S級探索者の推しは帰還し探索者となる


クロウがダンジョンコアの部屋を調査している間。

みらいとシェルフ、詩織の三人はN級魔物を討伐した傑とボス部屋で待機していた。


「それじゃあ他のダンジョンにも?」

「そうだな。基本的にボス部屋以外にはいなかったな」

『N級魔物はボス部屋出たりしないのかな?』

『出れなかったのか、出なかったのか、出る理由がなかったのか…それだけでもだいぶ変わるよね』

『何か過去の情報でないか探ってみる』


待っている間時間が空いたので軽い雑談をしていたのだが、やはり目下の話題は先ほど戦ったエルダーリッチや以前の配信に出現したカーミラなどのN級魔物に関してだ。


「今リスナーさんがN級魔物について調べ始めたらしいですけど、剛川さんは何か知らないんですか?」

「さてなぁ。俺はそう言うのには疎いからなぁ…ギルマスなら何か知っているかもしれんが…」

「私も少し気になってあの後データベースで調べてみたんですが、まともな情報がほとんどなかったんですよね…」


そう言いながら詩織がため息を吐く。


「シェルフちゃんは?クロウさんから何か聞いてない?」

「ん?んー…特に何も。でもマスター何か知ってはいそうなんだよねー」

「そうなんですか?」

「うん、何か真剣な表情で何か考え込んでたんだよねー。だから何か知っているとは思うけど…」

「あいつが真剣な表情でねぇ…思いのほかまずい状況なのか?」

「んー…たぶんそんな感じではないと思う」

「なんで?」

「だってその状態だったらみらいさんの探索止めるから」

「え」


唐突に自分の名が出てきてみらいはポカンとしてしまう。しかし、リスナーはそうでもないようで。


『そりゃそうだ』

『クロウさんが危険な状態のダンジョンにみらいちゃんを連れていくとは思えん』

『仮に問題があるとしたらまず問題を解決してから行かせるよな』

「お前ら俺をなんだと思っているんだ…」


呆れた声と共に調査を終えたクロウが姿を現した。


「あ、クロウさん」

『あ、過保護さん』

『調査終わったの?保護者さん』

『みらいちゃん護り隊隊長さんお疲れ様です』

「お前らな…というかまたなんかよくわからん隊に入れられた上に隊長になってるし…」

『N級出てきて真っ先に駆け付けたし間違ってはいないじゃん?』

「まあ、嫌なわけじゃないからいいけどな…」


呆れたようにため息をついてしまう。


「んで、調べたいことは終わったのか?」

「ああ。大体予想通りの結果でな」

「そか。んじゃあ報告がてらギルドのほうへと行くか」

「だなー。…ところで帰りどうするか」

「どうするって何がだ?」

「いや、みらいちゃん達は探索者の最終試験だっただろ?ボスを倒して合格をしたとはいえ、探索者はダンジョン脱出まで油断してはいけないものだ」

『帰るまでが遠足ですってやつだな』

『ダンジョンを出るまでが探索です』

「まあ、そう言うことだな」

「つまりクロウさんと剛川さんが一緒にいることで試験の帰還時の難易度が減少して評価に影響を与えることを懸念している、と。そう言うことでしょうか?」

「そんなところ」


詩織がクロウの懸念を的確に言ってくれる。


「何難しいこと考えてんだ。気にせずかえりゃいいじゃねぇか」


しかし、傑は特に気にせずそうのたまった。


「普段の探索なら気にしないんだがなー。まがりなりにも試験の帰りだからな」

「そうですね…」


今回の探索者の監督官は詩織だ。S級探索者の権力ならばその決定も覆すことができるが、そんなことをする必要も理由もない。だからここでは詩織の判断に任せる形を取っている。


「行きに関しては問題ありませんでした。そのうえでボスであるゾンビスパイダー戦に関してもずいぶんと余裕がある状態で討伐が完了しています。そこから判断するとよほどのことがない限りは問題なく帰還できると判断できます。まあ、そのよほどのことが起こってはいるのですが…」


言いながら思わず苦笑を浮かべてしまう詩織。


『そりゃN級魔物登場なんてそうそう起こってほしくないことだからな』

『でも2連続でN級魔物出てきてるんだよなぁ…』

「あれは今が特殊な状況ってだけ…ですよね?」

「知らん!」

「まあ、そう考えていいだろうな」


はっきりと答える傑に代わってクロウが答える。


「N級魔物はめったに出てくるものじゃない。それがここまで頻繁に…というか同時期に複数のダンジョンで出現したってことは何らかの要因があるってことだろうからな。それが無くなればたぶん収まるぞ」

『その要因って?』

「そこまではわからん。さすがにまだ調査段階だからな」

「そこらへんはギルマスあたりが調べてんじゃねぇの?」

「どうだろうな。それを調べるためにもいろいろと動いているだろうし」

「ですね。ということで特殊環境下は除外して考えたとして問題なくダンジョン制覇できると判断しました。なので帰還時にお二人と共に行動を起こしても大丈夫ですよ」


監督官である詩織から許可が下りた。


「そか、じゃあ帰るとして…俺はいつも通り走って帰るが他はどうするんだ?」


傑が問題ないとわかったようで聞いてくる。


「あー…じゃあせっかくだから俺がみらいちゃん達連れてお前の後ついていくよ」

「お、そうか。じゃあそうしてくれ」


クロウの言葉に傑が満面の笑みを浮かべていた。


「んじゃちょい待ってくれー」


そう言って空中に魔法陣を浮かべるとそこに手を突っ込む。魔法陣に突っ込まれた手はそのまま消えて反対側から出てくることはなかった。


「え~っと…あったあった」


何かを探していたような動きをしていたクロウが見つけたようで魔法陣から手を引っこ抜く。その手には巻かれた大きめの絨毯が持たれていた。


「絨毯?」

「というか、今の…え?」

『さらっとやったけどあれって空間収納の魔法陣?』

『え、使える人いるの?』

『まあ、クロウさんがあの人だとすれば使えてもおかしくはないけど…』

『正体隠す気ないでしょこの人…』

「気にするな!」


そう言いつつ絨毯を広げる。その広さはかなり大きく、2m×2.5mほどだ。


「いやー、知り合いにもらったはいいけど使う場所無くてなぁ」

「それはいいけどなんでここで広げてるの」

「移動手段よ」


シェルフの問いかけに答えつつ魔法陣を絨毯へと付与する。

輝きながら展開される魔法陣は溶け込むように絨毯へ染み込んでいく。するとふわりと絨毯が浮き上がった。


「ほい、空飛ぶ絨毯のかんせーい」

「え!?」

「クロウさんすごーい!!」


驚く詩織と感激するみらい。その横でシェルフは呆れたようにため息をついていた。


『なんかさらっとやべぇことしてね?』

『え、これさっきまで普通の絨毯だったんだよね?』

『だと思うぞ。それなりに高級品だったと思うが、俺も一回ネットで見たことあるし』

『それをさらっと魔道具にしたってこと?』

『まじでやべぇなこの人…』


コメントですらざわざわと戸惑いの様子がうかがえる。


「マスターもう正体隠す気ないでしょ」

「今更だろ?」

「ならその不審者スタイル解消すれば?」

「それは断る!」


はっきりと断るクロウにシェルフは再度重い溜息をついた。


「うし、とりあえずみらいちゃん達これに乗って。傑の後を追いかけるから」

「え、でも走っていくのなら私はついていけますよ?」


クロウの言葉に詩織が戸惑いながら答える。乗るのが怖いというよりも、恐れ多いといったような印象だ。


「あー…あいつについていくの並大抵の奴じゃ無理だから。普通に乗ったほうがいろいろと楽だぞ」


そう言っている間にシェルフがひょいっとジャンプして浮いている絨毯へと飛び乗る。


「おー…ふかふかとも違うし…なんか不思議な感じー」

「ほらみらいちゃんも」

「あ、うん。ありがとう」


手を差し出してエスコートするようにみらいを絨毯の上に乗せる。


「詩織さんもどうぞ」

「あ、ありがとう…ございます…」


同じく詩織にも手を差し出して乗るのを手伝う。

三人が乗ったのでクロウもぴょんと絨毯の上に飛び乗った。


「うし、んじゃあ帰るかー」

「おう!行くぞー!」


そう言って駆け出した傑は一瞬で姿が見えなくなった。


「…え?」

『…あれ?』

『どこ行った?』

「普通に走っていっただけだぞ。こっちも行くからしっかり捕まってろよー」


そう言って防御魔法を展開してから猛スピードで空飛ぶ絨毯で傑を追いかけていく。


「ひゃあああああああああああ!!」

「おーーー」

「----!!」


突然の猛スピードに悲鳴を上げるみらい、楽しいのか少し目を輝かせているシェルフ、声も出せない詩織。そんな三者三様のリアクションを気にせずにクロウはスピードを上げて傑を追いかけていく。


『なんつうスピードだwwww』

『え、待ってこれで追いつけないってどんなスピードなん?』

『というかドローンが追いついていることに驚きなんだが』

「あ、それ防御魔法の内部に入れてあるからついてこれてるだけぞ」


配信用のドローンを置いていくわけにはいかないので移動前に張った防御結界で慣性などからも守れるようにした。


「それはそれとして見えたぞ」


そう言って示した先にはもうもうと立ち込める砂ぼこりが見えていた。


『え?どこ?』

「まだ少し遠いか?そろそろ追いつくとは思うが…」


そう言って少しスピードを上げると、徐々に傑との距離が近づいていく。


「フハハハハハハハハハ!!」


高笑いしながら疾走している傑はその勢いそのまま進路上にいるスケルトンやゾンビを吹き飛ばして粉々にしていく。


『わぁ…』

『見ろ!モンスターがゴミのようだ!』

『え、これ何かの攻撃?』

「いや、ただ身体強化して走ってるだけだぞ」

『それだけでモンスターがあんな風に…』

「まあ、あいつは走ってるだけだが、列車で轢かれるより威力としてはあるからな~」


そんな話をしながら傑に近づくと向こうもこちらに気が付いた。


「おう、遅かったな」

「こっちは乗客いるんだ。安全運転は必要だろうが」

『安全運転とは』

『クロウさん後方をご覧ください』

「んあ?」


コメントに促され後方を見ているとシェルフはすさまじい速度で流れていく風景を眺めているが、みらいと詩織は俯いて震えていた。


「あー…まずったか?二人とも大丈夫?」

「だ…大丈夫…」

「はい…ちょっと驚いただけなので…」

「おいおい、ちゃんと気にしてやれよ」

「黙れ元凶」


走りながらも呆れたように言ってくる傑にクロウははっきりと反論した。


さて、その後ダンジョンを無事に脱出し、配信を終えたので報告のためにギルドへと来ていた。


「んじゃあ俺は傑とギルマスに報告行ってくるから。シェルフ、あとは任せたぞ」

「はいはーい」

「またね、クロウさん」

「お疲れ様でした」


クロウと傑はギルマスへの報告のために奥へと向かっていった。


「……クロウさん、あの格好のままで大丈夫なんだ…」

「あはは…外では不審者みたいな格好ですが、ギルド内では割とよくあるので…」

「え、あれが?」

「はい…。仮面で顔を隠す人やローブを着ている人、フルアーマーの人もいますから、問題さえなければああいう装備なんだ。って感じで特に気にされないんだ」

「へぇー…」

「さて、とりあえずこちらはこのまま受付のほうへと行きましょう。そこで報告を済ませ、手続き後に配布されるギルドカードを受け取れば試験は終了だからね」

「わかりました」


詩織に促され、みらいとシェルフは受付へと行く。


「すいません」

「はい、お待たせいたしました。いかがなさいましたか?」

「探索者試験でG級ダンジョンをクリアしたんですけど…」

「かしこまりました。監督官様は…」

「私です」

「はい。ギルドカードの提示をお願いいたします」

「はい」


詩織が受付にギルドカードを渡し、それを読み込んだのちに受付にあるPCを操作し始める。


「………はい、確認が取れました。では後程監督官様に探索者カードをお渡ししますので、カードが完成するまで控室でお待ちください」

「わかりました」

「じゃあ二人はこっちに来てね」


そう言って詩織に案内されカードが来るまで二人はのんびり体を休めながら待っていた。

そしてしばらくしてから詩織が二つのファイルを手に戻ってきた。


「お待たせしました。はい、これがあなたたちの探索者カードとなります」


そう言ってそれぞれにファイルを差し出す。

みらいがファイルを開くと中にカードが張り付けてあるページがあり、その後ろにギルドの規約などが書かれているページがあった。


「そのカードを所持していることで探索者として活動することができます。その討伐数やダンジョンの踏破記録によって探索者ランクを上げることができたり、新たなダンジョンに行けたりします」

「最初に行けるダンジョンってここに書かれてる奴だけ?」

「はい。FランクとEランクが主です。それ以上のダンジョンは現時点ではまだ二人だけではいけませんが、例えばそうですね…クロウさんのように高ランクの探索者が一緒の場合はその限りではなくなります。ただ、それでもきちんと自分の身は自分で守れる場所に行くようにしてください」

「ランクを上げるには何か手続きとか必要ですか?」

「はい。ランクを上げる際の条件が達成できればギルドのほうからランク上昇許可の連絡があります。Dランクまではその後ギルドにて手続きをすればランクが上がりますが、それ以降はテストもあります。まあ、それはその時にまた説明を受けると思いますので」

「わかりました」


その後簡単な説明を一通りしてから詩織は手を叩く。


「さて、これで探索者試験は終了となります。これでお二人は探索者となりました。これから先、あなた方の前には様々な出会いが、冒険が、そして危険が待ち受けているでしょう。そんな中でもちゃんと自らの命を大事にし、決して無理しないように。それをきちんと念頭に置いて探索者として活動してください」

「「はい!」」


二人の元気のいい返事に詩織は笑みを浮かべて頷く。


「短い間でしたがお二人と過ごして楽しかったです。また何かの機会で共に探索するときは今度は仲間として。しっかりと頼りにさせていただきますからね」


詩織のその言葉にみらいとシェルフも頷いた。


「それではこれにて今日の予定はおしまいです。お疲れ様でした」

「お疲れ様でした」

「おつかれー」


それぞれ挨拶をしたのちにみらいとシェルフは控室を後にした。詩織はこの後報告を済ませないといけないらしいので控室に残っている。


「さて…この後どうしよっか」

「帰る?まだ時間は…夕方になる少し前か。どっか寄っていくのもありかなー?」


そんなことを話していると…。


「おや…君たちは…もしかして、桜乃みらいさんとシェルフさん…ですかね?」

「え?」

「ん~?」


唐突に名前を呼ばれ振り返ると、そこには20代後半くらいの金髪の青年が温和な笑みを浮かべてこちらに歩いてきた。


「えっと…そうですけど…あなたは…?」

「ああ、すいません。初対面の方に失礼でしたね。初めまして私は『速川雷亜』…あなた方と同じギルド公式配信者のS級探索者です」


そう言って青年…雷亜はペコリと一礼した。

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