S級探索者は推しの決意を後押しする

魔族によって引き起こされた魔窟暴走からおよそ一か月。

被害のある場所に住んでいた桜乃みらいもその期間配信をお休みしていた。その間SNSのほうで自らの無事と魔窟暴走に巻き込まれたので落ち着くまでしばらくお休みする。という報告が入った。ファンの間にも心配する声と共に、無事であることを喜ぶ声が見受けられた。

そして彼女のSNSに新たな投稿がされる。


『日曜日の22時から復帰兼報告配信をします』


その言葉の通り、日曜日の22時にいつもの配信媒体にてみらいの枠が始まった。

見慣れたメンバーやたまにしか見かけない人たち等様々な人が枠の中に入ってくる。その様子をみらいはいつもの穏やかな笑みを浮かべながら軽い雑談をしつつ見ていく。


「そろそろいいかな?」


枠が始まっておよそ10分ほど経過したあたりで入室してくる人もある程度落ち着いたのでみらいが話し出す。


「それじゃあ…詳しいことはこれから話すとして、一つだけ報告を」


そう前置きをしてから一度深呼吸してから決意を込めた表情を向けてくる。


「私、桜乃みらいはこれより探索者として活動します!」


その宣言と共にコメント欄が加速していく。しかし、そのコメントの中にはとある人物の名前がない。


「………」


そのとある人物…みらいのファンの中でも最古参であるクロウこと、黒川宗谷はただ静かにその配信を見守っていた。


なぜ宗谷がここまで落ち着いてみていられるのか、それを話すために時間を少し過去へと戻そう。


時は魔窟暴走から一週間ほど経過したころ。魔族の一件や魔族たちが暮らす世界、通称魔界にて起こったこと(主に攻め込もうとしていた魔族の殲滅)や魔窟暴走に関する事後処理などを済ませていた宗谷の元へ推しであるみらいからメッセージが届いた。

宗谷は推しである彼女と連絡とれる手段を持っているのだが、それはイベントなどの相談や手伝いを請け負っていたからであり、個人的なやり取りをすることはほとんどない。

今回もそういうものかとも思ったが、みらいは今は休止中、そんな中で連絡してくる要件に心当たりがなくとりあえずメッセージアプリを開いてそのメッセージを見てみると…。


『クロウさん!私探索者になりたいです!!』


そう書かれていた。


「………」


見間違いかと一度目をこすってみたが、その文字に変化があるわけでもなかった。

とりあえず少し考えてからキーボードをたたいて返事を打ち込む。


『思いとどまってはくれぬか(´・ω・`)』

『やーりーたーいーのー!!』

『駄々っ子かな(´・ω・`)』


返ってきた返事に思わずため息を吐いてしまう。


『今まで探索者に関してはあまりいい印象なかったよね?それなのにどうして』


当初、宗谷が探索者だということを話した時も、少し複雑そうな表情をしていた。拒否感を持っているというわけではないが、あまり探索者に対していい印象を持っていない、というのは感じられた。

別にそれはあんな職業嫌いという感じではなく、不安や心配を押し殺したような感じだった。何かしら理由はあるだろうが、そこはプライベートの事。あまり突っ込んで聞くようなものでもないから特に気にしていなかった。それなのに唐突に探索者になりたいというのならそれ相応の理由があるはずだ。さすがにそれは聞いておかないといけない。


『先週魔窟暴走があったよね』

『ああ、奇跡的に被害は0だったって話だよな』


まああくまで死者や怪我人、建物の倒壊等の被害は0というだけで、精神的な物まではカウントされていないのだが。

今でも魔窟暴走がトラウマになって精神科に通っている人たちが多数いる。メンタルケアをするために職員たちが大忙しになっているという話というか、愚痴もよく聞いている。


『うん、結果的にはね。でも、私のお母さんも魔物に襲われてね。もしあと少し遅かったら…』

「………」


文章は途切れていたがどうなっていたかはわかってしまう。あの時真っ先に駆け付けたが、それでも被害を受けた人たちはいる。怪我は即座に治療し、亡くなった人も蘇生させた。

しかし、それを受けた人やそれを目撃した人の心の傷までは治療することはできない。


『あの時に思い知らされたの。私はあまりにも無力だって。お父さんの事があって探索者って職業から距離を置いて、そのせいでお母さんを失って独りになるところだった』


「………」


何か言葉をかけるべきかとも思ったが、こういう時にかけるべき言葉が宗谷にはなかった。だからただみらいの言葉を聞いている事しかできずにいる。


『もうあんな思いはしたくない。だから探索者になりたいの。名誉なんて興味はないけど、大切な人を守るだけの力が欲しいから』


それは文字からですら感じられるほどの覚悟。大切な人を喪いたくない。守りたい。そのための力が欲しいからこその探索者になるという覚悟。


「………はぁ…」


ため息を吐いてキーボードをたたく。


『母親さんはなんて?』

『最初は反対されたけど、何とか説得したよ』

『それなら俺が反対できる理由はないな…。わかったよ。いくつか条件を提示するけどそれを守れるというのなら』

『条件?』

『まず一つは探索中は基本配信すること。なんかあった際の救助にもつながるからね』


探索者の多くは配信をしている。その理由がダンジョン配信の需要があるというのもあるが、その配信によって危機的状況に陥った際の救助の要請をリスナーがやってくれることも有るからだったりする。それだけでなく映像記録として探索を残し、そこに貴重な情報があれば探索者ギルドから情報料を支払われたりもする。

そんなわけでまっとうな探索者ならば配信していたほうがいろいろとお得だったりする。

まあ、配信主体か探索主体かはそれぞれによって違うのだが。

配信主体な人は取れ高とかを狙ってたりもするが、探索主体の人は特にコメントに反応したりせずただいつも通り探索だけをしていたりもする。まあ、どちらをメインにするかまではみらい次第ではあるのだが。


『それともう一つはパーティーを組むこと』

『パーティー?』

『そう。複数人…最低でも二人で探索すること。さすがにソロでの探索を認めるわけにはいかないよ』


探索の危険度はソロかどうかで段違いに変わる。まあ、パーティーでやっているとそれはそれで問題が起きる可能性も跳ね上がったりはするが、そこらへんはどうにでもなる。


『でも、私一緒にパーティー組んでくれるような知り合いはいないよ?』

『あー…まあ、そこらへんはこっちで何とかしとくよ。ちょっと訳ありだけど問題はないやつが知り合いに一人いるから』

『…訳ありだけど問題ない人…?』

『うん、まあ複雑だけどそこらへんはおいおい話す。それとその子は女の子だからそういうところでも問題はないぞ』


異性でパーティー組むと恋愛事情やら勘ぐり組が出てきて面倒なことになる。だからもともとカップルや夫婦のペア以外ではそうそう男女混合パーティーというのはない。


『話は通しておく。それで問題なかったら顔合わせする感じにしておこう』

『うん、わかった』


まあ、あいつなら問題はないだろう。とりあえずこの後の事も踏まえていろいろと動こうとした時ふと思い出した。


『そういえばみらいちゃん事務所勢だよね?そっちはどうするの?』

『そのことなんだけど…私、今の事務所辞めることにしたんだ』

「はぁ?」


唐突な言葉に思わずリアルで声を上げてしまうのだった。



一通り話を聞き終えた宗谷はシェルフと共に探索ギルドの秘密研究所へと来ていた。そこでギルマスと少し話をしておきたいので忙しいところ申し訳なかったが呼び出させてもらった。


「忙しいところすまないな」

「大丈夫だよ。一応落ち着いたからね。それで相談したいことがあるという話だけど」


俺達は座って出されるお茶で喉を潤す。


「ああ、実は俺の推しである桜乃みらいの事についてなんだ」

「ふむ。こちらに話を通したってことは探索者にでもなるつもりかい?」

「ああ」

「ふぅん…。まあ、こちらとしては止める理由はないね。でも君がそれを頷くなんて意外だね。止めると思ったけど」

「あの魔窟災害に巻き込まれててな。そのうえで守るために探索者になる。なんて覚悟を決めた推しをどんな言葉で止めろっていうんだよ」

「難儀だね」


彼女を推している宗谷からしたら探索者なんて危ないことはしてほしくない。だが、それと同時に推しの覚悟をないがしろにするようなことはしたくない。そんな相反する二つの思いに板挟みにあっているであろう宗谷を見てギルマスが笑う。


「それで、なんでここに?」

「あー、そろそろ時期的にいいかと思って一つ許可を取りたいのと、一つ相談をしたいことがあるんだ」

「許可?」


そう言ってギルマスはシェルフを見る。基本的にシェルフは表に出てくることはない。その理由は彼女がこの世界の人間ではなく、以前攻め込んできた魔族と同じように別の世界の住人であるからだ。

とはいえ、魔族のように敵対的な意思がないからということでしばらくは保護観察対象ということで宗谷のところで居候していた。だが、それも今から一年以上昔の話だ。そろそろ変化を与えるべきところだろうと判断した。


「シェルフと探索者にしたい。そのうえでみらいちゃんと組ませて配信させようかと考えてね」

「ふむ」


宗谷の言葉にギルマスが考えるように顎を撫でる。


「…君としては彼女を表に立たせても大丈夫だと?」

「一応力を抑えて姿も変化させた状態でだがな。力を抑えても今のシェルフならたぶんC級くらいの力ではあるだろ」


おそらく全力を出せば探索者では言えばS級クラスの強さはもっているだろうが、それでも抑えればそれくらいだ。


「…まあ確かに君の報告からして問題はなさそうだけど…シェルフ君はどうしたいんだい?」

「んー…やってもいいならやりたいけど…」

「そうかい。それならいいよ」


そう言ってギルマスは拍子抜けするほどすんなりと許可を出した。


「いいのか?」

「うん、もともとこの子にこちらへの敵意が無いことはわかっていたしね。魔族については公にしてあるから最近異世界に住人に対してマイナスな意見が多いけど、それでもシェルフ君のように友好的に接することができる存在もいることを知らせたいというのも考えとしてはあるんだよ」

「それなら異世界人だと先に知らせておいた方がいいのか?」


宗谷の言葉にギルマスが首を横に振る。


「さすがに今はダメだよ。魔族に対してのヘイトが高すぎるからね。だからある程度受け入れられる状況になるまでは彼女が異世界の住人だということは隠しておいた方がいい」

「そうか。まあ、もともとそのつもりだったし問題ない。シェルフもそれでいいよな?」

「………」


シェルフに問いかけるが、シェルフはなぜか神妙な顔つきで何かを考えていた。


「シェルフ?」

「ふぇ?な、なに?」

「…いや、何でもない。それでとりあえず配信内では正体を隠すのはいいが、みらいちゃんいは伝えても問題ないか?」

「いいけど、大丈夫かい?君の推しは魔族が引き起こした魔窟暴走の被害者だろう?」

「確かにそうだが、それでもシェルフの正体を隠すのは不誠実だろ」


探索者のパーティーは命を預け合う仲間だ。そこに不和があってはいけない。確かに本来ならば魔族によって引きこされた魔窟暴走の被害にあったみらいに同じく異世界人であるシェルフの正体を明かすのは悪手かもしれない。だけど、秘密というのはいつかはバレる。そしてそれがばれた時の衝撃や信頼の揺らぎというのは小さくない。そしてその揺らぎはシェルフだけじゃない、シェルフを推薦した宗谷…クロウにも当てはまる。

シェルフへと向けた信頼が揺らげば、それはシェルフを推薦したクロウへの信頼も揺らぎかねない。それだけならまだしも、下手にそのまま拒絶なんてされたら宗谷のメンタルが死ぬ。比喩じゃなくガチで。

というわけで事前に顔合わせして、そこでシェルフの正体をばらしておけば、仮にそこで拒否されるとしてもダメージは低いと考えた。


「というわけで後々顔合わせの場所を提供してくれると助かる」

「ああ、それならギルドの会議室を使うといい。防音性もあるし、鍵をかければ誰も入ってこれない。盗聴などに関しても君ならどうにでもできるだろう?」

「うい、ありがとう」

「相談というのはそれかい?」

「いや、それとは別。実はみらいちゃんなんだが、もともと事務所勢だったんだが、探索者になるってことで事務所を辞めることになってな」

「そうなのかい?なんでまた」

「所属していた事務所が探索者業のバックアップができない事務所なんだよ」


ダンジョン配信をしている配信者の中には事務所に所属している人もいる。そういう事務所は探索者達のバックアップを結構やっている。

装備の調達や素材の売買、探索時に負った怪我などの治療etc…そういった部分を事務所が負担する代わりに配信して数字を稼いでもらっているのだが、みらいが現時点で所属している事務所はそういったバックアップができない。というかする気がないといったほうが事実だろう。バックアップはまさに命に係わること。それができない…できたとしても中途半端になりかねないとなったら、事務所としてもNOと言わざるおえないだろう。


「それで、新しい事務所なり、バックアップできる場所がないかなと思ってな」


宗谷の言葉にギルマスはなるほど、と納得したようにつぶやく。その後少ししてから提案してきた。


「…それならいっそのことうちの公式に所属するかい?」

「うちって…探索者ギルド公式ってことか?いいのか?」

「うん、ギルド公式って今はS級のあの二人だけだからね。個人的にはもっとランクの低い子も欲しい所だったんだ。せっかくだから探索者になるための講義とか試験の内容とか、そういった物も配信してほしいかな」

「なるほどね…」


まあ、確かに公式なら変な輩にちょっかいかけられることもないだろうからな…。


「それに公式なら君だって援護しやすいんじゃないかい?」

「…まあ、それはそうだが…」


確かにS級探索者は事務所とかそういうものではなく、探索者ギルド専属だ。だからギルド公式の配信者となれば宗谷自身も手を貸しやすい。まあ、ぶっちゃけそうじゃなかったとしても手を貸すが。


「まあ、どうするかは推しさんに決めてもらうとして…そうだね…顔合わせの時に同席させてもらおうかな」

「あー、それが手っ取り早いか。わかった、そう伝えておく」


とりあえずの下地となる打ち合わせを終えたので、宗谷達はみらいとの時間の調整をするためにも自宅へと帰った。



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