S級探索者は出会いを語る
「姿を消した…?」
みらいの言葉にクロウが頷き、治療中のフェンリルのほうを見る。
ダンジョンに捨てられ、拾ってくれたフェンリルたちに家族として育てられていたクロウ。しかしそれもクロウがおよそ10歳になるあたりで突如フェンリルたちの姿が消えたことで終わりを告げていた。
「ある日、目が覚めると普段は傍にいた母さん達の姿がなかった。最初は狩りに行っているのかと思ったが、なかなか帰ってこなくてな。お腹が空いたし、すでに自力で狩りができるだけの強さは持っていたから適当な果物とかといっしょに朝食を食べた。その後も待っていたんだがどれだけ待っても戻ってこなかった。だから探しに行ったんだ。といってもどれだけ探しても見つけることはできなかったがな」
「じゃあその時から今までずっと会うことできなかったの?」
「ああ。何かあったのは予測していたがまさかここまでひどい状態だとは思わなかったがな。まあ、そんなわけで母さんたちがいなくなってしばらくの間、このダンジョン内で暮らしながら探していた。そしてそれからおよそ5年ほど経過したころ、探索者達の中である噂が流れていたらしい」
「噂?」
「そ、『とあるダンジョンで人型の子供の姿を見かける』といった噂だ」
「もしかしてそれって…」
「………姿隠しながら母さん達探してたんだがなぁ…」
『クロウさんの事かw』
『まあ、5年も探していれば見かけられてもおかしくはないわな』
「まあな。そしてその噂を調べるためにとあるS級探索者が調査にやってきた。あれが一つの俺の転機だったな…」
そう呟き思い出すようにまたクロウは見上げた。
広範囲に広がる木々の中、一人の探索者が歩いていく。
結構年配のその男性は軽装だが、その背には2mほどの巨大な大剣を背負っていた。
『何か変わったところはございますか?』
「いや、今のところは特にないね。本当にいるのかい?正体不明の人型の子供なんて」
探索用通信装置であるインカムから女性の声が聞こえてきて、歩いている探索者はそう答えた。
『あくまで噂ですからね。人型の影を見たと。そしてその背格好からおよそ子供であると。そういった報告がこのダンジョンを探索した人達から上がっているのは事実です』
「人型の影ね…一体何者なんだろうな」
『魔物という可能性が高いかと。以前設置されたゲートによって現時点で発見されているダンジョンすべての入退場が管理されています。それを確認したところ該当するであろう年齢の子達で行方不明になった子はいませんので』
「なるほど。確かにあのゲートが設置されてから気づかれずに侵入することはできなくなったからね。それ以前であったらわからないけど…」
『ゲート設置から何年も経過しています。そんな長い時間を人間がダンジョン内で生きていられるとは思えません』
「まあそうだよね…。普通にここで暮らせるだけの実力者ならば帰っているだろうし、脱出できない程度の実力者だった場合は何年も経つ前に死ぬ。子供ならなおのことね」
そう話しながら男性が歩いていると少し離れた木の枝が一本だけわずかに揺れた。
「ん?」
『どうしました?』
「…今枝が変な動きをしてな」
『ターゲットでしょうか』
「さてね。少し調べてみるよ」
『未確認の魔物の可能性もあります。お気をつけて』
「うん、わかってる」
通話を一度終え、剣の持ち手を右手で握りながらゆっくりと木に近づいていく。その瞬間、木の葉の中から影が飛び出し、それと同時に何かが投げつけられる。
素早く大剣を抜き、その刃を盾にするとカカンッ!と硬い物が当たる音がした。
「これは…木の実」
飛んできたのは硬い木の実がいくつか。この程度では相手にダメージを与えることはできないだろう。しかし、そちらに気を取られた瞬間、探索者の後方に気配が現れる。
振り返りざまに再度大剣を盾にすると先ほど飛び立ったであろう影がこちらへと蹴りを放っていた。ガァン!と激しい音と共にすさまじい衝撃が探索者へと伝わる。
「ぐぅ…!?」
想定外の一撃に踏ん張りが効かず、地面を削りながら後方へと押し下げられる。
(こんな一撃を叩き込めるような奴はこんなところにいるはずがないぞ…!?)
B級ダンジョンだというのにS級探索者が体勢が悪かったとはいえ押し下げられるほどの一撃。そんな魔物がいるという報告は今までなかった。ランクとしてはS級の中でも上位…もしくはN級レベルの実力を持つ。警戒度を一気に上げ、その一撃を叩き込んできた相手を見据えた瞬間、探索者が驚きの表情を浮かべた。
「………」
そこには15歳ほどの一人の少年が立っていた。衣服は探索者の物を奪ったのか、サイズが大きい物を縛って身に纏っており、無表情でじっとこちらを見ていた。
「……子供…?」
探索者の言葉に反応したのか、即座にその場で跳びあがり、少年は枝に飛び乗ったのちに枝から枝へと飛び移ってどこかへと向かってしまった。
「まっ………逃げた…のか?」
すでに感知外に逃げられた少年を追いかけることもできず、ため息を吐いてから再度連絡をする。
『もしもし、いかがなさいました?』
「目標と接触した」
『どんな魔物でしたか?』
「…おそらくだが魔物じゃない。人間の子供だったよ」
『…はい?あり得ません。子供に擬態した魔物なのではないですか?』
「その可能性もなくもないけど…たぶん違うと思うよ。少なくとも直接目にして私が擬態を見抜けないレベルの擬態を扱う魔物でなければね」
『…わかりました。あなたがそう言うのならばその言葉を信じましょう。それでどうするのですか?』
「さすがに放っておくわけにはいかないし、捕獲するよ。それでそちらに連れていくから準備しておいて」
『わかりました』
その返事を聞いてから通話を終える。
「さて、行きますかね」
そう言って抜刀と共に駆け出す。先ほど接触したことで少年の気配は覚えた。一度覚えれば探し出すのは難しくはない。周囲に気を配りながら少年が向かったであろう方向に駆け出した。
「…と、そんな感じで俺は見つかって捕まったわけだ」
「そのS級探索者って誰なの?」
「今のギルマス、五月雨五郎だよ。捕まった後、いろいろと検査させられて、そこで俺がかつてダンジョンで捨てられた嬰児だったこと、そして長い間ダンジョンで暮らしていたことで尋常ではないほどの魔力量を持っていたことなどがバレて、いろいろと騒ぎになったらしい。そん時の事はあまり覚えてないがな」
『そりゃ生まれたばかりの子が15年くらいダンジョンで暮らしててめちゃくちゃ魔力を持っていたら騒ぎにはなるよな』
『あれ?でもそこらへんニュースとかになってたっけ?』
「あー。こういうの公表すると強くなるためにダンジョンの中で暮らそうとするやつがいるらしいからってその時は公表しなかったらしいぞ。俺も後々そう言う話を聞いただけだから詳しいことは知らんが」
『あー…』
『確かに長くダンジョンにいれば強くなれるなんて聞けばその分無茶していようとするやつは出てくるだろうな』
「ちなみに言っておくとおすすめはしないぞ。ダンジョンの中にいる時間が長ければ長いほど魔素中毒になりやすいからな。俺はもともと特殊な体質だったらしいからあくまで無事だったってだけみたいだから。っと話がそれたな。んで、その後俺は戸籍が無いからな。クロウのままだと無理だっていう話だからギルマスに名前を付けてもらって今の名前になったんだ。その後ギルマスは探索者を引退してギルマスに。俺は探索者として生活するようになってその間いろいろと社会の事を学びつつ探索者として活動し、二十歳くらいの時に独立して今に至るって感じだな」
その言葉を言い終えると共にフェンリルを囲んでいる魔法陣が消え去った。
「お、タイミングよく回復も終わったか」
そう言って立ち上がりフェンリルの頭を撫でるとわずかな身じろぎと共にゆっくりとフェンリルが目を開けた。
「………あぁ…なんだか懐かしい匂いと魔力がするね…」
「そりゃそうだ。いかんせん15年ぶりくらいか?最後に会ってから」
「そうかい…私達にとってはそこまででもないけど、人の身としては長い時間だったろうね…大きく…そして強くなったね…クロウ…」
「ああ、おかげさまでな」
穏やかに微笑むフェンリルの体にクロウはそっと顔を埋めた。
「そこにいる子達は…クロウの友達かな?」
「えーっと友達というか…なんというか…」
「まあ、探索者仲間かな?いろいろと関係性の名前は変わるからややこしいんだよね」
良い澱むみらいにシェルフが代わりに答える。
「………なるほど。確かにいろいろと複雑なようね。わかったわ、深くは聞かないでおく」
『すっげぇ理知的な狼さんや』
『さすがクロウさんの育ての親』
『魔物にもこんな理知的な人…人?がいるんだなぁ…』
そんな様子にコメント欄でもざわつくが、フェンリルは興味深そうにコメント欄が表示されているカメラを眺める。
「あなたたちの世界ではこんな物があるのですね…」
『近い近いw』
『モッフモフやぞ!』
『これだけ大きくてモフモフなら思いっきり埋もれてみてぇ…』
ワチャワチャとしている中クロウが復活したのか体を軽く伸ばしてからみらいたちのところへと戻ってきた。
「さて…とりあえず一段落したところで申し訳ないが…母さん、聞きたいことがある」
「………あの子達の事かい?」
「ああ。兄さんと姉さんはどこに?というか無事なのか?」
「………生きてはいるよ。無事ではないけどね…」
「…なるほど。まだここに?」
「いるよ。少なくとも別のダンジョンには行ってはいないからね」
「そうか。さて、どうした物か…」
今後の動きを考え始めたクロウを見据えフェンリルが問いかける。
「クロウがここに来たのはそっちの世界で何かあったからでしょう?」
「ん?ああ。N級魔物が結構出てきてな。それの調査もかねて来たんだよ。母さんに隷属かけたの、たぶんその黒幕だろ?」
「だと思うよ。クロウが狙われないように早めに離れたけど、それでもこっちにまで話を持ってきて断ったら隷属させられたからね」
「そんな事だろうと思った。まあ、隷属解除したから向こうには勘づかれているだろう。あとは兄さんと姉さんをどうするかだな…」
「…それに関してだけど、クロウ。一つ忠告しておく」
「んあ?」
「あの子達はもう助からない。殺す覚悟を持って挑むことだね」
「………」
親であるフェンリルの言葉にクロウは黙り込む。しかし、少ししてからフッと軽く笑った。
「母さん。母さんと離れてから15年だ。魔物にとって…母さんにとって15年がどれくらいの長さか俺にはわからない。でもな、人間にとって15年というのは結構長いんだ。だから大丈夫だよ。大概の事なら何とかしてきたから」
「………」
「ちなみにマスター的にどうしようもない状態ってどんな状態なの?」
「んー…ゾンビ化とか?さすがに死後30分以内なら復活させることはできるけど、さすがにゾンビ化されるときついかなぁ…それ以外ならまぁ…たぶん何とかできると思うぞ」
「ほえー」
「さて…母さんも回復したし、そろそろ進むが…ここで最後の確認だ。みらいちゃん、シェルフ、詩織さん。ここから先、これまで以上の危険が潜んでいる。さっきも話したが母さんの隷属を解除したことでおそらく黒幕であろう存在がここに来る。相手の実力や戦力が不明な以上守り切れる確証はない。帰るなら今が最後のチャンスだ。というか危ないから帰ってほしいんだが」
「でもそれじゃあ私達が来た意味ないじゃん。マスターが無茶をしないための私達だよ?この先が一番危ないならその時こそ来た意味じゃん」
『そんな理由でついてきていたのか…』
『まあ、さっきのフェンリル戦を見た感じ、あれ以上の強さの魔物が出たらそりゃ無茶も必要にはなるけど…』
『というか、配信しているならそれはそれで援軍を求めやすくなるんじゃね?』
『むしろそのために配信させているのかと思った。結構クロウさんの個人的なことに関わることだから』
「というわけでついていくよ。みらいさんと詩織さんもそれでいい?」
「うん」
「正直私に何ができるかわかりませんが…私も構いません」
シェルフの言葉にみらいと詩織も頷いたのでクロウは呆れたようにため息を吐く。
「わかった。まああくまで確認だったからな。それじゃあ母さん、悪いけどみらいちゃん達の事頼めるか?まだ回復したばっかで悪いが」
「いいよ。何があってもこの子達は私が守って見せるから」
フェンリルの言葉にクロウは頷く。
「じゃあ行くとしますかね」
クロウの言葉に全員が頷く。そして向かうのであった。まるで招くように放出され始めた異質な魔力を感じるダンジョンの奥へと。
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