S級探索者は過去を語る


「あれは今からおよそ25年ほど前…正確には30年くらい前かな?そのあたりからとある問題が起こっていたんだ」


思い出すようなそぶりをしながらクロウは語る。口を動かしながらも左手ではしっかりと母であるフェンリルの治療を進めている。


「問題…?」

『30年前って結構昔よな』

『みらいちゃん達も生まれてない頃だもんな』

『そのころって今ほどダンジョン関連もそこまで整ってないころよな』


話を聞いているみらい達やリスナーが相槌を打つ。


「今から数十年前。この世界にダンジョンが発生し、当時の国の政府がそれぞれに対処した。そして自然に探索者というダンジョン探索を生業とする人たちが生まれ、戦争にも利用され、魔窟暴走やらで大きな被害が出て、それを重く見た各国が共同で世界中の探索者を管理するということで探索者協会が発足されってのが大まかな流れだな。そしてダンジョンは現時点では探索者しか入ることができないが、そうなったのは今からおよそ20年ほど前。さっき言った問題が発生したことにより探索者ではない一般人のダンジョン入場が禁止されたんだ」

「何か大きな事故でもあったの?」


みらいの問いかけにクロウは首を横に振る。


「発生した問題は『嬰児えいじ遺棄』…生まれたばかりの赤子をダンジョン内へ捨てていく親がよくいたんだよ」


クロウの言葉にみらい達は驚きの表情を浮かべており、コメントもわずかの間だが止まった。


「今はダンジョン入場も管理されており、探索者だけ入れるようになっている。探索者だとしてもパーティー申請をし、入場時と退場時の人数が違えばその報告と即座に捜索隊及び調査隊が組まれる。赤子を連れて行くなんてそもそもできないようになっている。だがそうできるようになったのは20年ほど前だ。それまでは探索者じゃなくてもダンジョンに入ることができて、ダンジョンの入り口付近に子供を捨てる親がちょくちょくいたらしい。探索者協会もそれを防ぐために警戒していたらしいが、まあそうそううまくはいかんかったんだろうね」


今では魔力感知機などで人数などを識別できるようになったが、当時はそういった機械もなかった。人の目だけで監視するには人員が圧倒的に足りなかったらしい。


「……もしかしてクロウさんって…」

「…およそ25年前。このダンジョンに捨てられた赤子の一人だよ」


その言葉にまたコメントの流れと共にみらい達の動きが固まった。


「…生まればかりの赤子がダンジョンにいたらまず生きていけない。魔素中毒に魔物からの襲撃。大人でも下手したら死にかける者を子供…ましてや赤子が生きていけるわけがない。だが俺は運がよかったみたいでな。生まれつき、魔素に耐性があったのか魔素中毒になる事はなかった。そして…」


そっとフェンリルのほうへと顔を向ける。


「魔物に襲われる前に母さん…フェンリルに拾われたんだ」


そういうとみらい達の視線が治療中のフェンリルへと向けられる。その瞬間。


「ぐぅ…ガハァ!」


ビチャリという音と共にどす黒い血反吐をフェンリルが吐き出した。


「きゃあ!?」

「キャンキャン!?」


唐突に血反吐を吐いたフェンリルにみらい達は驚き、子狼はすがるように吠える。


「あー…見た目アレだが大丈夫。隷属やら何やらで内部までめちゃくちゃにされているからそれを直した弊害よ。悪いもん全部吐き出したからあとはゆっくり回復していくよ」


詩織の手から逃れ、結界内にいるフェンリルを心配そうに見ている子狼をなだめるように撫でる。


「さて…話の続きだな。といってもまだ母さんに拾われたって話だけだが」

「でもクロウさん入り口付近にその…おいていかれたんですよね…?」

「あー、気にしなくていいぞ。親の顔すら覚えてないし、特にそこらへん気にしてないから」

『そうはいっても気にはなるよ』

『クロウさん結構メンタルやばい…?』

『まあ顔すら知らない親の事なんて気にするというか、考えるだけ時間の無駄でもあるよな』

「そそ。だから気にしなくていいよ」

「あはは…。それはそれとしてお聞きしたいんですが、入り口付近にN級魔物であるフェンリルがいたんですか?」

「ああ。といっても正確には俺を拾ったのは母さんの子供だけどな」

「え、それってこの子?」


近くに寄ってきたのでワシャワシャと子狼を撫でまわしているみらいが問いかけてくる。


「違う違う。その子はたぶんここ2.3年くらいで産まれた子じゃないかな。その子意外に俺が把握している範囲だと二匹子供がいたんだよ。オスとメスの…俺からしたら兄と姉がね」


そう答えながらあとから聞いたその時の事を思い出す。



「ん?」

「どうしたの?」


いつものように餌を求めてダンジョンの中を移動していた二匹のフェンリル。そのうちのオスのほうのフェンリル(仮称として兄狼)が耳をそばたてて足を止める。

唐突に足を止めたフェンリルにメスのほうのフェンリル(仮称として姉狼)も足を止めて振り返る。


「なんか聞こえねぇか?」

「なんか…って…あれ?」


兄狼の言葉に姉狼も耳をそばたてると、かすかに何かが聞こえてくる。それは木々の葉が擦れるような音や水が流れるような自然音ではない。


「あっちの方か」

「あ、ちょっと!」


駆け出す兄狼の後を少し遅れた姉狼が追いかける。猛スピードで森の中をかけていくとどんどん聞こえてくる音が鮮明になっていく。


「これって…泣き声?」

「あそこだ」


そう言って草むらの中へと飛び込むと、そこにいたのは…


「…なんだこれ…?」


布にくるまれた見慣れない赤子の姿だった。


「何があったの?」

「ほらこれ…」

「これって…最近たまに見かけるあいつらの子供?」

「母ちゃんが人間って言ってたやつか?確かに似てるな…」


そう言いつつ鼻先で匂いを嗅ぎつつ突くと赤子は涙目でこちらをじっと見てくる。


「………なんだよ」


じっと見てくる赤子に戸惑うように声を上げると赤子は両手を兄狼のほうへと伸ばしてきた。

その手がそっと鼻先に触れ、撫でるように動くと、赤子は泣き止みその顔に笑顔を浮かべて嬉しそうにキャッキャッと声を上げている。


「こいつ、俺を見て笑ってやがるぞ」

「だねー。どうするの?食べても言うほどお腹膨れなさそうだけど」

「んー……面白そうだしこれ、母ちゃんに見せようぜ」

「えー…怒られないかな…」

「大丈夫だろ。それにこいつは俺を見て笑ったんだ。そんな奴初めて見たぜ。それだけでも少しは興味持つだろ」


そう言って兄狼は赤子のほうをじっと見ると風が少し巻き上がって赤子をふわりと浮かせた。そのまま自らの背中へと乗せると落ちないように魔法で調整する。


「うし、いったん戻るか!」

「はぁ…まだご飯見つけてないんだけどなぁ…」


兄狼の言葉に姉狼がため息を吐いてから答え、二匹は母親であるフェンリルがいる場所へといったん戻った。



森の中を駆け、母親が待っている場所へと戻る。


「母ちゃん母ちゃん!面白い物拾ったぞ!」

「なんだい、そんな慌てて…。変な物食べたならすぐにぺっしなさい」

「そんな事してねぇよ。ほらこれ」


そう言って背中に乗せた赤子を母親の前へと移動させる。


「これは…人の子?ずいぶんと小さな獲物を持ってきたね。これじゃそれほど腹は膨れないよ」

「食うために連れてきたんじゃないよ。こいつ。俺を見て笑ったんだ。そんな反応初めてでな面白そうだから連れてきたんだ」

「ふぅん…」


そう言ってひょいと赤子の顔を覗き込むと、赤子は目をパチクリとさせじっとフェンリルを見ていた。

じっとお互いに見つめていると、赤子の目に徐々に涙が浮かび上がり、ふぎゃあと泣き始めた。


「お、おお?なんだ?さっきまで笑ってたのにいきなり泣き始めやがった!」

「お母さんが怖かったのかな?」

「違うよ。この子はお腹がすいてるのさ」


赤子を取り囲むように様子を三匹の中心で赤子が泣く。


「腹減ってるのか?なら俺がひとっ走り行ってなんか狩ってきてやるよ!」

「お待ち、人間の赤子は狩ってきた魔物なんて食べれないんだよ」


駆けだそうとした兄狼を母親が止める。


「そうなのか?じゃあどうするんだ?」

「確か人間はミルクとかそういったものをあげるらしいけど…残念ながら私達には出せないからねぇ…仕方ないね」


そう言って母親が鼻先を赤子のお腹のところに鼻先を優しく押し当てるとほのかに明るくなった。そしてその光が灯る間、赤子は自らの親指を加えると目をつぶってちゅぱちゅぱと吸い始めた。


「……これで良し。この子はご飯代わりに魔力をあたえたからしばらくはこれをやっていけばいいでしょう」

「へー…そんな事できるんだなー」

「効率があまりよくないからあまりやる事じゃないけどね。ま、この子の事はこれでいいわ。それで、狩りのほうはどうだったの?」

「あ、そう言えばまだ獲物取れてねぇ!」

「まったく、何してるんだか…ほら、早く狩ってきなさい」

「はーい」


赤子を母親に預け、兄狼と姉狼は狩りへと赴いた。


「全くもう…」


そんな二匹を優し気な瞳で見送り、フェンリルは赤子を抱き込むようにしながら寝そべった。



「……とまぁそんな感じで俺は拾われたらしいんだ」


聞いた時の事を思い出しながらクロウはみらい達へと話した。


「へぇ…」

『意外だな。魔物って人間絶対殺すマン的な物だと思ってた』

「まあ、あながち間違いでもない。ただ、フェンリルみたいに高位の魔物は普通に人間並み…下手したら人間より上の知能を持っているからあとはその個人の性格によるものだよ。フェンリルは結構穏やかな性格みたいで、必要以上の狩りをすることはないからね」


クロウが拾われる前でもダンジョンに来ていた探索者を見つけてはいたらしく、それらに関してさして気にすることもなく見逃していたらしい。まあ、だからこそこのダンジョンにフェンリルがいることが知られなかったんだろうけど。


「その後、俺は母さんたちに育てられ、物心がついたころ…というか、自力である程度動けるようになったころだな。狩りを教わり始めたんだ」



「さて、坊や。これからあんたに自力で生きるための狩りの仕方を教えるよ」

「う?」


母親であるフェンリルに言われ、首をかしげる子供。


「もうやるのか?まだ動けるようになったばっかだろ」


子供と戯れている兄狼が反応する。


「動けるのなら狩りができるように動けるようにならないといけないからね。それにすぐに狩りをさせるわけじゃない。まず、狩りができるようになるための練習をするのさ」


そう言って子供の頭に鼻先を近づける。子供は嬉しそうに近づいてきた鼻先を抱きしめると、ほのかな光が頭の中へ染み込むように消えていった。


「う~?」


突然のことに首をかしげる子供。


「今、坊やに魔力の扱い方を教えたよ。それをやってみるんだ」

「う~…?」


首を傾げつつも言われたように頭に浮かんだことを試してみる。


「う~………うっ!」


ばっと両手を上にあげると子供からとてつもない量の魔力が放出された。


「おー…ずいぶん魔力多いな」

「本当ね。人間の子供ってこれくらい持っている物なの?」

「そうでもないわよ。ただこの子はずっと私たちの近くにいたからね。通常より魔素を多く取り込んでいたんでしょう」


N級魔物であるフェンリルほどではないにしろ、兄狼と姉狼もS級レベルの魔力を有している。その魔物と行動を共にし、時々狩りにもついていっていたのでその分通常よりも魔素の吸収量が多かった。その分魔素中毒になりやすいのだが、そこらへんは問題なかったようだ。


「うう?」


放出された魔力がどんどん減っていき、次第に子供から放出されなくなっていく。

それと共に子供は少しずつふらつき、しりもちつきそうになったところをフェンリルが支えた。


「今のが魔力放出だ。わかったかい?」

「う!」

「それじゃあ次はその魔力を自分の体に込めて強化するんだ。やり方は同じようにさっき教えたからね」

「う!」


先ほどのように魔力が迸る。しかし、先ほど一度魔力を大量に放出したからか、その魔力量は多くはない。そして迸る魔力は子供の足へとまとわりつき…。


「う!」


掛け声と共に子供がジャンプするととんでもない高さまで跳びあがっていった。


「おー…すっげぇ飛んだな…」

「でもさっきだいぶ魔力外に出てたよね?無駄が多い感じかな」

「そうだね、慣れてないから仕方ないけどね」


そんな話をしていると上空に跳びあがった子供が少しずつ落ちてくる。受け止めようとフェンリルが一歩進んだ時。


「キェー!」

「ん?なんだ」

「あ、鳥だ。あの肉おいしいんだよね」


そんなのんきなことを言いながら眺めていると…。


ガシッ!


飛んできた鳥型の魔物は空中で子供を掴んだ。


「うー?」

「「「………」」」


そしてそのままきょとんとしている子供を連れて飛び去ろうとしている鳥を茫然と眺め…。


「待てええええええええええ!!」


一拍遅れてから連れて行った鳥を追いかけて三匹は走りだした。



「あ…焦った…」

「そう言えば私達がいるからめったに来ないけど、この子はまだ弱いから狙われやすいんだった…」


連れ去った鳥を狩り、子供を取り戻したフェンリルたちは疲れたような雰囲気で自分の縄張りまでの道を歩いていく。子供に関しては危機感がなかったのか、楽しそうに笑顔を浮かべていた。


「やはり早急に強くなれるようにした方がいいかもしれないね」


基本的に三匹の中の誰かが傍にいるから大丈夫だろうが、それでも何があるかわからない。早いうちに一人でも狩りが行えるようにした方がいいかもしれない。


「とりあえず気持ち的に疲れたし、思わぬところでご飯手に入れることができたし、今日はさっさと夕飯にしちゃおうかね」

「そうだねー」


少し駆け足で縄張りへと戻り、そこで火を焚く。


「にしても、人間の子供は焼かないと肉食えないなんて不便だよなぁ」

「まあ、そこらへんは生物としての違いでしょ」


息を吐くように火を吐いて軽い焚火にしてから爪で器用に小分けにした肉を焼き始める。


「そう言えば母ちゃん、人間って個人を見分けるために名前つけるらしいけど、この子には名前つけなくていいのか?」

「ふむ…そうだね…。確かにこの子は人間だし、時期が来れば人間たちの世界に戻ったほうがいいかもしれない。そうなったときに名前がないのは不便かもしれないねぇ…」


そういったフェンリルの言葉を聞き、少し寂しそうな表情をしながら姉狼が子供をなめる。

はぐはぐと焼けた肉を食べていた子供はくすぐったそうに笑っていた。


「まあ、この子がどうしたいかはその時にならないとわからないけどそれでも必要な事だから名前をあげようかしらね」


そう言って少し考えるようなそぶりをする。


「…そうだね…『クロウ』…私達は強靭な爪と牙によって相手を屠る。その爪のように強く鋭く生きていけるように坊やにはその名をあげるよ」

「うろうー?」

「クロウ。まだ言葉にできないか」


兄狼が苦笑を浮かべていた。

子供…クロウはゆっくりとフェンリルを指さす。


「まぁま!」


次に兄狼を指さす。


「にぃに!」


次に姉狼を指さす。


「ねぇね!」


そして最後に自分を指さす。


「うろう!」


と、満面の笑みを浮かべて楽しそうに言い、その様子をフェンリルたちはほほえまし気に眺めていた。




「…とまあ、そんな感じで俺は母さんからクロウと名付けられたわけだ」

「…え…ということは…」

『クロウって名前本名だったの!?』

「一応人としての名前はあるぞ。クロウとしてはさすがに戸籍に登録できなかったからな。だから基本的にそれ以外のネットとかではクロウという名前を使うようにしてたんだ」


とあるきっかけで地上に上がることになった。その時にクロウは人として生きる際の名前をもらった。しかし、やはり自分の名は育ての母親であるフェンリルからもらったクロウという意識のほうが強かった。


「ま、それはそれとして…そんな感じで俺は拾ってくれたフェンリルとその子供である二匹のフェンリル…兄さんと姉さんと共に平和に過ごしていた」


そういったクロウが少し顔を上げた。その仮面から見える目はどこか遠くを見ているようだった。


「およそ俺が10歳だった時…。なんの脈絡もなく、母さんたちが姿を消すまでは…ね」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る