S級探索者は最悪の再会をする


育ての母親であるフェンリルの治療を終えたクロウ達。治療を終えるとほぼ同時にまるで呼ぶように異質な魔力がダンジョンの奥から迸り始める。まだ見つかっていない兄と姉を探すためにもそこに向かって進んでいく。

せっかくだからとみらい達3にんはフェンリルの背に乗って移動しており、クロウはその横で魔法を使って飛んで移動している。


「クロウさん、この先って何があるの?」

「ボス部屋だな。このダンジョンは広大な一つの階層があるだけのワンフロアダンジョンなんだ」

「ワンフロアダンジョン?」

「一つの部屋しかないダンジョンですね。基本的にダンジョンは複数の階層があるダンジョンと一つの部屋しかないワンフロアダンジョンの二つがありまして、複数階層があるダンジョンは一つのフロアがそこまで広くはないのですが、階層ごとに環境が変化します。S級ダンジョンなどは火山フロアの下に氷河フロアがあったりするらしいですよ」


みらいが首を傾げたので詩織が解説を始める。


「そんな極端なダンジョンもあるの?」

「ああ。まあ、そう言う極端な階層の変化はS級ダンジョンだけだがな。基本的には階層が変わってもそこまで大きな変化はない。といっても少しずつ変化があるから全部の階層が全く同じってわけじゃないがな」

『ほえー』


シェルフの疑問に対しては今度はクロウが答えた。


「それでワンフロアダンジョンはその階層よりも格段に広いのですが、その代わり環境の変化はありません。例えばここでは気候は温暖な密林地帯ですが、このダンジョンいっぱいに密林が広がっています。その広さはダンジョン次第なんですが…クロウさんどれくらいなんです?」

「さあ?長くここに暮らしていたけどダンジョンの端なんて見たことないな…母さんは知ってる?」

「ここに端はないよ」

「え」

「範囲がないというわけじゃなくて、ここはいわばあなたたちが暮らす世界と同じ、いわば球体の世界でね、端という物がないのよ」

「え、じゃあまっすぐ進んだとしても同じ場所に出るってことですか?」

「少しはずれるけどね。それに球体の世界といってもかなり広いからそんなことしたら迷って出れなくなるから気を付けてね」

『…え、すいすい進んでるけど大丈夫なん?』

「大丈夫大丈夫、まがりなりにも俺はここで暮らしてたし、母さんだっているしな」

『そうか。ここで育ったからクロウさんからしたらここは庭も同然なのか』

『それにフェンリルはここで暮らしている魔物、それなら迷子になる心配はないわな』

「そそ。っと、そろそろ目的地だ」


そう言って立ち止まったのは超巨大な一本の木。その直径はとても測れるほどではなくパッと見ただけでも全貌を見る事はできない。


「わぁ…」

『すごく…大きいです…』

『まるで世界樹だぁ…』

『ねえこれ東〇ドーム何個分よ』

『その例えいまいちわかりにくいから言われても伝わらんのよね』

「え、こんなの向かっている途中で見えなかったよ…?」

「ああ。この木は内部がボス部屋になっているんだが、それと同時にこの世界を支える核…そうだな、コメントが言うように世界樹の役割でもあるんだ。だからそうそう来れないように認識阻害の魔法がかけられている」

「それってクロウさんがかけたの?」

「いや、最初から刻まれているらしい。…だよね?母さん」

「そうだね。このダンジョンの最初に生まれ、あそこから少しずつ広がっていったものだからね」

『まさに世界樹だなぁ』

『それだけ長くいるならこの大きさも納得だ』

『でも、認識阻害されているならここに来ることってそうそうできないんじゃない?』

「まあね。まあ、ここはワンフロアダンジョン。もともと探索者達が来たとしてもダンジョンの制覇より、内部の探索や魔物討伐を主にしている。ボス討伐を目指す人もいたらしいけど、この世界樹にたどり着けないから目指すだけだね」

「クロウさんはボス部屋に入ったことは?」

「ないね。入る理由も必要もなかったし。そもそもここで暮らしている以上ボス部屋に行こうとはしないんよ」

「なんで?」

「ダンジョンが家であればボスは家主だ。わざわざ間借りしている家の家主に喧嘩売りに行くか?」

『すごい納得した』

『家賃交渉だけでも難題だからなぁ…』

「そう言うことだ。とはいえ、今この先にいるのはよくわからん奴だろう。何が起こるかわからない、気を引き締めてくれ」


クロウの言葉にみらい達は頷く。


「母さん、できる限りでいいからみらいちゃん達を守ってあげてくれ」

「クロウの大切な人達なんだろ?任せておきな」


フェンリルは穏やかな笑みを浮かべて頷いた。


「よし、行くぞ」


その言葉と共に世界樹の根元にある穴から内部にある木の洞へと侵入した。


木に穴をあけたような通路を歩く。幸いにも魔力による光のおかげか通路は明るく、足元もしっかりと見えるのできちんと歩ける。


「頭ぶつけないように気を付けてね」


フェンリルは背中に乗っているみらい達に声をかける。先頭を歩いているクロウは何があってもいいように周囲に気を配っている。

そして短い通路を抜けるとそこは木の中にある広大なフロアとなっていた。


「ここがボス部屋…」

「なんというか…綺麗な場所だね…」


木の中だというのにその広大なフロアは天井部分におそらく世界樹にある小さな穴から外の光が入り込んでいるのであろう。その光が広大なフロアのところどころを照らし、光と影を作り出し、どことなく幻想的な風景を生み出していた。


「あ、あそこになにかいるよ」


そう言って指をさしたシェルフ。その声にこたえるようにフロアの中心にいた影が起き上がる。


「あれがここのボス…ですか?」

「違う…あれは…」


起き上がった姿を見たフェンリルの声に悲痛さが宿る。それと共にクロウの体から魔力があふれ始める。

起き上がった魔物は四足歩行の狼だった。しかしおかしいのはその姿。頭部が二つあり、毛の色も右半分は黒で左半分は白と真ん中でくっきり分かれている。あまりにも異質なその姿、まるで二匹の狼の体を真っ二つにしてくっつけたかのようなその姿にみらい達も息を飲む。


「兄さん…姉さん…」


クロウからこぼれたその声は悲痛な色と共に明確な怒りが宿っている。その言葉で察することができた。あの一匹の狼は、クロウと共に育った兄狼と姉狼…その二匹を合わせて作り出された存在だということを。


「そんな…ひどい…」

「………」


みらい達も悲痛な表情を浮かべており、言葉を喪っているのかコメントのほうも止まっている。


「おや、お気に召しませんでしたかね?」


そんな空気の中、場違いなほど気楽な声が響いてくる。その声はいつの間にか兄狼達のすぐ近くにいた人物から発せられた物だった。


「せっかくフェンリルの隷属が解除されたと聞いたのでご用意いたしたのですが…ふむ、どこが悪かったのでしょうか」


飄々とした態度のその人物はスーツ姿をした20代中盤くらいの男性。見た目だけで言えば普通の男性だが、クロウはその男性から漏れ出ている異質な魔力に気が付いていた。


「何者だ」

「おや、見てわかりませんか?あなた方と同じ人間ですよ」

「それだけ異質な魔力漏れ出しておいて何をほざく。それに本当に俺達と同じだというならわざわざ自分の事を人間だなんて言わねぇんだよ」

「ふむ、そうなのですね。いやはや、まだ学習途中なので間違えることも多いですねぇ」


クロウの言葉に男性はため息を吐く。


「まあ、私の事なんてどうでもいいでしょう。さて、それよりも君がフェンリルの隷属を解除したのかな?」

「アンタが隷属をかけたのか?」

「いいや、私ではないよ。まあ、私はただ助言をしただけさ。戦力が欲しいという話だったのでね」

「助言…?」

「ああ。まあ、その報酬としてこの子達をもらったのだが…どうだい?なかなかいい出来だろ?」


そう言ってポンポンと横にいる兄狼達を叩く。


「…それをやったのはアンタか」

「ああ。フェンリルの子供というのは貴重でね。元が同じ魔力から生まれた存在だから親和性が高いと思っていたが…いやはや予想以上だ」

「そうか」


フッとクロウの姿が消えた瞬間、男性のすぐ正面に現れる。


「おや?」


突然目の前に来たクロウに対して反応を示すがクロウはそのまま魔力を込めた全力の一撃を男性の腹部へと叩き込んだ。

パァン!という何かがはじけるような音と共に吹き飛び、そのまま壁に激突する男性。その直後に敵対行動をとられたからか、横にいる狼がクロウへと牙を向けてきたがそれを後方へと飛び乗いて回避し、そのまま距離を置く。狼は追撃をしてこようとしたが、クロウが威嚇がてら魔力を放出させるとその足は止まった。


「いやはや…なかなか手痛い一撃をもらってしまいましたねぇ…」


軽い声音と共に立ち上がる男性。しかし…


「うそ…」

『なんであの状態で生きてるんだ…?』


起き上がった男性はクロウが一撃を叩き込んだ腹部が綺麗に消し飛んだ状態で先ほどと同じように立っていた。上半身と下半身がつながっていないというのに不自然なほど自然な、さも最初からなくて当然とまでいうようなほど不自然さのなさがそのいびつさを際立たせていた。


「マスター、あの人の正体わかる?」

「…わからん。少なくとも擬態系の魔物ではないはずだ。もしそうだとしてもあそこまで肉体にダメージを負った状態で一切擬態にブレがない存在というのは少なくとも俺が知る範囲ではいない」

「そもそもあれは私達魔物ともクロウ達人間とも違う匂いをしてる。外見は似せてあっても中身は全くの別物だよ」


フェンリルの言葉にさらに相手への警戒度が上がる。


「いやはや、さすがフェンリルだ。鼻がいい。確かに私は君達人間とも魔物とも別の生命体だ。名称もついていない孤高の存在でね。そうだね…君たちの言葉を借りて観測者…いや、ここは『探究者』とでも名乗っておこうか」

「探究者…だと?」

「ああ。私はいろいろと知りたいことが多くてね。様々な世界を行き来しているのさ」

「………」

「さて、先ほどは君からいい一撃をもらった。魔物に育てられた人間。本来は死に絶えるはずの存在が生み出す絶大な力。実に興味深い。本来ならサンプルとして持ち帰りたいところだが…」


その目がクロウを捕えるが、クロウは即座に拳を握る。


「やめておこう。こちらもただでは済まなそうだ。とはいえ興味深い物を教えてもらった。あの一撃だけでも研究するに値するものだ。お礼といっては何だがそこの子を君たちに上げよう。生かすも殺すも好きにしてくれ」


その言葉と共に男性の腹部が黒い粘性のある液体で覆われ、徐々に元の姿へと戻っていった。


「ああ、それとその子は私の言うことは聞くが、原則として本能で動くようになっている。対話は無理だからそのつもりで。それとその子に関しての研究はすでに終わっているから廃棄してもらっても構わない。たとえ壊したところでこちらが怒ることはないのでそのつもりで。それではまた次に会える時、新たな研究材料を提供してくれることを祈っているよ」


そう言って男性…探究者はその姿を消した。


「マスター!」

「……空間転移だな。追うことはできるがあまり深追いするべきじゃない。それよりも…」


目を向けたのはクロウの魔力に慣れたのか二つの頭で唸り始めている兄狼と姉狼が混ぜられた狼。


「…クロウ、あの子達を楽にしてあげて欲しい。生きているのはつながりでわかっていた。それでもあんな姿を見てはいられない…」

「母さん、言っただろ。たとえどんな状況だろうと兄さんと姉さんは助けるって」


悲痛な表情で言ってくるフェンリルに対し、クロウは自信に満ちた声で答える。

その言葉と共にクロウからとてつもない魔力が吹きあがる。その魔力は周囲に飛散することもなく、クロウを包むように凝縮されて纏わされている。


「とはいえさすがに俺だけじゃ無理だ。母さん、魔力をくれ。兄さんと姉さんの元となった母さんの魔力。それがあれば助けることはできるはずだ」


そう言いつつクロウの姿が少しずつ変わっていく。纏っている魔力が形を作り出し、クロウの全身を覆っていく。


「さて…とっておきの隠し種…母さん達に何かがあったと察したあの日からどんな状況だろうと…たとえすべてが敵になったとしても、打開できるようにつけてきたこの力。完全開放と行きますか!」


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