S級探索者は冥王と対峙する

突如現れたデーモン種族のN級魔物である冥王:ハデス。

クロウはハデスの正面に立ち、後方にいるみらいとシェルフ、詩織、フェンリル、そしていまだに眠っている兄狼と姉狼を守る。

クロウからすさまじい魔力が迸っているにも関わらずハデスの表情には余裕の笑みが浮かんでいた。

クロウ自身もハデスの能力の高さは察しがついている。油断していると負けかねないが、それでも今の魔力解放状態のクロウならば思考速度も上がっており、油断する事さえもない。しかし、それでもみらい達がいる以上何があるかわからないから常に気を張っておく。

とりあえず様子見がてらスッと腕を振るうと大量の魔法陣がクロウの周囲に一斉に展開される。


「ほう…」


感嘆したようにつぶやくが気にせず魔法陣から無数の魔力弾をガトリングのごとく叩き込んでいく。

この程度で倒せるとは思っていない。ダメージをあたえられれば御の字ではあるがそれも無理だろう。これはただの小手調べ、相手もそれに応えるかのように微動だにせずにすべての魔力弾を受け止める。直撃し、その魔力弾の量でハデスの姿が見えなくなるが、その直後にその魔力弾を壊しながらハデスが突撃してくる。その顔に獰猛な笑みを浮かべたハデスはそのまま拳をこちらへと振り上げてくる。その拳にははたから見ても濃密な魔力が籠められているのが見てわかる。それをまともに受ければ下手したら塵も残らぬほど消し飛ばされるかもしれない。そして後方にみらい達がいる以上かわした場合の余波が怖い。それゆえに…。


パァン!


大きな音と共に迫る拳を受け止める。


「ほう…!」


周囲に何の影響も与えず、涼しい顔をして受け止めたクロウを見てハデスの顔に笑みが浮かぶ。そのまますさまじい速度で拳を振るうが、表情一つ変えずにすべてクロウは受け止めていく。


「受け止めた…!」

「ただ受け止めただけじゃない。ハデスの拳に込められた魔力と同じ量の魔力を手に纏わせて触れると同時に打ち消して余波が漏れないようにしているね」

「相変わらず器用だねー」


驚く詩織にフェンリルが補足する。シェルフは特に驚いた様子もない。

みらいはただ静かに、じっとクロウの戦いを見ている。

クロウは迫りくる数多の拳をすべて受け止めている。ただ本人としてはただ受け止めているわけじゃない。それをやりながらハデスの力や魔力を解析している。この攻撃でさえハデスからしたら探りを入れている程度だろう。しかし、それであってもどれくらいの実力なのかは判断する材料にはなる。そしてそれはクロウだけでなく、ハデスにとってもそうであり…。


「面白い!ならばこれならばどうだ!」


その言葉と共に後方へと飛びのき、右手を掲げると巨大な炎球が出現した。そしてそのまま右手を振り下ろすと轟音と共に炎球が迫ってくる。


「……ここ、世界樹の洞の中なんだから火気は厳禁だろう…が!」


その言葉と共にクロウは手を横に振るうと空中で炎球が霧散し、消滅した。


「ほう…先ほどの攻防で解析した我の魔力を解いて空中で霧散させたか。ならばこれならどうだ?」


そう言って再度右手を上げると今度は多量の炎球が出現する。しかし、その炎球は先ほどとは違い…


「岩付きか」


炎の中心に燃える岩が備わっている。物質に変化した魔力を解いたところでその岩が消えることはない。先ほどと同じ手法では炎は消せても岩まで消すことはできない。故に別の手法を取る。

右手を上げ、降り注ぐ岩達を見据える。そしてグッと握るように手を動かすとすべての岩が動きを止めた。


「『空間掌握』」


自らの魔力を不可視の手としてすべての岩を捕まえる。そしてその魔力をそのまま練りあげて魔法陣へと組み替える。


「壊れろ」


そして魔法陣の効果によって砂レベルにまですべての岩が粉々に砕けちった。


「ほう…」

「次はこっちの番だ」


その言葉と共に再度無数の魔法陣が展開される。


「魔闘演舞『一の舞』」


魔法陣から放たれた魔法弾がハデスへと襲い掛かる。


「この程度で…」


先ほどと同じと考えたハデスが迫ってくる魔法弾の一発を腕で払いのける。しかしその直後に当たった腕に違和感を感じる。


「…?これは…」


わずかな動きの鈍り。それは久しく感じたことのない感覚。


「まさか…麻痺させる魔力弾か!?」


先ほど放った魔力弾はただ魔力を圧縮、物体化させたいわば無属性の魔力の塊。しかし今回はその魔力に様々な属性を付与されるように魔法陣自体を変化させている。故に麻痺だけでなく毒などの状態異常、炎や雷といった属性、様々な物が全く同じ形の弾で無数の弾幕となってハデスへと襲い掛かる。それが魔闘演舞の『一の舞』。一つの魔法陣から放たれる無数の魔弾による演舞。無数の状態異常と属性の魔弾から逃れる術はない。たとえ抵抗できたとしても、それが何度も当たればわずかに動きが鈍っていく。そしてその鈍りがさらに次の魔弾の直撃を受けさらに動きを鈍らせる。そして…


「魔闘演舞『二の舞』」


新たな舞が始まる。

先ほどの無数の魔法陣に重なるように魔法陣がまた一つ展開される。

無数の二重魔法陣。普段では展開に時間がかかるが、魔力解放状態ならば瞬時に展開することができる。

この二重魔法陣にすることによって先ほどの魔弾に加えて今度は細いレーザーが放たれる。

このレーザーは先ほどの魔弾の魔法陣を通過することで同じ効果が付与され、そのうえで速さと鋭さに特化した物であり、すさまじい速度で相手の体を貫く。


「さて、鈍った体でどこまであがけるかな」


様々な状態異常や属性を内包した魔弾を無数に受けたハデスはかなり動きが鈍っていた。


「こ…の…!?」


憤怒に満ちた表情でこちらを睨みつけているハデスの肩を細いレーザーが貫く。


「ガッ…!?」


先ほどの魔弾は表面から浸透するように効果があらわれていた。しかし、今回のレーザーはまた別だ。貫通し、内部から浸透させる。それは先ほどの状態よりもずっと顕著な効果があらわれる。


「クソッ…」

「…思ってたより大したことなかったな。さて、情報を吐いてもらおうか」


あれだけ余裕ぶっていたんだ。まだそれなりに抵抗できると思っていたのだが、見込み違いだったのかすでに満身創痍だ。このまま倒してもいいのだが、先ほどギルマスが行ったように今回のN級魔物の出現に関して、何かしらの情報を持っている可能性が高い。


「今回、多数のダンジョンでの特殊な魔物の出現。そしてフェンリルの隷属化。無関係ってわけじゃねぇだろ。お前は一体何を狙っている?」


わざわざハデスを見下ろすようににらみつけ、問いただす。


「…素直に答えると思っているのか?」

「だろうな。ま、やりようはいくらでもあるが」


そう言って複雑に構築されている立体魔法陣を手の上へとくみ上げる。そしてそれをハデスの方へと投げるとその魔法陣は広がり、ハデスを取り囲むように展開した。


「なんだこれは…!?」

「『記憶抽出魔法陣』魔物はダンジョンの魔力によって生み出される。その魔力を解析し、今まで生きてきた記憶を記録する魔法陣だ。何があったかわからんかったからな、母さんを助けるための一助になると思って作り出しといたんだ。情報精査が面倒だから聞ける分は聞いておきたいんだがな」

『またとんでもない物作り上げてますよこの人』

『もう慣れた』

『もともとみらいちゃんが探索者になる前からとんでもないことやってた人だからなぁ…』


クロウの説明を聞いてコメントの面々も好き勝手言い放ち始める。最初はハデスの登場に圧倒されていたようだが、それもクロウが圧倒的な実力差で叩きのめしたことでいつもの雰囲気に戻ったようだ。

そしてその間にもハデスを取り囲んでいる魔法陣は回転するように動き、ハデスから魔力を吸収していく。


「この…!?」

「抵抗しても無駄だ。というか、抵抗できる力すらすでにないだろう。何かしら隠し玉があるかもしれないが、それすらできないようにしてあるからな」


この魔法陣は抵抗する魔物から記憶を回収することを前提に作られた物。故に内部で暴れることも想定してあるのでそれを封じるための仕掛けも組み込んである。だから壊すことはできない。


そう、『内部』からは…


パキンッ!


ガラスが割れるような音と共にハデスを取り囲んでいる魔法陣が崩壊した。


「えっ!?」

『魔法陣が消えた…いや、壊れたのか?』

『一瞬だけど何か飛んでこなかったか?』


突然の出来事に再度コメント欄が賑わいだす。

それを気にすることもなく、クロウは何かが飛んできた方向をじっと睨みつける。


「ハデスはん、ずいぶんなお姿やなぁ~」


穏やかな声音が聞こえてくる。その声に導かれるようにハデスの後方の空間にヒビが入る。

そのヒビは一つではなく、四つできて徐々に大きくなっていく。そのうちの一つがパキンと大きく割れて一つの影がゆっくりと出てくる。

その影は着物を着ている長髪の女性だった。人と大して変わりのないほどの身長、だが、その頭部と背には特徴的な物があった。


『あれって…狐っこ?』

『尻尾が1…2…3…9本ある』

『え。9本の尻尾を持つ狐って…九尾!?』

「妖狐種、N級…九尾『タマモ』…そうか、さっきクロウの魔法陣を壊したのは彼女の攻撃か」


姿を見たフェンリルがその正体に気づいた。


「ふん、一人で行くって言うから見てたのに、ずいぶんな体たらくね」


その言葉と共にまたヒビが割れ、新たな魔物が姿を現す。

まるで全身が炎でできているかのような姿をした鳥、バサリバサリと羽ばたくだけで周囲に火の粉が巻きあがるその姿はまさに火の鳥。


『燃えている鳥って…不死鳥?!』

『フェニックスだっけ?え、魔物としているの!?』

「幻獣種、N級…不死鳥『フェニックス』…首を落とそうが心臓を壊そうが死ぬことのない鳥…厄介な奴もいたもんだね…」


フェンリルが渋面を浮かべる。


「いいじゃねぇか!ハデスの奴がここまでボロボロになるほど強え奴がいるってことだろ?面白いじゃねぇか!」


バキンッ!と空間のヒビを拳で砕き出てきた物は三対6本の腕と3つの顔を持つ男。


「鬼種、N級…鬼神『阿修羅』…その剛力は何物にも負けないという噂すらあるやつだね…」


そして最後の空間のヒビが広がり、そこからヌッと何かが出てくる。その何かが巨大すぎて全貌すらわからない、しかし…


「グルァァァァァアアア!」


その咆哮と共に放たれた魔力の波が空間に展開されているクロウの魔法陣をすべて破壊していく。


「ずいぶんと狭いところでやっているな。これでは我が出れぬではないか」


そう言って出てきたのは巨大な竜の半身だけだった。


「…龍種…N級…獄龍『ニーズヘッグ』…魔物種の中で最高ランクといわれている龍種の中でもTOPクラスの実力を持つ魔物だ…」


フェンリルの表情はすでに焦燥感に満ちている。


「…ハデスだけでなく、タマモにフェニックス、阿修羅にニーズヘッグか…なるほどね」


現時点、ここにいるのは5体のN級魔物。しかもそれぞれが種族としても高い能力を有している種族であり、その中でもTOPクラスの魔物。それが5体。1体だけならば苦も無く倒せるだろう。しかし、それぞれ特徴のあるN級魔物5体を同時に相手にするのはいささか分が悪い。かといってここで退くのも分が悪い。現時点でいる全員…クロウ以外、フェンリルでさえもここから離脱するのは至難の業だろう。しかもいまだに眠らせている兄狼姉狼を連れて。


「さて…どうした物か」


倒しきれるかどうかは五分五分といったところ。みらい達を先に逃がしてもいいのかもしれないが、離れられてそちらを追われるとむしろこちらとしても手が届かなくなってしまう。魔力解放状態もあと30分程度しかもたない。つまりこれから残りの30分以内に全員倒すことができるかどうかにかかっているということになる。


「さすがにきついんだがなぁ…」


そうぼそりとつぶやいた瞬間。


『クロウ!あとどれくらい耐えることができる!?』


ギルマスの声が響いた。


「20分…あとの事を踏まえていっても25分といったところだ」

『わかった。それまでには間に合うはずだ。何とか耐えてくれ!』

「了解」


短くそう答え、5体のN級魔物へと改めて向き直った。



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