。さすがに手が足りなくなってしまっている。そして一応少しはダメージを与えることはできているが、そのダメージも少しすればなかったものとされている。そして…
「はぁ!!」
声と共に燃えている岩が降り注いでくる。
「チッ!」
舌打ちと共に迫りくる岩をすべて砕いていく。
「ずいぶんと復活がはえぇな」
その言葉と共に岩を放ってきたハデスを睨みつける。
「小僧…ずいぶんと虚仮にしてくれたな…なぶり殺してやる!」
「ハッ!一人じゃまともに俺に攻撃当てれなかったくせにずいぶんほざくじゃねぇか。お仲間さんがいるから強気になったのか?」
「貴様…!」
クロウの挑発にハデスの顔が怒りでゆがむ。そして即座に無数の岩を生み出してクロウへと放ってきた。
それらを空間掌握で粉々に砕いた瞬間、その岩に隠れるように展開されていたタマモの炎がクロウへと放たれた。
岩の死角から迫ってくる炎にわずかに反応が遅れる。即座に反応して対処しようとするが、それと同時にフェニックスが大きく翼を羽ばたかせてこちらへと突進してきているのが視界の端に入った。
それによってほんのわずかに気を取られたことによってさらにタマモの炎への対処が遅れる。一発程度だが受けることを覚悟した瞬間…。
パァン!
突然クロウの眼前でタマモの炎がはじけ飛んだ。
そしてその直後に他の炎も同タイミングですべてはじけ飛ぶ。その直後にクロウの周囲に冷気が巻き起こり、地面を凍らせて突進してくるフェニックスへと特大の鋭い氷柱が立ち並び、突進を阻害する。さらに追撃とばかりに巨大な岩が一つ飛んできて阿修羅の前へと落とされて壁となり、再度獄炎のブレスを吐こうとしたニーズヘッグへと特大の雷が直撃した。
「………タイムリミットまであと15分…思いのほか早かったな」
「そりゃ大急ぎで来たからね」
「ずいぶんと面白い戦いしてるじゃーん」
「一人占めはずりぃだろが!」
「相手は五体、そしてこちらも五人…これで数としてはイーブン…といったところでしょうか」
突然の乱入者。それでもクロウは驚く様子もなくゆっくりと立ち上がって振り返る。
「来るとは思っていたがまさか全員で来るとはな。暇なのか?」
「何言ってるのよ。あんたが面白そうな獲物隠しているからでしょ?」
S級探索者『双氷の剣士』霜崎流華
「そうそう、あなたの本気なんて初めて見たもの。そんな相手、配信者としても見逃せないよねー」
S級探索者『異次元の弓姫』弓親遥
「なかなか殴り合いをするのにいい奴だっているじゃねぇか!」
S級探索者『撃砕の拳闘士』剛川傑
「ギルマスの方からあなたが何かしら探るから準備しておけといわれていましてね。これでも結構忙しい身なんですよ?」
S級探索者『瞬雷の貴公子』速川雷亜
そしてクロウこと、S級探索者『殲滅の魔法師』黒川宗谷。
現在国内にいるS級探索者が今ここにそろい踏みとなるのであった。
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