第44話 意外といける組み合わせ。


「えらい真面目なんやね、佐久間さんって。意外かも」

「いやぁ、今たぶんトランス状態に入ってるだけで……。話しかけたら、普通に答えてくれると思うけど」


そう、彼女は今、アイドル・「佐久 杏」ではない。

お金を払ってCDを買わなくても、高校生・佐久間杏とは会話ができるはずだ。


数秒で、脇から出てきたスタッフに引き剥がされたりするような、悲しい事件も起きない。


「えーっと、ほな……。佐久間さんは英語、得意なん?」

「……フツー」

「普通か、そっかぁ……」

「ウン」


なんで片言になるんだ……! それに、あまりにも素っ気なさすぎる。


脈なし女子のメールかよ。



……まぁ、いきなり慣れろと言っても無理があるのかもしれない。


俺は、顔の前で手を縦に振ってひとまず詫びを入れておく。比嘉さんは、ううんと首を振ってくれた。


まるで、手のかかる妹を見守る姉みたいだ。頼もしさすらを感じる。


そういえば兄弟が多いと言っていたから、そういう理由もあるのかもしれない。


そんなふうに考えていたから、油断した。


「なぁ、二人は家近いん? 毎日一緒に来て、一緒に帰るってそういうこと?」


比嘉さんはまだ、手のかかる「妹」たる佐久間さんとの会話を諦めていなかったのだ。


そして、にわかにピンチにである。


にこやかに、春の木漏れ日みたいに微笑みかける比嘉さんに、もちろん悪気はない。


単に、話の種になりそうなキッカケを見つけてきただけなのだろう。



それだけに、泣きどころを突かれてしまった。


こればかりは、俺もすぐにはうまい返しが浮かばない。


「え、え、えっとね、私たち、その」


佐久間さんが口を開く方が早かった。


俺が驚いていると、さらに彼女は不意な行動に出る。


なぜか机の下で、俺の手を握ってきたのだ。爪の先が俺の手の甲にすこしだけ触れる。


「わ、私たち、すぐ隣に住んでるんだ。アパートの二階で、隣の部屋なんだ」


そして、こう言ってのけてしまった。


な、なんだ? 緊張のしすぎで、結界が壊れてしまったのか?


握った手は小さく震えて熱を持っている。


結んだ指をちらっと見ると、俺の方も頬が火照っててきた。


比嘉さんに気づかれまいと、どこかへ顔を逸らそうとする。


口からは適当な言い訳を繕いそうになるが、そこで思い留まり、飲み込んだ。


…………比嘉さんなら、彼女になら、言ってもいいかもしれない。


さすがにまだ、クラスメイト全岩に公にするような暴挙は困るが、信頼できる人の輪を広げていくのは大切なことだ。


俺は机の下、佐久間さんの手をちょっと強く握り返す。

すると、勇気を得たりとばかり、彼女はさらに続けた。


「わ、わ、私、実は大家さんなんだよ。翔くんが一人暮らししてるアパートをね、どーんと買っちゃったの。隣に住みたかったから……!」


なにも間違っていないのに、支離滅裂だ。


当然、比嘉さんも目を白黒させるだけで、驚き以前に情報を処理し切れていないらしい。


初めて聞く身にすれば、突っ込みどころ満載に決まっていた。


そもそも俺が一人暮らしだということも、ギリギリ知っているくらいだろう。これだって、親しくない人にまで、わざわざ言ってはいない。


しばらくかかって、


「そっかぁ、なるほどやわ〜」


やっと比嘉さんが軽く頷く。


人懐っこく笑ってこそいたが、その表情はちょっと曇って見えたような……? 


伏し目がちに、その丸い目は半分つむられ、ナチュラルに長いまつ毛が目下に影を作る。


でも、そんな雲間はほんの少しだった。また癒しの笑みを携えて、


「……うちも同じところ住もかなぁ」

「な、なんで?! ま、まさか比嘉さん、翔くんのことーーーー」

「そこは言われへんよ〜。ほんで、うちも住んでもええ?」


「あう……、だめ! もしくるなら、家賃月100万!!」

「いやや、無理やってそんなん。うち、湊川くんと変わらんくらい貧乏なんやから比嘉家は」


比嘉さんは、もう佐久間さんの扱い方を心得たらしい。


決して人を不快にさせない程度のいじりで、佐久間さんを翻弄する。


意外とこの組み合わせいけるかもなぁ。

この分なら、いつか瑠璃と親友になったときのように、ほぐれていってくれるかもしれない。


なんて、外野にいる気分で俺は二人を眺めていた。


佐久間さんに、手は繋がれたままだったけれど。

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