推しはプレゼントを受け取りS級探索者は動き出す

S級探索者でありみらい達と同じく探索者ギルド公式配信者である速川雷亜がニコニコと笑みを浮かべてみらい達のところに来た。

突然のS級探索者との出会いにみらいはうろたえており、シェルフは警戒心を込めた目でにらみながらみらいの前へと歩み出た。


「おや?ずいぶんと警戒してますね。初対面なので特に警戒される覚えはないのですが…」

「マスターから『雷亜は手が早いから気をつけろ』って配信者になる前に聞いてたから」

「あの人は全く…」


シェルフの言葉に呆れたように雷亜がため息を吐いた。


「えっと…?」

「誤解されないように言っておきますが、確かにファンの子達と食事を共にしたことはありますが、それだけですよ。あくまでファンサービスの一環としてたまたま出会った人と食事に行ったというだけです。それ以上はありませんよ」

「でもその回数が結構多いんでしょ?」

「それは…まあ…」

「だから気をつけろって言ってた」


シェルフの言葉に雷亜は不服そうな表情を浮かべていた。


「それにあなたは女性人気が高いらしいから、下手にみらいさんと一緒にいると炎上する可能性もあるって」

「ああ、それはあり得ますね。私のファンには少々過激な方もおりますし…」


現時点で探索者ギルド公式のS級探索者は二人。

以前模擬戦前に現れた弓親遥とここにいる速川雷亜。遥は弓を主体に戦うのだが、その戦い方は結構派手だ。

弓から放たれる無数の矢はまるで無数に流れる流星のごとくであり、それらに直撃した魔物は例外なく打ち貫かれている。

そして遠くにいる魔物すらも一筋の線と共に頭が貫かれ、撃ち抜かれる。その姿にロマンを感じる男達が彼女の容姿の美麗さと共に夢中になっている。

そして速川雷亜の主に扱う武器は槍だ。

雷亜はその槍と共に雷という珍しい属性を扱うことに長けている。

雷を活かしたその素早い動きは軌道のみを残してすべてを穿つ。パチリと体から迸る雷、そして滑らかながらも鋭い槍捌き、その戦い方はスマートであり、素早い動きによって残された軌道の周囲に残る敵はなしともいわれている。

そのスマートな戦い方とカッコ良さから女性人気が高く、穏やかな笑みも相まってガチ恋勢と呼ばれる人たちもかなりの数がいるらしい。


「マスターはみらいさん第一だからね。危なそうな相手は気をつけろって言うんだよ」

「残念ですね…。せっかくできた後輩ですのでお茶でもどうかと思ったのですが…」

「え!?えっと…それは…」


雷亜の言葉に驚き、どうしたものかと困惑してしまうみらい。

先輩であり、S級探索者でもある雷亜の誘いはうれしいはうれしいのだが、シェルフの言い分もわかるのでどうしたものかと悩んでしまうのだ。

そんな時に…。


「全く、そうやってすぐにお茶に誘うから手が早いって言われるのよ」


そんな声がかけられた。みらい達の後方から聞こえてきた声。その声に振り返るとそこにいたのは…。


「おや、流華ではないですか。報告終わったのですか?」

「ええ。それで追加でギルマスから伝言を頼まれてね」


雷亜と同じくS級探索者である霜崎流華がそこにいた。


「伝言ですか?」

「ええ。シェルフさんと…桜乃みらいさん…であってるわよね?」

「そだよー」

「あ、はい…」

「初めまして。私は霜崎流華。そこにいるナンパ男と同じS級探索者よ」


そう自己紹介しながら穏やかな笑みを浮かべる流華に対し、雷亜は肩をすくめていた。


「ナンパ男とはひどいですね…」

「あながち間違いでもないでしょ。あまり彼女にちょっかいかけていると彼が敵になるわよ」

「それは困りますね。あの人を敵に回すといろいろと大変ですから」


そう言って降参といったように両手を上げる。


「いささか残念ですが私はここで帰らせていただきましょう。みらいさん、シェルフさん、またどこかでお会いしましょう」


にっこりと温和な笑みを浮かべた雷亜はそのままこちらに背を向けて廊下を歩いていった。


「……それで、伝言って?」


少し呆気に取られているみらいを置いてシェルフが問いかけてくる。


「そうそう。ギルマスからの伝言でね30分後くらいにギルマスの部屋に来てほしいって言ってたわよ」

「ギルマスの部屋に?なんだろ」

「以前頼んだことについて話がしたいって言ってたわよ」

「以前頼んだことって…」

「クロウさんについての事かな?」


クロウの名前が出た瞬間に流華の表情が鋭くなった。


「…彼がどうかしたの?」

「んー…明確にどうかしたってわけじゃないけど…なんか違和感があるんだよね」

「違和感?」

「なんというか…余裕がないというか…焦っているというか…なんだろ。うまく言葉にできない」

「そうなの?」


流華がみらいへと視線を向けるが…。


「どうでしょう…私はリスナーとしてのクロウさんは知ってますけど、直接会ったのは最近ですから…でも…」


直接会って過ごした時間はシェルフのほうが長い。それでも配信という枠の中であっても付き合いがあった時間はみらいのほうが長かった。


「何となく…本当に何となくですが、何かを探しているような。そんな雰囲気があります」


その時間はみらいにクロウの感情を的確に伝えていた。


「配信の中でも、彼は常に周囲の人を見ていました。枠の雰囲気を壊さないように。かといって配信が間延びしないように時には話題を投げ、時にはギフトを投げ、緩急をつけてくれていました」


2年以上配信に来てくれていたクロウ。そんな彼は常に配信内でみらいが配信しやすいように気を配っていてくれた。

そんな彼がこちらに気を配ってはいても、それでもどこか上の空な部分があるのを察していた。その様子はまるで…


「迷子になって親を探す子供のような…そんな雰囲気がありました」


いつも頼りになる存在だったクロウさん。その背にたまに寂しさを感じていた。


「…そう…」


流華もクロウこと宗谷とは付き合いが長い。それでもこの二人ほど関係が深いというわけではない。だからこそだろう。そんな風に感じれるこの二人をどこかうらやましく感じていた。


「とりあえず30分後だっけ?」

「ええ。今は彼と傑が報告してあるから、それが終わったあたりで来てと言っていたわ」

「そうですか…。どうしよっか。どこかで時間潰さないといけないよね」


30分というとどこかへ行くには短すぎるし、何もしないには長すぎる。中途半端だから時間を潰すにも困ってしまう。


「あ、そう言えば」


そんな中シェルフが思い出したように一枚の封筒を取り出した。中にはチケットのようなものと一枚の紙が入っていた。


「それは?」

「ギルドに併設されている預り所のチケットとその預り状の控えだね。どうしたの?」

「マスターから渡されてたんだ。試験に合格したお祝いが預けてあるってさ」

「お祝いって…前に言ってた魔弾かな?」

「それとたぶん衣装だと思うよ。何着かマスター作ってたみたいだし」

「そうなんだ。……あれ?それって私のも?」

「うん」

「どうやって?」

「どうやってって普通に依頼したんじゃない?デザインとか決めて」

「でも、私の服のサイズとかは…」

「あ~……」


みらいが懸念していることがわかってシェルフがちょうど近くにいる流華のほうを見る。


「一応言っておくとそう言ったスリーサイズみたいなものはよほどの理由がない限りS級でも閲覧は不可よ」

「それじゃあ…」

「試験前にいろいろと測定したでしょ?そのデータをデザイナーに渡して作ってもらったんじゃないかしら。それか大雑把な数字で作ったかのどっちかでしょ」

「そうだよね。クロウさんがそんな勝手に人のスリーサイズ見たりしないよね」

「そこらへんはきちんとわきまえているから大丈夫だよ」

「だよね。それじゃあ行こっか」


みらいはシェルフと流華と共に預り所へと歩き出す。


「流華さんも来るの?」

「彼がどんな衣装を用意したか気になるのよね」

「なるほど。それは確かに」


そんな話をしながら歩いていると預り所へと到着した。


「すいません。荷物を預けてると思うのですけど」


手続きするということで代表してみらいが封筒を渡した。


「はい。確認いたしますので預り状の控えはお持ちでしょうか?」

「これです」


そう言って封筒の中に入っていた控えを差し出す。


「えっと…すいませんがこれご本人様では…ありませんよね?」

「はい。預けた人から渡されたんですけど…」

「そうですか、何か証明できる物とかはありますか?」

「証明…ですか?」

「はい。すいません、手続き上必要な物でして…。中には預けられた貴重な物を奪うために襲撃して預り状を奪う人もいたりするので…」

「あー…そっか。シェルフちゃん何か預かってる?」


みらいの問いかけにシェルフは首を横に振る。


「その子達は大丈夫だよ。私が保証するから」


見かねた流華が後ろから声をかける。


「あ、流華様!大丈夫でしょうか?」

「うん。何かあったら私が責任取るから」

「かしこまりました。S級探索者である流華様の保証があるなら問題ありません。少々お待ちください」


そう言って預り状を持って事務員が奥へと入っていく。


「ありがとうございます流華さん」

「気にしなくていいよ。にしても彼も詰めが甘いわね」

「たぶんめったに利用しないから詳しく知らなかったんじゃない?」

「あー、そうかもね」


空間収納の魔法を扱えるクロウは基本的にこういった預り所のようなものを利用することはない。今回のように用意した物を別の人に引き渡す際の中継として扱うことはあるだろうが、おそらくそれも今回が初だろう。

そんな話をしている間に奥の扉が開き、二つの箱を持った先ほどの事務員とその後ろに大きめの箱を一つずつ持った二人の事務員が受付に来た。


「…大きい箱ですね…」

「ええ。でも見た目ほど重くないんですよ。服が入っているとのことなので。それでは受け取りのサインをお願いします」

「わかったわ」


先ほどの話の流れから流華がサインをする。その間に預けられている箱を受付の上に並べていく。


「はい。これでいいかしら?」

「…はい、大丈夫です。ご利用ありがとうございました」

「ありがとう。それじゃあ近くに更衣室もあるし、まずそこに行きましょうか。預けられた服がきちんと着れるか確認しないといけないだろうし」

「そうですね」


ひょいとシェルフと流華が大きい箱を持ち上げる。服だと聞いた通り大きさの割に重さはない。


「みらいさんはその二つの箱持ってきてねー」

「あ、うん」


運ぶ前に大きい箱を持たれ、あわあわしていたみらいにシェルフが告げる。

そのまま流華の案内で預り所近くにある更衣室へと向かった。


「ここは申請さえすればそれなりの時間使っても大丈夫だから、箱開けて中身見てみようか」


そう言ってそれぞれが箱を下ろして開けてみる。


「こっちの大きい箱はやっぱり衣装だね。防御力とかはどんな感じなんだろ?」

「たぶんそんなに強くないと思うわよ。彼の事だから一つ上…今あなたたちがF級だからE級…行ってD級までは耐えられる程度の装備だと思うわよ」

「えっと…これもでしょうか?」


そう言ってみらいが差し出したのは持ってきた二つの箱に入っていた物。そこには二丁の魔銃とそれに対応しているであろう魔弾20発が並んでいる。もう片方の箱にはグリップの少し上のところに輪っかがついている双剣が入っていた。


「んー…そうね。魔銃自体はそれくらいの物ね。魔弾に関しては最大容量の物だけど。双剣も少し魔力を通しやすくはなっているけどそれでもそこそこの物って感じかしら」

「わぁ…」

「魔弾はかなりの魔力の容量があるんだっけ?」

「そうよ。まあ、これはほぼすべての魔銃で扱える弾だし、使用者登録もできるから分不相応だとしても奪われる心配はないでしょう。遠慮なく受け取りなさい」

「わ…わかりました…」

「まあ、そもそも彼がみらいのバックにいると知って奪おうとするのはよっぽどの馬鹿だと思うけどね」

「あはは…」


N級魔物をたやすく倒せるだけの実力者。そしてその実力者はみらいを推しているということを隠すこともなく行っている。そんな人物の物を奪おうとすればどうなるか、そんなものはわかりきっているだろう。


「双剣はシェルフちゃんのかな?」

「だと思うよー。結構しっくりくるし」


そう言って箱から取り出した双剣を持って軽く振るう。輪っかには指を通してクルクル回して持ち方を変えたり等している。


「とりあえず武器のほうは後で鍛錬場で確認するとして、まずは服を着てみようよ。私の分もあるみたいだし、次の配信で着るでしょ?」

「そうだね。サイズの確認もしなきゃだしね」


そう言いつつみらい達は大きい箱に入っている衣装へと手を伸ばした。



同じころ。ギルマスの部屋にて。


「…とまあ俺のところはそんな感じだな」

「そうか、わかった。ありがとう」


傑の報告を聞きながらまとめていたギルマスが大きく一つ息を吐いた。


「現時点で他のダンジョンに関してもS級探索者達に確認させた。その結果ほぼすべてのダンジョンでN級魔物が発見された。すべてを討伐…とまではいかなかったようだがな」

「そうなのか?」

「ああ。中には即座に撤退を選ぶ者もいたようだ。追撃しようにも転移のようなことをされたらしく、追跡不可能だったようだ」

「ふぅん…」


同じくギルマスの部屋で変装を解除したクロウこと宗谷はも報告を聞いていた。


「やはり何かしら大きな意思が背後にあるとみて間違いないだろう」

「どういうことだ?」

「勝てないから逃げた。じゃなくて何者かの指示で撤退した。ってこと」

「なるほど!」

「…厄介そうな話だな…」


はぁと思わずため息が漏れてしまう。


「んー…まあよくわからんが俺はとりあえずいつも通り魔物を倒せばいいんだろ?」

「まあな」

「わかった。なら考えることはお前に任せる!というわけで俺は帰るぞ」

「ああ、はいはい。お疲れさん」

「おう!またな!」


そう言って元気いっぱいといった様子で傑は部屋を出ていった。


「…相変わらずあいつの体力は無限かよ…」


複数のダンジョンを踏破し、何体ものN級魔物と戦闘をしたというのに疲れた様子のない傑に思わずつぶやいてしまった。


「…それはそれとして君に一つ報告がある」

「報告?」


神妙な表情をしているギルマスに宗谷も目を細める。


「先ほども言ったようにほぼすべてのダンジョンでN級魔物が観測されたわけだが…。N級魔物が確認できなかったダンジョンもいくつかあった」

「そこはたまたまN級魔物が出現しないダンジョンだったとか?」

「それに関しては不明だ。調査の際にダンジョンコアの調査も任せたがすでに魔力が通常通りの量になっていて判断がつかなかった」

「…出現していないのか、それともすでにその場から離れたのか…」

「それに関しては今後の調査次第といったところだな。それでそのうちの一つのダンジョンなのだが…君と私が初めて会ったあのダンジョン。覚えているだろうか?」

「……ああ」

「そこもN級魔物が確認されなかった場所だ」

「……そうか」


短く返事をして宗谷は立ち上がる。


「どこに行く気だ?」

「…今日はいかないよ。行くとしても明日か明後日だからな」


ギルマスの問いかけに答えともいえない答えが返ってくる。それだけで何かしらギルマスは察したようだ。


「…やはりいるのか?」

「ああ、いるよ。あそこにはN級魔物が。…30年以上前から…ね」


そう言って宗谷は部屋から出ていく。


「……宗谷…あそこで何があったのだ…?」


ギルマスの呟きに答える者はいなかった。



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