S級探索者は調査する
潜ったB級ダンジョンの上層にてA級魔物であるハイミノタウロスが出現した。
本来このダンジョンは上層はC級の魔物、中層の後半あたりからB級の魔物が現れ、最下層あたりではA級寄りのB級の魔物が出現する。
ハイミノタウロスは単身ではB級に近いA級だが、ミノタウロスの群れと共にいた場合A級の真ん中あたりの強さを持つ。
A級の魔物の中では単体ではそこまで強くはないが、それでもこのB級ダンジョンで見かけたという報告は今までで一度もない。
ダンジョンが変異することはなくもないが、それに関しても何かしらきっかけが必要となる。それを調査するためにも一度最下層まで潜らないといけない。そういう変化の事前調査もS級探索者の仕事だったりもする。
「今日ゲリラないといいなぁ」
仕事だからやりはするのだが、長く探索を続ければたまに夕方にやっている推しのゲリラ配信に行けなかったりもする。
だからさっさと片付けたいのだが…。
「なぁんの変哲もねぇな」
調査しつつサクサクと最下層へと向かって進んでいるが、特にいつものダンジョンと変化がない。
基本的に変異しそうなダンジョンの場合、内部に満たされている魔力に変化が及ぼされる。
コア付近の魔力が濃くなり、それ以外が薄くなったり、もしくはその逆だったり、何らかの兆候がダンジョン内部で感じられるのだが、現時点ではそういった兆候が見受けられない。
ここまで何も見つからないとなると、作為的な物を感じるが、仮に誰かが何らかの目的でハイミノタウロスをここに連れてきたとしても、それをやる理由がない。
まあ、思いつかないだけで何か思惑があるのかもしれないが。
「ま、とりあえずさっさと最下層いきますかぁ」
現在いる場所は中層の後半あたり。時間も15時をまわっている。ゲリラ配信がある場合は16時か17時くらいにやるので可能ならばそれまでに調査を終えておきたい。
おかしなものを見逃さないように周囲に気を配りながら最下層へと駆け抜けていく。
もともとの目的であるB級の魔石もしっかり集めながら進んでいくが、やはりおかしなところはどこにもない。
あれから他のA級魔物にかち合うこともなく、魔力にもおかしなところは感じられない。
それが逆にあのハイミノタウロスの異常性を際立たせ、明らかな作為性を持たせていた。
「なんか裏で動いてる奴がいるんかねぇ…」
探索者協会内部の権力争いに国家間のいざこざ。様々なところで利害がいろいろと出てきている。時々それらの話も宗谷には来てる。
まあ、ぶっちゃけそんなの面倒だし、気にする気は皆無だが、それでもどこで何が起こっているかわからない。巻き込まれたら自力でどうにかできるが、それで同居人であるシェルフや推しである桜乃みらいにまで被害が及んでしまったらその国ごと滅ぼしかねない。
ま、さすがにそういったことはないとは思うが、それでもここまで作為的だとせめてその目的くらいは調べておきたいところだ。
周囲や魔力の流れを気にしつつ下層を進んでいくが、それでもおかしなところはない。
「せめて何か手掛かりが欲しい…」
やはりあのハイミノタウロスを調べるしかないかとも思ったが、そこらへんは後でやっておきたかった。というか助けたあの子が配信をやっているのに気づいていたので目立ちたくないからあまり長くあそこにいたくなかったというのもある。
S級探索者として表に出ないといけない時は出るが、それ以外は基本出ないようにしたい。
ただただ推し活用の資金を集めるために探索したいだけで、自分が表に出たいわけではないのだ。
まあ、ハイミノタウロスのほうは探索ギルドに任せておけばそっちでわかるだろう。それがわかってからまたここに調査に来たほうがいいかもしれないな。
そんなことを考えながら最下層に入り込んだ瞬間、そのフロアが異常な魔力に満たされている。
「なんだこれ?」
魔力が濃いとかではなく、異質な魔力。今まで感じたことがない魔力が最下層を満たしている。
ダンジョンが変異するときも確かにこうやって魔力がフロアを満たすことはある。だがその魔力はダンジョン内部にある魔力の濃度が上がるということであり、ダンジョン内にある魔力と全く別の質の魔力が満ちることはない。
「これがイレギュラーの原因か?一番魔力が濃いのは…あっちか」
魔力に満ちているといってもわずかだが濃度に差がある。一番濃い方へと駆けていくがその道中にも違和感があった。
これだけ異質な魔力に満ちているというのに道中で全く魔物に会わなかった。魔物は魔力の影響を受けやすい。故にこの魔力に当てられてBランクの魔物がAランクへと変異したのかと思ったがどうにも違いそうだ。
先ほどまで魔物の気配は感じなかった。しかし、魔力の中心地に近づけば近づくほどそこにいる魔物の気配が感じられる。まるでフロア中すべての魔物が集まっているようだった。
少し離れた位置から魔法で自らの姿を消し、空中へと飛びあがって中心地を見てみる。
「なんだあれ…」
そこには文字通り異質な光景が広がっていた。
その中心地は確かに見える。そこにはクレーターのような凹みとその中心に何か球体のようなものがあり、そこからこのフロアを満たしている魔力が沸きあがっているのがわかる。異常なのはその周囲だ。
クレーターは半径2mほどのものであり、そのクレーターの周囲に大量の魔物がひしめき合っていた。
なぜ魔物が2mほど離れた位置にいるのか。それは簡単な理由だった。
魔物はその球体に引き寄せられているのか、クレーターの中へと普通に入り込んでいく。
しかし一歩クレーターの中に入った瞬間、球体から魔力の鞭のようなものが飛び出て入り込んだ魔物達を捕え、引き寄せ、そのまま一瞬で球体の中へと取り込んでいく。
まるで食事するかのように次々に魔物を捕えては引き寄せ、取り込む。その光景はまさに異常そのものだった。
「よくわからんが…とりあえず良いものではなさそうだな」
あの球体が何なのかはわからないが、今回の異変の元凶であるのは確かだろう。
とりあえずこれ以上周囲の魔物を取り込まれても困るので、両手で魔法を構築し、それを一瞬で複製、展開してクレーター周囲にいる魔物達を一瞬で消し飛ばしていく。
「とりあえずお掃除完了っと。さて、問題はあの球体だが…これどうやって持っていくか…」
新しい魔物が近づいてくる気配もしているのでとりあえず回収しようとクレーターに入った瞬間、ピシッという音と共に球体にひびが入る。
大量の魔物を取り込み、大量の異質な魔力を放っている球体にひびが入る。その結果がここら一帯を消し飛ばしかねない威力の爆発を想定し、少し後方へと下がりながら防御魔法を構築しておく。球体へと入ったひびが徐々に大きくなり、激しい光と共に粉々に砕け散るよりも先にクレーターを囲むようにドーム状の防御魔法を展開するが、思ったような衝撃はこなかった。
しかし、光が収まった時そこには先ほどまであった球体ではなく…。
「ふむ、やっと開いたか」
スーツのような黒服を着た男がただポツンと立っていた。
その男はパッと見だと30前後の男性だが、明らかにおかしい人相だった。
まず肌が赤く、頭からはまるで悪魔のような角が生えている。わかりやすいほどに人とは異なる種族であると示していた。
「まぁた厄介な物見つけちまったよ…」
思わずため息が漏れてしまう。去年保護したシェルフはまだ友好的ではあったが、この男性に関してはなんとも言いきれない。
どうしたものかと考える間もなく、悪魔らしき人物がこちらに気が付いた。
「ほう、この世界の人間か。ちょうどいい、貴様我の下僕となれ。この世界を支配するための足掛かりにする」
「黙れや雑魚が」
とりあえず思いっきり見下されたので反射的に喧嘩売ってしまった。
宗谷の言葉に一瞬ぽかんとしたが、すぐに言葉の意味が理解できたようでこちらをにらみつけてくる。
「貴様…人間風情が調子に乗るでないぞ」
「いきなりやってきて下僕になれとか、お前のほうが調子に乗ってるだろ。文句があるならそこから出てこい」
売り言葉に買い言葉なのは事実だが、それを止める人物がここにはいない。そして初対面にあんなことを言われて礼儀を尽くす必要はない。
とりあえず球体の爆発に備えておいた防御魔法は展開したままなので、そのまま捕えておく。
先ほどまでの会話からしてこちらに対して敵対的な奴らしいので、どうするかを考えておく。悪魔らしき奴…面倒だから悪魔族ってことにしておこう。こいつも外へと出ようと攻撃してくるが防御魔法に防がれている。まあ、大爆発に備えて展開したものだからそうやすやすと壊れることはないが。
それゆえに考える時間はあるので一度スマホを取り出す。時間は16:30。今のところ推しからのゲリラ配信の通知はなし。今日はもうやらない可能性もあるが、17時くらいにやるかもしれないのでさっさとこの件を片付けておきたい。
ダンジョン内でも配信できるように、電話もできる。だから連絡先から探索者ギルドのギルド長を出し、電話をかける。
『…もしもし?珍しいな君から電話がかかってくるなんて、何かあったのかい?』
「ああ。実は今いつものBランクダンジョンに行っているんだが…」
『ああ、あそこか。そういえば先ほどあのダンジョンでハイミノタウロスが出たという報告があったが…それ関連かな?』
「当たり。最下層で妙な球体…オーブかな?それを見つけてな、調査しようとしたんだが、そのオーブが割れてなんか悪魔みたいなやつが出てきたんだ。これどうしよう」
『…ふむ、その悪魔はシェルフ君みたいに友好的かな?』
「俺に下僕になれって言ってきた」
『なるほど。友好的ではなさそうだね。それで今その悪魔はどうしているんだい?』
「俺が展開した防御魔法を壊そうと頑張ってる」
『ふむ…。壊せそうかい?』
「たぶん無理じゃね?」
今のところ防御魔法にヒビを入れることすらできていない。今は特に俺は手を出していないが、追加で軽く強化でもすれば壊すことすらできなくなるだろう。
『なるほど、それほどの実力差があるのなら…無力化させて捕えることはできるかね?』
「まあ、それくらいなら。んじゃあ捕えたらそっち連れていけばいいか?」
『ああ。だがギルドのほうじゃなくあっちの方へ頼むよ。私も事前に向かっておく』
「特殊な方ね。了解。んじゃまた後で」
通話を終え、ポケットへとスマホを入れて悪魔のほうを見る。
「はぁ…はぁ…はぁ…馬鹿な…なぜ壊れぬ…!」
「まだかぁ?思ったより弱いんだなお前」
通話を終えるくらいにはヒビくらい入れられるかな?と思っていたが、それすらできずにいた。
防御魔法に追加で魔力を入れれば耐久値を回復したりもできるが、それなしでほとんど耐久値が削られていなかい。魔力としては異質だが、その量や威力に関してはそこまでこちらと差がないのかもしれない。
「貴様…!」
「気概だけは一人前だな。ほら、出してやろう」
思いっきり嘲るように言ってから人差し指を回して防御魔法を消す。
その瞬間に魔族からすさまじい魔力が迸る。
「クハハハハ!!甘く見たな!確かにあの防御魔法は強力だったが、貴様事態は脆弱な人間!魔族である我を愚弄した罪、死をもって償え!!」
悪魔から放たれた漆黒の獄炎が宗谷へと迫る。しかし宗谷は一切防御行動を取ろうとはしなかった。
直撃しすさまじい熱波が周囲へと放たれる。周囲の地面が溶け、溶岩となっていく。
「ふん、我が提案を受け下僕になれば生き永らえれたものを。浅はかだな」
「いや、浅はかなのはお前だろ」
燃え上がる獄炎が渦を巻き、宗谷の右手へと集まっていく。
「んー…やっぱこっちの魔力とは別の魔力だな…。少し異質な感じだ」
「ばかな…なぜ生きている」
「いや、お前がヒビ一つ入れることができなかった防御魔法を展開できるんだから、それなりの防御力があることくらい予測がつくだろ」
確かにそれなりに威力のある魔法だったが、それでも宗谷を害するには程遠い。
むしろ放たれる前に防ぐこともできるが、使われている魔力がこちらの魔力と少し違う気配がしたのであえて直撃を食らったのだ。
とりあえずこの魔力も研究対象になりかねないので純粋な魔力へとして球体にしておく。
「さて…あとは…まあ、別に今じゃなくていいか」
何かしら調査をしたいのは事実だが、それは今じゃなくても大丈夫だろう。魔封じの魔法もあるが、それが悪魔に効くかわからないので、先ほど手に入れた魔力をわずかに使い、悪魔の魔力を封じることに特化した物に変更しておく。
「さぁて、目的とか知りたいからおとなしくついてきてもらおうかね」
「クッ…!ふざけるなぁ!!」
魔法が効かないとわかったからか、その手に伸びる鋭い爪でこちらに襲い掛かってくる。
その攻撃を回避しつつ悪魔の様子を観察する。
身体能力はそこそこ、自らの体を変化させてそれぞれしやすい攻撃をするって感じのようだ。
今は爪を伸ばして斬撃特化にしているようだ。
そんなことを観察しながら攻撃を避けていると唐突にスマホに通知が入る。
「あ、まさか」
少し大きくかわして悪魔から距離を取り、スマホを取り出す。届いた通知は推しの配信開始の物。即座にアプリを開いて配信部屋へと入っていく。
「よそ見を…するなあああああ!!」
「邪魔」
スマホを見ながら襲い掛かってくる悪魔を殴り飛ばす。
配信部屋に入り、いつも通り『クロウさんが入室しました』という通知が流れる。
「あ、クロウさん。早いねー。今おうち?」
『んにゃ、仕事中―。ってわけで少しROMねー』
「うん、わかった。でもすぐ戻ってきてね?」
いつも通りみらいは穏やかな笑みを浮かべながらいろんな人が来るのを出迎え、雑談していく。その様子を見つつ、インカムでみらいの声を聴きながら先ほど殴り飛ばした悪魔のほうを見てみると。
「あ、やっべ…死んでないよな…?」
10mほど先のにあるちょっとした崖にめり込んでいる悪魔の姿があった。
とりあえず先ほど改良した魔封じの魔法を悪魔にかけ、そのまま両手両足も拘束して身動き取れないようにしてからギルド長が言っていた研究施設へと向かうことにする。
当然帰る時はROMを解除し、他のリスナーに交じって推しと会話をしながら。
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