S級探索者は力を解放する

すさまじい魔力がクロウの体を覆う。その姿は圧倒的であり、近くにいるみらい達を圧倒させていた。


「私より前には出ないでね」


そう言ってクロウから迸る魔力の余波から守るためにフェンリルはその巨体をみらい達の前に出して伏せた。みらい達もクロウがこれからやることを見たいだろうから完全に隠すようなことはせず、自らの魔力の幕を前方に展開しておく。

クロウが展開している防御魔法もあり、それによってだいぶ魔力の余波は防がれているが、それでも余波は防ぎきれていない。それだけ強大な魔力をクロウは身に纏っている。

その当人は迫ってくる白黒の二つの頭を持つ狼、兄狼と姉狼によって作られた狼へとゆっくりと右手を向ける。


「『ロック』」


一言つぶやくと共に狼の足元に巨大な魔法陣が一瞬で展開され、そのまま狼を空中に縫い留めるように固定させた。


「え、今何したの?」

「……見た感じ空間固定、空間剥離、時空固定ってところかしらね…」

「空間剥離?」

「今いる空間と別空間にするって事よ。これで私達にはあの空間内部への干渉はできなくなったのよ」

『え、それってクロウさんもなんじゃ?』

「さすがにそこまでドジな事をするとは思えないけど…」


戸惑いが混じるコメ欄と会話をしながらクロウの動きを見守る。

クロウは特に大きな動きをするわけでも無く、右手を狼へと向けたまま左手をこちらへと向けてきた。


「母さん、魔力ちょうだい」

「わかったよ」


フェンリルが鼻先をクロウの手に押し当てるとわずかにフェンリルの体が輝きだし、その輝きがクロウへと流れていく。


「これくらいでいいかい?」

「ああ、十分だ。これを俺の魔力と混ぜて…うし、んじゃこれからは集中するから反応できないからなー」


そう言ってフェンリルのほうへと向けていた左手も兄狼達のほうへと向けた。

目を閉じ、大きく深呼吸をする。そして目を開いた瞬間すさまじい量の魔法陣が兄狼達を取り囲んだ。


「え!?」

『うわえっぐ!?なんだこの量の魔法陣』

『それをあの一瞬で展開したのか!?マジ化け物レベルじゃねぇかw』

『というか、今何をしているのか、クロウさんがどういう状態なのか全くわからんのだが解説プリーズ』

『その解説役さんが今手が離せない状況なんですが』

『誰か解説できるひとー!』


何かハイレベルなことが起こっていることはコメ欄も予測ができているのだが、それが何なのかわからないから戸惑うことしかできていない。


「…誰か解説できる…?」


そんなコメ欄を見てみらいが問いかけるが…。


「私にも何をしているかわからないので…」

「私もわかんなーい」

「今のクロウの状態はわかるけど、魔法に関してはそこまで詳しくないからねぇ…」


と詩織たちも首を横に振った。

そんな時にシェルフのポケットに入れてあるスマホが鳴り出す。


「あ、ギルマスから電話だ。もしもーし」


ささっとスマホを取り出して通話ボタンを押す。


『やあやあシェルフ。何やら大変な状態だね』

「なのかねー?マスターは大変そうだけど私はいまいち状況わかってないんだー」

『だろうね。配信を見ていたけど、今もリスナーたちも含めて困惑している人たちがほとんどだ』

「普段ならマスターが解説してるんだけどねー。今はそこまでの余裕がないみたいだ」

『そのようだね。ということでこちらで可能な限り解説しよう。スピーカーモードにしてくれるかな?』

「はいはーい」


ささっと操作してスピーカーモードへと切り替える。


『やあやあ、皆お疲れ様。ずいぶんと大変そうだね』

『ギルマス来た!これでかつる!』

『キャーギルマスさーん!解説してー!』

『クロウさんの保護者来た!』

「ギルマスさん!」

『やあ、みらいさん。無理言ってすまなかったね。いささか想定外の情報が開示されたりもしたが、おおむね予想通りだ。ありがとう』

「いえ、私は特に何かができたわけでは…」

『君からしたらそうかもしれない。でも、クロウからしたら君がいるだけで冷静になれるからね』

『まあ、あの人みらいちゃんがいる前で無茶はできないだろうからな』

『というか、待て!いえば止まりそう』

『ねぇよ…って言いきれないからな…』

『どこなく犬っぽいよねクロウさん』

『それもフェンリルに育てられたからか…』

『想定外な風評被害がフェンリルを襲う!』


ギルマスの登場によりリスナーたちの困惑の様子が緩和される。


「それじゃあギルマスさん、申し訳ないですけど、今クロウさんがやっていることの解説をお願いできますか?」

『ああ、任せなさい』


詩織の言葉に承諾し、コホンと咳払いが聞こえてくる。


『ではまず今のクロウの状態について。彼が行ったのは一種の魔力暴走だ』

「魔力暴走?」

「魔力暴走は高い魔力を持っている人が起こす現象ですね。高い魔力が必要な魔法を連発していると発生する状態で、魔力制御ができず、常時放出状態になってしまい、最終的には魔素欠乏症になって死に至る可能性もあるとか…」

「え!?クロウさん大丈夫なの!?」


詩織の解説にみらいが驚きの声を上げる。


『ああ、心配しなくていい。彼はその魔力暴走を意図的に引き起こして制御できるようにしてあるから』

『え、そんなことできるの?』

『ああ。あくまで彼が行っているのは魔力暴走に近い形というだけだからな』

「どういうこと?」

『魔力の展開というのはほぼ誰でもできるのだが、その展開にも上限というものがある。いわば引き出せる魔力の上限というものだな。今の彼はそれを自らの意思で外した…いわばリミッターを外した状態というわけだ』

「何のために?」

『今発動させている魔法陣を維持するためだろうな。そのリミッターがある状態では最大で放出できる魔力量にも限界がある。見た感じ、通常の魔力量では維持しきれないからリミッターを外し、大量の魔力を噴出させることで魔法陣を展開、維持しているって感じだな』

「へー…」

「水道から出る量じゃ水が足りないから蛇口外して噴き出す水を扱うって感じかな?」

『まあ大体そんな感じだね』

「そんなに大量の魔力が必要ってマスターは何をやっているの?」

『『立体魔法陣』と呼ばれるものだね。複数の魔法陣を立方体にくみ上げることで常にすべての魔法陣が発動している状態になっているものだね』

「『立体魔法陣』」


言われてみらい達はクロウが展開している魔法陣を見る。

複雑な魔法陣が空中で固定されている兄狼達の周囲に展開されている。


『すべての魔法陣がわかるわけではないけれど、わかるのは『解析』『剥離』『融合』『再生』あたりかな』

「解析はあの子の状態を確認するためで剥離はそれぞれ分裂させるためだよね?融合と再生は…」

「融合はおそらく私の魔力をあたえるための物。そして再生は剥離させることで失った部分を再生させるためでしょう」

「それらすべてを同時に発動するためにあれだけの魔力が必要だったってこと?」

『いえ、発動するだけならばそこまで必要ではないです。発動する『だけ』ならば』

「どういうこと?」

『立体魔法陣はとてつもなく高い難易度の技です。その理由は常にすべての魔法陣を同じ魔力で発動させ続けなければいけないのです』

「え、魔法陣ってそれぞれ発動する魔力量って違いがありますよね?」

『そう。それらすべてを同じ量の魔力で発動し続けなければならない。つまり、過剰魔力による魔法陣崩壊も、魔力不足による魔法陣不発もどちらも引き起こさないように繊細な操作が必要になる。だからこそ彼はこちらに気を配る余裕すらないのだよ』


その言葉と通りちらりと見えたクロウの横顔には一切の余裕などないように見受けられた。


パチリパチリと魔法陣から漏れ出す魔力が静電気のように周囲へと迸る。

そしてクロウの頬にも汗が垂れる。

表面上は問題なく魔法陣を展開しているだけに見えたかもしれない。しかし、実際にはすべての魔法陣が崩壊しないように常に気を配っている。

『解析』によって兄狼と姉狼の状態、そして境界線を見極め、『剥離』によって細胞レベルで少しずつ引きはがしていく。そして『融合』によってフェンリルからもらった魔力と自分の魔力を混ぜた物を溶け込ませ、その魔力をもとに二人の体を『再生』させていく。それを続けていけば時間がかかれどうまくいく。しかし、今のリミッターを外した状態はクロウの膨大な魔力を有している状態で1時間ほどしか保つことはできない。そのうえ一度発動したら自力では解除することはできない。一度魔力の放出が落ち着くレベルまで保有魔力が減らなければ放出を止めることはできない。無理に止めると体が崩壊しかねないからだ。

そしてこの治療だけで終わればいいのだが、そうもいかない。

先ほどいた探究者。そいつの言葉曰く何者かからフェンリルの隷属が解除されたことを『聞いた』とのこと。つまりこの後で今回のN級魔物連続出現の背後にいる存在が出てくる可能性がある。それを考慮しておくと時間をかけるわけにもいかない。

故にできる限り早く終わらせたい。だからいささか無茶ではあったが先ほどギルマスが看破した魔法陣以外にも複数の魔法陣を同時展開してある。

その魔法陣とは『加速』。最初に発動した空間剥離により兄狼達を捕え、治療中に暴れないように空間固定と痛みなどを感じないための麻酔も発動させてある。

それら以外の魔法陣に対し、処置の速度を上げるために加速の発動をしており、それらすべてを立体魔法陣に組み込んである。それゆえにすべての魔法陣の処理速度が上がっている。

兄狼と姉狼の状態を解析し、接合部分の細胞レベルでの剥離、即座にフェンリルの魔力で補い、再生、骨や血管、そして内蔵。それらすべてを傷つけないようにはがし、再生させ、治していく。正確に、丁寧に、しかし素早く。順当にやっていけば数時間は経過しただろう。しかし、膨大な魔力による超加速された魔法陣達の処理をすべて的確にさばいていたことによってクロウはその数時間の作業を15分で終わらせた。


パァン!


後方でギルマスの解説を聞いていたみらい達が突如として響いたその音に驚き口を閉じる。


「おわ…ったぁ…」


その言葉と共に立体魔法陣は消滅する。

そしてその中心には漆黒の毛皮の黒い狼と、純白の毛皮の白い狼が穏やかな呼吸音で眠っている姿があった。


「クロウ…」

「大丈夫。今は眠らせてあるけど、時間が経てば起きるはずだよ」

「よかった…」


ホッとしたような声と共にフェンリルの体から力が抜ける。

それもそうだろう。助かることはないと思っていた子供達が助かったんだ。あの時、フェンリルは二匹の子狼の命を絶つことを願った。それが正しいと思っていたから。それが一番苦しみがないと思っていたから。

しかし、見捨てるしかないと思っていた二つの命はクロウが救い上げた。あの時自分の子狼が拾った小さな人間が、自分が思っているより強く、大きく成長したことに嬉しさと共にどこか寂しさがフェンリルの胸に宿った時。


ドゴォォォォォン!!


「きゃあ!?」


とてつもない衝撃と共に何かが降り立ち、その衝撃によって地面がえぐれ、発生した瓦礫が周囲へと飛び散り、その感情すらも消し飛ばした。


「ふむ、なかなか興味深い物を見せてもらったぞ」


その声と共に降り立った何かが立ち上がる。それは身長5mほどにもなるその巨大な存在は漆黒のマントを身に着けたその男は威厳のある鋭い目でクロウ達を見据える。


「冥王…ハデス…」


フェンリルがぼそりとつぶやいた。


「デーモン種族のN級魔物か。なるほど、この威圧感…母さんに隷属の魔法を仕掛けたのはテメェか」

「ほう、貴様がフェンリルによって育てられた人の子か。なるほど、確かに興味深い。どうだ?我と共に来ぬか?」

「断る。そもそもあんたは俺の親に隷属の魔法かけたんだ。テメェをぶちのめす理由はあれどついていく理由なんてねぇんだよ」


そう言いつつ一歩前へと進む。


「母さん、みらいちゃんたちをお願い。それと、兄さんと姉さんもね」


そう言ってみらい達の後ろの方へと視線を向けるとそこには兄狼と姉狼の姿があった。


「い…いつの間に…」

「何か来るのはわかってたからな。せっかく助けたのに踏みつぶされたんじゃ泣くに泣けねぇ」


そう言ってハデスに向き直る。


『クロウ、そいつが今回の事件の黒幕か、そうでなくても重要な情報を持っているのは確かだ。どうにか情報を引き出してくれ』

「相手が素直に答えてくれれば、だがな」


そう答えたクロウの目には明確な怒りが宿っていた。


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