S級探索者はN級魔物と対峙する


『あの子はN級魔物。S級よりも上位の魔物だ』


通話のスマホから聞こえてくるギルマスが告げたのは驚きと困惑の表情をみらいと詩織は浮かべる。ちなみにシェルフは平然とした顔でスマホを構えている。


「N級…?聞いたことないですけど…」

『知らないのもおかしくはない。なぜならダンジョンが発生して数十年、世界各国を含めて数多のダンジョンがある中でN級魔物は二桁前半程度しか観測された回数はないのだから』

「なんでそんな珍しい魔物がG級ダンジョンに…?」

『そこまではわからない。だが、N級魔物はその実力からS級よりも危険度は上だと言われている』

「え!?それならクロウさんが…」


焦った様子で現在N級魔物と戦っているであろうクロウのほうを見ると…。


「フハハハハ!怯えろ!竦め!魔物としての実力を発揮できずに死んでゆけぇ!」

「もー!なんで攻撃効かないのぉ!!」


その場から動くこともなく、一方的に魔法弾で攻撃しているクロウの姿があった。

一方的というが、ちゃんと魔物のほうも攻撃をしている。しかしその攻撃も魔法物理どちらもクロウの前で防がれている。


「………」

『めっちゃ楽しそうですね』

『仮面で顔見えないのになぜだろう、めっちゃ楽しそう…いや愉しそうな笑みが見える』

『なぜ書き直し…いや、まあわかるけど』

『S級よりも上とは』

「えっと…」


思っていた光景とは真逆の光景が広がっており、みらいも詩織も困惑していた。ちなみにシェルフはわかっていたとのことでこちらは一切表情に変化はない。


『あちらは任せて大丈夫だ。とりあえずN級魔物について説明しよう』

「あ、良いんだ…」

『まあ、心配するだけ無駄だからな。N級魔物のNだがこれは『Named』。通常個体の名前とは別の二つ名付きの個体に与えられるものだ』

「それじゃあの子も…?」

『うむ。おそらくその姿からして『吸血姫ヴァンパイア・プリンセスカーミラ』であろう』

「ヴァンパイア・プリンセス…」

『カーミラってなんか有名だったよね』

『アイルランドの小説の登場キャラだね。吸血鬼である謎の美少女の名前だったはず』

『美少女!(ガタッ)』

『ほら、美少女だぞ。あそこ飛び込んで来いよ』

『巻き込まれて死ぬ未来しか見えないんやが?』


のんきなコメントが流れているが、クロウとカーミラの戦いは激戦状態だった。ちなみにクロウはいまだに高笑いしながら戦っている。


『S級魔物についての情報は?』

「一応私は知っています」

「私はまだそこまでは…」


詩織は知っているようだがまだ探索者になったばかりのみらいは知らないようだ。


『S級魔物に関しては特殊な能力を持っている個体か、ロード種と呼ばれる個体がS級魔物としてカテゴリされている』

「ロード種?」

『その種族の王となる個体だ。その種族ほぼすべてを統べる存在であり、その種がいるだけで一つの軍隊となる。S級魔物がいるだけでその階層…もしくはダンジョンは無数の魔物がはびこる国家となるのだ』

『うへぇ…まじか』

『え、あの女の子それより上なの?』

『S級魔物は自分よりも下位の存在を従えることで軍として形づくる。その個体はもとより一番厄介なのは統率された無数の魔物という数の暴力だ。しかし、N級魔物はそれを一人で行う。無数の魔物すら凌駕する手数の多さ、そして個体としてもS級よりも強い』

「そうなんだ…」


そう言いながら肝心のN級魔物のほうを見るがすさまじい猛攻をしているのはわかるが、それでもクロウに良いようにあしらわれている。


『そんな強いN級魔物をあしらっているクロウさんっていったい…』

『というかあの戦い方ってあの人もしかして…』

『身バレ気にしてるってことはそう言うことよ。あまり触れないであげよう』


コメントのほうでもN級魔物をあしらっているクロウの正体に気づいている人もいるようだが、それを表に出そうとはしていない。


「ちなみにギルマスさん。なんであのN級が出てきたかわかる?」


説明が一段落ついたと判断したシェルフが問いかける。


『さすがに現時点ではわからないな。複数体いないということはここにはあのカーミラのみいるということになる。今後調査してそれによって出現した原因の特定をしないといけないだろう』

「そか。じゃあそろそろ倒してもよさそう?」

『うむ。配信に映っている段階でそれなりの情報を確保できただろう。問題ない』

「はーい。じゃあマスター!倒していいってー」

「あいよー」


シェルフの言葉に軽い返事と共にカーミラへと魔力弾を放つ。それをかわすために横へと跳んでカーミラが着地した瞬間、彼女の足元に魔法陣が広がった。


「えっ!?」


戸惑っているうちに地面に広がった魔法陣が輝きながら回転し、徐々に上へと上がっていく。その魔法陣によってカーミラは閉じ込められ、次の瞬間には上昇した魔法陣の上に新たに5つの魔法陣が展開された。


「それなりに頑丈そうだから一気に決めさせてもらうぜ」


そう言って右手を上へと掲げる。


「多重魔法陣 六式」


一気に右手を振り下ろす。


「『鳴神』」


ドォン!と鈍い音と共に純白の柱が魔法陣を貫きながらカーミラへと放たれた。


「-----!!」


声事消し去り、魔法陣が消えるとそこにはカーミラの魔石と素材だけが落ちていた。


「ほい、討伐完了っと」


「「………」」


あっさりと終わったことに詩織とみらいが呆気に取られている。


「マスターやりすぎぃ。配信の主役みらいちゃんなのに出番食ってるじゃん」

「突然出てきたあいつが悪い。というわけでやること終わったんで俺は引っ込む」

『あ、クロウ、N級魔物討伐したんでそのままそこの調査お願いする』

「えー」

『時間経過すると状態が変化する可能性がある。迅速な調査を』

「へいへい。んじゃあこの先のコアのほうに入っていいよな?たぶん異常あるとしたら底だろ」

『そうですね。構いません』

「マスター先進むならせっかくだから配信に乗せない?」

「あー…どうすっか」

『こちらは構いませんよ。ダンジョンコアがある部屋は基本立ち入り禁止ですが、その理由は見られたくない物があるから、というわけではなく不必要にダンジョンをなくさないためですので。配信に乗せたとしても問題はありません』

「そか。だそうだが、どうするみらいちゃん」

「…え?ハイ?」

「呆けて聞いてなかったな」


思わず苦笑を浮かべてしまうが仮面で見えないせいでみらいが頭を下げて謝ってくる。


「ご、ごめんなさい。びっくりしちゃってて…」

『それはそう』

『というか俺達もビビってたし』

『クロウさん、只者ではないとは思ってたけど、予想以上だったよ…』

「なに、俺はしがない探索者さ」

「それはないですよ…」


クロウの言葉を詩織が苦笑交じりに否定した。


「んじゃ改めて、ギルマスからの依頼で俺はこれからこの先のダンジョンコアを調査するけどみらいちゃんたちも来る?ギルマスから許可は下りてるから問題はないよ」

「あ、はい行きます」

『配信でダンジョンコアのフロアって初じゃね?』

『基本立ち入り禁止だもんな』

「いたずら防止のためだからなー。ダンジョンコアは取り除くとそのままダンジョン封鎖されるけど、場合によっては中にいる探索者事閉じ込めちゃうからS級以上の探索者じゃないとやっちゃダメなんよ」


コメントに答えつつコアのある部屋まで向かう。


「あ、そういえば。クロウさん…でしたよね?」

「ん?」


詩織がクロウへと話しかけてくる。


「以前助けていただいたと思うんですけど…覚えてますかね?」

「そうなの?」

「そうなの?」

「いや、私が聞いているんだけど…」


みらいの問いかけに同じように首をかしげるクロウ。


『そういえば以前ハイミノタウロスから助けてくれた人と人相同じだな』

『人相(全身黒ローブに仮面)』

『不審者コース待ったなし』

「身バレ防止だから仕方ない」

『クロウさん、あの戦いできる人国内だとたぶん一人だけだよ…』

「知らんな!」

「あはは…それで詩織さん助けたの?」

「ハイミノタウロス…そういやあったな二か月くらい前だっけ」

「そうですね、そのくらいです。あの時はありがとうございました」

「いえいえ、お気になさらず」

「何があったの?」

「何があったって程でも無いよ。ただ中級の魔石集めにB級ダンジョン行ってたらそこにいたイレギュラーのハイミノタウロスに詩織さんが襲われてて。とりあえず屠っといたって話だし」

『とりあえずで屠られるハイミノタウロスさん』

『その子ランクで言えばA級魔物なんですよ』

『それ以前に魔石集めにB級ダンジョンに行くんかい』

「うん。そこらへんの魔石が一番使い勝手良いんよ」

「一番下の魔石だと乾電池くらいの持ちですからね」

「魔石って自分で取りに行っていいの?」

「うん。そこらへんは探索者の自由だね。ギルドに持ちこめばそのまま換金してくれるし、自分で使う用に確保しておいてもいい。と言ってもそれができる…というかやる利点があるのはC級以上の魔石だけどね」

『下の方の魔石は乾電池レベルだからなー』

『買ってもそこまでの金額にならんし、正直わざわざ取りに行くって程ではないよね』

「へー」


そんな雑談をしながらフロアの奥にある扉にたどり着いた。


「この先が?」

「そ。コアのフロア。この扉は後付けだけどねー」


そう言って扉の横にあるセンサーにクロウはギルドカードを手で隠すようにしながらかざす。


―認証しました―


機械音声と共に扉が開く。


「うし、行きますか」


そう言ってクロウは先に中に入る。その後にシェルフも特に気にしない様子ではいり、その後ろを詩織とみらいが警戒しながら入っていく。


『クロウさんとシェルフちゃんの肝の据わりっぷりよ』

『いや、たぶんあの二人がおかしいんだと…』

『というか、シェルフちゃん、クロウさんの事マスターって呼んでたよね』

『クロウさん…そう言う趣味なのか…』

「ちゃうわ」

「そうなの?じゃあなんでマスターって呼んでるの?」

「んー…好きに呼べっていうから最初ご主人様って言ったらそれはやめてくれって言われたからマスターって」

「いろいろと誤解されそうな呼ばれ方だからな。マスターならまだましだろ」

「でもなんでそんな呼び方に?」

「私を拾ってくれたから」


シェルフのその言葉に詩織とみらいの視線がクロウへと向けられる。


「あまりそういうことを配信内で言うもんじゃないぞ」

「はーい」

『ごまかしたな』

「面倒な話をお前らに聞かせて巻き込んでやろうか?」

『あ、結構です』

『今のクロウさんが面倒っていうのならそれはそれは厄介なんだろう』

『藪蛇はやめておいた方がいいね』


そんな風にコメントが賑やかになって居る間にクロウはコアのフロアを少し調べる。

と言っても何か特別なことをするというわけではなく、部屋の中を魔法で調べるだけなのだが、そんな中ふと気になる事がありコアに触れる。


「………」

「クロウさん?」

「ん~?今軽く調べてみたけど特に表立った異変はない感じだな」

「そうなの?」

『というかあの短時間で調べ終えたのか』

「まあ、これくらいならな。明確な数字とかそういった変化まではわからんが、変な物が増えていたり、異常な魔力を発していたりというのはわかるぞ」

「そういった物がなにもないってことはここでは何も起こっていなかったってことかな?」

「どうだろうね。起こった後でその残滓が消えたか紛れて見つからないだけかもしれない。さすがにそこまでは専用の機器がないと判断つかない」


詩織の問いかけにクロウが答える。微量の魔力の残滓はコアがある部屋ではどこにでも残るので波長などを調べないとわからないのだ。


「コアには変なところはない?」

「そこにも特に何か混じっているような感じはないね。まあ、それでもいろいろと調べたことを報告しないとな。うし、外に出てそろそろ戻ることにするか」

「そうだね。…あ、試験…」

「あ、そういえば…どうしよう。ゴブリンリーダー倒せてないし、そもそもイレギュラーでN級魔物出てきたし…」

「明日にでももう一回くればいいんじゃない?またN級が出るなんてことはないだろうし」

「まあ、出たとしても大丈夫でしょ。マスターがいるし』

「そっすね」


今回もバレないようにこっそりついてきたからあのタイミングで参入できたが、もし来てなかったらと思うとぞっとしてしまう。

とりあえず調査は終えたので部屋の外へ出て扉が閉まったのを確認する。


「んじゃ俺はやることやったから引っ込むよ。あとはまたコメントで残りの配信見てるね」

「え?」


答えを聞くよりも早くクロウは姿を消す。


『消えた!』

『ふぃー( ˘ω˘ )』

『そしてこっちに来たw』

『あのままあっちにいればいいのにー』

『この配信に俺は余分な存在だからあれ以上でしゃばれんよ( ˘ω˘ )』

「もう、気にしすぎだと思うけどなー」


そんなクロウのコメントに苦笑を浮かべてしまうみらい。


「助けに来てくれてありがとうね」

『うい( ˘ω˘ )』

「さて、それじゃあ今日は引き上げて、試験はまた改めてやろっか」

「はーい」

「そうね。まだ日数には余裕あるから焦らずやっていこうね」


みらいの言葉にシェルフが答え、詩織も見守る監督者として頷く。

こうしてN級魔物というイレギュラーが出現したダンジョン探索配信はその後特に何事も起こらずにダンジョンを脱出し、配信を終えたのだった。



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