S級探索者達はハーネスを受け取る

従魔登録の申請書を出した三日後。ハーネスの最終調整をするためとクロウ達はギルドの従魔登録場へと来ていた。そこにはこの間受付してくれた子がおり、クロウ達に気が付くとそのまま奥にある従魔の鍛錬スペースへと連れてきてくれた。


「おう来たか。準備できてるぞ」


そう言っていくつかのハーネスをクロウ達へと渡す哲哉。


「相変わらずいい仕事してんなぁ…でも、なんか妙なもん刻まれてねぇかこれ…」

「まあな。それなりに機能追加したからな」

「余計なことはするなって言っただろうが…」


哲哉の言葉に呆れたようなため息が出てしまう。


「まあいい。とりあえず装着して動きを阻害しないか、違和感ないか調べるか」

「だねー」


それぞれクロウはマーサに、シェルフはリルに、みらいはエメルに、詩織はフィンにハーネスをつけてあげる。


「大丈夫?苦しくない?」

「ワン!」


大丈夫!とでもいうように元気いっぱいにエメルは吠える。


「動きにくいとかもないか?」

「大丈夫よ。でもこれ、なにか付与されているわよね?なにか不思議な感じがするけど…」

「ほう、さすがはフェンリルといったところか。気づくか」

「細かな物はわからないけど…これ、左右についているポケットにつながっている感じね。何を仕掛けてあるの?」

「左右のポケット…というか、ポシェットには空間収納…俗にいうアイテムボックスだな。その魔法が付与されている。というか、クロウの奴にさせた」

「私がやりました」

「何してんのマスター…」

「いや、もともと従魔って戦闘の補助もだけど、荷物持ちとして連れていく人たちもいるんだよ。で、そういう人には持ち込みのアイテムボックスをハーネスにつけるんだよ。で、そのために俺が付与したアイテムボックスを哲哉に渡して縫い付けておいてもらったんだよ」

「いつの間に…」

「ここに来た翌日に持って行ったよ。付与だけはその日のうちに数分用意してな」

「いきなり朝にこいつが来たと思ったら八つもアイテムボックスを持ってきたからさすがに呆れたよ」

「みらいちゃん達に渡すんだ。中途半端な物を渡す気はないよ。それに、基本的にはランクに合った物を渡すが、これを装備するのは母さん達だからな。まあ、過剰な物でも問題はないだろうと思ってな」


ランクに見合わない高ランクな物を持つと他の探索者に目をつけられて奪われることもある。だが、N級魔物であるマーサや、そこまではいかなくてもS級魔物相当のフィンとリルから狙うような奴はいないだろう。エメルに関してもB級魔物相当。奪うにしても抵抗はされるだろうし、難易度だって低くはない。そもそもの話、背後にS級探索者であるクロウがいるのだからわざわざ狙うというやつもいないだろう。


「でも、これ、俺が付与した奴意外に何かつけられているだろ。なにしたんだ?」

「まあまあ、それは後で見せるとして…とりあえず全員着けたのなら軽い説明するぞ。そのハーネスが従魔の証だ。首元にカードを入れる場所があるだろ?そこに前に渡した首輪につけてある従魔登録証を入れてくれ」


哲哉に言われ、それぞれが首輪から従魔登録証を外してハーネスのカード入れへと差し込む。


「それでダンジョン外でも連れまわしても問題なくなる。といっても、魔物が歩いていることに違いはないわけだから、周りを怖がらせるようなことはしないようにな」

「ああ」


哲哉の言葉にそれぞれが頷く。


「それとそれぞれの成長に合わせてきちんとハーネスのサイズを合わせられるようにしてはいるが、それでも限界がある用なら持ってきてくれ、無料で調整してやろう。それとマーサのほうに関してはサイズを自在に変えれるって話だから、伸縮性の高い素材で作った。まあ、よっぽどの巨体にならなければ切れることはないはずだ」


サイズの変更前後を測定してある哲哉故にどのサイズでも対応できるようにしてあるのだろう。


「あとは戦闘時の動きに問題ないかどうか、それを確認したいのだが…クロウ」

「へいへい。相手できるの俺だけだからな。久しぶりの鍛錬と行こうぜ」


そう言ってきている外套を脱いで動きやすい状態になる。


「いいねいいね。今のクロウがどれくらい強くなったか気になってたんだ!さっそく俺からやらせてもらうがいいよな?」


そう言ってフィンはマーサたちを見る。


「仕方ないわね…。いいわよ。その後は私だからね」

「やれやれ…我が子ながら血の気の多い…。まあこれが魔物の性なのかもしれませんね」


やる気満々といったフィンにリルとマーサも呆れたようにため息を吐いていた。

エメルだけよくわかっていないのか首をかしげている。


「あ、先に言っとくが魔法は使うなよ。お前の魔法に耐えられる場所なんて地上にないんだから」

「わかってるよ。そもそも多重魔法陣使わなければ壊せる物の方が少ないだろうが」


哲哉の大げさな言葉にクロウはため息を吐いてしまう。しかし、その表情には笑みが浮かんでいた。


「といっても興が乗ってやりすぎる可能性はある。結界ぐらいは張っとくから安心しな」


そう言って指を鳴らし、戦闘範囲に高硬度の防御結界を展開した。


「んじゃ、さっそくやるか。時間ももったいないし」


そう言って防御結界の中へクロウとフィンは入っていく。


「すげぇ、こんだけしっかりした防御結界なのに中に入れるのか」

「一度だけ…というか、俺と兄さんだけだけどな」


そう答えつつ互いにそれなりの距離を保って立ち止まる。


「じゃあ行くぜ!いきなりやられるなんて興ざめはやめてくれよな!」

「わかってるよ!むしろ一撃でも入れたらなんかご褒美でもあげるよ兄さん!」

「ぬかせ!」


その言葉を合図にクロウとフィンの姿が消える。

そして一瞬後にバァン!という衝撃音と共に二人が着地した。


「なんで一瞬後から動いたのに同じタイミングで攻撃捌けるんだよ!」

「それだけ俺が速くなったってこと…さ!」


その言葉と共に床を蹴って一直線にフィンへと迫る。そのまま横なぎの蹴りを放つが、それを飛び越えるように避けたフィンは鋭い爪をクロウへと振り下ろすが、それを軽く横にずれることで回避する。そのまま軸足でジャンプするように足を上げて蹴り上げるが、その足にフィンは後ろ足を乗せて勢いそのまま天井までジャンプする。

そして空中で体を反転させ、天井に着地すると共に即座に飛び出し、クロウへと迫っていく。勢いそのままに爪を振り下ろすが、避けられ、そのまま噛みつこうとするがそれも回避される。噛みつきの勢いのまま体を素通りさせるが、その後で尻尾を鞭のごとくしならせてクロウの顔を狙う。


「あぶな」

「なんでこれもよけれんだよぉ!!」

「最後の鍛錬からかなりの場数を踏んでいるんでね!」


フィンの文句に答えつつ、楽しそうに笑うクロウ。フィンは一向に攻撃を当てることができずに焦れていた。そのせいで攻撃が単調になりつつあるのだが、そのことにフィン自身も気づいていない。


「やれやれ…完全にクロウのペースだねぇ」

「だねー。にしても本当、しばらく見ない間に強くなったよねぇ…」

「マーサさん達といた時のマスターってどんな感じだったの?」

「立場が完全に逆だったよ。クロウが攻撃をして、それをフィンが避け続けて…焦れたクロウの攻撃が単調になったところを投げられておしまいって感じだね。…ほらあんなふうに」


そう言うと共に戦っているクロウ達のほうを見ると噛みつきを避けたクロウがフィンの体の横へと回り込み、そのまま抱きあげた。


「ちょ!?おい何する気だ!?」

「鍛錬の最後はいつもこうだった…ろ!」


そう言って満面の笑みで結界の方へとフィンをぶん投げると、ビターンという音と共にフィンが大の字になって結界に張り付いた。


「ふいー。昔のリベンジ達成!」


ずるずると結界を滑り落ちてくるフィンを見ながらクロウは満足げにそう頷いた。



「クソ…まさか一撃も当てることができないとは…」


シュンと耳と尻尾を垂らしながらフィンガ落ち込む。


「兄さんたちと離れて十五年くらい経ってるからな。俺だって成長するんだよ」

「その成長率がとんでもない気もするけどね」

「そうか?それで次は姉さんか?それとも母さん?」

「そうね…その前にクロウにお客様みたいだよ」

「んあ?」


首を傾げつつ全員が入り口のほうを見ると、そこに一人の女性が立っていた。


「あんたはギルマスの秘書の…」

「涼香です。今お時間よろしいでしょうか?」


涼香と名乗った女性は二十代後半の女性でキリッとした雰囲気のキャリアウーマンといった感じだ。

問いかけられたクロウはどうしたものかとマーサたちのほうを見る。


「こっちはこっちでやっておくよ。防御結界だけお願いできるかね」

「あいよー。メンツは?」

「私が子供の相手するからそれでお願い」

「ういうい」


マーサの要望を聞き、同じような防御結界の入場制限をマーサとリル、エメルの三匹に設定して展開する。


「んじゃああとはお願い。要件終わったら戻ってくるから」

「わかったよ」


マーサにあとは任せ、涼香の案内の元ギルマスの部屋へと向かう。


「俺を呼び出したってことはハデスの拠点とかわかったのか?」

「そのようです。クロウ様からいただいた情報をもとにいくつか候補を絞り、そこに調査員を派遣して特定したとのことです」

「調査員?大丈夫なのか?」

「ええ。他のS級探索者様にお願いしておりましたので」

「何それ聞いてない」

「ギルドマスターはあなたに依頼するとそのまま突貫しそうだからくれぐれも耳に入れるなと厳命しておりましたので」

「信用ねぇな…」

「今回に関しては仕方ないかと。前回のフェンリルに関する探索に関しても、みらいさん達を派遣しなければ危険な探索だったと認識しているようですので」

「まぁな…」


どうにもあの探索はいつものクロウらしさというか、余裕がなかった。故に判断ミスもいくつかしかけていた。そこを歯止めとして止めていたのはみらいの存在だったろう。


「ギルドマスターも、他のS級探索者様方もあなた様の事を信頼しております。その信頼は常に冷静で、常に的確な判断を下していたからです。不必要なリスクを取ることもなく、常に万全を期して挑んでいました。その安定性からくるものです。ですが…」


ピタリと足を止め、クロウのほうを振り返る。

依然として無表情ではあるのだが、その目には色濃く不安げな色がにじんでいる。


「あの配信内でのあなたはひどく不安定でした。いつもは必要以上に力を使うこともなく、きちんとペース配分をしているのに、あの時はそれができていなかった。それだけあなたにとって彼女たちが大切だということはわかっています。ですが…」


少し涼香の目つきが鋭くなる。


「同じようにギルドマスターもS級探索者様方もあなたの事を大切に思っております。ですので、一人でなんでもこなそうとせずに、他の方を頼ってあげてください。それが一番喜ばれることだと思いますので」


無表情ながらもじっとまっすぐ見てくる涼香の目を見て、観念するようにため息を吐いた。


「…確約はできねぇが努力はしてみるよ。いかんせん俺は誰かを頼るなんてしたことがないんでな」


物心つく前にダンジョンに捨てられ、フェンリルという強者の庇護のもとであれど、弱肉強食の世界で生きてきた。そして十歳の時にフェンリルたちがいなくなり、独りで生きてきた。十五歳でギルマスに連れられ、外の世界で暮らし、様々な人とかかわることになったとしても、そのころにはすでに独りで大抵の事はこなせるほどの実力を有していた。

それゆえにクロウは誰かに頼るということを今までしてこなかった。だから頼り方もわからない。だが、今回の件でクロウとしても一人でできることの限界を感じつつある。いざという時に他のS級探索者の力を借りるのも必要なのだろう。そう考え始めるのであった。


「にしても、あんたからそんなことを言われるとはな。顔を合わせることはあれど話したことなんてほとんどなかっただろ」


そもそもクロウとしては自己紹介すらしていなかったので名前も知らなかったしまつだ。


「まあ、私としてましてはそこまであなたに思い入れはありませんので」

「あ、そうなの?」

「ええ。ですが、ギルドマスターはずいぶんとあなたの事を気にかけています。この間の配信に関しても、ずいぶんとやきもきしながら見ていましたので。私としましてはそちらの方が気がかりなのです」

「へー…ずいぶんギルマスの事気にしてるんだな」

「ええ。父ですから」

「え」


さらっと言われたことに驚き、思わず足を止めてしまう。


「?知らなかったのですか?私とギルドマスターは親子関係にありますよ」

「まじかよ…めっちゃ他人行儀な感じなのに…」

「公私は分けていますので」


端的にそう言って涼香は再度歩き始めた。


「…そういやギルマスの家族構成に関しては聞いたことなかったなぁ…まあ、良いか」


今のところその情報が必要性は感じないので特に気にすることもなくクロウも涼香についていった。



「来たかクロウ。…ってどうした?」

「いや、少し衝撃的な事を知って驚いていただけだ。気にするな」

「?」


ギルマスの部屋に入ったところ、少し様子がおかしいことに気が付いたギルマスが問いかけてくるが、そう答えると首をかしげていた。


「まあいい。さて、お前を呼んだのはハデスの件だ」

「ああ、拠点が判明したんだって?」

「そうだ。お前らからもたらされた情報から精査して、調査もして判明した。それで他のS級探索者を集めたうえで対策会議を開く」

「いつだ?」

「明日十時からだな。さすがに今日は他のS級探索者がここまで来るのに時間がかかるからな。それで、その会議にみらいさんとシェルフ、詩織さん達、そしてマーサことフェンリル達も参加してもらう」

「わかった。伝えておく」

「それと今回の会議だが生放送をするつもりだ」

「いいのか?」

「構わん。フェンリル関連に関しても報告が必要だろうし、この間の配信であそこまで情報が開示されたんだ。情報を隠して妙な動きをされても困るからな」

「でも、場所を知らせるんだろ?その場所を知って無謀な突撃する馬鹿がいたりするんじゃないか?」

「それに関してはすでにそのダンジョン周辺を封鎖し、特定人員以外は入れないように処置をしてあるのでご安心を」


クロウの疑問に涼香が答える。


「手際がいいことで」

「まあ、下手に突いて別のところに逃げられても困るからな。それで、その配信なんだが探索者ギルド公式アカウントで行う。最初はみらいさんのチャンネルで行おうとも思ったが」

「却下に決まってるだろ」

「とまあ、お前が反対するだろうからということで公式で行うことになった」

「当然です。以前の配信ではクロウ様主体でそこにみらいさん達が加わる形だったのであの形でも問題ありませんでしたが、今回は最初からギルドマスター含めS級探索者全員が参加するのです。彼女のチャンネルでは負担が大きくなりすぎます」


淡々とした様子で涼香が答える。


「とまあ、そんなわけで明日の会議は公式チャンネルからの配信となる。そのことを踏まえてみらいさん達に伝えておいてくれ。他のS級探索者達には俺から伝えておく」

「あいよ」

「そろそろ今回の一件も大詰めだ。しくじらないようにしっかり準備するぞ」

「わかってるよ。任せとけ」


険しい表情のギルマスに、クロウは余裕のある声で返した。




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