第23話 今度は俺が美少女アイドルちゃんの髪を乾かすことになったんだが。
♢
攻守交代して、今度は俺が彼女の後ろへと回る。
俺は自分が大馬鹿ものであると、ここに至ってやっと気づいた。
やってもらうのと、こちらがやるのでは話が違う。
「ふふん、お仕事の時は長い髪だったから大変だったけど、今なら楽でしょ?」
「……楽じゃねぇよ」
長さだけの話なら、そうかもしれない。
けれど、そんなものは些細すぎる話だ。全体の1%にも満たない要因である。
絹糸みたいな光る髪の毛は、触れていいものなのか分からないほど美しかった。
短いながらもしっとりとコシがあり、キューティクルとは無縁。
襟足の間にふんわり空洞が開いたうなじなどは、男を無条件で虜にさせる。
「えぇー、楽になったんだよ、これでも。長い時は、一日三十分はかかってたもの」
「ちなみに今は?」
「気にしなくていいよ。私は翔くんにやってもらえるだけで、満足だからね」
恐る恐る俺はその髪先に触れた。
彼女は、ふっと短く息を吐き、肩を縮こめるから、どきりとさせられる。
ドライヤーを握る手にばかり、力が入り、まともに髪を乾かせない。
「くすぐったいよ〜」
「わ、悪い」
「ううん、謝らなくてもいいんだけどさ。慣れないでしょ? ゆっくりでいいからね」
鏡越しに、満面の笑みを見る。それは純粋に、今という時間を楽しんでいる顔だ。
「別に、慣れてないってほどでもないんだけどなぁ」
「え……!? それって、ま、ま、まさか彼女さんがいたりしたの。もしかして今もいたりするの」
「……だったら佐久間さんを家にあげてないよ。残念ながら、彼女いない歴=年齢だ」
そもそも小学校の卒業式以来、人を好きになる方法さえ分からないのだから、当然だ。
中学生の頃、意気投合したクラスメイトと、いい雰囲気のようなものになったこと自体はある。
けれど、彼女がなにを望んでいたのだとしても、俺には付き合うだとかは、夢のまた夢くらい遠い世界の話だった。
「姉がいただろ? 実家にいた頃は、たまにやらされてたからさ」
「あぁ、お姉さんか〜。びっくりさせないでよ。朝から心臓に悪い!」
それはこっちのセリフだけどな。
後ろに立つと、覗き込むような角度になるのがまたいけなかった。
緩く開いた胸元の奥へ、自然と視線が潜り込もうとしてしまう。
寝巻きのチャックの奥、胸の立派すぎる膨らみが作った隙間が、生唾を飲ませた。
首元だって、抜群だ。
無駄毛なんかはひとつもなく、目に入る限りが血色のいい白肌。
見ていてふと、机に隠したネックレスの存在が頭をよぎる。
あれじゃあ安っぽすぎて、むしろ彼女の魅力を減らしてしまうかもなぁ。なんて考え込んでいると、
「ねぇ翔くん」
彼女が顔を上を向け、こちらを見上げる。柔らかい前髪が、ドライヤーの風で横へと流れた。
この角度から見ると、おぼこく映る。
「ど、どうかしたか?」
「ちょっと熱いかも。髪焦げるよ〜」
やべぇそうだった、この髪はもはや商品でもあるんだったわ……!
ぼうっと考え事にふけっている場合ではない。
「いいんだよー。髪焦げたら、責任取ってもらうだけだから♪」
責任を取るとか取らないとか、そういう次元の話じゃない。
とにかくこの髪を傷つけてしまっては、世界的に大損失だ。経済が動くレベルの話かもしれない、というか間違いなく動くわ。
俺はひとまず集中しなおして、彼女の髪を整え終えたのだった。
顔を洗ってスキンケアまでやって、二人、鏡の前に並んで立つ。
「うん、翔くんの髪の毛落ち着いたね。格好いいよ」
「……そりゃどうも。ありがとうな」
「むー、そこは杏ちゃんは可愛いよ、って返してよ」
軽口を叩き合う。
彼女は頭の上に手をやり、鏡まで真っ直ぐに伸ばした。
「でも、こうして並んで見ると、翔くん背伸びたね?」
「佐久間さんも同じだろ、それは」
中学の頃にぐっと伸びて、俺の身長はいま174センチ。
決して高くはないが、小さくもない。平均的な方だと思う。
彼女は公称どおり160センチ程度らしいが、実は少し下回っているのだとか。
「これは全然関係ない話なんだけどさ」
佐久間さんが、唐突にもこう前置いた。
「カップルの身長差って、15センチくらいがベストらしいよっ。肩に寄りかかって頭が乗るくらいがいいんだって」
「な、なんだよ、その怪情報」
「えへへ、秘密! それに、全然関係ない話だからさ♪」
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