S級探索者の推しは託される
「戻ったか」
配信を見終え、ダンジョンから戻った後で報告のためにクロウ…宗谷はギルドのギルマスの部屋へと来ていた。
「ふぃ~…まさかG級ダンジョンにN級が出てくるとは思わんって」
「その割に即座に救援に向かったよな?」
「ま、あれは一瞬でも遅れていたら誰かしら死んでたからね」
ダンジョン探索に絶対はない。G級ダンジョンならばイレギュラーが出たとしても、共にいたB級探索者である詩織がいれば対処はできるとは思っていた。
しかし、何があるかわからないのがダンジョンであり、99%大丈夫だと思っていても、その1%を引く可能性がある。それに関してもシェルフがいるから大丈夫だろうとは思っていたのだが、まさか万が一どころか、億が一ほどの確率の低さの魔物が出てくるとは想定外だった。まあ、そうなることも考慮していて陰で隠れて見守っていたのだが。
「それで何かわかったことは?」
ギルマスの問いかけに宗谷は首を横に振る。
「妙な魔力は感じなかった。意図してあそこで召喚されたとかそんな感じはしなかった。ただ…」
「ただ?」
「俺の気のせいかもしれないが、ダンジョンコアの保有する魔力がかなり少なかったように感じた」
「…どういうことだ?」
「んー…他のダンジョンコアの様子とかもあまり見てないし、そもそもあそこがそう言うものだといわれたらそうかもしれないが、そうだな…容量の2割くらいしか魔力が感じられなかったかな」
「ふむ」
ダンジョンコアはダンジョンを維持するための核であり、その核へと魔素が集積され、そこからダンジョン内に循環されるらしく、どのダンジョンコアも基本的に魔力は5割~7割ほどで維持されている。ちなみに魔窟暴走はそのダンジョンコアに蓄積される魔力が10割を超えた際に発生するものらしく、それを防ぐためにある程度魔物を狩らなければならないという研究結果が出ている。
そのコアの魔力が通常の半分以下となっているのは十分に異常ともいえる。しかし…
「関連性は見受けられない…か」
ギルマスの言葉に宗谷が頷く。
「否定できる要素はないが、関連性もまだ不明。断定できる要素が少なすぎる」
「あのカーミラと戦ってみて何か感じたことは?」
「…いや、特に違和感は…待てよ?むしろそれがおかしいのか?」
「どういうことだ?」
「確かに強く、あのダンジョンにいるのはおかしいはずなのに、その異質さを感じなかった。むしろあそこのダンジョンになじんでいた…というかもともといてもおかしくない。そんな感覚だな」
「つまりあのダンジョンの内部にいることが当然だったと?」
「ああ、そんな感じだ。以前会った魔族のように異質の魔力とかは感じなかった。さも他の魔物と同じような…」
「…少し調べてみようか。魔力にも波長はある。よその魔物とダンジョン内の魔力の波長、そういった物を比べて違いがあるかどうか、いろいろと調べてみればN級出現の前兆のようなものが確認できるかもしれない」
「だな。俺も他のダンジョンとか見回ってみる。そっちでも何かわかったら教えてくれ」
宗谷の言葉にギルマスは頷く。
「んじゃ報告終えたし俺は戻る」
「ああ。あ、その前に一つ聞きたいんだが…」
「なんだ?」
「…何をそんなに追い詰められている?」
「は?」
唐突なギルマスの問いかけに宗谷は素っ頓狂な声を上げた。
「いつもほどの余裕がない。それほどあの魔物は強かった…そんな風にも見えない。何が君の余裕を奪った?」
「…気のせいだろ」
そう言って宗谷は部屋を後にした。
「………」
宗谷が出ていった扉をじっと見つめ、ため息を吐いたのちに電話を取り出す。
番号をタップすると呼び出し音が聞こえる。それが途切れ、声が聞こえてきた。
「ああ、すまないね突然電話してしまって。申し訳ないがちょっとギルドの私の執務室に来てくれないかな。君に頼みたいことがあるんだ。ああ、疲れているところすまないがなるべく早めに来てくれると助かる。ああ、君にしか頼めないことなんだ。すまないね」
通話を切りため息を吐く。
「何もなければいいのだが…」
背もたれに体を預けたギルマスの表情には言いようのない不安が浮かんでいた。
「はぁ~~~~…」
自宅へと戻った宗谷はため息と共に椅子へと身体を預ける。
「にゃ~…」
飼い猫であるルディが膝の上に飛び乗ってきた。
優しくなでるとゴロゴロと喉を鳴らして甘えてくる。そんな様子に癒されながら片手でルディを撫でながらもう片方の手で机の引き出しを引く。
中には何かの爪のような物の根元に接続具が取り付けられ、そこに革の紐がくくられているネックレスのようなものが入っていた。
そのネックレスを大事そうに手のひらに乗せ、見つめているとルディが顔を上げてネックレスの匂いを嗅ぎ始めた。
「これ気になる?大事な物なんだよね」
「うにゃ~?」
応えるように鳴いたルディがそのままネックレスを噛もうとするがそれを慌てて阻止する。
「ダメだよ。結構硬くて鋭いから危ないよ」
そう言って持ち上げて届かないようにしたらルディは不満そうに喉を鳴らしていた。
そんなルディに苦笑を浮かべながら握る手の中に存在するネックレスに思いをはせる。
大切な存在が遺した物。それを軽く加工してネックレスにした。普段からつけるようなことはしていないが、N級魔物の存在が何となくこのネックレスを思い出させた。
「…なんでこれを思い出したんだろ…」
戦っている間、気にはしないようにしていた。でも、どこか懐かしい感覚をわずかに感じていた。その懐かしさはこのネックレスを…いや、ネックレスになる前のたった一つ遺された爪を想起させる物だった。
「……母さん…」
ポツリとつぶやいたその言葉はルディだけが聞いていた。
部屋の扉がノックされる。
「どうぞ」
「失礼します」
「お邪魔しまーす」
返事をすると二人が部屋の中に入ってくる。
「すまないね。急に呼び出して」
ギルドのギルドマスターの執務室。そこに呼び出したのはシェルフと桜乃みらいの二人。その二人にギルマスが穏やかな笑みを浮かべていた。
「いえ、大丈夫です」
「なんか頼みたいことがあるって話だけどマスターに頼まないの?」
シェルフがさっそくといった様子で話を切り出す。
「うん、実は君のマスター…クロウについてなんだ」
「…なんかあったの?」
「まさか…あの戦いの時に怪我を?」
「ああ、そう言うんじゃないんだ。ちょっと気にかかることがあってね」
「気にかかること?」
「うん。正直な話、彼の事をきっちり話したいところなんだが…」
「マスターがそれ望んでないからダメでしょ」
「そうなんだよね」
シェルフの言葉にギルマスが苦笑を浮かべる。
みらいはその言葉に複雑そうな表情を浮かべていた。
「一つ言っておくけど、みらいさんに知られたくないのは、マスターにもそれなりの立場があるからなんだよね」
「そうなの?」
「うん。ある程度察しがついてはいると思うけど、彼はギルマスである私にそれなりに口利きできる立場にある」
「でも、みらいさんマスターはみらいさんの前ではそんな立場なんて気にせずに一人のリスナーとしていたんだって。ま、本当に隠す気あるのかはわからないけどね」
N級魔物と相対できる存在なんてまさに数える程度しかいない。そしてあの戦い方。あれができる人物も多くない。その二つに該当する人物となると下手したら一人だけだ。他のリスナーに関しても察している人は何人かいたようだ。しかし、それでもそのリスナーたちもクロウが正体を隠しているということから本人の意思を優先して正体を明かすようなことはしないようにしている。
まあ、よそから来た人はそう言うの関係ないだろうが、クロウ自身そういったコメントにまで対応する気はないので放置するだろう。
「それで?そんなマスターの何が気になるの?」
「ああ。さっきまで彼から報告を受けてね。一応今後の方針は決まったんだが…その時の彼の様子がね、焦っている…とは少し違うかもしれないが、何か余裕がなかったんだ」
「あの魔物が強かったからとか?」
「そう言う感じではなかったんだ。私の気のせいではないのかと言われてしまうと否定できないのだが…少し彼について気にしていてほしい」
「ふ~ん…マスターがね…なんかあったのかな?」
「それについてわからない。さっきも言ったように気のせいの可能性もある。本人も否定していたしね。だが…なんというか嫌な予感がしたんだ。どことなく危うい感覚。そんな気がしてね。君たちに気を配ってもらいたいんだ」
「そう、まあいいけどね。私は一緒に住んでるから何か気づけるかもしれないし」
「わ…私もだいぶお世話になっているので力になりたいですけど…力になれるほどクロウさんの事をよく知らないので…」
いろいろとやってくれてはいても、それでもクロウとは配信者とリスナーの関係だ。直接会っていろいろとバックアップはしてくれてはいる。そのおかげか他のリスナーよりかは距離が近いかもしれないが、それでも一線を超えてはいない。クロウ自身も超えようとはせず、しっかりと身の程をわきまえている範囲で抑えている。そんな関係性の自分に何ができるのか。
「ん-、みらいさんにはいざという時のストッパーかな?」
「そうですね。たぶんそれが一番いいと思います」
「ストッパー?」
「うん、マスターにとってみらいさんは大切な存在だからね。一緒にいたらマスターも無茶できないよ」
「えぇ…でも足手まといになっちゃうんじゃ…」
「まあ、そうでしょうが、むしろそう言う存在がいるからこそ慎重に事に当たってくれるかもしれません。彼は冷静でいて結構直情的な部分もある。だからそれを抑える役目を担ってほしい。大変だろうけどね」
「う~…わかりました。どこまでできるかわかりませんけど…できることがあるなら力になりたいので」
「すいません。大変かもしれませんがよろしくお願いいたします」
そう言ってギルマスは頭を下げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます